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IFルート 絶望的な運命に立ち向かうダークファンタジー
IF早過ぎたラグナロク1話 悲劇の始まり
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注意……IFは、エリカがわずかな良心をかなぐり捨てて、ダークサイドに落ちていく物語です。ストレス耐性、バッドエンド耐性の無い方にはオススメできません。時系列的には13話謎の卵の後からの分岐になります。よろしくお願いします。
---
スザクが私の肩に、ようやく馴染んできた頃のことだった。
いつもは穏やかな時間が流れるこの家に、突然、ユーミルがやって来たのだ。
ドアを開けたら、そこに立っていたのは、吹けば飛ぶように華奢な身体つきの女神。相変わらず目を閉じ、紫色のぼさぼさの髪が風に揺れている。その姿は、まるで今にも消えてしまいそうに頼りない。
「災厄の魔神が出現したのです」
声の調子はおどおどしていて、怯えているようにも感じられた。
正直、私は思う。
――またか。
以前にも似たような予言をしてきたが、全部ハズレ。結果的に私にとっては得になることが多かったから、別にいいけど、半分くらい当たっているかどうかも怪しい。今回もどうせ大したことはないのだろう、と半分以上は聞き流すつもりだった。
「で、今回はどこに出現したの?」
何かしら利益が出るなら動いてもいい。そんな打算もあって、一応訊ねてみる。すると、ユーミルは予想外の答えを返してきた。
「ここなのです」
思わず耳を疑う。ここ――私の家?
「……何を言っているのよ。ここには私とスザクしかいないわ」
この時点で嫌な予感はあった。もしかして、スザクが魔神だという荒唐無稽な話なのか? だが、ユーミルはさらに予想外のことを口にする。
「あなたなのです」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。私が魔神? そんなバカなことがあるはずがない。思わず言い返す。
「は? 私? ありえないでしょう」
こちらが否定しても、ユーミルの表情は変わらない。以前の予言がハズレだったことを踏まえても、あまりに突拍子もない話だ。どう転んでも私の利益にはならないし、こんな変な話を触れ回られる前に城に追い返すのがいいだろう。
「はいはい、わかったわよ。もう城に帰りなさい」
うんざりしたように手を振り、彼女を追い返そうとした――そのときだった。ユーミルが私に向かって静かに歩み寄ってくる。
「何?」
視線を送ると、予想外に近い距離で彼女の息遣いを感じる。あの儚げな雰囲気とはまるで違う、異様な熱を帯びた空気が伝わってきた。思わず一歩、後ずさる。
「あなたさえ……」
さらりと垂れる長い髪が風に揺れ、彼女はさらに一歩踏み出す。今までのふわふわとした印象が霧散し、鬼気迫る雰囲気が肌を刺す。
「あなたさえいなければ!」
そして――次の瞬間、ユーミルは両手で私の首を締め上げてきた。信じられないほどの力だ。まさか、こんなか弱そうな奴に不意を突かれるなんて。完全に油断していた。
苦しい。喉が軋み、呼吸がまったくできない。どこにそんな力があるのか、やせ細った指先が私の首に食い込む。声を出そうとするが、息すら通らない。頭がじわじわと熱くなり、視界の端が暗くなり始める。
(このままじゃ、殺される……!)
