ストーキング ティップ

ろくろくろく

文字の大きさ
59 / 68

何もなかった

しおりを挟む
秋という季節がどこかに抜け落ちてしまったような年だった。暑い暑いと思っていたら突然の寒さに震えているなんて、まるで今の自分そのものだ。

しかし、例年通りだと言えばそうだった。
12月になると突然目につくようになる赤や緑、金色に輝く華やかな装飾を見ると嫌な思い出がある訳では無いのに何故か寂しくなる。
おまけにクリスマスを跨いでの試験だ。勉強なんて何もしていないから恐らく最悪の年末を迎えると思えた。
そして年末という響きもあんまり好きでは無い。
年末と聞くと誰かの足だけが見えて暗闇の中に去っていくようなイメージがあるのだ。

特に今年に限っては赤がやけに目に付いて嫌だった。ライトが赤になっていた理由を今頃知った。
何よりも、思ったよりもずっと大々的だったエデンの広告が駅の柱に並び、馬鹿みたいになり切っている自分を見るとさすがに恥ずかしい。
色に好き嫌いは無かったが、今は赤が嫌いだ。

赤が嫌い…
緑も金も銀も何だか嫌だけど特に赤が嫌だ。

「赤が嫌い~」

駅から校舎までのクソ遠い道はほぼ誰もいないから声に出してみた。

「赤が!…」

「嫌い」と続けようとすると「やめろ」と言ってバシッと後頭部を叩かれた。
痛くは無かったが1人のつもりだったから驚いてしまった。誰に殴られたのかと慌てて振り返ると気まずくて会いたく無い顔が腕を組んで睨んでいる。

「………ま……真城…」
「お前は馬鹿か、何を大声で歌ってんだよ」
「歌ってないけど…」
「歌ってたよ、ただでも目立ってんのに俺はここにいるってアピールすんなよ」

「……誰もいないと…思って……あの…」

こんな時は変な事を言ったと謝ればいいのか。
しかし、事もあろうに寝ようかと誘ったりしたのだ、思い出すと恥ずかしくて言い訳の一つも見つからない。この際だから逃げようかと辺りを伺ったが遮蔽物はまだまだ遠かった。

「何キョドッてんの?」
「……だって」
「お前知ってる?大学の門に警備員が増えたの」
「増えた?警備員?何で?」
「明らかに学生じゃない奴とか挙動不審な奴は学生証を見せろって言われてるぞ、多分だけど蓮の事があるからだと思うけど?」
「そんな事を言われても……」

黒江からも自分達の事だけでは無くブランドイメージの話だからCMが解禁になった後は素行や発言には気を付けろと脅しに近い注意を受けていた。
しかし本当に何もないのだ、声を掛けられる事なんか無いに決まっているし、特に見られたりもしない。
むしろ、ライブの動画がサイトに上がった時の方がジロジロと見られていた。

「俺の事なんか誰も気にしてないんだよ、いつもと変わり無い……ような気がする」
「それは周りとか大学側が色々配慮してくれてるからだろ、気が付かないか?街中でも…特にウチの大学内でエデンの時計をよく見かけるようになった、多分CMのせいだけどそんだけ影響力があったって事なんだからちょっとは気をつけた方がいいと思うぜ」

「………それは……お……オカズにされてる…って事?…」
「馬鹿、あれは冗談だって言ったろ、因みに俺の好みはCカップ以上だ、Aカップ以下のお前は黙っとけ」
「…………うん……ごめん…」

せっかく真城が惚けてくれているのに自分から蒸し返すなんて馬鹿な事をした。
益々真城の目を見る事が出来なくなって下を向くとまるで珍しいものを観察するような真顔の目に覗き込まれて2歩下がった。

「な…何?…」
「うん、歌ってる時の片鱗も無いと思ってさ、いいコート着てるじゃん、買ったの?」
「いや、これは佐竹さんが…」

暑いとか寒くなったとか全てがどうでもいいように思えて何も考えずに半袖で歩いていると「何をやっているんだ」とどこからか見ていたらしい佐竹に怒られた。
その次の日に「買ったけどサイズが合わなかった」と言ってくれたのだが、冬でも半袖半パンサンダルの小学生みたいだと笑われた。

「お詫びになって無かったけど詫びを兼ねてって……」
「えーいいなー、スタンドカラーが何だかカッコいいんだけど……あんまり似合わないな」
「地味で……悪かったな」
「いや違うって、蓮には似合うけど佐竹さんのイメージとは違うような気がしない?」
「だからいらないんだろ、とにかく、俺なんかを気にする奴は……誰もいないよ」

