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13 克弥2 会食
しおりを挟む牧田が予約してくれた割烹で食事をした。事前にお店の希望を聞かれていたので和食で美味しいお店をリクエストをしておいた。
年を経ると値段よりも美味しいものがいい。就職してお金よりも時間が大事になり、質もこだわり出してしまう。
マンションの近所には多様な飲食店があって奏さんと食べ歩いたけれど、和食の美味しい店には出会えていなかった。今回、牧田の申し出に甘えてみた。
何年か振りに会う牧田は以前と変わらないように見えた。服装に制約のない職場なのか髪形もわりと長め。それが学生らしく見え変化がないように見える一因になっている。
ただ制度的には変わる直前だった。1ヶ月後には結婚し他者の、SNSで見たあの小さくて可愛い彼女のモノになってしまう。
言葉の端々に混じる関西のイントネーションに離れていた時間と距離を感じた。
箸の進みに合わせて出される料理。宝石箱のようなきらきらしい前菜に汁の色が薄く出汁が濃い三つ葉と生麩のお吸い物。皮が香ばしく中がしっとりとした白身の柚庵焼き、口の中で牛脂と肉の繊維がほどけていく和牛の煮込み。
締めの雑炊は梅の酸味と濃厚なかつおの出汁が絶妙なハーモニーを奏でる逸品で、旨すぎて涙が出そうだ。季節のフルーツと干菓子の甘味、煎茶と合って美味しかった。
一品ごとに感動をあらわし食べていたので、お店の人とも会話が弾み楽しい時間が過ごせた。牧田は隣でにこやかに笑っていた。
牧田の結婚を考えたくなくて、不自然な沈黙が怖くて無理やりテンションを上げる。料理の合間に飲んだ何合かの吟醸酒に助けを借りた。
店をホテルのバーに移動して奏さんから聞いたことを確認する。
何でもないことのように肯定する牧田を前に、いろいろと感情が高ぶっていた俺は泣いてしまう。
牧田は奏さんと賭けをしていた。
近場の適当な高校から某大か或大に行けるかという賭けを。それが果たせたら奏さんは牧田の望みをかなえるという賭け。
俺と奏さんが付き合っていることを知った牧田は奏さんを呼び出して、経緯を確認して、卑怯な手を使った奏さんを怒ったらしい。
奏さんは昔からタヌキで、牧田の不在の経緯を知りつつも知らないふりをして俺に近づいてきた。
人の不安につけ込んで利用するなんて奏さんらしくて、乾いた笑いがもれてしまう。あの時の俺は本気で牧田を探していたのに。
牧田は起業に携わりながら、受験し直し或大学に合格した。そしてその貴重な権利で奏さんに約束をさせた。
俺を泣かせるな、幸せにしろと。
俺は考える。それは何かのついでだったのではないか、持て余した末の権利行使なんじゃないかと。
牧田は覚悟なしに人の人生に口に出すやつではなかった。実際に俺の受験の時はどうだ?勉強以前の自分を見捨てず最後まで併走してくれたじゃないか。そんな牧田がどんな思いでそれを奏さんに伝えたか。
俺はうなだれる。俺は牧田に大事にされていた…。
「……気持ち悪いかもしれないけど、俺、牧田が好きだった。牧田がいなくなって一人でいられなかった。今思うと恋愛感情とか依存とかいろんなものが混じってたんだろうな」
「そこで兄貴」
黙って聞いていた牧田が突っ込んできた。嫌がっては無さそうでほっとする。
「そう。不安でおろおろしているところをつけ込まれた」
あれは、本当に奏さんにつけ込まれたのだろうか。寂しさから、自分でわかっていてつけ込まれたんじゃないのか。自分でもよくわからなくなってきた。
「自分では、ほだされた気がしていたけど、それも計算づくだったかもしれない。今だとやられた感、満載」
奏さんは頭がいいから、と付け加えた。
牧田は笑って水割りを口にした。
「でも、なんで俺を置いていったのかな。要らなくなったとか」
「それは、違う。兄貴は多分向こうに居すわる気なんだ。大山を連れていったら大山が現地で苦しむと思ったんだと思う。実際、大山が兄貴みたいに面の皮厚くするのは無理でしょ」
牧田は笑って言うけど、奏さんみたいに振る舞うなんてとんでもない。結果だけ見てると羨ましいけれど、巻き込まれる側に立つとたまったもんじゃない。
「それにね、あの約束はまだ有効なんだと思う。約束に該当しなくなったから手を離したんだと思う」
そう言って牧田は目を細めた。
◇
まだ話足りない気がした。上に部屋を取ってあったので、牧田を誘ってルームサービスでワインを頼んだ。
