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14 克弥3 邂逅
しおりを挟むかつて奏さんと同居していた牧田家ゆかりのマンションで牧田と再会した。
私鉄の各駅停車の小さな駅のそこから徒歩数分の立地。
駅前にはこぢんまりとした商店街があってのどかな下町の雰囲気を醸している。
マンションは転職した会社にも近くロケーションも気に入っていたので何年も住み続けていた。
最上階に住む大家さんには奏さんの縁もあって妙に気に入られていた。
この地域を気に入っていた俺は大家さんに退去予定の部屋を紹介してもらい、同じ建物内のワンルームに引っ越していた。一人暮らしに不必要なものを処分しスケールダウンして。
ある日、マンションのゴミ捨て場で牧田に似た人を見かけた。
よくよく見ても牧田っぽい。ただ、その牧田は以前の牧田と雰囲気が違う。目は落ちくぼみ、頬もややこけ、寝癖で乱れた脂っぽい髪と多少の無精ひげが荒んだ印象を与えていた。
エントランスで顔を合わせた大家さんにさりげなく確認すると、あの牧田に間違いはなかった。
繋がっていたSNSを確認しても関東に越したことは書かれていない。そもそも、ここ1年ほどろくに更新もされていなかった。
何だかんだまだ繋がっていた奏さんに牧田と再会したことを伝えると、いくつかの情報を得られた。自分の手持ちのピースと組み合わせると牧田の背景が見えてくる。
数年前に奥さんが難病に罹患。助かるために最先端治療などあらゆる手を尽くしたらしい。
家を売って所有する会社の未公開株で金を借り、未承認治療薬にお金をつぎ込んだ。
最終的には病院から奥さんを連れだしエセ科学の宗教じみた施設に逃げ込んだそうだ。
奥さんは奥さんの親族に連れ戻され、病院で亡くなったということらしい。
東京に戻ってきたのは関西の奥さんの親族に子どもを取られたくないから。
俺がゴミ捨て場で見かけた野良猫のような険しさを帯びた牧田は不安を抱えながら子どもを背負っているのだろう。
俺の憧れだった牧田は変わってしまった。
牧田を変えたのは奥さんや子どもの存在で、彼女らを無くすのが怖くて追い詰められてしまったのだろうか。
俺は、牧田の結婚前にSNSで見かけた少女のような彼女の顔を思い浮かべた。
*
マンションの廊下で偶然を装って声を掛け、牧田との繋がりが復活した。勿論友人としてだ。
一緒に食事に行くことも、子どもが寝入ってから牧田の部屋にお邪魔して一緒に飲んだこともあった。
奥さんが亡くなったこと以外は牧田は詳しいことは語らなかった。俺も大体の状況は理解していたけれど何も知らないふりをした。
仕事は前職のツテで在宅でシステム関係を請け負っているらしい。奥さんが亡くって一人の子育ての大変さをこぼしていた。
協力が出来る事があれば手伝う旨を申し出た。食事を用意するとか、子どもと遊ぶくらいは出来るだろう。俺も何か牧田の役に立ちたかった。
それから牧田の息子、郁と関わるようになった。
牧田の締め切り日の間近、保育園が休みの休日に俺の部屋で一緒にゲームで遊ぶ。建物の建設や冒険をする内容は5歳の郁には少し早いかなと思ったけれど、彼は夢中になって土地を整地していた。
牧田が打ち合わせで帰りが遅い時は俺が保育園に郁を迎えに行った。
丁度職場で早帰りを推奨されている日で特に予定が無かったからだ。
「郁、夕飯、焼きそばでもいいか?」
郁は無言で頷く。俺が適当に作った焼きそばを二人で食べ一緒にカーレースをし牧田の帰りを待つ。
郁は要求が少なく手が掛からない子どもで、自分の子ども時代と比べて大人びていた。自分の立場を理解して振る舞っているようにみえた。
母がいないからか、向こうの親戚から孤立した牧田を見ていたからかなのかわからないが俺に郁は痛ましく見えた。
玄関のチャイムが鳴る。ドアの向こうには牧田がいた。
「牧田が帰ってきたみたいだ」
