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正史ルート
第8話 予言の女神とレベルアップ1
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ある日の昼頃、家にスクルドがやって来て、いつものように雑談をしていた。
すると、玄関のほうで物音がする。何事かと思って振り向くと、よろよろとふらつきながら一柱の女神が入ってきた。
紫色の長い髪にやせ細った身体。神官が着るような服をまとっている。足元がおぼつかず、目を閉じたまま手探りのように歩を進める姿は、見ていて危なっかしいほどだ。
「ユーミル? なんでここにいるのよ」
スクルドが思わず眉をひそめる。口ぶりからして、知り合いらしい。相手――ユーミルは肩を震わせると、スクルドの方へ顔を向けた。目は閉じたままだ。
「ああ、その声はスクルド様。ユーミルは『破滅の獣』の出現を告げて回っているのです」
ユーミルの声はか細く震えていた。恐怖に表情が歪んでいるようだが、ずっと目を閉じているところを見ると、目が見えないのかもしれない。私は思わずスクルドと顔を見合わせる。
「また、あんたは……変な事を触れ回って。いいから早く城に帰りなさい」
スクルドは腕を組んで、面倒事を避けるかのようにユーミルを追い返そうとする。
「放っておくと、大変な事になるのです……!」
ユーミルは必死に訴えるが、スクルドはまったく取り合おうとしない。まるで厄介者扱いだ。
「はいはい、そう言う事は城に帰ってオーディン様にでも言いなさい」
「ちょっと、スクルド。可哀想じゃない。話ぐらい聞いてあげてもいいでしょう?」
自分でも理由はよくわからないが、ユーミルの痛々しい姿が目に入ると、つい擁護したくなる。スクルドは私を横目で見やって、嘆息するように口を開いた。
「あんたはこいつのことを知らないのね……。こいつは2級神ユーミル、予言の女神。でも、その予言も半分くらいしか当たらないし、変な事を触れて回るから厄介者扱いされてるのよ」
「スクルド様、ひどいのです……」
ユーミルが抗議するが、スクルドの態度は変わらない。
「だって、本当のことじゃない」
スクルドは悪びれない。
破滅の獣。その名が示すとおり、やばい存在という予感はある。けれど、これをもし私が討伐できたら、神々を見返すいいチャンスになるかもしれない。
「じゃあ、私がその『破滅の獣』を討伐してあげるわ」
思わず口に出していた。私のその言葉を受けて、ユーミルは感激したように声を震わせる。
「ああ、勇者様……!」
勇者様……いい響きだ。
すごく気分がいい。
「なんであんたは喜んでるのよ? あんたは女神なんだから、勇者を任命する側でしょうが!」
スクルドがすかさずツッコミを入れてくる。せっかく気分が盛り上がっていたのに、水を差されたかたちだ。
「まあ、いいじゃない。冒険みたいで楽しそうだし」
実際、家にこもっているのにも飽きていた。強い奴に会いに行くと思うと、胸が高鳴る。ワクワクしてきた。
「こいつの言う事なんて信じても、どうせハズレよ。もし本当に危険なら、とっくにオーディン様が動いてるはずでしょ。何もないってことはハズレということよ」
スクルドは憮然としてそう言い切る。確かにその通りかもしれないが、当たったら当たったで面白いし、ハズレでも冒険気分を味わえる。どう転んでも損はないだろう。
「それで、場所はどこなの?」
私はスクルドを無視してユーミルに問いかけると、ユーミルは少し戸惑いながら答えた。
「えっと……世界樹に続く森なのです」
「すぐ近所じゃないの!」
思わず大声を上げてしまった。
---
「壮大な冒険に出れると思ったのに……」
私は文句をこぼしながら森の中を歩いている。家からたった3千歩ほどの距離しかない。もはや冒険というよりは散歩に近い。
「だったら、無視すれば良かったでしょ」
なぜかスクルドまでついてきている。
「だって、半分くらいは当たる予言なんでしょう? 当たったら強い相手に会えるし、賭ける価値は十分あるわ」
私は肩をすくめながら答える。スクルドはふうっと息を吐いて首を振った。
「でも、あたしはハズレだと思うんだけど」
私たちは軽い会話をしながら、うっそうと茂る森の奥へと入っていく。かなり広範囲にわたって木々が生い茂っていた。
「そういえば、この森って結構広いのよね?」
「そうね。世界樹を中心に、たぶん1万歩くらいはあると思うわ」
スクルドの言葉に、私は思わず足を止める。そんなに広いのなら、ただの獣一匹を見つけるだけでも大変そうだ。
私がどうしたものかと考え始めた矢先、白い狼の群れが姿を現した。
