ストーキング ティップ

ろくろくろく

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色が変わった

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気の合う友達とだけ連んでいればいい大学生活は真城にとって居心地のいい場所だった。
煩わしい学級内委員や無理矢理なグループ分けも今の所は無い。
講義室などで隣あったら誰とでも話をする質だ。もう同じ学年で知らないやつなんていないと思っていたが、そんな中で蓮を初めて認識したのはサブステージの実行委員になってからだった。

同じ学部だと聞いて驚いた。
よく見たらあの講義もこの講義も一緒で、ドイツ語2回目なのも同じだった。
知って見ていると蓮の容姿は目立つ方だと思えるのに上手く潜んでいたものだと思う。

しかし、今となっては蓮を追う視線が多いのだ。
講義が終わり各々が席を立つざわつきの中で、誰もが一瞥を投げる講義室の隅に目を向けるとやはりいた。
まるでふてた子供のように講義室の硬い椅子に背中で座り、何やら分厚い紙束投げ出している。

「何してんの?」

近付いて声を掛けると瞳だけをチラリと動かしたが返事は無い。

「これ…不動産のチラシ?引っ越しすんの?」
「さあ?…」
「さあって……自分の事だろ、選ぶの手伝おうか?内見とかに行くなら付いてってやるよ」
「……引越しする必要なんてあるのかな」
「あるだろ」

蓮のアパートは簡単なセキュリティどころか門もない学生専用の粗末な作りだった。
学祭を機に広まった為に顔も名前も隠せていない今、この先どうなるかは置いといても最低限の用心は必要に思える。

「何だこれ、妙に親切な不動産だな、一件一件詳しい間取りの説明とか妙な説明が付いてる、建物の間から昇って来る月が見える?、この情報いらないだろ」
「……どうでもいい」

「欲しいなら真城にあげる」
そう言って立ち上がった蓮は、まるで汚い物を見るような目付きで不動産の物件チラシを一瞥して行ってしまう。

この所の蓮はずっとこんな感じだった。
特別に機嫌を悪くする訳では無いが、何となく全てに投げやりで冷めている。
元々近寄りがたい雰囲気を持っていたが、それは本当の蓮を知るまでだったのに今ははっきりと拒否のオーラが出ていた。
いつもセットになっていた相方の姿を見ない事から原因の一端は推して知るべしという所なのだろうが、気を遣う質では無い。
何かあったのかを聞いてみたら「最初から何も無かった」と、まるで自嘲するように鼻で笑った。

付き合っていると聞いていたが人との交流が酷く希薄な蓮の口から出た言葉では2人がどんな関係だったのかはわからない。
しかし、蓮の様子は明らかにおかしい。
そして、栗栖は栗栖でこれでもかと言うくらいよく見かけるのに以前のように寄っては来ないのだ。
実はほんのさっきも何をするでも無く立ち尽くしている栗栖を見かけたのだが、視線の先には講義室に向かう蓮の姿があった。
余程声を掛けようかと思ったのだがあまりにも切なげな目をして歩いて行く蓮を追うものだからやめていた。

どっちにしろつまらない痴話喧嘩に介入する程物好きでは無い。
それよりも、資質はどうあれどう考えても向いてない世界に足を踏み出した蓮を出来る範囲くらいはサポートしなければならないと思っていた。

才能も環境も運も立場も負けている素人の学生に何が出来るのかと言われそうだが、担当は「導線」の役目だ。
蓮と一緒にいても面白くも何とも無い。
しかも前にも増してとっつきにくい。
学祭という特別なきっかけが無ければ友達になんかなっていなかったと断言できるが、人付き合いが苦手な蓮には誰かと繋がる必要があると思えた。

「超めんどくさいけどな……」

置き去りになった不動産のチラシをかき集めて行ってしまった蓮の後を追った。

全てを閉じ込めたような密閉された薄暗い空間。
遠くから近くから聞こえる雑多な音や壁を伝う密かな振動。
好きか嫌いかと聞かれたら居心地は悪く無いが、それは誰かがマイクを持ったり渡されたりしなければ……の話だ。

「カラオケなんて……やりたく無いんだけど…」
「何言ってんの、蓮が鬱憤を晴らす方法なんて歌うしか無いんじゃん、アニメ縛りでいい?」
「アニメ?!知らないけど……」
「知らなかったらとにかく喚いとけ」

喚いておけと言われても意味もなく喚けるならそうしている。
どこに行っても何をしていても、ねっとりと纏わりついてくる「音」にはもううんざりとしているのに、断りきれずにカラオケに来ていた。

いっその事耳が聞こえなかったら楽なのにと不遜な事を初めて考えたのは特別学級への参加を勧められた小学生の頃だ。

本当に嫌なのに押しの強い真城は弱々しい抗議なんか無視してさっさとリクエストを入力して行く。
モニターの画面に出て来たのは興味がなくても、例え見てなくても、嫌でも耳に入るくらい有名な古いアニメの主題歌だった。

流されるまま来てしまったカラオケ屋だけど歌う気なんか無かったのに狭い音域、一音に一語でも余るくらい単純歌詞は自然と口を付いて出て来る。

2つあるマイクは置いたままだ。
伴奏の音が大き過ぎて真城の声も自分の声も聞こえないが気が付いたら立って熱唱していた。
古いせいかぶった斬るように曲が終わると突然の静寂が訪れて耳がジンジンと痺れていた。

