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ろくろくろく

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引越し

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郵便物を盗まれても困る事は無い。
そして、この先にもう一度そんな物好きが現れるとは思えないのだが、ポストが荒らされた事をきっかけに黒江と真城と、何故か真城の友達である梶と東がまるで申し合わせたように引っ越せと圧をかけて来るようになった。

取り分け妙な使命感に燃えた真城は講義室に置き去りにした不動産チラシを勝手に選分け、一人で内見に行くという熱心さだった。
引っ越しをする理由は見つけられないが、しない理由も明確にあるわけでは無い今、窓からも、駅に向かう道の途中でも、嫌でも目に入る高い建物を見なくて済むならそれもいい。
自分で選ぶより余程丁寧に精査された候補なのだからと、真城の強引な勧めに押されて引っ越しをする事にした。

……した、と言うより引っ越しをする事に「なった」と言った方がいいかもしれない。


「これはいらないだろ」
「え?いるよ、代わりがないんだから」
「これがあるから代わりが無いんだよ」

ぽいっと「捨てるもの」を集めた窓際に投げられたのはテーブル代わりにしていたビールケースだ。

引っ越しをするにあたり、真城と梶と東が部屋を片付ける手伝いに来てくれたのはいいが、勝手にいる物といらないものを選別され、ただでも少ない荷物が益々貧相になっている。

「必死でサンドペーパーを掛けて綺麗にしたのに……」
「買えよ、何なら引っ越し祝いに買ってやる」
「そんなのいいけど」

他にも小学生の時から使っているポケ◯ンシールだらけの古いラックも捨てる物に入ってる。
一瞬も迷わないのは真城らしいが、その潔の良さは自分の物で発揮してくれたらいいのにと文句を言ったのに聞き入れて貰えないのだ。

引っ越しと言っても業者に頼む程の荷物も無いので1200円のカラーボックスを運ぶという名目でホームセンターから借りた軽トラックを使って引っ越す事になった。

ちょっと面白かったのは、二人乗りである軽トラックの荷台に真城と東が潜んだ事だった。
少な過ぎる荷物が動かないように詰め物になる、という理由はあったものの、余りの2人だけが電車移動なんて怠い…と言うのが本音だ。
荷台に寝転び布団を掛けてガムテープを巻いた。

警察にでも見つかったら違反になるのに、助手席に座っていても「ギャア」と喚く悲鳴が聞こえて始終笑っていた。

荷台の感想はブルブルマシーンに腹を乗せて揺れている所に時たまKO級のパンチを食らったという事だった。

しかし、「2度としない」と言った東に対し「もう一回やりたい」と笑った真城はさすがだ。
ダメージは無いらしく、他のメンバーより先々に動いて荷物を運んでいた。


「疲れる程じゃなかったな」
「片付けもそれ程じゃなかったしね」
「量は無いけど細かいから運び込みの往復が増えた感じ?」

「デカい鞄くらい持っとけ」と怒られたが、みんな笑っていた。

新しい部屋はトイレとお風呂が別なのはいいけどワンルームの割に無駄広くて閑散と見えた。
ツルツルのフローリングは寒々しい印象を生み、ピカピカのアイランドキッチンなど料理をしない自分には不要に思える。
荷物を運び入れてもスカスカを通り越し、まるで旅先の仮宿のようになっていた。
取り分け無駄に広いクローゼットには吊るす必要のある服など入学式で着たスーツ1着しか無い。

「収納の広さが決め手って真城は言ってたけど…」
「……普通はそうだろ」

備え付けらしいハンガーだけは山程ある、何でもいいから吊るせと、真城と東が紙袋に入れて来た服をハンガーに掛けて行った。
着古したユニクロ、ちょっとだけマシなユニクロ、一軍のユニクロ、そして………青いペンキの付いたTシャツと古い体操服。
すると、何か察したのか真城がペンキの付いたTシャツからハンガーを抜いて紙袋に戻した。

