ストーキング ティップ

ろくろくろく

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小指が痒い

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蓮!と強く呼ばれて目が覚めた。
ぬくぬくを通り越して暑いと言える寝心地に、
ああ、心中には失敗したんだなと落胆した。

そこでやっと気付いたのは覆いかぶさるように覗き込んでいる凶相だった。

「黒江さん……怖い…」
「当たり前だ馬鹿!!お前な!見つかった時の体温が32℃だぞ?!意識は無いし触ったら冷たいし顔色なんかモロ死人だったんだぞ!」
「それは……」

黒江は大層に言うが、眠っていたのはログハウスの片隅だ。病院じゃ無いってことはつまり軽症だったのだ。

「2メートルくらいの崖みたいな所に落ちてたんだけどどうやって帰って来たのかな?」
「大変だったぞ」
「黒江さんが持ち上げたの?」
「違うわ、お前を見失ってから探せるだけ探したけど日も暮れてどうにもならないから消防に連絡したんだ、言っとくがヘリの要請を出す寸前まで行ったんだからな」
「へり……」

考えていた意味とは少し違ったがそれは「大変」だっただろう。探してみればログハウスから1キロも離れてない薮の中にいたなんて結末には恥ずかしい思いをしたと思う。
このままでは長めの説教を喰らいそうだから謝るのは後にして取り敢えず逃げておこうと思った。

「あの…足の指が痒いからお風呂に入ってくる」
「駄目、もう少し寝てろ、足の指が痒いのは軽い凍傷だ、つまり霜焼けだから我慢しろ」
「え?やだよお風呂くらいいいだろ」

寒いどころか暑くて汗をかいているのだ。
しかも、どこから調達したのか、数枚の毛布と綿の詰まったレトロな布団が異様に重かった。
よいしょと退けて起きあがろうとすると両肩を押されてドシっと背中を押して付いた。
覆い被さる手は重くて肩を掴む手が肌に食い込んで痛かった。

「あの…夕方の続きはもう…出来ないってか…やりたくないってか……黒江さん?」

覆いかぶさっている大きな体がただでも頼りないランタンの光を遮り、よくは見えないが黒江の顔がグニャっと歪んで変な皺になっている。
何かがポツンと落ちて来たと思ったら締め落とす勢いで抱きつかれて押し潰されそうになった。

「痛いって!」
「………よかった…」

そう呟いた黒江の肩はしゃくり上げるように震えている。
 
「よかった…本当によかった、ごめん蓮、どうかしてた、どうかしてた、ごめん、ごめん……」
「………黒江さん…」

自分の持つ1番駄目な所がダダ漏れの1日だった。
思考が浮いたように現実感が遠く、逆さレンズを通したように人との距離感があやふやなままで自分の中に閉じこもっていた。
真城にも八つ当たりをした。
特別な不満がある訳じゃ無いのに何もかもに置いてけぼりを食らったように感じていた。
心中などど口にしたが、死にたいなんて思ってない。帰る事を諦めたあの時だって死ぬなんて本気では思ってなかった。

「………ごめん」
「……悪かったのは俺だよ」

スンッと鼻を啜った黒江はムクッと大きな体を持ち上げて後ろを向いてしまった。
どれだけ心配をかけたか、どんなに慌てたかは今までを考えると見なくてもわかる。

「ごめん……」
「そんな事はいいから今はもう少し寝てろ」
「うん……でも……」

申し訳ないとは思っている。
反省しなければならない事も沢山ある。
しかし、どうしても痒い足の指を何とかしたかった。

「でも……やっぱり風呂に入りたいんだけど…」
「もう少し待てよ、低体温は急に温めたら駄目なんだ、蓮はあいつのセーターとコートを着ていたから助かっただけなんだぞ」

「………え?……」

何かが抜け落ちていると思っていた。
しかし、起き抜けは暑くて、怒られて、考える暇など無かった。

「クリスは?!どこ?!一緒にいただろ?!」

ハッと顔を上げ、そのまま目を逸らして言葉を濁した黒江を見てヒヤリと背中が冷たくなった。
クリスのセーターを着ていたと黒江は言った。
クリスのコートを着ていたとも言った。
上着もインナーも無いままで髪が凍る程の寒さをどうしたと言うのだ。

「病院?!どこの?」
「いや……あいつは……」
「隠さないで!!どこ?!俺は軽症だったからここで寝てたんでしょう?!クリスは?!」
「だからあいつは…」
「もういい!」

起きあがろうとすると「まだ寝てろ」と押し返して来る手が邪魔だった。思い切り振り払い、蹴飛ばして跳ね起きた。
黒江が最も優先するのは「蓮」の体なのだ。
つまらないごっこに付き合わせた末に、クリス独特の思考から来る「何でも捨て身」をやらかしたのなら無事でいる方がおかしい。

「止めても行くから!黒江さんが教えてくれなくても誰かに聞いたらわかるから」
「わかっても、行ってもしょうがないんだ!あいつは……」

「え?」

「あいつは」に続いて出てきた言葉が信じられなくて掴みかけていた黒江のデカいブルゾンをポソっと床に落とした。
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