混乱と恐怖の中、私は必死にもがく。ユーミルの腕を引っかき、叩いてみるが、びくともしない。彼女は2級神――普段の頼りなさからは想像できない力を秘めていたのだ。意識が遠のきかけた瞬間、私は反射的に腰の刀へ手を伸ばした。生き残るには、もうこれしかない。
時間がゆっくりと感じられる。刀を引き抜いて突き刺すまでが、一瞬なのにものすごく長く思えた。
「っ……」
やみくもに突き刺した刀は、ユーミルの横腹に深く食い込む。ぬるりとした嫌な感覚が手のひらを伝わってきた。彼女の腕が、かすかに力を緩めたのを感じる。私はその隙に何とか首を抜き、尻もちをつきながらも距離をとった。
---
「はあ、はあ、はあ……」
視界が歪むほど息が苦しい。ようやく解放された首には、まだ鈍い痛みが残っている。咳き込みながら、私は地面に倒れたユーミルへと目を移した。
「げほっ、げほっ!」
自分の呼吸を整えるのに必死で、しばらく何も考えられなかったが、気がつくと目の前には黄金色の血溜まりと、仰向けに横たわるユーミルの姿があった。
「ユーミル……?」
遠慮がちに声をかけても、彼女は何の反応も示さない。触れるのも恐ろしくて、片手でそっと口元に触れる。――呼吸がない。
死んでいる。
「私が……殺した……?」
不可抗力だ。あのまま首を絞められていたら、私が死んでいた。私は悪くない。そう言い聞かせようとするのに、背筋を冷たい汗が伝う。オーディンや他の神々がこの事を知ったら、私の言い分なんて受け入れてくれないだろう。
逃げるか? いや、待て。逃げたところで、必ず追手がかかるだろうし、いつかは討たれる可能性が高い。どうする? どうしたらいい?
頭の中がぐるぐる渦を巻き、思考がまとまらない。けれど、時間がないことだけはわかる。
「……隠ぺいしよう」
その言葉が口をつくと同時に、頭の中で恐怖と焦燥が混ざり合った。今の私には、それしか残されていない。誰かに見られる前に、痕跡を処理しなければならない。
私はすぐに行動に移った。全自動巨大注射器を取り出し、ユーミルの血液を素早く抜き取り、結晶化装置に流し込む。見慣れているはずの血が、今日はどうしようもなく嫌な色合いに見える。
次に、干からびた彼女の死体を全斬丸でバラバラに解体し、布袋へ詰める。呼吸をするたび、苦い吐き気がこみ上げるような作業――だが、一気にやらなければならない。
「……これで誰にもバレない」
震える声でそう呟き、袋を抱きしめる。だが次の問題は、どこへ捨てるかだった。森に埋める? そんなの、いつ掘り返されるかわからない。なら――
そうだ、この大陸は空に浮いている。端まで行って投げ捨てれば、誰の目にも触れまい。
決断は早かった。私は袋を背負い、全力で走り出す。急いで運ばなければ、誰かに見られる危険性が高まる。血を抜いた死体は軽い。とはいえ、バラバラに詰められたユーミルの死体は、私の心を重く圧迫する。
(まずいことになった。でも、こうするしかない……)
自己弁護じみた思考が頭をかすめても、足は止まらない。邪魔な感情は捨てて、ひたすら大陸の端を目指す。
---
やがて目的地に着き、強風が吹く崖のような場所から袋を勢いよく放り投げる。
布袋が風に流され、下界へと落ちていく。その影が見えなくなるまで、私は息を詰めて見届けるしかなかった。肌を刺す風がやけに冷たく、少し肌寒い。
「これで……良し」
重圧から解放されたようで、思わず吐息が漏れた。その刹那、背後から声が響き、心臓が跳ね上がる。
「あんた、何やってるのよ?」
慌てて振り返ると、白い羽を生やし、青い鎧をまとったスクルドが立っていた。絶妙に悪いタイミングだ。胸がドキリと鳴る。
「ちょっとゴミを捨てただけよ」
嘘ではない……はず。少なくとも、死体をゴミ扱いするのはどうかと思うが、これで乗り切るしかない。スクルドの視線が鋭く私を捉える。
「下界にゴミを捨てたらダメでしょうが! 地面に埋めなさいよ」
厳しい口調で説教される。私は乾いた笑みを浮かべるしかない。
「そういう気分だったの」
言い訳としては稚拙すぎるが、他に出てこない。スクルドは納得していないようで、さらに追及してくる。
「あんたね、人間界の誰かに当たったらどうするのよ? 死んでしまうかもしれないわよ」
いつもより声が低い。怒っているようだ。だが、ここで言い合いをしても得るものはない。私は形だけの反省をよそおう。
「……今度から気を付けるわ」
「まったく。あたしが拾ってくるから、もう下界にゴミを捨てないでよ」
(まずいわ!)
