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生態記録 序章
記録No.1
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そのおっさんは、魔人であった。
漆黒の肌に紅色の鎧。
禍々しい闇の戦斧を振り回し、核部に埋め込んだ魔力水晶から破壊を開放する。
圧倒的な強さの前に、魔界のあらゆる存在がひれ伏した記録すら残っている。
一騎当千といえばその男を指す時代が、かつてあったのだ。
だが、それはもはや昔の話。
今のおっさんは、ただのおっさんであった。
☆
「おおい、昼飯はどうすんだよう」
洞窟にこだましたのは、間抜けな声だった。
返事はない。
間抜けな響きが無情にも繰り返されるだけだ。
うねるワームのように続く暗い洞窟で、声はいつしか消えていった。
相手に届いたのかはわからない。
だが返事がない以上、それを考えるのは無駄というものだ。
ひとしきり間抜けが反響すると、ぽりぽりと頭を掻きながら、声の主が顔を出す。
「参ったな……」
半端に開拓された寂しい頭、どことなく滲む脂汗。
伸びきったシャツとステテコパンツ。
おっさんである。
「仕方ない……、余り物でも食うか……」
いやに緩慢な動作で、洞窟内に建つ家屋へのっしり戻る。
やる気とか、緊張感とか、そういった覇気はどこにもない。
かつて彼が住んでいた魔界下層の溶岩地帯ならば、こんな振る舞いをする存在はいなかった。強者は余裕を持つが、牙剥く弱者を食う用意は常にしていたし、弱者は生き残るために力を尽くしていた。それぞれがそれぞれの立ち位置で、生を謳歌していたと言ってもいい。
ここは魔界上層の洞窟。
取り立てて語るものがない、ただの空洞だ。
地質だけは悪くないので、ところどころに草花は生えている。見れるものといえばそれだけだ。
用があってここに来る者など今後現れることはないだろう、それくらい価値のない辺鄙な場所である。
その草花さえも、外敵のいないここでは、だらけている。
地面に根本から茎を横たわらせ、葉を腕として頬杖をついている有り様だ。
しなびた草花よりも生気が感じられない。
彼らは地上の草花と違って光を栄養としないため、土さえ豊かなら無理に背を伸ばしていなくても生きられるのだ。
『ア-、クソダリ-』
そんなことを言って、時折乱暴に蜜を吐き捨てる。
それがここの草花の過ごし方だ。なんの生産性もない。
蜜を吸いに来る虫もいないため、完全に無駄な行為である。
そんな草花に興味もくれず、おっさんは家に戻り、キッチンに向かう。
キッチンには、魔界各所でとれる珍品が並んでいた。昔取ったなんとやら。
冷凍庫がわりに使っている、生きた氷の塊もその一つだ。
氷の塊は、キッチンの中央に横たわり、胴体部の氷肌をカリカリ掻いていた。
長めの立方体に張り付いた両目はくりくりのまん丸で、氷の表面を自在に移動できるはずだが、特に動く様子はない。ただただ虚空を捉えている。特にやることはないらしい。
存在するだけで冷凍保存の役割を果たせているので、当然といえば当然かもしれない。
『ンエー』
彼もまた、だらけていた。
やる気のない冷たい目が、おっさんのそれと交差する。
『……コレ、サイゴダゾ』
と、おっさんの空腹を悟ったのか、なにかが吐き出された。
おっさんの足元で平皿に着地、硬い音を立てたそれは、一個のグミ。
魔界中層でとれる木の実を原材料にしたものだ。味はまあまあ。
本来は独特の癖になる食感が味わえるのだが、今は冷凍されてカチカチに凍っている。
「……」
おっさんは何も言わずにそれを口に含み、ぼやいた。
「なんか良いことないかなぁ……」
なんの生産性もない時間であった。
これが、かつて魔界最強と謳われたグリズ・アッカスの日常である。
漆黒の肌に紅色の鎧。
禍々しい闇の戦斧を振り回し、核部に埋め込んだ魔力水晶から破壊を開放する。
圧倒的な強さの前に、魔界のあらゆる存在がひれ伏した記録すら残っている。
一騎当千といえばその男を指す時代が、かつてあったのだ。
だが、それはもはや昔の話。
今のおっさんは、ただのおっさんであった。
☆
「おおい、昼飯はどうすんだよう」
洞窟にこだましたのは、間抜けな声だった。
返事はない。
間抜けな響きが無情にも繰り返されるだけだ。
うねるワームのように続く暗い洞窟で、声はいつしか消えていった。
相手に届いたのかはわからない。
だが返事がない以上、それを考えるのは無駄というものだ。
ひとしきり間抜けが反響すると、ぽりぽりと頭を掻きながら、声の主が顔を出す。
「参ったな……」
半端に開拓された寂しい頭、どことなく滲む脂汗。
伸びきったシャツとステテコパンツ。
おっさんである。
「仕方ない……、余り物でも食うか……」
いやに緩慢な動作で、洞窟内に建つ家屋へのっしり戻る。
やる気とか、緊張感とか、そういった覇気はどこにもない。
かつて彼が住んでいた魔界下層の溶岩地帯ならば、こんな振る舞いをする存在はいなかった。強者は余裕を持つが、牙剥く弱者を食う用意は常にしていたし、弱者は生き残るために力を尽くしていた。それぞれがそれぞれの立ち位置で、生を謳歌していたと言ってもいい。
ここは魔界上層の洞窟。
取り立てて語るものがない、ただの空洞だ。
地質だけは悪くないので、ところどころに草花は生えている。見れるものといえばそれだけだ。
用があってここに来る者など今後現れることはないだろう、それくらい価値のない辺鄙な場所である。
その草花さえも、外敵のいないここでは、だらけている。
地面に根本から茎を横たわらせ、葉を腕として頬杖をついている有り様だ。
しなびた草花よりも生気が感じられない。
彼らは地上の草花と違って光を栄養としないため、土さえ豊かなら無理に背を伸ばしていなくても生きられるのだ。
『ア-、クソダリ-』
そんなことを言って、時折乱暴に蜜を吐き捨てる。
それがここの草花の過ごし方だ。なんの生産性もない。
蜜を吸いに来る虫もいないため、完全に無駄な行為である。
そんな草花に興味もくれず、おっさんは家に戻り、キッチンに向かう。
キッチンには、魔界各所でとれる珍品が並んでいた。昔取ったなんとやら。
冷凍庫がわりに使っている、生きた氷の塊もその一つだ。
氷の塊は、キッチンの中央に横たわり、胴体部の氷肌をカリカリ掻いていた。
長めの立方体に張り付いた両目はくりくりのまん丸で、氷の表面を自在に移動できるはずだが、特に動く様子はない。ただただ虚空を捉えている。特にやることはないらしい。
存在するだけで冷凍保存の役割を果たせているので、当然といえば当然かもしれない。
『ンエー』
彼もまた、だらけていた。
やる気のない冷たい目が、おっさんのそれと交差する。
『……コレ、サイゴダゾ』
と、おっさんの空腹を悟ったのか、なにかが吐き出された。
おっさんの足元で平皿に着地、硬い音を立てたそれは、一個のグミ。
魔界中層でとれる木の実を原材料にしたものだ。味はまあまあ。
本来は独特の癖になる食感が味わえるのだが、今は冷凍されてカチカチに凍っている。
「……」
おっさんは何も言わずにそれを口に含み、ぼやいた。
「なんか良いことないかなぁ……」
なんの生産性もない時間であった。
これが、かつて魔界最強と謳われたグリズ・アッカスの日常である。
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