「ストレス解消にはいいな!」
「真城にストレスなんかあるの?」
「あるわ!もうすぐ試験も始まるし、このままじゃ3回目のドイツ語に……」

真城の言葉を遮るように次の曲が始まった。
また知らない筈なのに何故か知ってる古いアニメ曲だ。気乗りのしないカラオケだったがやってみればかなり楽しい、そのまま数曲歌っていると飲み物が尽きてしまい、新たに注文するかこっそりと外に買いに出るかを考えなければならなくなった。
「どうする?」と聞きてるのに真城は返事もしないでスマホを触っている。

せっかく執行部特典の500円ワンドリンクで来てるのに新たに注文をすれば290円も掛かる。しかし、飲食物の持ち込みは(一応)ルール違反になるだろう。
飲み物が必要なのはこれからではなく今だった。
それならもう帰ればよかったのに、任せておけと真城が言うから待っていたら、顔は知ってるけど知らない真城の友達2人がドヤドヤと入って来た。

「おお、速いな」
「急げって言ったのは真城だろ」

テーブルの上にドカッと置かれた鞄は重そうに膨れている。どうやら真城が頼んだらしいのだが、そのまま隣の席に座るものだから思わず身を引いた。

「水は?蓮は水がいいんだろ?コーラとかもあるけどどうする?」
「え……と」
「何縮こまってんの?こいつらは同じ講義も何個か取ってるし学祭の手伝いもしてたから知ってるだろ?」

顔だけは知ってるというのが1番苦手な相手なのだ。笑えばいいのか、軽い挨拶でもすればいいのかそこがわからない。
しかし、真城の友達なのだからやはり属性は明るいタイプらしい。「俺は梶」「俺は東」と少しの澱みも無く直球の自己紹介をされた。
ここで「よろしく」とでも言えたらいいのにカクカクと頷く事しか出来ないところが情けない。

「硬いな、蓮はさ…」
「あ、ちょっと待てよ真城、これからこいつのことを蓮って呼ぶの禁止しよう、実は学生会の執行部から蓮の事は藤川って苗字で呼べって言われたんだ」

なんだそれはと思ったのは真城も自分も同じだったのだが「どうして?」と聞いたのは真城だ。

「何でって、蓮はそのまま蓮とかRENで出てるだろ?もう構内では顔も名前も知ってる奴が多いけどさ、外から見に来るような部外者とかファンにわざわざ「こいつが蓮です」って教えてやる必要もないだろ」
「それは俺もそう思うけど……」

「お前藤川って苗字だったんだな」と真城が笑った。そして「俺は蓮としか呼ばない」と言い切る。

真城が初めて話しかけて来た時もそうだったが、みんな「お前」に「こいつ」「蓮」も「藤川」も簡単に使う。そして、先にどんな雰囲気だったのかも気にせず難なく溶け込み歌い出す。
凄いなと思いつつ、相変わらずのアニメ縛りを一緒に歌った。

「藤川の歌が聞けるかと思って来たんだけどな」

そう言ったのはまた後から増えた真城の友達の1人だった。8人用の部屋なのにもう10人以上いるから自己紹介をする雰囲気では無かったので名前は知らない。

「蓮の歌は金を出して聞け」

後から後から増えて行った持ち込みのスナック菓子を摘んだ真城が胸を張った。

「買えって言われてもまだ出てないよな?いつ?」
「蓮に聞けよ」

ん、っと顎で指されて全員の目が注がれた。
ほぼ知らない2人が混ざる4人よりは話す暇も無い大勢の方が楽だと思っていたのに話をふらないで欲しかった。

「あんまり……わかってないけど多分年末」
「わかってないって所が蓮らしいけどな、クリスマスは?なんか予定ある?」
「……クリスマス?」
「クリスマスって言っても25日の夜だけどな、仕事とか何かそんな感じのややこしい予定ある?」

どこに話が飛んだのかと思ったら飲み会の話だった。雑なようで気の回る真城はどこかに誘う時には必ず他の予定が無いかを聞いて来るのだ。
確かにアルバムの収録をしていた期間は読めない予定に振り回されていたが、それが終わると本当に普段通りだった。
目まぐるしかったこの夏以前の普段通りだ。

「予定は無いけど……」

飲み会はもう懲りている。

「ちょっと信じられないけど藤川ってもうスターじゃん、マネージャーとかが付いててさ、アレやコレやと世話したり管理されたりするんじゃ無いの?」
「そんなの無いよ、タレントじゃ無いし」

アレやコレやと世話を焼いて来たり管理されたりももう懲り懲りだ。

「真城、このノートあげる」

沢山の書き込みや添削のあるドイツ語のノートはもう要らないのだ。ずっとそこにいた鞄の底から取り出して机に置いた。

「俺は帰るよ」

みんなが楽しく遊んでいる所に冷や水を掛けたりするから駄目なのだとわかっているが、真城にも…みんなにもわかって欲しい、一人でいいのだ。
誰かと関わって嫌われる心配をするのも煩わしい、何も出来ないのにスターなどと呼ばれたく無い。「待てよ」と呼んでいる真城の声を無視してカラオケ屋から出た後は駅まで走って電車に乗った。


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