ストーキング ティップ

ろくろくろく

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隙間風

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混雑する市街地を抜けて高速に乗れば目的はすぐだった。街を抜けて山に入ると格別長かった夏を謳歌していた山の木々は突然訪れた寒さに驚いたのか季節外れの紅葉を見せていた。
避暑を兼ねたリゾート地として人気のあるペンション街は平日といえどそれなりに賑わっている。しかし、別荘街に入ると人の気配は無く、まるで忘れ去れられたゴーストタウンのように寒々しく静まり返っていた。

山に入るとさすがに気温が低いのか、既に紅葉は終わり、冬枯れた木が目立っている。
高速を降りた辺りから降り出した霧雨がフロントガラスを曇らせていた。

「濡れる程じゃないよな…」

眠り続ける蓮を起こさないようにそっと車を降りて、その辺りの別荘を管理している不動産屋に鍵を借りに行った。
自意識過剰だとわかっているがなるべく顔を隠そうとしたのは不動産屋が別荘の持ち主は音楽関係の仕事だと知っているからだ。

愛想よく笑った壮年の管理人に何も気付いた様子は見られなかったが、その代わりに最近始めたらしいデリバリーサービスをしつこく勧められて丁重なお断りをしなければならなかった。

知り合いのログハウスは車道を外れて地道の林道を少し走った場所にある。
目に入る距離に隣家が無いのはいいがちょっと煙草を切らしたくらいでも最寄りの店に行くには車が必要という立地だ。
夏には猛っていたのだろう茶色くなった枯れ草を踏んで車を停めた。

「蓮、着いたぞ」

シートにへばりつくような姿勢で眠りこける背中に声を掛けるとモソリと肩を動かしたが返事は無い。
木々の生い茂る夏ならば暫く放って置いてもいいのだが、エンジンを切った途端冷たい空気がシンシンと忍び寄る寒さの中だ、肩を揺すると触るなと言いたげに体を捩ったが、どこにいるのか、何をしているのか気付いたのだろう、周りを確かめるように少しだけ首を動かし唸り声を上げた。

「ほら、まだ寝る気なら中に入ってから寝ろ」
「着いた?湖のあるとこ?」
「ああ」
「見に行ってもいい?」
「今日は無理だろ」

美しい湖はリゾート地の観光目玉でもあるが辺鄙な場所にあるログハウスからは歩いて30分は掛かってしまう。

「お互いに着の身着のまま来たからな、もうすぐ夕方に差し掛かるから寒いだろ、湖に行きたいなら明日にでも連れてってやるよ」
「………寒くてもいいじゃん、この際だから真っ暗な湖の底に駆け落ちでもしない?」

「…………底に行くなら駆け落ちじゃ無くて心中だろ」

不穏当な発言だが、これは死にたいと思っている訳でも無く、ましてや告白なんかでは無い。以前に湖で見た気温よりも水温の方が高い水面から立ち上る幽玄的な水蒸気をイメージしただけなのだ。
一眠りしたからいつもの気弱で引っ込み思案な蓮に戻っているかと思ったらまだトリップ中らしい。

ノビのある美しい声や音感に圧倒されて見逃しがちだが蓮の持つ能力のうちで特筆すべきは感覚そのものなのだと思える。
商用に耐えうる作曲や作詞はある程度なら習得し得るスキルなのだが、感覚そのものは持って生まれた「才能」なのだ。

蓮の事はよくわかっているつもりだが、今目に見えている蓮は1割にも満たないのでは無いかと思う事が時々ある。

これはプロダクションと契約した頃から頭をよぎるようになったつまらない劣等感だ。

もし蓮が頭の中のイメージを言葉に出来たら。
もし、プロとしてやっていく自覚を持ったら。
誰だって自分の曲に手を入れられたく無いものだ。自分1人の手で全てを完成出来るならそうする。

そうなると誰の手も必要としなくなるかもしれない。どっちにしろ本物がわかる耳を持った奴、蓮の音を商品に仕上げられる奴は他にも沢山いるだろう。
今はつまら無い杞憂だと笑えるが……遠くない未来はわからない。

「………馬鹿だな俺」
「え?何が?」

「……何が…って……」

その無垢な問いに苛つきを覚えているなんて蓮は知らない。自分が持っているものの価値も、希少性も蓮は知らない。

蓮を連れて来たのは失敗だったのかもしれない。
まだ片鱗さえ見えない妄想に近い事にモヤモヤと燻っているなんてやはり少々精神的に参っているらしい。パンと頬を弾いてマイナスに陥ろうとする気持ちを切り替えた。

