[完結]反薄明光線

balsamico

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二人

波間


休漁日の朝、部屋に邦陽がやってきた。
天候が良いので少し離れたところにある無人島に遊びに行くという。


なんでこんなに急に構うんだろう。仕返しでもされるのか?
邦陽の行動に戸惑いを覚えながらもとくにやることは無かったので流されることにした。

「はい、これ着て」

水着着用指定だったが持ってなかったので、上半身裸にショートパンツ姿になる。
そんな俺に渡されたのは日に焼けてくすんだ赤色のライフジャケットだった。

「そんな危ないところに行くのか? 」
「別に危なくない。船に乗るから、念のため」

従業員用のプレジャーボートを借りられたらしい。


安全点検をしてキーを差し込みエンジンを掛ける。
横で操作を見てると車の運転に似ている。
大きく違うのはロープで係留するのとブレーキが無いくらいか。

「船舶免許持ってたんだ」
「……以前来た時、船を操作できたら便利だと思って」

前を向いてハンドルを操作をする俺の知らない大人の邦陽がいた。


10分ほどで島についた。ボートを5分ほど走らせれば一周出来てしまいそうなくらいその島の周囲は小さかった。
会社所有の島らしい。


丘を低木が埋め尽くし岩場の間に小さな浜があった。
浜辺に簡易な木製の桟橋があり邦陽は船から飛びおりて杭にロープを括り付けていた。


荷物を取りに戻った邦陽が飛び乗ったことでボートが揺れる。
不意の揺れに慌ててボートのヘリにしがみついた。


ロープを調整する邦陽に唐突に問われた。

「……そういえばさ、何で来なかったんだよ。居場所を把握してたんだろ」
「えっ」
「追いかけるって言ってたじゃん」

俺には邦陽が何を言ってるのかわからなかった。
船から邦陽が降りる時に手を貸さなかったことか、一緒に下船しなかったことか?


わからなくて戸惑いが顔に出ていたのだろう。邦陽が荷物を集めながら情報を追加してきた。

「アパートで言ってただろ」

以前に邦陽の下宿先のアパートに行った時のことだ。
これだと追いかけて欲しかったみたいに聞こえるが、実は追いかけて欲しかった?

「お前、嫌で逃げたんじゃないのか」
「嫌だったよ。何で同級生にやってるとこ見せつけるんだよ。あり得ないだろ。あんなんで学校に行けるわけないじゃないか」

邦陽は作業しながら淡々と語る。

「俺のことはモノとして大事だったんだろ? だから他人の影に嫉妬した。でも俺の人格は尊重していなかった。だから踏みつけができた。……時間を置いたらあんたの行動が冷静に考えられたよ」

