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12 克弥 別離
しおりを挟む奏さんと牧田が一緒に住んでいたマンション。本来の持ち主が帰ってくるので引き払うという。
俺も就職が決まり、しばらくしたら退寮になる。どうせ引っ越すのなら一緒にと母校で講師をしている奏さんと同居することになった。
新しいマンションは詳しくは聞かなかったけれど牧田家と縁がある物件らしく、駅から徒歩数分というロケーションのわりに安く借りれたみたいだ。
奏さんの部屋には壁に立てかけられていた黒板があって常々何に使うのだろうと疑問に感じていた。
同居してついに目撃してしまった。どこかの世界にはいりこんだ奏さんによって突然書き出される数式。
チョークが途中で折れても、粉が舞っても意に介さない。何かに取り付かれた人のパフォーマンスをみているかのようだった。
殴り書かれた字は汚くて何が書いてあるのか分からないけれど、本人は理解しているらしい。
あとで黒板と対話をしていた。
食事中にも突然、数式は降りてくるようで瞬時に違う世界に行ってしまう。
常に論文の課題を頭の隅に置きながら生活してるんだなーと、一緒に暮らしてみて実感した。おちゃらけていない真面目な奏さんの一面を見た気がした。
◇
同居する以前、奏さんの部屋に遊びに行った。その際、奏さんのPCのデスクトップで偶然、牧田の姿をみつけた。
開きっぱなしのSNSの画面。その中で牧田は笑っていた。
奏さんがSNSを開きっぱなしにして席を外している時にスクロールして覗いてみてた。
こちらの大学を退学して或大に入り直していたことは、ここで知った。東の某大、西の或大と並び称される難関大学で、しかも文系から理系へ理転している。やっぱり牧田は凄い。
学業と一緒に起業していることも、ここで知った。会社の仲間なのか皆で笑顔の写真が載せてあった。
笑顔の牧田には、見ている俺もつられて一緒に微笑んでしまった。牧田の会社が何かに成功したという報告をみると無関係なはずの自分も嬉しくなってしまう。
いいねも押さず、奏さんが開きっぱなしにした時だけ画面越しに牧田を懐かしく眺める。それが俺のひそやかな楽しみだった。
牧田だったら、どうするだろうか。
自分が行動に迷った時、常に牧田を思い浮かべる。長年続けている習慣なので、その牧田はすっかり自分の中の一部になっていた。
奏さんは知らない、奏さんには踏み込ませない俺だけの秘密の領域。そこには自分だけの牧田がいた。
牧田のSNSには、あるときから黒髪の小作りの可愛らしい女の子の姿を度々見かけるようになった。どうやら牧田の彼女らしい。
それが分かってから心穏やかではいられなくなった。自分にだって奏さんという相手がいるのに。牧田を自分のもののように感じる自分が勝手すぎる。
彼女に対する嫉妬と、裏切りなんて存在しないのに牧田の裏切りを責める気持ち、それを思う自分のぐちゃぐちゃと乱れる感情が気持ち悪くて牧田の姿をネットで追うことをやめた。
◇
奏さんとは、奏さんの専門領域以外は何でも話した。奏さんは自分の専門を丁寧に解説して話してくれる……けども、俺の数学は中学レベルで足踏みしていて、さっぱり分からない。それでも教えようとするので、講義が始まるといつも逃げ出していた。
議論になった場合は大抵言い負かされてしまう。そんな時は強引に話を変えてしまうか、ベッドに引きずりこむ。
寝室に来てまで話し続けようとする奏さんに横からキスをする。
奏さんは、んっとキスをする僕に気がついたようだ。
俺はパジャマのボタンを喉元から外して、首元を露わにすると奏さんが吸い付いてくる。髪の匂いを嗅いで、耳元から首すじへ顔をうずめてくる。
「克弥、ずるい」
「ずるくない。論理的思考が奏さんの武器なら、これは俺の武器だ」
そう言って俺が目を細めると、奏さんは俺をぎゅっと抱きしめた。
流石にベッドの中では数式は降りてきたことはなかった。ちゃんと数式も降り時をわかってるじゃないか。
ご飯は先に帰ってきた方が担当する。面倒で外食してしまうこともしょっちゅう。
