ストーキング ティップ

ろくろくろく

文字の大きさ
28 / 68

クリスの部屋

しおりを挟む
醜態と言える淫行を働いた後なのだ、幾ら相手がキラキラと光るクリスでも誰しもがそう言うだろう。

「クリスの部屋には行かない」と断るとギャアと喚いて倒れ込み、死んだふりをする。

2つの大学で法律を学び、起業した会社を経営する23歳。恋愛ゲームの推しキャラNo.1のような姿で……だ。

お風呂で触りっこしようと言うのだ。
行かないだろう。では、お風呂ではないならいいのかと聞かれても行かない。

「じゃあ!僕のを触れとは言わないから触ってもいい?」

これは一体何の攻防だと言うのだ。

「触るなら行きません」
「でも!好きな人を部屋に呼んで何もしないなんておかしいだろ?!」
「だから行かないって言ってるんでしょう!」
「蓮にご飯を作る為に色々買ったのに?!」

炊飯器もフライパンも鍋も買った……という事は今まで料理なんかしてなかったという事だ。
「蓮の部屋には何もないから」という理由も少しおかしい。

「俺はご飯を作って欲しいなんて一回も言ってませんよ」
「眠れないって言っただろう!」
「眠ろうと思えば眠れます!」

そこで、隣の部屋から人生初の壁ドンが来た。
真夜中を過ぎているのだ、2人で顔を見合わせて静かに、静かにと、空気を手で抑えた。

「ベッドで横になっていれば2分で眠る自信があります」

1人なら……と付け加えようとすると、「蓮はよく寝るよね」とクリスが笑った。
どうやら留守をしている時ばかりで無く、部屋で寝ている時間にまで不法侵入を許していたらしい。

「それ……いつですか」
「え?」
「一回ですか?」
「ほら、心配だし、あ、そうだ、僕の住んでる部屋がここから見えるんだよ」
「え?近いの?」
「うん、駅の方なんだけどね」

こっちこっちと腕を引っ張られて狭いベランダに出ると「あそこだよ」とクリスが空に向けて指を差したのは手に乗せるとバッドくらいのサイズだ。
どうやらクリスの住む家はてっぺんがピカピカと光ってる細長いビルらしい。
周りに高い建物が無いせいか正に塔と呼んでもいいと思う。

「デカい…」
「普通だよ、蓮にもっとちゃんとした朝ご飯を作ってあげたいし、明日も逢いたいし、そうだ、ちょっとだけ買い物に付き合ってよ、服とか買いに行きたいからさ、そうなるとあっち行ったりこっち行ったりも面倒だろ?それに、それに……もうここに泊まるのは俺的に無理と言うか……」
「泊めるとは言ってないんですが…」
「恋人なのにっっ?!」

ここで再びの壁ドンが来た。
ほんのさっきまでは確かに隣の気配は無かったのに間が悪い。

「いつもそっちの方がうるさい癖に」
「僕の部屋は静かだよ?騒いでも多分隣には聞こえないしね」
「ボロくて……悪かったですね」

そんなに粗末な部屋が嫌なら豪勢な自分の家に帰ればいい。口を挟む暇も無い程色々の計画っぽい事を並べたけど、どうせ断る選択肢は与えてくれないくせに、「駄目?」と綺麗な笑顔でお願いしている体をとるのは狡いと思う。

「日曜は…ゆっくりしたいんです」
「うん、ゆっくりしよう、じゃあもう行こうか」
「いや……」

これはある意味無視されてるのでは無いのか?
全く話を聞かないクリスに高さの釣り合わない腕組みをされ、着のみ着のまま……つまりクリスは寸足らずの体操服を着たままの姿なのに部屋を連れ出されてしまった。

「ちょっと!行かないって!」
「うん、蓮に見せたいものもあるんだ」
「だから!」

嫌だと喚いても、ポカポカと殴り付けても、脇の下を擽ってもガッチリと組まれた腕は外れない。
かなり抵抗した筈なのに寧ろ喜ぶ変態には騒ぐより冷静に、真面目に断りを入れた方が効き目もあるのかもしれないが状況が状況だ。
逆効果なのはわかっているのにひたすら抵抗していたら背の高いマンションに着いてしまった。

古いアパートからクリスのマンションまでは行ったり戻ったり立ち止まったりしながらでも20分くらいだった。

「まさか……近くに引っ越して来た…とか言わないでしょうね」
「ここは違うよ、そんな事するなら隣に住むけど」
「隣は塞がってますよ」
「そんなものどうにでも…」
「それ以上言わなくていいです」

入り口にある強固なセキュリティ、ガラスの自動ドア、大理石に見える床と壁。
おまけに駅近。
遠くから見ても豪華だったけど、細長いマンションの足元は思っていたよりずっと豪華だった。
例え体操服を着ていたとしてもクリスのイメージにはピッタリなのだけど、首の伸びた2年越しのユニ○ロを着てる庶民が入っていい場所では無い。

「俺が入ったら……ブザーが鳴りそう…」
「ファンファーレ的な?」
「あのね……」

クリスの脳味噌は勉強に特化されているらしい。
そこ以外はお花畑に居座って楽しくラッパでも吹いているらしい。

完璧な貴公子のようなイメージの外壁がパラパラと崩れて普通の……普通よりも少しおかしい普通の人に見えてきた。
だからだろうか、この立派なマンションの中身はどうなんだろうと覗き見的な興味が湧いてきた。