「おい、何すんだよ、それは吊るすべきだろう」
「このTシャツは将来蓮がもっと有名になったら「真城との思い出」ってプレミアムを付けてチャリティーオークションに出すんだよ」
「蓮はともかくとして「真城って誰?」って言われないか?」
「言わせないから、な?蓮」

「………物は物だから……別に何でも無い」

真城はともかく梶と東は何の話かわからないだろう。しかし、胸から背中に羽根の絵が付いたTシャツだけでは無いのだ。
サラサラで軽いパジャマも、お揃いで買った靴下も(NIKE)も、キッチンに鎮座しているコーヒーメーカーも捨てたりはしない。
それらはそこにあるだけの唯の物だ。
そのうちに使い古して捨てる時はやって来る。
しかし、草臥れた体操服だけは誰も見ていない隙を狙ってそっと下ろして紙袋に戻した。

本当に何でも無いのに、何も思わないくらい遠く感じていたのに、何でもよく気がつく真城が余ったハンガーにパンツを吊り下げたりしてくれたから、みんな笑っていたし笑えた。



「これくらいかな?」

クイックルワイパーで床を撫でた真城が手に付いた埃を払うようにパンパンと手を叩いた。

「備え付けのベッドが妙にデカいけどそれでも余ってるね」
「引っ越し祝いって事で誰か呼ぶ?」
「え?!」

まだ目を見て話す事はできないが、やっとの事で梶と東に慣れて来た所なのだ。
それでもどこに所在を置いたらいいかわからないのに、新たに誰かを呼ばれては居場所が無くなる。しかし、何でも即実行の真城は待ってくれない。スマホを取り出した手を慌てて止めようとするとすいっと持ち上がり「嘘だよ」と意地悪く笑った。

「せっかく引っ越したのに蓮がどこに住んでるかなんて広めたりしないよ、それよりもそろそろ時間かなって思ってさ」
「……何の?」
「何のってお前な……無関心も大概にしろよ」

心底呆れた顔をしてわざとらしく盛大な溜息を吐かれてもわからないものはわからない。

「だから何だよ」
「いや、こっちから見たら媒体の中心なのに当人には関係無く世界は回ってるって知って勉強にはなる」

「人によるんじゃ無いの?」と笑った梶が「俺がいいものを持ってきた」と言ってノートパソコンを取り出した。
そして、部屋の契約書に付いていたWi-Fiのパスワードを入力して行く。

「え?何?」
「マジで分かってない?今日の日付は?」
「え…と」
「12月1日、時間は……11時58分、後2分だな」
「2分……」

本当に何の事かわからないでいたが、真城も梶も東もノートパソコンの画面を見ていて答えてくれない。恐らく仲間内で何かを話していたのだろうが会話に遅れるのはいつもの事だ。しつこく聞く勇気は無いから「いつも通り」わかったふりをしてノートパソコンの前に揃った3人の後頭部を眺めていた。

「あ、来た」

そう言った梶はパソコンのボリュームを最大に上げた。パソコンのガラス画面に映ったのは赤だ。
深くて透明感のある濃い赤、そして濡れそぼった誰かが水を飛ばしてスローで振り向き「跳べ!」と噛み付いた。

「え?あれ?これは……」
「凄え……鳥肌立った」
「俺も……」

ザンっと何かを断ち切ったかのような音を伴う視線が三つ揃った。

「あの……これ……エデンの?」
「撮影したんだろ?内容を見てないの?」
「見てない……ってか…」

オフショットを含めた映像権はメーカー側にあるのだ、例え当人でも勝手な2次使用は出来ず、持ち出しは許されない。だからという訳ではないがどんな仕上がりになっているかなんて興味が無かった。

「俺には介入する権利も無いし…」
「いや、よくは知らないけど普通はさ、撮った画面を見ながら次はこうしろとか目線はどうとか演技指導的なバリエーションを説明したりするもんじゃ無いのか?」
「……俺の場合は1発撮りに近いってか…何回か歌っただけで…」

脚本も絵コンテも打ち合わせもなし。
時間通りにスタジオに行って歌うだけでいいと言われたから受けた仕事なのだと説明をすると、悟った顔をした真城は「蓮だからな」と納得した。しかし、そんな中でも特に冷静な梶が首を捻った。

