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15 克弥4 ネズミーランド
しおりを挟む土曜日、熱が出ている郁を看る。普段は郁が俺の部屋にくるのだけど病人をこっちの都合で動かせない。今日は俺が牧田家に出張していた。
薬、経口補水液、近所の小児科の診察券、万が一のために保険証と医療証も用意してもらった。
「なにかあったら、時間中はここに連絡して」
牧田は講習会の講師として呼ばれていた。運営先の連絡のメモを渡された。
「それとここのWi-FiのIDとパスワード。Wi-Fi使えないと不便だろ」
さすが牧田、分かってる。Wi-Fiが使えると使えないでは大違いだ。
「冷蔵庫の中とか、あるもの好きに使って。なるべく早めに帰ってくるから」
牧田はそう言い残してばたばたと慌ただしく出て行った。
濃紺のスーツ姿。普段、軽装の牧田しか見ていなかったから新鮮だった。
「もう少し見とけば、良かったな」
リビングの隣りの寝室を見に行く。万年床みたいな敷きっぱなしの布団が二つ並ぶ。
その片方に横たわる郁。顔が赤くなり額に汗をかいている。枕元には水のペットボトルと体温計が置かれていた。
俺は寝息をたてて寝ている郁を起こさないよう、そっと体温計で体温を測った。37.8℃。まだ熱冷ましは必要ないみたいだ。
タオルを濡らし郁の額を拭く。
郁の顔をしっかり見るのは初めてかも知れない。しっかりとした眉に長いまつげ。
これは牧田家にはない感じ。これは多分、奥さんの要素だ。鼻の感じは牧田に似ている気がする。
様子を見るために郁の横で転がって過ごす。
隣の牧田の布団に転がる。着替えをせずに布団に寝たら怒られるかもしれない。
まぁ今日は文句は言えないだろう。嫌だったらシーツを変えればいいんだし。
何もしないで天井の天板や照明を眺める。コチコチいう時計の秒針、郁の寝息、何かの電化製品のモーターの低いうなりが静かな部屋で存在を主張していた。
部屋のあちこちを見る。無造作に掛けられた服。出窓の沢山の犬の人形。丈の合わないパステル色のカーテン。
俺の知らない牧田や奥さんのなごりを見たような気がした。
枕カバーは長らく取替えていないのか、むっとしたにおいがした。
牧田の汗、牧田のにおい。そう思うと心に逆立つようなザワザワ感があって平穏でいられない。そわそわしてしまう。
最近、三上とも会っていなかった。誘いはあったのに牧田や郁と一緒にいることが気楽になってしまって、断ってしまっていた。
今日は自分から三上に連絡しようって決めた。
郁の熱は幸いなことにぶり返さなかった。昼メシ用に用意した玉子雑炊を郁に食べさせた。寝てだいぶ楽になったようで二人で郁のお気に入りDVDを観た。
郁のお気に入りはパシフィック・リルという映画で子役の女の子が本当のように怖がって泣いているところが好きだそうだ。
年が近い感じの子が頑張ってるところを見るのが好きなのかと思っていたら理由はそうではないらしい。なかなか簡単に測れない5歳児。
牧田が帰ってきたので引き継いで自分の部屋に戻った。牧田は後日この埋め合わせをするとか言っていた。俺は郁といるのは嫌じゃないから別にいいのに。
そういえば少し前に話が出てたなぁ。あれが埋め合わせになるのかも知れない。
「ネズミーランドに行った?」
「いや、まだ行ったことない」
今度、牧田達は行くという。俺は未だに行ったことが無かった。
ネズ二ーが好きそうな人たちと付き合いが無かったし、甘々な付き合いだった奏さんはネズニー自体が嫌いみたいで、消費の最たる権化といって、近寄らなかった。
「一緒にいく?」
「迷惑じゃなければ、行きたい」
俺は牧田に誘われて素直に嬉しかった。