森の茂みのあちこちから、十数匹、いや数十匹の白い毛並みを持つ狼が現れ、私たちを取り囲むように配置する。殺気を帯びた瞳がギラギラと光っていた。
「……私たちを狙ってる、みたいね」
スクルドが私の方にちらりと視線を送る。私も全斬丸の柄に手をかけ、わずかに身を低くした。相手は狼とはいえ、これだけの数で同時に襲われたら厄介だ。だが、私とスクルドなら問題ないだろう。
「さっさと片付けましょう」
私が刀を抜いたのと同じタイミングで、狼たちが一斉に襲い掛かってきた。吼え声が辺りにこだまする。素早い動きで私たちを取り囲むように走り回り、死角から牙を突き立てようとする。
スクルドは斧を構え、間合いを詰めてきた狼を力任せに叩き潰していた。体格は私より小柄だが、腕力は強い。私のほうも全斬丸を自在に操り、一匹一匹を確実に斬り捨てていった。
「数は多いけど、しょせんはただの狼ね」
そう呟いた直後、さらに追加の狼の群れが森の奥から続々と現れてくる。一体どれだけいるのか。血の匂いに誘われて、仲間の仇を取ろうと集まってきたのかもしれない。
私は刀をひるがえし、こちらに飛び掛かってきた狼の胴を横一文字に斬り裂く。血飛沫が辺りに散り、鋭い臭いが鼻をつく。スクルドは背後から来た狼を斧で縦に叩き割った。
「はぁ……結構骨が折れるわね。スクルド、そっちは大丈夫?」
「まだいけるわよ。でも、なんで狼がこんなに攻撃的なのよ、まったく……」
スクルドも疑問を口にしながら、素早く斧を振り回す。その音は重々しく、近づく狼の頭を粉砕していた。
やがて、ほとんどの狼が倒れ、森には狼の死骸と血の匂いが立ちこめる。かつては真っ白だった毛皮も、今や血まみれで赤黒く染まっていた。
「なんとか片付いたみたいね」
私は刀を振り、血を振り払う。スクルドも斧を下ろし、肩で息をしている。最初は余裕そうだったが、これだけの数を相手にすればさすがに疲労も溜まるだろう。
「こいつら、食べちゃおう。もったいないし」
私は狼を食べてみたくなった。
「ええー! 嫌よ、気持ち悪い」
甘いもの好きのスクルドは嫌悪感をあらわにするが、私は構わず焚火の準備を始めた。全斬丸で狼の死体をバラす。刀身が長く、料理には不向きだが、切れ味は申し分ない。
食べてみると、臭みが強くてあまり美味しくはなかった。私が食べている間、スクルドは渋い顔で一口だけ口にしてそれきりだった。
「やっぱり動物なんて食べるもんじゃないわね……。それにしても、動物は神を襲わないはずなのに、何で襲ってきたんだろう?」
スクルドは辺りに転がる狼の死骸を見ながら首をすくめる。私も血まみれの現場を見渡して、同じ疑問を抱く。神を見て逃げるどころか、集団で襲ってくるなんて尋常ではない。
「こいつらが、もしかして『破滅の獣』とか……?」
「ただの狼でしょ、どう考えても」
スクルドが即座に否定する。納得いかないが、確かにこんなに大量の狼が『破滅の獣』だとは思えない。
食べ終わると、すっかり日は暮れていた。薄暗い森がさらに闇に包まれ、わずかな月明かりが木々の隙間から漏れるだけだ。疲れたし、結局ここで野宿することに決めた。
「見張りは交代でしましょう。……あんたが先に寝てもいいわよ」
スクルドが私に声をかけてくれる。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
私は大きな木の根元に腰を下ろし、刀を枕代わりにゆっくり目を閉じた。むせ返る血の匂いが気にはなるが、疲労には勝てない。いつの間にか意識が遠のいていった。
---
「ワオーン!」
闇を裂くような狼の雄叫びが耳元で響き、私は飛び起きた。すぐそばでスクルドの声がする。
「近いわよ、かなり……」
スクルドは斧を構え、視線を森の奥へ向けている。私はまだ寝ぼけ眼のまま刀を抜き、立ち上がった。
次の瞬間、何かが左の視界をかすめた。私はとっさに刀を正面に向けるが、その一瞬の隙を突かれた格好で、巨大な力に体ごと吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
背中が木の幹に叩きつけられ、肺から息が漏れる。体中が痛い。こんな衝撃、味わったことがない。
視界が揺れる中、なんとか立ち上がり、スクルドが戦っている何かに目を凝らした。
「エリカ、大丈夫?」
スクルドがこちらを気にかけて叫ぶが、私は痛みを我慢してうなずいた。私たちの前には巨大な白い狼がそびえ立っている。大きさは普通の狼の10倍以上だろうか。その圧倒的な威圧感に鳥肌が立つ。
「こいつが……『破滅の獣』?」
スクルドも斧を構えながら、白い巨狼を睨む。あの群れの中にはこんな化け物はいなかったはずだ。まさか後から姿を現したのか……?
