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その3
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結論から言おう。
光彦のハートは撃ち抜かれた。ズキュウゥゥゥゥンッ!!という擬音付きで撃ち抜かれた。
遠藤少年の創作落語は、3分という短い時間のために簡潔な内容であった。
母親にどんな高校を受験するのかと聞かれた息子が「名前が書ければ合格する」と言われる底辺高校を受けるという。嘆く母親に反対されるが、息子の意思は変わらない。
そして迎えた受験日。試験開始と共に繰り出される、あの名前――。
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ……」
ワッと湧く場内。小道具の扇子を鉛筆に見立て、答案用紙に名前を激しく書き殴る仕草をしながら、流れるようにかの有名なフルネームを繰り出していく。指が疲れた・字を間違えて慌てて消しゴムで消すなどのアクションを取り混ぜながら、最後に「長久命の長助っ!」とフィニッシュした時には客席から拍手が巻き起こった。
光彦は感動していた。
今までの人生で、これほど感銘を受けたことはなかった。
こんな大きな舞台でたった一人、何百の視線を真正面から受けながら、お笑いなどという、スベったらとんでもなく悲惨になる演目を、しかも、光彦が恥部として隠してきた和の古典というジャンルに堂々とチャレンジする姿勢に心が震えた。
まぁ、ただ単にそれだけなら感動と共に幾分かの羨望や嫉妬を感じて終わっていたかもしれない。
しかし、光彦は見てしまった。結末である「オチ」で締めて一礼、ひときわ大きな拍手を浴びて姿勢を戻した遠藤少年の「にぱっ」と音がするような全開の笑顔を。やりきったという達成感と喜びにあふれた満面の笑みが、光彦の空虚なハートをダイレクトに直撃したのである。スポットライトも何もない、ただの白い天井照明に照らされて座る着物姿の少年の周りに、数えきれないほどの光の粒が見える――。
ああ、これだ。これこそが「キラキラ」だ。
なんてまばゆくて、なんて綺麗で、なんて尊い――。
こうして、3分という短時間で光彦は恋に落ちた。
初めての体験に魂を抜かれたようになっていた光彦だが、気がついた時にはすでに遠藤少年は退場しており、次の演目が始まっていた。
こうしちゃいられない。今すぐ舞台裏に行って彼に会って、それからそれから……。
しかし、その後すぐに、光彦は脱走に気付いて捜索に来たクラスメイトにつかまり、教室まで連行されていったのだった。
※ ※ ※
それでも文化祭終了後、電光石火の早業で遠藤少年への告白と交際に持ち込んだ光彦。2年に進級して同じクラスになったこともあり、毎日がハッピーラッキーである。
ただひとつ不満があるとすれば、2人の関係を内緒にしなければならないことだろう。幼いころから老若男女に言い寄られてきた光彦には、公表することに何の抵抗もない、何なら全世界に知らしめても構わないのだが、彼が嫌だというのならこらえねばなるまい。
しかし我慢できるだろうか。来月の体育祭の日に、屋上から愛を叫んじゃったりしていいだろうか。
「惚れた相手は大切にせぇ」
祖母の教えが脳内にこだまする。我慢だ、うん。光彦は気を取り直して情報誌のチェックに取り掛かる。
祖父と暮らしているという遠藤の趣味は、落語の他は意外にも今風のものだった。
でも、梅こぶ茶を出すと美味しいと言って喜んでくれるし、「笑点」の歴代メンバーで最強なのは誰かという、もうどうでもいいような議論も面白がって付き合ってくれる。
そんな彼の喜ぶ顔が見たくて、何事も他人任せだった自分が、こうやってこまめに遊びに行く先の下調べもするまでになった。恋とは素晴らしいものである。
光彦は、相変わらず「自分の」キラキラとやらが分からない。
でも、鏡に映った顔は、前とは違って何だか少し引き締まったような感じがして、
「なかなか悪くない」
と思うのだった。