今日はそれよりも、三上。俺は三上に連絡してきて貰うことにした。
*
「もうここに来ない方がいいんじゃないか」
牧田家で郁が寝たあとそのまま飲んでいて牧田に言われた。
俺は郁や牧田といて楽しかったし、牧田に頼りにされ役立ってると思うのが嬉しかった。
何故、今、いきなりこんなことを言われるのか判らなくて戸惑った。俺は何か、やらかしてしまったのか。
「彼氏いるんだろ。こんな寡夫のところに出入りしてたら嫌がられるぞ」
そう言いながら牧田は俺の顔を見ない。今日は始めから牧田によそよそしい感じがあって疑問に思っていたが、それが言いたかったのか。
「俺、そもそも彼氏なんていないし。そんな面倒くさいの要らないよ」
「この間とか、以前に部屋に来てた奴は?」
牧田は顔を上げて聞いてきた。眼光がやけに鋭くて怖い。
「…あいつは、友だち」
「へぇ、友だちなのにキスするんだ」
険がある言い方。
キスは昨日マンション下でしてたやつだ。見られていたのか。
「訂正、セフレ。そういう友だち。それになんでそんなこと言うんだよ。……もしかして牧田、妬いてる?」
これ以上聞きたくないというように、牧田は立ち去ろうとする。
俺はその手をつかんで押さえつけた。
「牧田ちょっと、聞いて。俺が結婚前に言ったこと。覚えてるか?俺が牧田のことを好きだったというやつ」
牧田はそっぽを向きながら聞いている。
「最近、牧田や郁と一緒にいて楽しい。何でだろうと思ったよ。よく考えたら、俺は牧田の事がまだ好きだって」
でも……と俺は続ける。
「俺にだって寂しい時だって、肌だって触れたくなるときはあるさ。切羽詰まるほど抱かれたいときとかさ。
牧田お前は無理だろ。奥さんがいたし郁がいる。
牧田にはできないよ。牧田は俺のところまで降りてこれない。
俺にはいろいろあったんだし、牧田は俺のことを少し知りすぎなんだよ」
「…何でお前に俺のことが判るんだよ。できるできないは俺が決めることだろ。俺は大山の迷惑になると思ったから……」
そう言った牧田はまだそっぽを向いている。拗ねている子どものように見えた。
「ウソつけ。見たくなかっただけの癖に。それに、ちっとも迷惑なもんか。
俺は楽しかった。牧田と郁に必要とされてて嬉しかった。本当のことを言うと、俺、寝るんだったら、牧田がいい」
牧田は身じろぎもしない。俺は勝手に一人で盛り上がってやらかしてしまったか。
「でも、どうせ無理だろ、牧田はノンケだし。前にも拒否されたもんな」
もう、これで友達ごっこも家族ごっこも終わりなのかなと思った。
俺は牧田に対して余計なことまでぶちまけ過ぎた。
「牧田が再婚する気があるなら言ってよ。俺がどっか行くし近寄らないし。男友だちが出入りしてたら何かと邪魔だろ」
牧田が再婚する姿なんて見たくなかった。SNS上でも見たくない。
前は奏さんがいたから落ち着いていられた。もし、そうなったら牧田とは完全に繋がりを絶たたないと。俺は牧田が再婚する前提のシナリオを、勝手に考え始めていた。
「……」
牧田が何か言いたげだ。
「……出来ると思う」
「何? 聞こえなかった。もう1回言って」
意地悪とかプレイとか聞きたかったから、もう一度言わせた訳ではなく、純粋に声が小さくて聞き取れなかった。
「……多分、抱けると思う」
「誰を? 」
「大山だよ!」
「俺がお願いするから、仕方なく?」
「ちがうよ、……そうじゃなくて、
違うんだ…」
牧田は少し赤くなって下を向いてしまった。俺たちは社会的には30をとっくに過ぎたおじさんで牧田には子どももいる。
世間的におじさんは偉そうで毛穴が詰まり加齢臭がして全然可愛くないはずなのに、赤くなっている牧田はとても可愛かった。