私は呼吸を整えると、刀をきつく握り直した。
「まったく……痛いじゃない。私を吹き飛ばすなんて、生意気ね」
その巨狼は高い唸り声を上げ、目を血走らせている。毛並みは月光を反射して青白く輝き、口元からは涎が滴っていた。かなりの殺意を感じる。
スクルドが先に飛び込み、斧を振り下ろす。巨狼は一瞬で間合いを詰めて、前足の爪で斧を弾き飛ばそうとする。スパークが散るような衝撃音が森に響いた。火花が舞うように見えるのは気のせいだろうか。
スクルドの筋力でも、押し負けそうになっているのがわかる。あれほど力の強い彼女が、こうも苦戦するなんて……。
「このままだとまずい!」
私も横から斬りかかろうと走り出す。だが、巨狼は私の存在に気づいたか、スクルドを軽く突き放してこちらに体を向けてきた。
鋭い眼光。先ほどの一撃で、こいつのパワーは身をもって知った。下手に正面から受ければ再度吹き飛ばされかねない。私は動きを鈍らせるため、神力銃を放つことにした。
「これでどう?」
6発の弾丸を立て続けに撃ち込む。相手は狼だから多少効果があるはず…… 巨体ゆえに避けきれなかったのか、全弾が命中した。
「ワオーン!」
巨狼が叫び声を上げ、苦しそうに身をよじる。神力銃でも致命傷にはならなかったようだが、動きを止めることはできたみたいだ。
「今よ、スクルド!」
私はそう叫んでスクルドに合図を送りつつ、自分も刀を構え直して走り出す。狙うは後ろ足の付け根。あそこを切断すれば、巨体が支えられなくなるはず。
だが、巨狼も苦痛に耐えながら、私を目で捉えているのがわかる。数十メートルの距離を詰める間に、奴は前足を高々と振りかぶり、私めがけて振り下ろしてきた。まるで巨大な鎌のような鋭い爪が視界を埋める。
「くっ……!」
私はとっさに刀を横に振り、前足を斬りつけるが、分厚い毛皮と筋肉に阻まれて切り口は浅い。血は出たが、止めを刺すにはほど遠い。体勢を崩した私に、さらに追撃が来る。
「エリカ、下がりなさい!」
スクルドが斧を投げるように巨狼の首元めがけて突き刺し、奴の注意を逸らす。私はその間に体勢を立て直した。スクルドの斧も深くは刺さらなかったが、奴は一瞬苦痛で動きを止めた。
今だ――私は再び走り、後ろ足の付け根を斬り上げる。狙いは的中。ゴリッと嫌な感触とともに、一部の筋肉や腱が断たれたのがわかる。
「ワオーン……!」
巨狼が激しくのたうち、バランスを崩して横向きに倒れ込む。私の攻撃だけでなく、神力銃のダメージも蓄積しているのだろう。
「あと少しね……」
私は呼吸を整え、今度はもう片方の後ろ足の付け根を目指す。巨狼は必死に抵抗して前足で私を引き裂こうとするが、スクルドが正面から斧を叩き込んで阻止する。
「はっ!」
斬りつけた感触が確かな手応えを伴い、後ろ足がほぼ使えなくなった巨狼は、地面に沈むように崩れ落ちた。体勢を維持できず、ずるりと横に倒れる。これで終わりだ。
「トドメよ……」
私は大きくジャンプし、刀を高々と掲げる。奴の頭を一突きすれば、完全に息の根を止められるだろう――そう思った瞬間、何かが私の体に体当たりしてきた。
「いたっ!」
刀が空を切り、そのまま着地に失敗して地面に転がる。何事かと目を凝らした。
すると、何者かの姿が見えてくる。
「もう、何なのよ……男?」
すると、玄関のほうで物音がする。何事かと思って振り向くと、よろよろとふらつきながら一柱の女神が入ってきた。
紫色の長い髪にやせ細った身体。神官が着るような服をまとっている。足元がおぼつかず、目を閉じたまま手探りのように歩を進める姿は、見ていて危なっかしいほどだ。
「ユーミル? なんでここにいるのよ」
スクルドが思わず眉をひそめる。口ぶりからして、知り合いらしい。相手――ユーミルは肩を震わせると、スクルドの方へ顔を向けた。目は閉じたままだ。
「ああ、その声はスクルド様。ユーミルは『破滅の獣』の出現を告げて回っているのです」
ユーミルの声はか細く震えていた。恐怖に表情が歪んでいるようだが、ずっと目を閉じているところを見ると、目が見えないのかもしれない。私は思わずスクルドと顔を見合わせる。