やけに目まぐるしかった夏はもう終わったのだ。

初めは怖かった。
驚かされた事も沢山あるし、知られたく無かった自分も、見せたく無かった自分も曝け出し、以前のままでは絶対に出来ない経験もした。
こうして自分では得られない友達が出来たのも夏がくれた遺産の一つなのだと思う。
無くしたものなんか最初から何も無かったのだとすれば笑い話にさえ思えてくる。

「なあ……」
「え?」

思い出したく無い笑顔に取り憑かれて真城がいる事を一瞬忘れていた。
何度かもう駄目だと思ったのに変わらず声を掛けてくれる真城にこれ以上変な奴だと思われたく無かった。

「ごめん…何か言った?」
「まだ言ってないけどこれから言う」
「何?」
「……うん…」

真城らしく無い仕草で目を逸らし、鼻の下を擦る。そしてまだ遠い校舎の群れをあやふやに指差して一度言いかけては止まり口籠った。

「何だよ…気味が悪いな」
「気味悪いとか言うな、あのさ、要らぬお節介だとは自分でも思うけど………もし蓮が自分で行けないなら俺が代わりに話を聞きに行ってやろうか?」

「……何の……事?…」

「あんだけベッタリだったんだし…」
「やめろよ」

真城の言わんとする事はわかった。
しかし、それは本当に要らぬお節介だ。

ずっと考えていた。
ずっと待っていたと言ってもいい。
何度も突拍子もない事をしでかし、都合の悪い事は美しい笑顔だけで乗り越えて来たくせに、あの後から何も言ってこない。
2度と話しかけるなと言ったのだから言い訳など聞く気は無かったが会いにすら来ない。
つまり、無かった事にしたいのだ……お互いに。

「………俺にはもう関係ないから」

「また……凍って閉じる、蓮の悪い癖だな」

「……………煩いな」
「煩いのが俺の売り、この際だから聞くけどお前らってどんな関係?」

それは寧ろこっちが聞きたい事だ。
真城の真っ直ぐ過ぎる率直さが羨ましいと思った事は何度もあるが、憂鬱な試験前の朝には煩わしいとしか言いようがない。
「何が聞きたいの?頻度?場所?」
「……いや、わかった、もういい」

「悪かった」と言いつつ呆れたような溜息を吐くくらいなら構わないで欲しい。

「詳しく知りたいならあっちに聞けば?面白可笑しく語ってくれるかもよ」
「もういいったら」

いいならいいのだろう、同じポーズのまま考え込む真城に背を向けて歩き出した。
受けても無駄に思える試験なんかどうでもいいのだがもう誰とも話したくない。
それなのに「待てよ」と言って追いついてくる。

「お前さ、この所の自分が変だって気付いてる?」

「変なのは…」

お前は変だと、変わってると言われるのは昔からだ。変わろうとした、少しは変わったと思った。
しかし、それは無理矢理仕舞い込んで隠して来ただけに他ならず変わるなんて無理だった。
ずっと1人だったのは当たり前の事で自己防衛でもあったのだと思える。
それゆえに踏み込んで来る奴は、真城も、あの人も「駄目な蓮」に目を瞑るのが上手かっただけだ。

「……ごめん」
「謝らなくていいけど蓮が冷たい目をすると怖いから気を付けろよな、飯は?構内で食う?試験は午前中で終わるだろ?外行く?」

「え?……いや…今日は…」
「さすがに忙しいか、暇そうなのが不思議だもんな、前に言ってたクリスマスは?これそう?」

「それも……」

別に特別な用がある訳では無いがまだ何も無い新しい部屋は寒々しく感じてこの所は黒江の部屋によく行っていた。
何かを話したりする訳では無いが、聞こえるか聞こえないかというボリュームで流れるラジオや絶えず爪弾く色々な楽器の音が心地いいのだ。

「その顔は行けるけど行きたく無いって感じだな」
「え?そう見える?」
「見えるも何もそうだろ」

ちょっと待ってろと言って真城が鞄から取り出したのは見覚えのあるノートだった。
ページを巡ってニヤリと笑う。

「ないん、びて…かむつぉパーティ」(駄目、パーティには来い)
「Geh nicht auf die Party」(行かない)
「わ、ドイツ語の発音完璧、さすが蓮だな、俺はこれからヒヤリングの授業なんだけど後期の単位が取れるかどうかは微妙だな」

「………そのノートがあれば取れるよ」
「ヒヤリングは別だけどな」

「じゃあ」と手を挙げて快活に走り去っていく後ろ姿の先に派手に飾った団扇を手にした女子の塊が見えた。それは大学に入学して以来よく見る光景だ。眩い光に包まれたその姿は見えないがきっとそこにいるのだろう。

夏は終わったのだ。
特別に暑くて眩い季節は瞬く間に過ぎ去りもう2度とは戻って来ない。


だから年末は嫌いなのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...