ストーキング ティップ

ろくろくろく

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何もなかった

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秋という季節がどこかに抜け落ちてしまったような年だった。暑い暑いと思っていたら突然の寒さに震えているなんて、まるで今の自分そのものだ。

しかし、例年通りだと言えばそうだった。
12月になると突然目につくようになる赤や緑、金色に輝く華やかな装飾を見ると嫌な思い出がある訳では無いのに何故か寂しくなる。
おまけにクリスマスを跨いでの試験だ。勉強なんて何もしていないから恐らく最悪の年末を迎えると思えた。
そして年末という響きもあんまり好きでは無い。
年末と聞くと誰かの足だけが見えて暗闇の中に去っていくようなイメージがあるのだ。

特に今年に限っては赤がやけに目に付いて嫌だった。ライトが赤になっていた理由を今頃知った。
何よりも、思ったよりもずっと大々的だったエデンの広告が駅の柱に並び、馬鹿みたいになり切っている自分を見るとさすがに恥ずかしい。
色に好き嫌いは無かったが、今は赤が嫌いだ。

赤が嫌い…
緑も金も銀も何だか嫌だけど特に赤が嫌だ。

「赤が嫌い~」

駅から校舎までのクソ遠い道はほぼ誰もいないから声に出してみた。

「赤が!…」

「嫌い」と続けようとすると「やめろ」と言ってバシッと後頭部を叩かれた。
痛くは無かったが1人のつもりだったから驚いてしまった。誰に殴られたのかと慌てて振り返ると気まずくて会いたく無い顔が腕を組んで睨んでいる。

「………ま……真城…」
「お前は馬鹿か、何を大声で歌ってんだよ」
「歌ってないけど…」
「歌ってたよ、ただでも目立ってんのに俺はここにいるってアピールすんなよ」

「……誰もいないと…思って……あの…」

こんな時は変な事を言ったと謝ればいいのか。
しかし、事もあろうに寝ようかと誘ったりしたのだ、思い出すと恥ずかしくて言い訳の一つも見つからない。この際だから逃げようかと辺りを伺ったが遮蔽物はまだまだ遠かった。

「何キョドッてんの?」
「……だって」
「お前知ってる?大学の門に警備員が増えたの」
「増えた?警備員?何で?」
「明らかに学生じゃない奴とか挙動不審な奴は学生証を見せろって言われてるぞ、多分だけど蓮の事があるからだと思うけど?」
「そんな事を言われても……」

黒江からも自分達の事だけでは無くブランドイメージの話だからCMが解禁になった後は素行や発言には気を付けろと脅しに近い注意を受けていた。
しかし本当に何もないのだ、声を掛けられる事なんか無いに決まっているし、特に見られたりもしない。
むしろ、ライブの動画がサイトに上がった時の方がジロジロと見られていた。

「俺の事なんか誰も気にしてないんだよ、いつもと変わり無い……ような気がする」
「それは周りとか大学側が色々配慮してくれてるからだろ、気が付かないか?街中でも…特にウチの大学内でエデンの時計をよく見かけるようになった、多分CMのせいだけどそんだけ影響力があったって事なんだからちょっとは気をつけた方がいいと思うぜ」

「………それは……お……オカズにされてる…って事?…」
「馬鹿、あれは冗談だって言ったろ、因みに俺の好みはCカップ以上だ、Aカップ以下のお前は黙っとけ」
「…………うん……ごめん…」

せっかく真城が惚けてくれているのに自分から蒸し返すなんて馬鹿な事をした。
益々真城の目を見る事が出来なくなって下を向くとまるで珍しいものを観察するような真顔の目に覗き込まれて2歩下がった。

「な…何?…」
「うん、歌ってる時の片鱗も無いと思ってさ、いいコート着てるじゃん、買ったの?」
「いや、これは佐竹さんが…」

暑いとか寒くなったとか全てがどうでもいいように思えて何も考えずに半袖で歩いていると「何をやっているんだ」とどこからか見ていたらしい佐竹に怒られた。
その次の日に「買ったけどサイズが合わなかった」と言ってくれたのだが、冬でも半袖半パンサンダルの小学生みたいだと笑われた。

「お詫びになって無かったけど詫びを兼ねてって……」
「えーいいなー、スタンドカラーが何だかカッコいいんだけど……あんまり似合わないな」
「地味で……悪かったな」
「いや違うって、蓮には似合うけど佐竹さんのイメージとは違うような気がしない?」
「だからいらないんだろ、とにかく、俺なんかを気にする奴は……誰もいないよ」