(おしまい)
※ ※ ※
お読みいただきありがとうございました。
光彦のハートは撃ち抜かれた。ズキュウゥゥゥゥンッ!!という擬音付きで撃ち抜かれた。
遠藤少年の創作落語は、3分という短い時間のために簡潔な内容であった。
母親にどんな高校を受験するのかと聞かれた息子が「名前が書ければ合格する」と言われる底辺高校を受けるという。嘆く母親に反対されるが、息子の意思は変わらない。
そして迎えた受験日。試験開始と共に繰り出される、あの名前――。
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ……」
ワッと湧く場内。小道具の扇子を鉛筆に見立て、答案用紙に名前を激しく書き殴る仕草をしながら、流れるようにかの有名なフルネームを繰り出していく。指が疲れた・字を間違えて慌てて消しゴムで消すなどのアクションを取り混ぜながら、最後に「長久命の長助っ!」とフィニッシュした時には客席から拍手が巻き起こった。
光彦は感動していた。
今までの人生で、これほど感銘を受けたことはなかった。
こんな大きな舞台でたった一人、何百の視線を真正面から受けながら、お笑いなどという、スベったらとんでもなく悲惨になる演目を、しかも、光彦が恥部として隠してきた和の古典というジャンルに堂々とチャレンジする姿勢に心が震えた。
まぁ、ただ単にそれだけなら感動と共に幾分かの羨望や嫉妬を感じて終わっていたかもしれない。
しかし、光彦は見てしまった。結末である「オチ」で締めて一礼、ひときわ大きな拍手を浴びて姿勢を戻した遠藤少年の「にぱっ」と音がするような全開の笑顔を。やりきったという達成感と喜びにあふれた満面の笑みが、光彦の空虚なハートをダイレクトに直撃したのである。スポットライトも何もない、ただの白い天井照明に照らされて座る着物姿の少年の周りに、数えきれないほどの光の粒が見える――。
ああ、これだ。これこそが「キラキラ」だ。
なんてまばゆくて、なんて綺麗で、なんて尊い――。
こうして、3分という短時間で光彦は恋に落ちた。
初めての体験に魂を抜かれたようになっていた光彦だが、気がついた時にはすでに遠藤少年は退場しており、次の演目が始まっていた。
こうしちゃいられない。今すぐ舞台裏に行って彼に会って、それからそれから……。
しかし、その後すぐに、光彦は脱走に気付いて捜索に来たクラスメイトにつかまり、教室まで連行されていったのだった。
※ ※ ※
それでも文化祭終了後、電光石火の早業で遠藤少年への告白と交際に持ち込んだ光彦。2年に進級して同じクラスになったこともあり、毎日がハッピーラッキーである。
ただひとつ不満があるとすれば、2人の関係を内緒にしなければならないことだろう。幼いころから老若男女に言い寄られてきた光彦には、公表することに何の抵抗もない、何なら全世界に知らしめても構わないのだが、彼が嫌だというのならこらえねばなるまい。
しかし我慢できるだろうか。来月の体育祭の日に、屋上から愛を叫んじゃったりしていいだろうか。
「惚れた相手は大切にせぇ」
祖母の教えが脳内にこだまする。我慢だ、うん。光彦は気を取り直して情報誌のチェックに取り掛かる。
祖父と暮らしているという遠藤の趣味は、落語の他は意外にも今風のものだった。
でも、梅こぶ茶を出すと美味しいと言って喜んでくれるし、「笑点」の歴代メンバーで最強なのは誰かという、もうどうでもいいような議論も面白がって付き合ってくれる。
そんな彼の喜ぶ顔が見たくて、何事も他人任せだった自分が、こうやってこまめに遊びに行く先の下調べもするまでになった。恋とは素晴らしいものである。
光彦は、相変わらず「自分の」キラキラとやらが分からない。
でも、鏡に映った顔は、前とは違って何だか少し引き締まったような感じがして、
「なかなか悪くない」
と思うのだった。
(おしまい)
※ ※ ※
お読みいただきありがとうございました。
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