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生態記録 序章

記録No.2

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何か良いことはないか。
非生産が形になって出たようなぼやきだったが、突如として思わぬ返答が返ってくることとなった。


「ぐあああッッ!!」


まさか叫び声が返ってくるとは誰も思うまい。
叫び声は、突如上から降ってきた。
さしものおっさんも上を見るというもの。


目に映るのは木製の天井だ。


「む……」


しかしおっさんは気づいていた。
いや、耳に届く洞窟の天井を砕く轟音が状況の理解を迫った。


声の主だけではない。
瓦礫もセットで降ってきている、と。
理由はわからないが、なにかがあって洞窟の天井が砕けたのだ。


「なあ、誰かいるか!! 逃げてくれ!!」


降ってくるのは、黄色い果実をつけた喋る樹と、おっさんの住む家屋を容易く呑み込む質量の岩群。
樹は、恐らく中層の住人だろう。
おっさんが先ほど口にしたグミの材料は、この喋る樹の親戚種から取れるものだ。


声を掛けつつ樹は思った。
砕けて拡がった瓦礫が降っているのだ。既に家屋を二回りほど覆いつくすほど、降り注ぐ影は広くなっている。
もう逃げる事は叶うまい。


一体何があったのか、樹は苦虫を噛み潰した表情で後悔する。樹なのに。


「すまない……!!」


あるいは天に祈る思いだったかもしれない。
神がいるならばなんとかしてくれ、と。


だがここは魔界。
そんな生易しいことでは終わらない。


「お客様かな」


のんきなおっさんに続いて、それは起きた。
突如として、洞窟の壁面から棒のようなものが突出したのだ。
全身の筋肉によるしなやかさと、鱗による硬さを両立させた存在。


蛇だ。
サイズ的に、大蛇というべきか。
かなり大きい。


壁と同じ青白い体躯が、あんぐりと口を開ける。


「えっ」


間抜けな声を出したな、と自己分析しながら、樹は考えた。
大蛇が空を裂きながら、大きく口を開けて真っ直ぐこちらに迫っている。
どこにいたのだろう。
壁に埋まっていたのだろうか。


樹は考えた。そして考えるまでもなかったという結論に達した。


食われる。





 その大蛇に与えられた役目はシンプルだった。


 天井が壊れたら、下の家屋を守り、天井の穴を埋めること。


 ゆえに大蛇は、その通りにした。
 真っ直ぐに瓦礫を目指し、まずはぱっくん。
 何かよくわからない樹のようなものを巻き込んだ気もするが、ともあれ家屋に落下する瓦礫は全て口の中に収めた。


 そしてそのまま進路を変更。真上の天井を目指す。
 大蛇には、歯が二本あった。
 蛇には似つかわしくない、太く幅広で、上下合わせると一枚の壁になるような歯だ。


 昔はそれで虐められたこともあったが、まあそれはいい。
 
 与えられた役目はシンプルだ。
 この歯ごと口から突っ込み、穴を埋めること。


 大蛇が真っ向から天井に突き刺さる。
 僅かに洞窟全体に揺れが響くが、すぐさま収まった。


 こうして穴は塞がれ、おっさんは事なきを得た。
予想外な展開はなかったし、喋る樹とおっさんが出会うこともなかったし、その出会いが大きな事件に繋がることもなかった。


おっさんは、そういうことに自ら首を突っ込まないのである。


 
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