ストーキング ティップ

ろくろくろく

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座ってればいい筈

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大学の学生会に発行された特別割引カードは平日の朝11時から夕方の5時、つまり閑散期にだけ適応されるらしい。
会議や密談にも使われ、荒らす事もあるらしいが店側のメリットは大きいのだろう、対応はそれなりに恭《うやうや》しかった。充てがわれた部屋は30人くらいは入れるんじゃ無いかと思える程広い。
浅い知識の中にある「カラオケ」とは随分イメージが違い多少戸惑いはしたがツメツメよりはよかった。

しかし、出口に1番近い席に座ると同時に、「はい」とマイクを差し出されて物凄く困った。

「え……あの…」
「蓮くんから……ああ、もうめんどくさいから蓮でいっか、まず一曲ね」
「いや…俺は……」

こんな時こそ助けてくれればいいのに………、近過ぎる隣に座ったクリスは「蓮って呼ぶな」などと的外れな事を言ってフイッと目を逸らせた。

「じゃあ……何て呼べばいいかな、苗字?蓮の名前は何だっけ?」
「……藤川ですけど…蓮でいいです」

何故そうも言いなりなのだ。
クリスは特別なのかもしれないが、呼び方1つで嫌な雰囲気を作る事は無い。
仲間では無く、場に溶け込む術を知らない異物でいなければならないのに本当にやめて欲しい。

「あの…俺は知ってる歌があんまりないからやっぱり帰ります」
「無くても何かあるだろう、大丈夫大丈夫」
「でも…」

チラリと隣を見ると、クリスはまだふてたように横を向いている。
助けろと思っていたが、よく考えたらクリスも学生会の一員なのだ。自ら嵌ったとはいえ、仕組まれた企みにズブズブと埋まっていくような気がする。

本当に、本当にカラオケで歌えるような曲は知らないのだから歌っても白けるだけなのはわかっている。しかし、全員の注目を浴びているこの状況で上手く断る術は無く、仕方無しにマイクを手に取ると「受け取るんだ」と佐竹が笑った。
何なのだ、それは。

「歌わなくてもいいなら返します」
「いや?……歌ってよ、そんなに気負わなくてもたかが歌だよ?」
「遊ばれるのは嫌なんです」

手に持ったマイクを佐竹に返そうとすると「まあまあ」と宥めるように押し返された。

「それにしても蓮は………藤川くんは意外と度胸があるってのか、強いのか弱いのかわからないね」
「え?…それはどういう意味ですか?」
「無理ゲーのつもりでマイクを渡したら意外とあっさり受け取るし、モゴモゴしてるかと思えばいきなりハキハキするし…さ」

モゴモゴしていて悪かったな。

「歌えばいいんですね?」
「だからそんなに気張らなくていいって、遊びだろ?気楽に行こうよ」

まさか初めてでもあるまいしと笑うが初めてだ。

つまり、試されていたのだと思う。
マイクを受け取ったのは長々と拒否するよりはさっさと流した方がマシに思えたからだ。
こうなったら何でもいいから曲を選んでしまおうと、差し出されたデンモクの1番上にあった1番歌われた曲を選んでリクエストに入力した。

「うわあユニゾン歌う気か?拒否ってた割にはチャレンジャーだな」

名前の知らない誰かが笑った。
曲なんて何でもよかった。
さらっと流して後は大人しくコーラを飲んでいればいい、すぐに始まったイントロはさすが「1番歌われた曲」だ、何となくという程度だが聞いた事があった。

ポンっとマイクを叩くと異様にエコーが強いが音量はわかる。
画面に現れた歌詞が待った無しに追い詰めて来た。なるべく抑揚なく、なるべく印象に残らないように声を抑えて歌い出した。

恐らく、この一曲が終わったらこの場に居てはならない陰キャの存在自体が消えていく。
そんなものだ。
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