やけに目まぐるしかった夏はもう終わったのだ。

初めは怖かった。
驚かされた事も沢山あるし、知られたく無かった自分も、見せたく無かった自分も曝け出し、以前のままでは絶対に出来ない経験もした。
こうして自分では得られない友達が出来たのも夏がくれた遺産の一つなのだと思う。
無くしたものなんか最初から何も無かったのだとすれば笑い話にさえ思えてくる。

「なあ……」
「え?」

思い出したく無い笑顔に取り憑かれて真城がいる事を一瞬忘れていた。
何度かもう駄目だと思ったのに変わらず声を掛けてくれる真城にこれ以上変な奴だと思われたく無かった。

「ごめん…何か言った?」
「まだ言ってないけどこれから言う」
「何?」
「……うん…」

真城らしく無い仕草で目を逸らし、鼻の下を擦る。そしてまだ遠い校舎の群れをあやふやに指差して一度言いかけては止まり口籠った。

「何だよ…気味が悪いな」
「気味悪いとか言うな、あのさ、要らぬお節介だとは自分でも思うけど………もし蓮が自分で行けないなら俺が代わりに話を聞きに行ってやろうか?」

「……何の……事?…」

「あんだけベッタリだったんだし…」
「やめろよ」

真城の言わんとする事はわかった。
しかし、それは本当に要らぬお節介だ。

ずっと考えていた。
ずっと待っていたと言ってもいい。
何度も突拍子もない事をしでかし、都合の悪い事は美しい笑顔だけで乗り越えて来たくせに、あの後から何も言ってこない。
2度と話しかけるなと言ったのだから言い訳など聞く気は無かったが会いにすら来ない。
つまり、無かった事にしたいのだ……お互いに。

「………俺にはもう関係ないから」

「また……凍って閉じる、蓮の悪い癖だな」

「……………煩いな」
「煩いのが俺の売り、この際だから聞くけどお前らってどんな関係?」

それは寧ろこっちが聞きたい事だ。
真城の真っ直ぐ過ぎる率直さが羨ましいと思った事は何度もあるが、憂鬱な試験前の朝には煩わしいとしか言いようがない。
「何が聞きたいの?頻度?場所?」
「……いや、わかった、もういい」

「悪かった」と言いつつ呆れたような溜息を吐くくらいなら構わないで欲しい。

「詳しく知りたいならあっちに聞けば?面白可笑しく語ってくれるかもよ」
「もういいったら」

いいならいいのだろう、同じポーズのまま考え込む真城に背を向けて歩き出した。
受けても無駄に思える試験なんかどうでもいいのだがもう誰とも話したくない。
それなのに「待てよ」と言って追いついてくる。

「お前さ、この所の自分が変だって気付いてる?」

「変なのは…」

お前は変だと、変わってると言われるのは昔からだ。変わろうとした、少しは変わったと思った。
しかし、それは無理矢理仕舞い込んで隠して来ただけに他ならず変わるなんて無理だった。
ずっと1人だったのは当たり前の事で自己防衛でもあったのだと思える。
それゆえに踏み込んで来る奴は、真城も、あの人も「駄目な蓮」に目を瞑るのが上手かっただけだ。

「……ごめん」
「謝らなくていいけど蓮が冷たい目をすると怖いから気を付けろよな、飯は?構内で食う?試験は午前中で終わるだろ?外行く?」

「え?……いや…今日は…」
「さすがに忙しいか、暇そうなのが不思議だもんな、前に言ってたクリスマスは?これそう?」

「それも……」

別に特別な用がある訳では無いがまだ何も無い新しい部屋は寒々しく感じてこの所は黒江の部屋によく行っていた。
何かを話したりする訳では無いが、聞こえるか聞こえないかというボリュームで流れるラジオや絶えず爪弾く色々な楽器の音が心地いいのだ。

「その顔は行けるけど行きたく無いって感じだな」
「え?そう見える?」
「見えるも何もそうだろ」

ちょっと待ってろと言って真城が鞄から取り出したのは見覚えのあるノートだった。
ページを巡ってニヤリと笑う。

「ないん、びて…かむつぉパーティ」(駄目、パーティには来い)
「Geh nicht auf die Party」(行かない)
「わ、ドイツ語の発音完璧、さすが蓮だな、俺はこれからヒヤリングの授業なんだけど後期の単位が取れるかどうかは微妙だな」

「………そのノートがあれば取れるよ」
「ヒヤリングは別だけどな」

「じゃあ」と手を挙げて快活に走り去っていく後ろ姿の先に派手に飾った団扇を手にした女子の塊が見えた。それは大学に入学して以来よく見る光景だ。眩い光に包まれたその姿は見えないがきっとそこにいるのだろう。

夏は終わったのだ。
特別に暑くて眩い季節は瞬く間に過ぎ去りもう2度とは戻って来ない。


だから年末は嫌いなのだ。
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