「でもほら、マライアみたいに右からしか撮っちゃ駄目とか拘りのある人も多いだろ、少なくとも最後はこれでいいかってチェックくらいはするもんじゃ無い?」
「そこは黒江さんがやったのかな?…知らない」

映像も歌も今後リリース予定のシングルもそれぞれに関係する誰かが好きなように取扱えばいいと本気と思っていた。
それは個人的な事情や子供じみた諦念から来る投げやりな気持ちではなく、誰かが誰かの生活や人生に責任を持つ大人達のビジネスなのだから、全てを与えられて何もしていない自分には口出しできない事だと思っている。

「中心にいるように見えるかもしれないけど、俺は沢山ある媒体の一部なんだよ」

「あの……」

肩を窄めた東が遠慮がちに小さく手を上げた。

「これさ、絶対に話題にはしないって決めてたけど……やっぱり聞いていい?これってさ、楽曲の提供とか本人出演ってだけでなくてエデンの全てを請け負うイメージキャラになってるじゃん」
「そんな……オーバーな話じゃ無いけど」
「どう見てもそうだよ、でさ、報酬は?CMの契約料ってかなりの額になるんじゃないの?」
「おい、やめろよそれ」

ジロリと睨みを効かせた真城に待てと手を上げた東は言うべきかどうかを迷うように顎を掻いて続けた。

「幾ら儲かったとか邪な興味の話じゃなくてさ、藤川は…何か頼りないってかさ、その…搾取されてんじゃ無いかって……だってさ、今みんなで見たからわかると思うけど藤川は媒体の一部なんかじゃ無いだろ、歌も見た目も蓮じゃなきゃ務まらないくらいのインパクトがある…と思う、真城だって心配してたじゃん」

「あ~………蓮って嵌るとエロいからな…」
「エロいって……」

真城が嫌な話から話題を逸らしてくれたのはわかるがその話も嫌だった。

「俺は男だし…」
「性別ってより……なんて言ったらいいのかな?生《なま》って感じ?俺達はみんな学祭ライブも最前列で見てたからな」
「絶対に夜のおかずにしてた奴が何人かはいると思うぞ」

それはお前だったりして?と小突きあって笑うのは3人とも冗談のつもりなのだろうが、何だか寒気がして膝を抱えた。

梶も東も意識して藤川と呼んでいたのに時々蓮が混じり出して今はもう蓮になっている。
画面に映っているのは全くの他人なのだと俯瞰で見れているそこに「蓮」を持ち込まないで欲しかった。

「そんなにやりたかったらやれば?」
「え?」

騒がしい会話がピタリと止み、一時停止のボタンを押したように中途半端な姿勢でみんな動きを止めた。

「脱げは普通の男だけど?それでもいいならやればいい、俺は別にいいよ」
「いや、冗談だから」

慌てて手を振る梶が「な?」と同意を求めると真城と東がムニャムニャと生返事をした。

どうしてこうなるのか自分でも嫌になるが体に沸いた嫌悪感のようなものに苛まれて自分が嫌になる。

しかし、またやってしまった自覚もあった。

「ごめん……変な事言った……ちょっといっぱいいっぱいになっちゃって…」
「俺らもごめん、調子に乗ってた」
「悪いのは俺だから……」

休みを潰して手伝いに来てくれた上、せっかく楽しそうだったのにいい雰囲気をぶち壊してしまい申し訳ない気持ちではあったが何だか一人になりたかった。

「今日はありがとう…あの……俺ちょっと疲れたから…」
「気にすんなよ、どうせ午前中は暇だったからさ」

バイトの時間だからと帰ると言ってくれたのは梶なのだが、気を悪くしたと言うより、気を回してくれたのだと思う。

自分が嫌になる。

何でもない小さな事で苛つきを覚えるのは人付き合いをサボって来たツケなのか。
それとも今だけなのか。

元からそこにはいなかったように忘れ去れたままサラサラと溶けて消えて無くなってしまいたいのは寂しいと思う裏返しなのか。
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