「また、あんたは……変な事を触れ回って。いいから早く城に帰りなさい」
スクルドは腕を組んで、面倒事を避けるかのようにユーミルを追い返そうとする。
「放っておくと、大変な事になるのです……!」
ユーミルは必死に訴えるが、スクルドはまったく取り合おうとしない。まるで厄介者扱いだ。
「はいはい、そう言う事は城に帰ってオーディン様にでも言いなさい」
「ちょっと、スクルド。可哀想じゃない。話ぐらい聞いてあげてもいいでしょう?」
自分でも理由はよくわからないが、ユーミルの痛々しい姿が目に入ると、つい擁護したくなる。スクルドは私を横目で見やって、嘆息するように口を開いた。
「あんたはこいつのことを知らないのね……。こいつは2級神ユーミル、予言の女神。でも、その予言も半分くらいしか当たらないし、変な事を触れて回るから厄介者扱いされてるのよ」
「スクルド様、ひどいのです……」
ユーミルが抗議するが、スクルドの態度は変わらない。
「だって、本当のことじゃない」
スクルドは悪びれない。
破滅の獣。その名が示すとおり、やばい存在という予感はある。けれど、これをもし私が討伐できたら、神々を見返すいいチャンスになるかもしれない。
「じゃあ、私がその『破滅の獣』を討伐してあげるわ」
思わず口に出していた。私のその言葉を受けて、ユーミルは感激したように声を震わせる。
「ああ、勇者様……!」
勇者様……いい響きだ。
すごく気分がいい。
「なんであんたは喜んでるのよ? あんたは女神なんだから、勇者を任命する側でしょうが!」
スクルドがすかさずツッコミを入れてくる。せっかく気分が盛り上がっていたのに、水を差されたかたちだ。
「まあ、いいじゃない。冒険みたいで楽しそうだし」
実際、家にこもっているのにも飽きていた。強い奴に会いに行くと思うと、胸が高鳴る。ワクワクしてきた。
「こいつの言う事なんて信じても、どうせハズレよ。もし本当に危険なら、とっくにオーディン様が動いてるはずでしょ。何もないってことはハズレということよ」
スクルドは憮然としてそう言い切る。確かにその通りかもしれないが、当たったら当たったで面白いし、ハズレでも冒険気分を味わえる。どう転んでも損はないだろう。
「それで、場所はどこなの?」
私はスクルドを無視してユーミルに問いかけると、ユーミルは少し戸惑いながら答えた。
「えっと……世界樹に続く森なのです」
「すぐ近所じゃないの!」
思わず大声を上げてしまった。
---
「壮大な冒険に出れると思ったのに……」
私は文句をこぼしながら森の中を歩いている。家からたった3千歩ほどの距離しかない。もはや冒険というよりは散歩に近い。
「だったら、無視すれば良かったでしょ」
なぜかスクルドまでついてきている。
「だって、半分くらいは当たる予言なんでしょう? 当たったら強い相手に会えるし、賭ける価値は十分あるわ」
私は肩をすくめながら答える。スクルドはふうっと息を吐いて首を振った。
「でも、あたしはハズレだと思うんだけど」
私たちは軽い会話をしながら、うっそうと茂る森の奥へと入っていく。かなり広範囲にわたって木々が生い茂っていた。
「そういえば、この森って結構広いのよね?」
「そうね。世界樹を中心に、たぶん1万歩くらいはあると思うわ」
スクルドの言葉に、私は思わず足を止める。そんなに広いのなら、ただの獣一匹を見つけるだけでも大変そうだ。
私がどうしたものかと考え始めた矢先、白い狼の群れが姿を現した。
森の茂みのあちこちから、十数匹、いや数十匹の白い毛並みを持つ狼が現れ、私たちを取り囲むように配置する。殺気を帯びた瞳がギラギラと光っていた。
「……私たちを狙ってる、みたいね」
スクルドが私の方にちらりと視線を送る。私も全斬丸の柄に手をかけ、わずかに身を低くした。相手は狼とはいえ、これだけの数で同時に襲われたら厄介だ。だが、私とスクルドなら問題ないだろう。
「さっさと片付けましょう」
私が刀を抜いたのと同じタイミングで、狼たちが一斉に襲い掛かってきた。吼え声が辺りにこだまする。素早い動きで私たちを取り囲むように走り回り、死角から牙を突き立てようとする。