今日の夕食は、奏さんが揚げたエビフライ。揚げ色が少し濃かった。きっちり分量や時間を測って、レシピに忠実に作ろうとする奏さんにしては珍しかった。
揚げものの際、気を取られる事があったのかと思っていたら、食事中に奏さんから切り出された。
「克弥。9月からアメリカの大学に決まった 」
奏さんが海外の大学の研究員のポストを探していたのは知っていた。幾つか応募していることも。
「おめでとう! 期間は? 」
「とりあえず2年。更新あり。一緒に来る? 」
「俺はどの立場で? 」
一緒に行くつもりは無かったけど聞いてみた。
「妻、夫? 」
「俺の仕事は? ビザは? 」
奏さんは肩をすくめて手を挙げる、分からなーいという意味合いのポーズをしたので、適当な無責任発言に近くにあったクッションを投げつけてしまった。
奏さんは、2年間、研究員として、アメリカの大学にポストを得た。キャリア的にチャンスなのは凄く分かる。行かないと行くのではその後のキャリアパスは大違いだ。
日本では同性婚は認められていないし、何より俺は英語が出来なかった。
夫に帯同できる妻ならよかったのに。
同じ土俵で戦える同僚だったらよかったのに。
まだ大分先の話だからとなだめる奏さんの胸で泣いて、また別な意味でも泣かされた。
◇
数ヶ月後、奏さんを見送りに空港にきていた。
あと2時間後には彼は機上の人となる。
チェックインしたあと手荷物を預け、空港のレストランで一緒に食事をした。
奏さんの在籍する予定の大学は日本人が多いエリアにあり、日本食には困らなさそうという話だったけど、大学と市街地が離れているらしく車を購入するまでは、なにかと不自由らしい。
という訳で奏さんは、空港内のカウンター寿司で寿司をたらふく食べていった。俺のポケットマネーなのに容赦無い。
保安検査場に続く列が見えてきた。
そんな中で、あ、そうだ、といって奏さんは俺に耳打ちをしてきた。
ごにょごにょと耳打ちされた、その内容は衝撃的なもので俺はその場に立ち尽くしてしまった。
固まっている俺を尻目に奏さんは保安検査の列に近づいていく。俺は慌てて後を追った。
「克弥、俺のこと待たなくていいから」
追いついてきた俺に目も向けず、奏さんは列に向かう。
「俺たち別れよう」
列には既に3人ほど並んでおり、検査用のプラスチックトレイを取った奏さんはリュックとスマホを載せた。
この場面のここで言う? 動揺して近づく俺に
「解放してやる。克弥は自由だ! 」
最後に背中をドンっと叩いて、笑顔を向けてゲートに吸い込まれていった。
あまりの身勝手さに、びっくりして何が起きてるかよく分からなくなってしまった。
「奏さーん! 」
プラスチックの壁越しに叫んで手を振ると笑顔で手を振り返して行ってしまった。
行ってしまった。
送り出す緊張感で気を張ったままだったので、無事に送り出せてぐったりする。最後のあれは何だったのか、もっと前に言えよ。……唐突感が凄すぎる。
◇
自宅の部屋に戻ると奏さんの物が無くなって空いている室内を見渡した。
残されていたものは、俺の私物か共通のものだった。
奏さんの言ったとおり、共通で使っているオンラインストレージ上に該当テキストを見つけた。それには、これまでの詳細な経緯が残されていた。
このタイミングで明かそうとした奏さんに、牧田に対し涙が出てきた。
牧田に会いに行かなくては。
奏さんのID、パスワードはPCに記憶されたままだった。奏さん、ごめん、と謝りながら牧田のページを探す。
そして奏さんが渡米以外にも、この時期に明かした意味を知る。
クソ奏め! 本当に奏さんは煮ても焼いても食えない。
だからこそ上手いこと食いっぱぐれず、ポストにありついてこられたんだと思う。大学の任官には実績の他に政治力が必要らしいから。
牧田に奏さんのSNS経由で牧田に連絡し、自分のアカウントでアポを取り付け連休に関西に住む牧田に会いに行った。
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