手に職をつけるって、そういう意味じゃないが?!

錨 にんじん

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始まり

出会い

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 俺は森の中を無我夢中に走っていた。
 目的地はなく、ただあの化け物から逃げるために。
 俺は後ろをチラ見する。

 「ブモオォォォォォォォ――――――ッッッ!!!!!」

 「だあぁぁぁ!!やっぱり早いな!」
 
 背後で雄たけびを上げて追いかけてくるのは、二足歩行の牛の怪物「ミノタウロス」だ。恐らくな。 
 そいつは、俺が木々をすり抜けながら道なき道を逃げているというのに、右手に持つ巨大な石刀で自ら道を切り開きながら迫ってきやがる。
 正直逃げられる気がしない。体力も限界だ。普段走ってこなかった人間が、急に走ればすぐに息は切れる。
 
 息も絶え絶えに、根性のみで脚を動かしていると、無慈悲にも目の前に巨大な岩が出現した。

 「行き止まりかよ!」

 俺が足を止めたと同時に、背後で爆音が響き渡る。
 振り返ると、バラバラになった大木が宙を舞っており、目の前には鼻息を荒くしたミノタウロスが立っていた。
 俺は岩壁に背を当て、息をのむ。
 だが、ミノタウロスは襲ってくることはなく、左腕を上げると俺を指さした。
 
 「貴様は誰だ?何故そんな格好をしている?」
 
 「は?」

 奴の口から、聞きなれた言語が発せられたことに俺は驚いた。
 今思い返せば、最初に会った時も人語を喋っていた気がする。
 まあ、姿を見て反射的に逃げたわけだが。
 もしかすると、こんな見た目でも人間の味方なのかもしれない。
 やってみる価値はあるな。
 俺は乱れた呼吸を整え、一歩だけ前に出た。
 
 「俺は赤波江 海人(あかばえ かいと)だ。俺は今日この世界に来た転生者なんだ」

 「俺の名前はミノタウロスだ。」

 やっぱり。

 「それで、何のためにこの世界に来たんだ?」

 「そりゃあ、人類の敵である魔王軍を討伐するためだな」

 「そうか……」

 ミノタウロスの雰囲気が変わった。
 石刀を握る右手に込められた力が増したのを見るに、そう言う事なのだろう。
 
 「良かろう転生者!貴様はここで俺が殺す!!」

 ちゃんと魔王軍側だった。
 ミノタウロスは石刀を高々と振り上げると、両足に力を籠める。
 
 「一撃だ!!」

 そう叫んだミノタウロスが空高く飛び上がる。
 そして、その巨体は空中で吹き飛ばされて地面に衝突した。

 「なっ?!」
 
 一瞬、何がおこったか分からなった。
 ミノタウロスがいた場所には、黒い鎧に身を包み、白い槍を振り払った態勢で宙に浮いている女の姿があった。
 グレープジュースのような色の長髪を靡かせるその女は、地面に倒れ込むミノタウロスをそのサファイアのように青い瞳で鋭く睨んでいる。
 あいつがやったのか?
 
 「一先ずここはアクちゃんに任せて。爆発音が聞こえたから来たけど、間に合ったみたいだね」

 「だれ?」
 
 いつの間にか俺の隣には、白いコートのような上着を羽織った、銀髪ショートの少女が立っていた。
 少女はエメラルドのようなあおい瞳で、目の前で起きる戦いを見つめている。
 長髪の女は地面への着地を決めると、倒れ込むミノタウロスに槍の先を向けた。

 「おい貴様。何故この森にいる?」

 吹き飛ばされたミノタウロスが、頭を抑えながら立ち上がろうとしている。

 「いてぇな……って、この二人が来たのか。こりゃついてねぇ」

 立ち上がったミノタウロスは二人を見るや、少しずつ後退を始めた。
 そして、森に入るか入らないかの瀬戸際に立つと、石刀を高々と振り上げる。

 「撤退だ」

 そう言ったミノタウロスは、振り上げた石刀を勢いよく振り下ろすと、地面に叩きつけた。
 轟音と共に砂煙が巻き上がる。
 やがて砂埃が消えたころには、ミノタウロスの姿は無かった。
 ミノタウロスと交戦していた彼女は、その逃げた先を見つめている。

 「逃げられたか……まあいい、次は逃がさん」

 ミノタウロスとの交戦を終えた彼女に、俺は助けてもらったお礼を言うために歩み寄った。
 隣に、銀髪の少女もついて来ていた。

 「助けてくれてありがとうな。俺は赤波江 海人っていうんだ。今日こっちの世界に来たばかりで、何も分からないまま死ぬところだった。助かったよ」

 「ああ。私はアクネル・レクピーズだ。怪我がないようで良かった。そうか。別の世界から来たんだな」
 
 「驚かないのか?」

 「別にそれ自体は珍しくない。珍しいとするなら、そいつらが持つ能力ぐらいだな。あいつらはこの世界には無い能力を使っている。貴様もそういった能力を持ってるんだろう?」

 「まあ」

 使い方は分からないがな。
 でもそうか。アクネルのその落ち着いた反応を見るに、他にも異世界転生した人間がいるのだろう。
 俺をこの世界に飛ばしたミズガルズも、そんなことを言っていた気がする。
 
 「ねぇねぇ、こんなところで立ち話もなんだからさ、今日のところはティエラに帰らない?」

 ふと、隣に立っていた銀髪の少女が口を開いた。
 
 「アクちゃん、どうかな?これも何かの縁だと思うんだ。それに、このまま放置しちゃったら、また襲われちゃうかもしれないよ?」

 アクネルは銀髪の少女の方を見ると、小さく息を吐いた。
 
 「まあ、そうだな。確かに、別の世界から来る人間に関しての情報は少ない。いろいろ聞いてみるのもありかもしれないな」

 「じゃあ、決まりだね!」

 何やら、俺はとある場所への連行が決まったらしい。
 銀髪の少女が俺の前に立つと、満面の笑みを浮かべ、右手を差し伸べてきた。

 「レナンは、レナン・ソーラっていうの!よろしくね!」

 「あ、ああ。よろしくな」
 
 俺とレナンは握手を交わす。

 「それじゃ、ティエラへしゅっぱーつ!」

 そのまま腕を引かれた俺は、レナンとアクネルと三人で森の中へと入っていく。
 
 「え?歩き?」

 「そうだが?」

 「そうだよ?」

 「マジか」

 転移用の魔法とかあるものだと思っていた。魔法じゃなくても、そういうアイテムとか。
 だが、二人のきょとんとした顔を見せられては、もはや受け入れるしかない。
 
 まあ、歩いていける距離ならそんなに遠くは無いだろう。
 
 俺は、レナンに腕を引かれるがままに歩を進めるのだった。
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