スクルドは斧を構え、間合いを詰めてきた狼を力任せに叩き潰していた。体格は私より小柄だが、腕力は強い。私のほうも全斬丸を自在に操り、一匹一匹を確実に斬り捨てていった。
「数は多いけど、しょせんはただの狼ね」
そう呟いた直後、さらに追加の狼の群れが森の奥から続々と現れてくる。一体どれだけいるのか。血の匂いに誘われて、仲間の仇を取ろうと集まってきたのかもしれない。
私は刀をひるがえし、こちらに飛び掛かってきた狼の胴を横一文字に斬り裂く。血飛沫が辺りに散り、鋭い臭いが鼻をつく。スクルドは背後から来た狼を斧で縦に叩き割った。
「はぁ……結構骨が折れるわね。スクルド、そっちは大丈夫?」
「まだいけるわよ。でも、なんで狼がこんなに攻撃的なのよ、まったく……」
スクルドも疑問を口にしながら、素早く斧を振り回す。その音は重々しく、近づく狼の頭を粉砕していた。
やがて、ほとんどの狼が倒れ、森には狼の死骸と血の匂いが立ちこめる。かつては真っ白だった毛皮も、今や血まみれで赤黒く染まっていた。
「なんとか片付いたみたいね」
私は刀を振り、血を振り払う。スクルドも斧を下ろし、肩で息をしている。最初は余裕そうだったが、これだけの数を相手にすればさすがに疲労も溜まるだろう。
「こいつら、食べちゃおう。もったいないし」
私は狼を食べてみたくなった。
「ええー! 嫌よ、気持ち悪い」
甘いもの好きのスクルドは嫌悪感をあらわにするが、私は構わず焚火の準備を始めた。全斬丸で狼の死体をバラす。刀身が長く、料理には不向きだが、切れ味は申し分ない。
食べてみると、臭みが強くてあまり美味しくはなかった。私が食べている間、スクルドは渋い顔で一口だけ口にしてそれきりだった。
「やっぱり動物なんて食べるもんじゃないわね……。それにしても、動物は神を襲わないはずなのに、何で襲ってきたんだろう?」
スクルドは辺りに転がる狼の死骸を見ながら首をすくめる。私も血まみれの現場を見渡して、同じ疑問を抱く。神を見て逃げるどころか、集団で襲ってくるなんて尋常ではない。
「こいつらが、もしかして『破滅の獣』とか……?」
「ただの狼でしょ、どう考えても」
スクルドが即座に否定する。納得いかないが、確かにこんなに大量の狼が『破滅の獣』だとは思えない。
食べ終わると、すっかり日は暮れていた。薄暗い森がさらに闇に包まれ、わずかな月明かりが木々の隙間から漏れるだけだ。疲れたし、結局ここで野宿することに決めた。
「見張りは交代でしましょう。……あんたが先に寝てもいいわよ」
スクルドが私に声をかけてくれる。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
私は大きな木の根元に腰を下ろし、刀を枕代わりにゆっくり目を閉じた。むせ返る血の匂いが気にはなるが、疲労には勝てない。いつの間にか意識が遠のいていった。
---
「ワオーン!」
闇を裂くような狼の雄叫びが耳元で響き、私は飛び起きた。すぐそばでスクルドの声がする。
「近いわよ、かなり……」
スクルドは斧を構え、視線を森の奥へ向けている。私はまだ寝ぼけ眼のまま刀を抜き、立ち上がった。
次の瞬間、何かが左の視界をかすめた。私はとっさに刀を正面に向けるが、その一瞬の隙を突かれた格好で、巨大な力に体ごと吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
背中が木の幹に叩きつけられ、肺から息が漏れる。体中が痛い。こんな衝撃、味わったことがない。
視界が揺れる中、なんとか立ち上がり、スクルドが戦っている何かに目を凝らした。
「エリカ、大丈夫?」
スクルドがこちらを気にかけて叫ぶが、私は痛みを我慢してうなずいた。私たちの前には巨大な白い狼がそびえ立っている。大きさは普通の狼の10倍以上だろうか。その圧倒的な威圧感に鳥肌が立つ。
「こいつが……『破滅の獣』?」
スクルドも斧を構えながら、白い巨狼を睨む。あの群れの中にはこんな化け物はいなかったはずだ。まさか後から姿を現したのか……?