袋の中身を確認されるわけにはいかない。私は焦りのあまり、反射的にスクルドを呼び止める。
「待って! 拾ってこない方がいいわ」
「どうしてよ?」
不審そうな目が向けられる。背中に冷や汗がにじむ。
「えっと……あの袋にはスクルドの苦手なものが入っているのよ」
私は慌てて取り繕う。虫の腐った死骸だとか、適当な言葉を継ぎ足して。スクルドは表情を歪める。
「……虫はちょっと嫌だわ。そう、ならいいけど……もうやめてよね、ホントに」
どうにか下界へ行くのを踏みとどまってくれたようだ。安堵が込み上げる。すると、スクルドが急に思い出したように言った。
「そういえば、ユーミルを見なかった?」
またしても心臓が大きく波打つ。思わず顔に出ないよう、必死で平静を保つ。
「……今日は見てないけど」
嘘を吐くことに慣れてはいないけど、もう後に引けない。スクルドは首をかしげ、まいったように嘆息する。
「あの子、また『魔神が出現した』とか何とか触れ回ってるみたいなの。見かけたら城に帰るように言ってくれる? まったく、ふらふらとどこに行ってしまったのかしらね」
私はうなずきながら、絶対にもう見かけることはないユーミルを思い返す。 殺してしまったのだから、二度と会えるわけがない。
「わかったわ。見かけたら伝えておくわ」
さらにスクルドは、「探しても見つからないし、ウルド姉様の過去視で探してもらおうかしら」と溜め息まじりに呟く。聞いただけで動悸が激しくなった。過去視を使われたら、私が殺した光景まで見られてしまうかもしれない。どうしよう――。
「エリカ、顔色が悪いわよ。また変な物でも食べたんじゃないでしょうね。いい加減にしなさいよ!」
スクルドは半ば呆れながら飛び去っていく。
……危なかった。冷や汗で背中がぐっしょりと濡れている。
私は何とか誤魔化しきったと思いたいが、心の中は乱れていた。殺害と死体処分をやってのけたはいいが、このまま何も起こらず済むとは考えにくい。ウルドやノルンが動けば、全てを露見するかもしれない。
「やってしまったわね……」
それでも生き延びるためには仕方なかった、と言い聞かせながら、私は家へ戻る。首の痛みがじわじわと蘇り、ユーミルの血の手触りが頭の中をぐるぐるして、気が遠くなりそうだ。
---
家に着くと、急にどっと疲れが押し寄せた。身体的なダメージもさることながら、精神的な重圧も大きいせいだろう。あまり考えたくはないが、もしスクルドが下界へ降りていれば、布袋の中身を見つけられただろうし、危なかった。
とりあえず、ユーミルの血液は結晶化してある。私はそれを飲み込む。いつもなら力が湧くたび、奇妙な高揚感があったものだが、今日はまったく喜びが湧いてこない。むしろ後味の悪さだけが残る。
「割に合わないわね……」
ベッドに腰をおろして呟く。殺した代償はあまりにも大きい。これからどう動くか、ウルドやノルンの出方次第で最悪の事態に転がってしまうかもしれない。
ふと、家の中が妙に静かなことに気づく。いつもなら聞こえるはずのスザクの鳴き声がない。
「スザク? どこにいるの?」
心臓が嫌な鼓動を打ち始める。今日は一度も姿を見ていない気がする。慌てて家の中を探すと、机の下でうずくまるスザクを見つけた。
「スザク……? どうしたの?」
そっと覗き込むと、スザクは痙攣している。体が冷たく、まるで生気を失いつつあるように見えた。
「ほら、虫よ。食べなさい」
いつもなら食らいつくのに、くちばしをわずかに動かすだけで、まったく食べようとしない。鳥の体調には詳しくないけど、このままでは危ないのだと直感する。
ユーミルの死体を処理した直後の疲労も吹き飛ぶほどの焦燥感が胸に湧く。
「まずいわ……。このままだと、スザクが死んでしまう!」
自分だってこの先どうなるかわからない状況なのに、さらにスザクまで。絶望感がじわじわと広がる。
私はスザクを両手でそっと抱きかかえ、外へ飛び出した。城下町なら何か手立てがあるかもしれない。
---
現在のエリカのステータス
神力……1万
特殊能力……発明、暴食、ちょっとだけ未来視、毒耐性、無限成長、再生、予言?