郁の表情がぱっと明るく輝く。やっぱり本当の親子にはかなわないな。
「牧田、お帰り、お疲れ。郁は良い子にしてたぞ。焼きそば余ってるけど食ってく?」
「遅くまで悪いからいいよ。本当にありがとうな。助かってる」
俺が手伝うようになって、牧田は以前より表情が軟らかくなった。
牧田の親戚である大家さんも介護者を抱えているようで、気楽に頼れないらしい。
おかずの差し入れは貰ってるみたいで、牧田家の食卓には大家さんお手製の白菜の漬物とか梅干しが並んでいた。
休みの日、朝、牧田からDMが来る。郁が遊びに行ってもよいかというものだ。
何も予定が無ければ俺の部屋に郁が遊びにくる。二人でヒゲ帽子おじさんを動かして遊んだり、イカになってみたり。
俺は子ども相手に遊んであげているのではなくて郁と対等に遊んでいた。
子ども扱いせずに普通に接する俺を郁は気に入ったようで、うちで預かる時も嫌がらなかった。
自分が子どもの時にされて悲しかったことは、存在を無視されたことだ。その場にいるのに意思を無視され決まり事だけを押し付けられる。
特に実家には母親に可愛がられていた姉と弟がいたから俺の存在は軽く扱われていたような気がする。
自分が嫌だったことをしない、だだそれだけだったけど郁には心地よかったみたいだ。
郁が寝入ってから牧田から飲みの誘いが来る。冷蔵庫から自分が飲むビールとつまみのチーズを持参する。
同じマンションに住んでいる酒飲みメリットは隙間時間があればいつでもすぐ誘えるし、終電時間も気にならない。
酔っぱらってもエレベーターで部屋を移動するだけなので本当に気楽だ。
牧田の家のリビングで一緒にビールを開ける。こうしていると大学入学直後のあの頃に戻ったみたいだ。
テレビを小さく流しながら俺たちはくっちゃべる。
以前と違うことはお互い恋愛カテゴリには近寄らないようにしていた。この歳になると触れてはいけない地雷があり過ぎる。
話題が途切れ生まれる沈黙が以前より怖い。昔は何も言わず相手の顔を見ていた。それが許されていた。
今はそれはどうだろう。許されるとはしても感情の揺らぎを感じないで済むだろうか。岩壁で閉じ込めていた大蛇でも引き出してしまいそうだ。
今も沈黙がやってきていた。
フランスでは沈黙のことを天使が通ると言い表すらしい。なんて情緒豊かな表現。
リビングでは俺たちの天使であるニュースキャスターがスポーツの結果を伝えていた。
*
三上とは知人のよく分からないパーティーで知り合った。主催者の知人の同級生の奥さんのバイト先の人という謎の繋がり。
何でその場にいるのか不思議な関係。これは……単に無関係というんじゃないかな。
俺自身も何でその場にいるのかわからなくて、何人かいる知り合いが他の人と談笑しているのを眺めていた。
だからといって雰囲気を壊して帰るほどイヤではなくて、何となくもやる気持ちを持て余しながらケータリングのケッパーとハーブが散らされた真鯛のカルパッチョとかをつついていた。
たまたま壁にもたれていたら隣合わせになったのが三上だった。
「それ、旨そうっすね」
「右端のテーブルにあるよ」
洗いざらしのTシャツにハーフパンツにビリケンストックのサンダル。ラフ過ぎてドレスコードは無くても少し周りから浮いていた。彼は目的のものを大皿から取り分けて貰ってきた。
「何これ、うめー、この匂いハーブ?」
皿料理に素直に感嘆する彼を眺めた。子どもみたいに夢中になる様を見ていると少し楽しくなってくる。
「ディルっていうハーブだと思うよ」
「シソと青のりを混ぜたような味がする」
ディルが青のり?彼がシソ青のり味というのだから彼にはシソ青のり味に感じられたのだろう。人それぞれ感じ方は違うし、違いがあるからこそ面白い。
感情開けっぴろげの青年に親近感を覚えた。何となく無駄話をして一緒に時間を潰す。
彼も自分と一緒でこの場にもやるものを感じていたのだろうか。