俺は何も言わずに牧田の手を強く引き、戸締まりをして階段を下り自分の部屋に連れ込んだ。
「……本当にいいのか。俺は牧田の人生変えちゃうかも知れない。牧田が俺を変えたみたいに……」
ついこの間まで今更性行為なんぞには人生影響されないとか言いはっていたのに。
だけど、この行為は間違いなく牧田に影響を与える。彼がどう選択するかはわからないけど。
俺にも大なり小なり影響がありそうな気がした。俺自身がこの男にとらわれるか、否か。
「……いいよ。だけど、今後あの友達とは遊ばないでほしい」
「わかった」
やきもちを焼かれてる。その様子も何だか可愛いいし、うれしい。
あごを掴んで口付ける。
何年ぶりかの牧田の唇。少し乾燥してカサカサしていた。
「郁は大丈夫かな」
ふと郁が気になった。部屋を移動してよかったのかと。
「熟睡中、だった」
それを牧田が言うのかと内心突っ込んで笑った。
*
牧田の肌、牧田の熱
牧田の匂い
牧田の前で俺の感覚は全て過敏になり、単なる口付けでさえ、でろでろに蕩けてしまう。
牧田の指が触れた箇所が熱い。
落とされた唇から全身に電気が走り、バラバラにほどけてしまいそうな自分。
行為に感情が伴うとこれほど乱れてしまうものなのか。
ぎりぎり自分を制御して指先で舌先で牧田を追い込む。快楽と忍耐の狭間で揺れる顔。
長年切望していたものがそこにあった。
牧田の熱を全身で取り込む。俺は牧田で満たされて震える。
全身感覚の指揮を彼に委ねた。
熱くて強い感覚に俺は勝手に高ぶりたらたらと涙を流した。
汗と吐息で温んだ部屋。
俺の漏らす吐息や嬌声、行為の水音の密度は上がっていく。
俺の頭や腰には絶えず快楽の電流が行き交い、吐息のピークには牧田も身を振るわせ、中で小刻みに揺れていた。
汗ばむ身体。
ゴムと体液のにおい。
事後に合わさる唇。
ぬめる触感は俺を蕩かしてまたぐずぐずにする。
熱い芯が抜けると俺の身体は虚ろになり、かろうじてつなぎ止めていた身体が崩れ落ちそう。
俺は腰の奥から全身へ広がる、じんわりとした余韻を探る。
ぼんやりとにじむ視界。見慣れた天井を眺めながら俺は身体の中のそれをぎゅっと抱きしめていた。
*
俺たちはネズニーランドにきた。すげー俺、牧田と一緒に来たいって言う夢がかなっちゃった。
俺にとって初ネズニーで、郁と二人ではしゃぎまくった。
ゴミ箱でさえネズニー。モノレールの窓を見ては騒ぎ、トイレを見ては叫び、照明のシルエットを見つけてははしゃぎ植栽を見て騒いでいたら、しまいには騒ぎ過ぎて郁にさえ呆れられてしまった。
「郁、頼むから俺を一人置いて、
大人にならないでくれ」
郁にいやだと即答され、俺はがっくりする。
「克ちゃんだけでやって。
僕はやらないよ。子どもみたいだもん」
郁も俺に慣れて言うようになった。この生意気な保育園児。牧田より奏さんに似ている。
突然、郁が次のアトラクションに向かって走り出した。ただちに郁を追いかけ転けそうになる俺。後ろで笑う牧田。
俺たちは何となく上手い具合に役割分担ができていた。こんな感じでやっていけるんじゃないかな。
新しいアトラクションに喜ぶ郁を見ていたら、牧田が俺を見ていた。牧田は俺を見て嬉しそうに笑う。
牧田をこのまま笑わせていたいって思った。そこには郁がいて、俺も一緒に笑いたいって思った。
牧田が嬉しいことが俺も嬉しい。牧田が幸せなら俺も嬉しい。
俺の行動が牧田の幸せに繋がるのなら何でもしようと思った。
俺は牧田が差し出してくれた手で変わったから。
乗りものに乗った郁と牧田が手を振ってくる。俺も手を振り返しながら、二人にゆっくりと近づいていった。
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