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スザクが私の肩に、ようやく馴染んできた頃のことだった。
いつもは穏やかな時間が流れるこの家に、突然、ユーミルがやって来たのだ。
ドアを開けたら、そこに立っていたのは、吹けば飛ぶように華奢な身体つきの女神。相変わらず目を閉じ、紫色のぼさぼさの髪が風に揺れている。その姿は、まるで今にも消えてしまいそうに頼りない。
「災厄の魔神が出現したのです」
声の調子はおどおどしていて、怯えているようにも感じられた。
正直、私は思う。
――またか。
以前にも似たような予言をしてきたが、全部ハズレ。結果的に私にとっては得になることが多かったから、別にいいけど、半分くらい当たっているかどうかも怪しい。今回もどうせ大したことはないのだろう、と半分以上は聞き流すつもりだった。
「で、今回はどこに出現したの?」
何かしら利益が出るなら動いてもいい。そんな打算もあって、一応訊ねてみる。すると、ユーミルは予想外の答えを返してきた。
「ここなのです」
思わず耳を疑う。ここ――私の家?
「……何を言っているのよ。ここには私とスザクしかいないわ」
この時点で嫌な予感はあった。もしかして、スザクが魔神だという荒唐無稽な話なのか? だが、ユーミルはさらに予想外のことを口にする。
「あなたなのです」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。私が魔神? そんなバカなことがあるはずがない。思わず言い返す。
「は? 私? ありえないでしょう」
こちらが否定しても、ユーミルの表情は変わらない。以前の予言がハズレだったことを踏まえても、あまりに突拍子もない話だ。どう転んでも私の利益にはならないし、こんな変な話を触れ回られる前に城に追い返すのがいいだろう。
「はいはい、わかったわよ。もう城に帰りなさい」
うんざりしたように手を振り、彼女を追い返そうとした――そのときだった。ユーミルが私に向かって静かに歩み寄ってくる。
「何?」
視線を送ると、予想外に近い距離で彼女の息遣いを感じる。あの儚げな雰囲気とはまるで違う、異様な熱を帯びた空気が伝わってきた。思わず一歩、後ずさる。
「あなたさえ……」
さらりと垂れる長い髪が風に揺れ、彼女はさらに一歩踏み出す。今までのふわふわとした印象が霧散し、鬼気迫る雰囲気が肌を刺す。
「あなたさえいなければ!」
そして――次の瞬間、ユーミルは両手で私の首を締め上げてきた。信じられないほどの力だ。まさか、こんなか弱そうな奴に不意を突かれるなんて。完全に油断していた。
苦しい。喉が軋み、呼吸がまったくできない。どこにそんな力があるのか、やせ細った指先が私の首に食い込む。声を出そうとするが、息すら通らない。頭がじわじわと熱くなり、視界の端が暗くなり始める。
(このままじゃ、殺される……!)
混乱と恐怖の中、私は必死にもがく。ユーミルの腕を引っかき、叩いてみるが、びくともしない。彼女は2級神――普段の頼りなさからは想像できない力を秘めていたのだ。意識が遠のきかけた瞬間、私は反射的に腰の刀へ手を伸ばした。生き残るには、もうこれしかない。
時間がゆっくりと感じられる。刀を引き抜いて突き刺すまでが、一瞬なのにものすごく長く思えた。
「っ……」
やみくもに突き刺した刀は、ユーミルの横腹に深く食い込む。ぬるりとした嫌な感覚が手のひらを伝わってきた。彼女の腕が、かすかに力を緩めたのを感じる。私はその隙に何とか首を抜き、尻もちをつきながらも距離をとった。
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「はあ、はあ、はあ……」
視界が歪むほど息が苦しい。ようやく解放された首には、まだ鈍い痛みが残っている。咳き込みながら、私は地面に倒れたユーミルへと目を移した。
「げほっ、げほっ!」
自分の呼吸を整えるのに必死で、しばらく何も考えられなかったが、気がつくと目の前には黄金色の血溜まりと、仰向けに横たわるユーミルの姿があった。
「ユーミル……?」
遠慮がちに声をかけても、彼女は何の反応も示さない。触れるのも恐ろしくて、片手でそっと口元に触れる。――呼吸がない。
死んでいる。
「私が……殺した……?」
不可抗力だ。あのまま首を絞められていたら、私が死んでいた。私は悪くない。そう言い聞かせようとするのに、背筋を冷たい汗が伝う。オーディンや他の神々がこの事を知ったら、私の言い分なんて受け入れてくれないだろう。
逃げるか? いや、待て。逃げたところで、必ず追手がかかるだろうし、いつかは討たれる可能性が高い。どうする? どうしたらいい?