時間を潰すとしか言いようの無い過ごし方だったけれど、それは嫌な感じではなくて、むしろ後で振り返ると心地よいものだったと気づく。
帰り際に引き止められて彼と連絡先を交換した。いつか一緒にご飯を食べに行く約束をする。
いつかは未定、特に定めのない社交辞令と思っていたら翌日に連絡がきて魚料理が美味しいイタリアンに行った。
二人でご飯を何回か食べに行ったら飲み友達になった。言葉にしない認識が会えば会うほどお互いに共有されていく。
それは澱のように降り積もり、厚みを増しながら違うものへ変貌していった。
一緒に飲み歩き気軽に会える気安い仲になっていた。ある時、三上は終電を無くした。郊外の実家暮らしの彼の終電時間は早い。
会話に盛り上がって時間の確認を忘れてしまったのだ。俺にも責任の一端はある。
「うち来る?」
「行く」
即答する三上。一緒にコンビニで必要なものを入手してから家に戻った。
先にシャワーを浴びた三上に背後から抱きつかれ首筋に唇を寄せられた。
家に来ることを提示したときからこうなることは目に見えていた。一目見たときから彼とは同類でお仲間だと分かっていた。
性的なものに結びつくのは簡単だ。たまたまこれまできっかけが無かっただけで今回の終電を逃したことが、そのきっかけ。
俺たちはこれまでに行為に到るレベルの交流を持っていたし、今さら騒ぐような青い年齢 じゃない。
シャワーを浴び再度抱き合う。三上のシャツの上から窺えた引き締まった身体。
これは高校までやっていたという器械体操による筋肉だ。うっすらと日焼けをした肌と濃色の乳首との対比がエロかった。
ややアヒル口でぷっくりとした唇で口をふさがれる。この唇やシャツの下の大胸筋、ハーフパンツから生える引き締まったふくらはぎなど、俺の性的な視点で集めた三上のパーツが実際の裸体に収れんされていく。
俺の全身を這っていく手。口腔を舌で愛撫されながら指は俺の内臓をえぐってくる。巧みな指遣いに俺は翻弄された。
手慣れた手順。彼を通り過ぎていったものを思うと胸がチクリと痛んだが、ここはお互い様なので大いに無視する。俺は三上の熱い本流に巻き込まれ理性など押し流された。
枕に顔を埋めながら、締まった身体を晒してペットボトルの水をあおっている三上を見上げる。
初対面は素直でアホそうで、純朴そうに見えた。タフさと印象に裏切られた事に感嘆をこめて。
「……すごい手練れだった」
「あんたこそ、全然うぶくなかった」
何でここでうぶ等の概念が出ること自体が不思議だ。うぶとは初々しいことで、それなりに慣れたおっさん範疇の俺のどこが"うぶ″いのか。
「あんな場所で遊んでるのにうぶっていうのはかえってやばくないか?」
「それはヤぁバいね」
俺の日常に性行為は身近にあって、それがあろうがなかろうが行為自体は俺の人生には影響しない。
やってもやらなくても、もう俺は大して変わらない。俺はいろんなことに慣れすぎてしまった。
多感な10代はとっくに過ぎてしまったし、もう後に影響が残る恋愛はこりごりだ。
三上とは時々落ちあっては飲んで、気分になったら寝るといった友達とセフレの中間のような関係を続けていた。牧田がこっちに戻ってくる以前から。
関係を断定するなんて野暮なことはしない。束縛も約束もないこの緩さが心地よかった。
三上は何か言いたげだったけど言わせる隙を与えなかった。俺はずるくて臆病な大人になってしまった。
ある時、牧田に三上が帰るところを見られた。
牧田とは友人だったし過去に向こうにとって良からぬ感情を抱いたこともある。今だって実体は複雑だ。
俺は過去に奏さんと付き合っていたし、今の牧田は郁のために一生懸命で俺が入り込む余地はないだろうって思っていた。
だから牧田が妬いているなんて思いもしなかったんだ。
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