ワインクーラーから取り出して素早く水気を拭きオープナーで開ける。ラベルは上に向け瓶底を持ちグラスに注ぐ。こういった振る舞いも奏さん仕込みだ。
皇居が見下ろせる大きなホテルのフランス料理。
銀座の重厚な一枚板のカウンター寿司。
知る人ぞ知るハイジュエリー。
入り口のドアマンにドアを開けてもらい中に入ると薄暗い店内はクリムゾンレッドのベルベットで覆われた瀟洒な内装。
店内を案内され展示品の桁違いのジュエリーを眺めるだけで背中に汗をかいてしまう。
隣にいた奏さんは涼しい顔をしていた。ここの店で手頃なリングを買ってもらった。
突然奏さんに連れ回され触れさせられる転生しない異世界。
異世界に触れた後は、たいていのお店で動じなくなった。
牧田には地元と決別する勇気と未来に進む気力、学力をもらった。
奏さんにはいろんな場所での振る舞い方や俺がものおじしないで済むような自信をもらった。
田舎にいたままだったら今の自分になってなかっただろう。
きっといろんなものにおびえ強者の顔色をうかがっているんだろう。
牧田のグラスに酒を注ぐ。
「俺の中にずっと牧田がいる。困ったことがあるとその牧田に聞くんだ。そうすると牧田が俺ならこうすると教えてくれる」
牧田はグラスを手にとって揺らめきを目で追っていた。
「俺の奥底にはいつも牧田がいた。今もやっぱり好きだと思う。結婚してしまうと知っていてもいられなくなって。奏さんとの約束の確認も重要だったけど、伝えとくのも大事かなって思ったんだ」
牧田は俺がゲイだろうがバイだろうが何者であっても態度をかえないだろう。
そういうやつだ。
「俺は牧田に出会えて本当に感謝してる。牧田がいなかった俺はあそこから抜け出せなかっただろうから、……本当に……ありがとうな」
牧田は俺をまぶしそうに見る。
そしてテーブルに視線を落として話し出した。
「俺もおまえのこと、いいなって思ってた」
「教室で窓に寄っかかっている大山を初めてちゃんと見て、なんてきれいなやつなんだと思った。教室で初めて声を掛けた時には、多分一目惚れ……」
牧田はテーブルの縁を見て言う。
「……これ以上一緒にいたら大村たちと同じことしてしまいそうで怖くなったんだ」
「それで関西に? 」
牧田は俺の顔を見つめ頷いてくる。
「知人から誘いがあったからね。それに大山は無邪気に甘えてくるし、地獄だったよ」
苦そうな笑いを浮かべる牧田から好きだったと聞かされ嬉しくなった。
横に座る牧田の顔は酒せいなのか、うっすら赤らんでいた。空気が温み、なんとなく二人の距離が近くなった気がした。
これ以上甘えても許されるような気がした。
牧田の肩に身体を寄せた。
拒否されなかったので、そのまま顔を近づけて口づけをした。
牧田は戸惑っていた。でもしばらくすると腕をつかみ応じてきた。
大学入学直後の初々しかった俺たちからかけ離れてしまったような大人のキス。
ソファの上になだれ込み、舌を絡め歯列をなぶり、唇を甘噛みした。
牧田からは赤ワインの味と匂いがした。
二人の顔が離れると下にいた牧田が大きな溜息をついた。
「これ以上はだめだ。……俺は、彼女を裏切れない」
そうだ。
牧田はこういう奴だ。
だから好きなんだ。
無言で身繕いする牧田を泣きそうな目で見つめる。
「まだこれからも友人でいてくれるか? 」
泣き出しそうな顔の俺に
「んっ、いいよ」
俺の乱れた前髪を指でなでつけながら牧田は笑った。
その笑顔がたまらなくて、友人と言い出したそばからまたキスしてしまった。
◇
SNS越しに牧田に会う。
結婚式の牧田。可愛らしい奥さんと一緒で嬉しそうだ。
二人の間に子どもも生まれた。
男の子だ。鼻と口元の感じが牧田家一族という感じで、牧田と奏さんに似ている。
牧田の物語のついでに奏さんの物語もSNS上でみる。
奏さんは、今は以前と違う大学の研究室に所属しているらしい。
今のボスは最初のボスよりも有力者で、奏さんはよりよい地位を確保したらしい。俺にはよく分からないけど。
研究で知り合った研究者の女性と近いうちに結婚するらしい。
俺にも報告がてらアマゾンの欲しい物リストと共に、お祝いを寄越せーってメッセージが来ていて奏さんらしくて笑えた。
俺にも言い寄る人はいて、心が動かされると疲れてしまうから適当に遊びなれてそうな相手とたまに遊んでいた。
最後に牧田と対面してから数年。
牧田と対面した。
牧田の動向はSNSで大まかには知っていたけれど、まさかこんなところで。
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