頭の中がぐるぐる渦を巻き、思考がまとまらない。けれど、時間がないことだけはわかる。
「……隠ぺいしよう」
その言葉が口をつくと同時に、頭の中で恐怖と焦燥が混ざり合った。今の私には、それしか残されていない。誰かに見られる前に、痕跡を処理しなければならない。
私はすぐに行動に移った。全自動巨大注射器を取り出し、ユーミルの血液を素早く抜き取り、結晶化装置に流し込む。見慣れているはずの血が、今日はどうしようもなく嫌な色合いに見える。
次に、干からびた彼女の死体を全斬丸でバラバラに解体し、布袋へ詰める。呼吸をするたび、苦い吐き気がこみ上げるような作業――だが、一気にやらなければならない。
「……これで誰にもバレない」
震える声でそう呟き、袋を抱きしめる。だが次の問題は、どこへ捨てるかだった。森に埋める? そんなの、いつ掘り返されるかわからない。なら――
そうだ、この大陸は空に浮いている。端まで行って投げ捨てれば、誰の目にも触れまい。
決断は早かった。私は袋を背負い、全力で走り出す。急いで運ばなければ、誰かに見られる危険性が高まる。血を抜いた死体は軽い。とはいえ、バラバラに詰められたユーミルの死体は、私の心を重く圧迫する。
(まずいことになった。でも、こうするしかない……)
自己弁護じみた思考が頭をかすめても、足は止まらない。邪魔な感情は捨てて、ひたすら大陸の端を目指す。
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やがて目的地に着き、強風が吹く崖のような場所から袋を勢いよく放り投げる。
布袋が風に流され、下界へと落ちていく。その影が見えなくなるまで、私は息を詰めて見届けるしかなかった。肌を刺す風がやけに冷たく、少し肌寒い。
「これで……良し」
重圧から解放されたようで、思わず吐息が漏れた。その刹那、背後から声が響き、心臓が跳ね上がる。
「あんた、何やってるのよ?」
慌てて振り返ると、白い羽を生やし、青い鎧をまとったスクルドが立っていた。絶妙に悪いタイミングだ。胸がドキリと鳴る。
「ちょっとゴミを捨てただけよ」
嘘ではない……はず。少なくとも、死体をゴミ扱いするのはどうかと思うが、これで乗り切るしかない。スクルドの視線が鋭く私を捉える。
「下界にゴミを捨てたらダメでしょうが! 地面に埋めなさいよ」
厳しい口調で説教される。私は乾いた笑みを浮かべるしかない。
「そういう気分だったの」
言い訳としては稚拙すぎるが、他に出てこない。スクルドは納得していないようで、さらに追及してくる。
「あんたね、人間界の誰かに当たったらどうするのよ? 死んでしまうかもしれないわよ」
いつもより声が低い。怒っているようだ。だが、ここで言い合いをしても得るものはない。私は形だけの反省をよそおう。
「……今度から気を付けるわ」
「まったく。あたしが拾ってくるから、もう下界にゴミを捨てないでよ」
(まずいわ!)