「絶対に何もしませんか?」
「蓮の嫌がる事をした事ある?」

嫌がる以前の話なのだがそこはもういい。

「お邪魔します」
「まだエレベーターだよ」
「そうですけど」

いつもは真正面から華やかな顔で話しかけてくるくせに、何故か目が合わない。

もじもじしたり、当然の顔で部屋に入って来たり、好きだと喚いたりするクリスについては、半信半疑……4分の3くらいは作っているのかもしれないが、何だか落ち着かないように見える今のクリスは多分本物だと思える。

音もなく、揺れも無く、滑るように上層まで上がって来た。

12階ね。

エレベーターを降りると表札の無い部屋の前でクリスがポケットを探った。

取り出したキーホルダーには2つの鍵がぶら下がっているいけど……一方は高そうなディンプルキーだったが、もう片方は何だか凄く見覚えのある形だ。
そこは後で全ての決着を付けたらいいだろう。
開いたドアを広げて「どうぞ」と背中に押され、「何もしない事」ともう一度念を押してから足を踏み入れた。

「わかってたけど……ね…」
「何が?」
「……何でもない」

一般的なマンションのイメージよりもずっと広かった。素材そのものが高級に見える立派な玄関からはエグゼクティブな香りがする。
折れ戸が開いたままになってる広いシューズクローゼットはほぼ空っぽで四足か五足くらいの靴が並んでいた。
何も言わずに出してくれたスリッパは何故かガチャピンが平べったく寝転んでいるが何も言わずに履いた。

もう一度「お邪魔します」と言ってから中を進むとかなり広いが間取りは家族用に見える。
マンションの外観や内装から推測したイメージでは、20畳くらいある広い部屋にモデルハウスみたいな家具があるだろうと予想していたのに少し違う。

トイレやお風呂が並ぶドアの前にあった部屋の中には段ボールが積み上がり、奥にキッチンが見えるリビングにもやはり段ボール箱と積み上がった本、本、本。乱雑に纏めた沢山のプリントと床に置いた2つのノートパソコン。
家具と言えるものはほとんど無くて、唯一生活感を感じたのは部屋の隅に置いたベッドだけだった。

もっと豪華な、芸能人みたいな部屋を想像していたから驚いていると、眉を下げたクリスが言いたい事を悟ったようにポリポリと頭を掻いた。

「散らかっててごめんね」
「いえ、俺は気にならないけど……」
「ここはね、俺の叔父が借金が山盛りの会社と一緒に遺した部屋なんだ、叔父と言っても俺の親父とは18も歳が離れてるから祖父ってイメージなんだけどね」
「その会社をクリスが継いだってこと?」
「ううん、立て直しは無理に思えたから起業して子会社にしたんだ、僕の親は相続を放棄するつもりだったらしいけど昔から顔を知っている従業員もいたからね、見た通り引き払った事務所の荷物を預かる倉庫になっちゃってる」
「大変?」
「今はそうでも無いよ」

全部を任せているからとクリスは笑ったけど、仕事と大学の勉強との両立はほぼ何もわからない脛齧りから見ても大変なのはわかる。
しかもクリスは法課だ。
表では沢山の女の子をチャラチャラと纏い、裏では熱心なストーキングを極めていてもやるべき事はやっているのだと思う。

「カッコいいですね」

カッコいいのはわかってるけど、思わず出てきたシンプルな感想だったのだが、居丈高になると思ったクリスはプルプルと首を振った。

「反対、今の僕は生きてきた中でダントツにカッコ悪いと思うよ、今日蓮を無理矢理連れてきたのは変な噂に惑われて僕の事を誤解して欲しく無かったからなんだ」
「黒塗りの高級車が送り迎えをしているとか?」
「それは多分……会社の人が仕事のついでに送ってくれた所を見られたんだと思うよ」
「芸能事務所からスカウトされたとか」
「1度ね、声を掛けて来たおばさんを無視してたら大学までついて来ちゃった事があったから」
「自家用の飛行機があるとかは?」
「飛行機は無いけどヘリなら親父が持ってる」

全部本当かよ。

「やっぱり特別な人なんですね」
「そうでも無いと思うけど……え?!!こんな僕は嫌?!嫌いって言われたら飛び降りるよ?!」

そこから!と指さしたのは住めそうなくらい広いベランダだ。
これはそろそろ帰った方がいいのかもしれない。
このままではどうぞご勝手にと言いそうになる。

「…………思ってもみない所でキレる所が嫌です」
「キレてないし、キレないよ。それよりもさ、ちょっとここを見て」

おいで、おいでとクリスが手招きしたのはリビングの右手にあったドアだ。
左側の部屋も入り口近くにあった部屋もドアが開いていたのにそこだけ閉まっているからちょっと警戒した。しかし、クリスがサッと開けたから中が見えた。

「……何も無い……ように見えるけど…」

他の部屋のように荷物や勉強道具も無く、本当に何も無かった。
粒粒と穴が並んだ壁が他の部屋とは違うのだが、見てと言われても見るものは無い。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...