手に職をつけるって、そういう意味じゃないが?!

錨 にんじん

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始まり

ティエラ

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 「ここがティエラ。冒険者が集まる、レナンたちの拠点になってる街だよ」
 
 「こりゃ凄いな」
 
 あの森から一時間ほど歩いた俺たちは、「ティエラ」という街に来ていた。
 その街は、例えるなら美術の教科書で見るような昔のヨーロッパの街並みによく似ている。
 レンガで綺麗に舗装誰た道や、華やかな建物には建設業をやっていたせいでどうしても注目してしまう。
 俺は初めて来た異世界の街の風景を眺めていると、隣に立つレナンに袖を引かれた。
 
 「ねぇねぇ。レナンお腹すいたからさ、どこかお店に入ろうよ~」

 「お、そいつは良いな。どこかうまい店でも知ってるのか?」

 俺は、この提案に大賛成だ。
 ミノタウロスに、この世界に来て早々追いかけまわされ、その後に一時間も歩けば空腹ものどの渇きもピークに達していた。
 レナンが自慢げに鼻を鳴らすと、とある店を指さす。
 
 「あそこのお店が、レナンのお気に入りなの!」

 「そうだな。あの店なら長時間居座ってても、大丈夫だ。レナンがほぼ毎日通ってるおかげで、店主とも仲がいいからな。まあ、関係ないんだが」

 「ん?関係ないってのはどう意味だ?」

 「行けば分かるさ」

 ますます分からん。

 「ねぇ、早く行こうよ~」

 アクネルの言った言葉にひっかかりを覚えたが、しびれを切らしたレナンに腕を引かれ、俺はその店へと連行されるのだった。

 「こんにちは~!」
 
 「いらっしゃい!お、レナンちゃん今日も来たんだね!」

 レナンが元気な挨拶をしながら店の扉を開けると、小太りで優しそうなエプロン姿のおじさんに出迎えられた。
 左胸には「店長 マイル」と書かれた名札がピンで留められている。
 マイルは、オープンなカウンターキッチンで皿を拭いていた。

 「うん!さっき冒険から帰ってきたんだけど、お腹すいたから寄ったんだー」

 「そうかそうか、それはお疲れさん。適当に座ってくれたまえよ」

 「うん!」

 レナンは慣れた態度で会話を済ますと、空いていた四人掛けのテーブル席に腰を下ろした。
 アクネルもレナンに倣って、同じ席に着くと持っていたその白い槍を壁に立てかける。

 「ささ、新顔のお兄さんも!今はお客さんは君たちだけだから、残ってるお皿を拭いたらお邪魔させてもらうよ。二人が新しくお友達を連れてくるなんて珍しいからね。いろいろお話を聞かせてくれると嬉しいよ」

 「おい!その言い方だと、私たちに友達が少ないみたいじゃないか!」

 席についていたアクネルが、マイルに抗議するようにその場に立ち上がる。
 マイルは声をあげて笑う。
 
 「バエちゃん、早くおいで~」

 「おぉ、すぐ行く」

 入り口付近で突っ立っていた俺は、レナンに呼ばれてようやく席に着く。

 「おじさーん!レナンとアクちゃんは、いつものねー!バエちゃんには何か美味しいやつを!」

 「はいよー!」

 レナンのそんな大雑把な注文を、マイルは快く受け入れた。
 暫くしてアクネルのもとに真っ黒なイカ墨パスタが、俺の元には大盛りのチャーハンがやってきた。
 そしてレナンの元にはというと。

 「はいお待たせ!特製ジャンボケーキだ!」

 「うおっ!何だこのでかいのは!?」

 「きたー!」
 
 マイルの運んできた皿に、俺は思わず驚きの声を上げる。
 だが俺とは真逆に、レナンは歓喜の声をあげていた。
 マイルが持ってきたのは、五段も積み上がった分厚く大きなパンケーキの山だ。
 パンケーキには大量のチョコレートソースがかかっており、イチゴやバナナといった果物が多く盛り付けられている。
 そして極めつけは、頂点にそびえるホイップクリームの山だ。もはや周りから若干垂れつつあるそれが、その巨大さをさらに引き立てていた。

 「お前、これを一人で食うのか?!」

 「うん!」

 レナンの一切迷いのない笑顔が眩しい。

 「だから言っただろう」

 俺の肩に、アクネルが手を置く。

 「長時間居座ることになるって」

 「あー……」

 俺はこの店に入る前のアクネルの言葉を、ここでようやく理解するのだった。
 成程な。こりゃ時間がかかるわ。

 「さあ、冷めないうちに食べてくれ」

 「そうだな。そうさせてもらうよ」

 「いただきまーす!!」

 目の前に出されたチャーハンに俺は、さらに空腹を刺激されもはや我慢の限界だった。
 レナンは器用にパンケーキを一口大の大きさで切り取ると、イチゴと共に頬張る。
 俺とアクネルも、冷めうちにと食事を始めるのだった。

 「うまいな」

 「そうだろう!」

 俺の率直な意見に、マイルが満足げにうなずく。
 本当にうまい。ニンニクと黒コショウが効いた俺好みのチャーハンに、俺は手を休めることなく食べ進めていった。

 やがて、俺とアクネルが完食し、レナンが残り一段となったところでいよいよ当初の目的である情報交換を始めることとなった。
 てか、俺たちが食べ終わるころに残り一枚とか、レナンの食べるスピードおかしくないか?