袋の中身を確認されるわけにはいかない。私は焦りのあまり、反射的にスクルドを呼び止める。
「待って! 拾ってこない方がいいわ」
「どうしてよ?」
不審そうな目が向けられる。背中に冷や汗がにじむ。
「えっと……あの袋にはスクルドの苦手なものが入っているのよ」
私は慌てて取り繕う。虫の腐った死骸だとか、適当な言葉を継ぎ足して。スクルドは表情を歪める。
「……虫はちょっと嫌だわ。そう、ならいいけど……もうやめてよね、ホントに」
どうにか下界へ行くのを踏みとどまってくれたようだ。安堵が込み上げる。すると、スクルドが急に思い出したように言った。
「そういえば、ユーミルを見なかった?」
またしても心臓が大きく波打つ。思わず顔に出ないよう、必死で平静を保つ。
「……今日は見てないけど」
嘘を吐くことに慣れてはいないけど、もう後に引けない。スクルドは首をかしげ、まいったように嘆息する。
「あの子、また『魔神が出現した』とか何とか触れ回ってるみたいなの。見かけたら城に帰るように言ってくれる? まったく、ふらふらとどこに行ってしまったのかしらね」
私はうなずきながら、絶対にもう見かけることはないユーミルを思い返す。 殺してしまったのだから、二度と会えるわけがない。
「わかったわ。見かけたら伝えておくわ」
さらにスクルドは、「探しても見つからないし、ウルド姉様の過去視で探してもらおうかしら」と溜め息まじりに呟く。聞いただけで動悸が激しくなった。過去視を使われたら、私が殺した光景まで見られてしまうかもしれない。どうしよう――。
「エリカ、顔色が悪いわよ。また変な物でも食べたんじゃないでしょうね。いい加減にしなさいよ!」
スクルドは半ば呆れながら飛び去っていく。
……危なかった。冷や汗で背中がぐっしょりと濡れている。
私は何とか誤魔化しきったと思いたいが、心の中は乱れていた。殺害と死体処分をやってのけたはいいが、このまま何も起こらず済むとは考えにくい。ウルドやノルンが動けば、全てを露見するかもしれない。
「やってしまったわね……」
それでも生き延びるためには仕方なかった、と言い聞かせながら、私は家へ戻る。首の痛みがじわじわと蘇り、ユーミルの血の手触りが頭の中をぐるぐるして、気が遠くなりそうだ。
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家に着くと、急にどっと疲れが押し寄せた。身体的なダメージもさることながら、精神的な重圧も大きいせいだろう。あまり考えたくはないが、もしスクルドが下界へ降りていれば、布袋の中身を見つけられただろうし、危なかった。
とりあえず、ユーミルの血液は結晶化してある。私はそれを飲み込む。いつもなら力が湧くたび、奇妙な高揚感があったものだが、今日はまったく喜びが湧いてこない。むしろ後味の悪さだけが残る。
「割に合わないわね……」
ベッドに腰をおろして呟く。殺した代償はあまりにも大きい。これからどう動くか、ウルドやノルンの出方次第で最悪の事態に転がってしまうかもしれない。
ふと、家の中が妙に静かなことに気づく。いつもなら聞こえるはずのスザクの鳴き声がない。
「スザク? どこにいるの?」
心臓が嫌な鼓動を打ち始める。今日は一度も姿を見ていない気がする。慌てて家の中を探すと、机の下でうずくまるスザクを見つけた。
「スザク……? どうしたの?」
そっと覗き込むと、スザクは痙攣している。体が冷たく、まるで生気を失いつつあるように見えた。
「ほら、虫よ。食べなさい」
いつもなら食らいつくのに、くちばしをわずかに動かすだけで、まったく食べようとしない。鳥の体調には詳しくないけど、このままでは危ないのだと直感する。
ユーミルの死体を処理した直後の疲労も吹き飛ぶほどの焦燥感が胸に湧く。
「まずいわ……。このままだと、スザクが死んでしまう!」
自分だってこの先どうなるかわからない状況なのに、さらにスザクまで。絶望感がじわじわと広がる。
私はスザクを両手でそっと抱きかかえ、外へ飛び出した。城下町なら何か手立てがあるかもしれない。
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