私は呼吸を整えると、刀をきつく握り直した。
「まったく……痛いじゃない。私を吹き飛ばすなんて、生意気ね」
その巨狼は高い唸り声を上げ、目を血走らせている。毛並みは月光を反射して青白く輝き、口元からは涎が滴っていた。かなりの殺意を感じる。
スクルドが先に飛び込み、斧を振り下ろす。巨狼は一瞬で間合いを詰めて、前足の爪で斧を弾き飛ばそうとする。スパークが散るような衝撃音が森に響いた。火花が舞うように見えるのは気のせいだろうか。
スクルドの筋力でも、押し負けそうになっているのがわかる。あれほど力の強い彼女が、こうも苦戦するなんて……。
「このままだとまずい!」
私も横から斬りかかろうと走り出す。だが、巨狼は私の存在に気づいたか、スクルドを軽く突き放してこちらに体を向けてきた。
鋭い眼光。先ほどの一撃で、こいつのパワーは身をもって知った。下手に正面から受ければ再度吹き飛ばされかねない。私は動きを鈍らせるため、神力銃を放つことにした。
「これでどう?」
6発の弾丸を立て続けに撃ち込む。相手は狼だから多少効果があるはず…… 巨体ゆえに避けきれなかったのか、全弾が命中した。
「ワオーン!」
巨狼が叫び声を上げ、苦しそうに身をよじる。神力銃でも致命傷にはならなかったようだが、動きを止めることはできたみたいだ。
「今よ、スクルド!」
私はそう叫んでスクルドに合図を送りつつ、自分も刀を構え直して走り出す。狙うは後ろ足の付け根。あそこを切断すれば、巨体が支えられなくなるはず。
だが、巨狼も苦痛に耐えながら、私を目で捉えているのがわかる。数十メートルの距離を詰める間に、奴は前足を高々と振りかぶり、私めがけて振り下ろしてきた。まるで巨大な鎌のような鋭い爪が視界を埋める。
「くっ……!」
私はとっさに刀を横に振り、前足を斬りつけるが、分厚い毛皮と筋肉に阻まれて切り口は浅い。血は出たが、止めを刺すにはほど遠い。体勢を崩した私に、さらに追撃が来る。
「エリカ、下がりなさい!」
スクルドが斧を投げるように巨狼の首元めがけて突き刺し、奴の注意を逸らす。私はその間に体勢を立て直した。スクルドの斧も深くは刺さらなかったが、奴は一瞬苦痛で動きを止めた。
今だ――私は再び走り、後ろ足の付け根を斬り上げる。狙いは的中。ゴリッと嫌な感触とともに、一部の筋肉や腱が断たれたのがわかる。
「ワオーン……!」
巨狼が激しくのたうち、バランスを崩して横向きに倒れ込む。私の攻撃だけでなく、神力銃のダメージも蓄積しているのだろう。
「あと少しね……」
私は呼吸を整え、今度はもう片方の後ろ足の付け根を目指す。巨狼は必死に抵抗して前足で私を引き裂こうとするが、スクルドが正面から斧を叩き込んで阻止する。
「はっ!」
斬りつけた感触が確かな手応えを伴い、後ろ足がほぼ使えなくなった巨狼は、地面に沈むように崩れ落ちた。体勢を維持できず、ずるりと横に倒れる。これで終わりだ。
「トドメよ……」
私は大きくジャンプし、刀を高々と掲げる。奴の頭を一突きすれば、完全に息の根を止められるだろう――そう思った瞬間、何かが私の体に体当たりしてきた。
「いたっ!」
刀が空を切り、そのまま着地に失敗して地面に転がる。何事かと目を凝らした。
すると、何者かの姿が見えてくる。
「もう、何なのよ……男?」
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ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
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―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
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【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
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木の影からこっそり覗くとそこには……
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都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
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恋愛は多分ありません。
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※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
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※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜
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王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。
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