「何でもいいから、ほら車を降りろ、管理人さんがオイルヒーターを着けといてくれたらしいけど薪ストーブを焚かなきゃ凍えるぞ」
「ログハウスを薪にするのもいいね」
「駆け落ちはいいけどそれはダメなやつ、食糧は重いから蓮はギターを持って来てくれるか?」

「眠いのに…」

もう目は覚めているくせに小さな文句を垂れた蓮はもそもそと車を降りて「寒い」と身を縮めた。

空は灰色だ。
まだ午後4時を過ぎた頃なのに日は傾きもう薄暗くなって来ている。
肌を撫でるような霧雨を避けてログハウスに急いだ。

「寒いな」
「寒いね」

2台あるオイルヒーターのスイッチは入っているがいかんせん隙間の多いログハウスだ。
凍える程では無いがコートを脱ぐ気にはなれない。

「薪ストーブを炊くから…」

「ログハウスの裏から薪を取って来い」と言おうとしたが、よく考えたら蓮に頼むより自分で動いた方が速い、デロンギに手を置いて座り込んだ背中に待っているように言ってから外に出た。

「……こりゃ…蓮に頼まなくてよかったな…」

木々に埋もれるように山の斜面に建つこのログハウスは夏でも夜になると薪ストーブが必要になるのだ。その為、薪は絶えず補給されている筈なのだが夏に蔓延った草や蔦に埋もれて掘り返さなければならない。
枯れて尚丈夫な蔦の蔓を引きちぎり、ぶった斬り、掘り返し、やっとの事でワイヤーで縛られた薪をふた束取り出した。

「冷た……」
木のくせに凍っているのかと思う程冷えている。
本当に……いつ季節は進んだのか、少し外にいるだけで指先が痛くなってくる。
片手に1束、胸にもう1束を抱えてログハウスに戻ると蓮がギターケースに放り込んで来た書き殴りの楽譜を散らかしていた。

楽譜の読み方は何度か教えたが好きなメロディに変えてしまう蓮には無駄なのだ、しかし、音階くらいは理解しているらしい、鼻歌を歌っている。

「ストーブを付けたら弾いてやろうか?」
「どっちでもいいけど……これは?新しい曲?」
「半年後には2枚目のアルバムを出したいからな、次のシングルも決めなきゃいけない」
「ふうん」

他人事のような気の無い返事はいつものことだ。
驚く程の速さで暗くなって行く部屋に電池式のランタンを灯した。

「暗いけど見えるか?」
「見てないからべつにいいよ」

見てないと言いつつ楽譜から目を離さない蓮のためにもう一つのランタンを灯して側に置いた。
丸太を組んで作られたログハウスには200ボルトの電源があるのにエアコンも照明も無いのだ。
トイレとお風呂はあるが、家具も無ければベッドすら無い。
あるのは分厚いラグの上に転がる三つのビーズクッションだけだ。
しかし、安価なおもちゃのようなランタンとは言え灯りを付けると雰囲気だけは抜群に良くなる。

やはり来てよかったと落ち掛けている気分を盛り上げてストーブの中に薪と着火剤を放り込んだ。
後はする事も無ければやらなくてはならない事も何もない、シャワシャワと音のする大型のクッションに身を沈めた。

「蓮、腹が減ったら好きに食えよ」
「今はいらない」
「そうか」

蓮は小さな鼻歌を口ずさんでいる。
心の内側に入り込んでいる時は空腹や喉の渇き、時としては発熱さえ無自覚になる傾向があるのだが、もう年端も行かない中学生では無い。

口煩く注意するのはやめてコンビニで仕入れたビールを取り出して開けた。
アテはスナックチキンと蓮の歌だ。

囁くように小さいのに弛まない湧水のように豊かで透明だ。

「ギターを……弾いてやろうか?」

楽譜に書いたメロディが編曲されていた。
いつもならボイスレコーダーに録音する所だが、心の調子が悪い今は不備を添削されているような気持ちになる。
蓮の返事は無いがギターを抱えてコードを鳴らした。「正しい」歌付きだ。

「歌うの?」
「悪いか?」

これでもバンドを始めた中学生の頃から20歳くらいまではボーカルを担っていたのだ。
丁度自分がごく「普通」だと認識した頃に将来を考えたメンバーが1人抜け、2人抜け、唯一だった筈のバンドは自然消滅してしまったが今でもRENの曲を作る時に仮歌を入れている。
すかさずハモってくる蓮の声に釣られないようギターの音に耳を傾けた。
しかし、いい感じだったのは前半だけだった。
あっという間に主旋律を乗っ取られてやはり編曲されてしまう。
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