邦陽の言うことが刺さりまくって、痛い。

「……それでもさ……ちょっとは待ってたんだ、来ないかってさ」

邦陽は少し言葉を詰まらせながら言う。

「俺は……あんたに忘れられるのが怖かったんだ」

こっちを見る邦陽は、自虐的な表情を浮かべていた。

邦陽があんな酷いことをした俺のことを待ってるなんて一欠片も思わなかった。


許されてるわけじゃないだろうけど……複雑だけど嬉しい。
ただ、この話の流れだと復縁を希望をしているように思える。
今さらそれはどうなのか。


あれから時間は経ったし兄弟というパワーワードが頭をちらつき、抑制機能が頭の中で微かにカリカリと掠れた音をたてる。


俺はいつからこんなにモラルを気にするようになったのか。
そんなタイプじゃなかったのに。

「……だとしても俺たちは兄弟なんだし」

その先に続く言葉は飲み込む。
同性である上に兄弟。
近親で未来はないし露見したら社会的に抹殺される。
デメリットだらけ。
付き合ってもろくなことにならないぞと。


俺の放ったひと言に邦陽は表情を一変させた。

「今さら兄弟だったからって俺たちの間にあったことまで無かったことにするのか。俺を過去にして新しく兄弟ごっこでもするのかよ……」

そう言って口元を歪めて笑った邦陽は悲しそうな顔をして無言で俺を見た。


そんなつもりはないと無性に言い訳をしたくて立ち上がって邦陽に近づこうとした。
足元は波に揺られ不安定だ。


そんな俺を邦陽は無表情でボートから突き飛ばした。 


突き飛ばされた先は砂利混じりの浅瀬で、膝高の水深なのに打ちよせる波が顔にぶつかり2秒ほど呼吸ができずに本気で溺れた。


ライフジャケットが波に浮き、絶えず押して引く波で全身のバランスを崩し、なかなか起き上がれない。


やっとのことで上体を起こし浜辺に這い上がった。
気道に入り込んだ海水で喉は焼けつき、げほげほやツーンとした鼻奥の痛み、鼻水が止まらない。


ボートから降りてきた邦陽にジャケットの襟を掴まれ、波際に引き戻された。

「ほ、邦陽、く、苦しい」

ひっぱられたジャケットが喉を圧迫してくる。
すぐに手を離された。

「俺はあんたの事が好きだったんだ。ずっと見てたんだ……」

しばつく目で声のする方向へ邦陽を見上げた。
視界が海水でぼやけ痛む上、逆光で黒っぽい陰影しか分からない。

「でもあんたにとって俺は、物で女の代用品で、俺の生活とか人格なんてどうでもよかったんだ…。都合が悪くなったら兄弟だからってか。また俺の意思を無視するのか。無視すんなよ! 」


邦陽が何かを言っている。
浜に引き倒されたところを波が覆う。


激しく泡立つ波が太陽に当たって陰を持つ。波のうねりが溶けて波紋状に広がりガラスのようにキラキラ反射する、その光景を波下からみた。


大音響の波音がくぐもり、ボゴボゴという吐き出した空気や波が泡立つ音、砂利がぶつかる音が盛大に聞こえる。


空気に触れる。
陸上に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと酸素を必死でかき込む。
無意識下の生存欲求に自分でも驚いた。


波が引いた瞬間、波際から引き離された。
砂利の浜に倒れこみ目に刺さる日差しを腕で避けながら、そのまま横に転がった。


口の中が苦しょっぱくて仕方ない。
目も頭も痛くて疲労感が半端ない。
力が入らなくてぐったりする。


痛む目をこじ開けると少し離れたところで邦陽が立ったまま泣いていた。
波間に切れ切れに聞こえた叫び。

「俺がさ、どんな思いで今日誘ったか知ってる? 俺たちいつも部屋ばっかりだったじゃん。一緒に他の場所に行ったこと無いだろ。ここなら楽しいかと思ったんだよ」

邦陽が泣いてた。

正確には小さな邦陽も

若い邦陽も

下宿の邦陽も

弟である邦陽も

今の邦陽もそこには居た。


言葉にならない思いで胸がいっぱいになる。


泣いている邦陽に何かを言いたくて手を伸ばした。その場から距離は全然届かないけど手をのばして言った。

「世間に……顔向けできないけど、いいか?」

邦陽が横に来て海水で冷えた俺の手をつかんだ。

「……知られてないんだから、いいんじゃないの」

邦陽が熱となって指先から流れ込んでくる気がした。


こんなに強い存在になっていたのか。
自分の感情を肯定し、口に上らせる強さを持ったのか。


邦陽は潤む赤い目で俺を見た。
俺には大きくなって身体が逞しくなっても、中身は昔の邦陽とそんな変わらない気がした。


波しぶきで濡れた顔。
半分開きかけた濡れた唇に何かが欠けているような気がした。


吸い込まれたかのようにどちらともなく唇が何度となく合わさる。
潮で洗われたのでしょっぱい。
お互いの唾液で塩気が徐々に薄まっていく。


もう何が何だかわからない。
分かるのは目の前の奴と抱き合いたいと思っている気持ちだけ。


唇を離さず、お互い身体をまさぐり合う。
ジイイ…とライフジャケットのチャックを下ろす音がどこか遠くに聞こえた。


吐息交じりで見上げる空は、海の中で見た空よりも青い。


背中に敷いたライフジャケットの横に落ちていた大きめの石が揺さぶられるたびに当たって痛かったのは邦陽には内緒だ。


「……俺さ、お前にしか勃たないの。お前しか、抱けない」
「なんだよ。それ」
「そうなんだよ」
「なんで、今さらそんなこと言うんだよ」

でも何だか邦陽は嬉しそうだ。

「…何でだろうな……」

邦陽は俺の首元に顔をうずめた。
くすぐったくて気持ちよくて腰にまた熱が溜まる。

「…お前は特別だったよ。いろんな奴の中にお前の姿を探していた気がする…。居なくなってから分かったんだ…」

目を伏せて言うと邦陽はのぞき込んできた。

「気づくの遅いし、他の奴に探さないで本人探せばよかったんだよ」

頭と額に口付けされる。
昔と違いすぎる空気の甘さに笑みがもれる。

「ホントだな」

そう言って二人で笑う。
穏やかでゆるやか。
こんなのが欲しかったんだと自分の心の奥の欲求を理解できた気がした。

「今度はしてよ」

邦陽からおねだりされた。

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