 「よし。じゃあ、腹ごしらえも済んだことだし。まずは俺からこの世界について聞きたい。まず初めにこの世界は今どういう状態なのかってところだな」

 俺はいろいろ聞きたいことがあったが、やはりこの世界の大まかな情勢が一番気になった。
 ミズガルズには魔王軍と人類が戦っていると聞く。 
 それ自体は、俺を襲ってきたミノタウロスや、それを退けたアクネルを見るに間違いないのだろう。
 それも踏まえたうえで俺は、それにおける勢力図が気になったのだ。

 「そうだな。今この世界は魔王軍と人類による争いが起きている状態だが、とある事件をきっかけに魔王軍の侵攻は収まっていたんだ」
 
 アクネルが続ける。

 「だが、最近になって魔王軍の動きが徐々に活発になってきている。お前も今日見ただろう?」

 「ミノタウロスか」

 俺の言葉にアクネルが頷く。

 「そうだ。あそこはスライムの森と言って、本来は初心の冒険者が行くようなところでスライムしかいないんだが、一年前からあのように本来いないはずのモンスターが確認されるようになったんだ」

 「それで、レナンたちがマキちゃんから依頼されて調査に行くことにしたの」

 「マキちゃんって?」

 いつの間にか食べ終わっていたレナンが、割って入ってきた。
 あれだけの量のパンケーキを一人で食べきったのか。
 いったいこの小さな身体のどこに入っていくのやら。

 張ったお腹をさする、満足そうなレナンが姿勢を正す。

 「マキちゃんていうのは、王都にいる王女様だよ。レナンたちは、たまに難易度の高い事案があると直々に依頼されるの」

 「へぇ、王女から直々か。もしかして、二人って相当強いのか?」
 
 「まあね~!」

 レナンがどや顔を向けてきた。
 まあ胸を張るレナンの実力は分からないが、ミノタウロスのあの巨体をアクネルが吹き飛ばしたのを見るに、もしかしたらレナンもきっと相当の実力の持ち主なのだろう。
 ミノタウロスも、二人に出会ったのは運が悪いと言っていた気がする。

 「それじゃあ、次は私から質問させてもらうぞ」

 「おう」

 ひとまず欲しかった情報は、ざっくりではあるが手に入った。
 次は俺がアクネルからの質問に答える番だ。

 「聞きたいことはやはり、お前の持つ能力だ。別世界の人はみな例外なく、特別な力を持っていると聞く。森にいたとき、お前は自分も持っていると言っていが、それはどんな能力で、だれに貰ったんだ?」

 成程。能力か。
 確かに答えるべきなのだろうが、参ったことに俺は自分の能力を把握していない。
 だが、黙っていればせっかく仲良くなれてきたのをゼロにしかねない。
 そうだな。ここは正直に話すとしよう。

 「俺はここに来る前に、ミズガルズっていう神様に出会ったんだ。それでそいつから、この世界にいる魔王軍を倒してこいって言われて、その時に能力を貰ったって感じだな。でも、残念なことにその能力がどんなものなのかは、自分でも分からん!」

 「は?」

 「いや、別に嘘をついてるわけじゃなくて、あいつが全くそう言って情報をくれなかったのが悪いんだよ。イメージがどうとか言ってたが、実際にはまだ試してないからな」

 「成程な」

 一瞬ひやりとしたが、アクネルは納得してくれたようだ。

 「それじゃあ、そのミズガルズと名乗る神に能力を与えらえて、この世界に来たということか」

 「そうなるな」

 そうとしか言いようがない。
 これ以上の答えは俺の中にはないぞ。
 すると、キッチンの方からマイルの声が聞こえてきた。
 
 「へぇ、あんた別世界の人だったのかい」

 振り返ると俺たちの話を聞いていたらしいマイルが、キッチンから顔を突き出している。

 「だったら、二人についていくといいよ」

 「「え?」」

 俺とアクネルが同時に声を漏らす。レナンは目を輝かせていた。

 「アクネルとレナンちゃんの二人は、明日もスライムの森に行くんだろ?」

 「まあ、依頼があるから行くには行くが」

 「だったら、それに兄ちゃんも連れて行ってあげたらどうだ?別世界の人間は昔から、魔王軍と一人で渡り合えるほどの実力者ばかりだ。兄ちゃんの能力とやらが分かれば、人類が魔王軍に勝つ未来に一歩近づくってもんだ。三年前に一人、失ったばかりだからな。きっと神様が代わりってわけじゃないが、新たに送ってくれたのだろうよ」
 
 「アクちゃん、お願い~!レナン、バエちゃんの能力見てみたい!」

 マイルの提案に、先ほど目を輝かせていたレナンも乗っかる。
 これはいい流れだ。
 このままアクネルが頷いてくれれば、俺は安全に能力を見極められるということになる。
 それに行くところと言えば、強力なモンスターがいるとはいえスライムの森という冒険者の登竜門のような場所だ。
 もし、ミノタウロスのようなモンスターが出たとしても二人といれば問題ないだろう。

 「俺からも頼む。必ず役に立ってみせる」

 「まあ、別に構わないが。」

 「本当か!ありがとな!」

 「分かったから、手を握るのはやめろ!」
 
 俺がアクネルの両手を思わず手に取と、アクネルは照れくさそうに声を荒げた。

 こうして明日の行動が決まった俺たちは一度、街にある宿に泊まることとなった。
 因みに、今日の食事代と宿泊代は二人持ちである。
 お金ができたら返します。

 俺は明日の冒険に向けて体力を温存するために、眠りにつくのだった。
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