1 / 50
安住にしたい地
しおりを挟む
太陽がこれでもかというくらいの自己主張に忙しい夏の日。どこもかしこも強烈な日光で照らし、アスファルトをかいして人すら焼けてしまいそうだ。熱せられた空気がゆらりとする光景は、自分が熱中症になったのでないかと思ってしまう。
「あちー」
恨めし気な声を吐き出して、この国で何万とつぶやかれているであろう呪詛に加担する。全国にはびこるこの負の感情を集めて雨でも降らせられたらいいのに、なんて現実逃避を図っても、夏の日差しは容赦してくれやしない。
へたった朝顔でもこうはならないだろうというくらいにけだるそうに足を動かして、亀よりも速く目的地に急ぐ。走る元気なんて当に無くしてしまった。おれが干からびるのが先か、目的地で涼むことができるのが先か。ただ今絶賛耐久レース中。
「これは、熱すぎるのではないでしょうか……」
汗が鼻面をしたたり落ちて、これはそろそろ本気でまずいんじゃないか。と思った矢先に見えてきた目的地。どうやら僅差でおれの勝利のようだ。ざまあみろ太陽。
そこは古風な喫茶店だ。閑静な場所にたたずむレンガ造りの壁が異国情緒というか、どちらかというとレトロな感じを演出してくれている。しかし、店先にぶら下がっている金属の看板には『サンシャイン』というおしゃれをこじらせ過ぎて一週回って凡庸といった感じの名前がほられてある。せめておしゃれな英語で書いてあればまだよかったのに、なんで教科書とかでよく見るお硬い字体なのか。
でもそんなこと今更気にする訳もなく、おれは目的地を視認するやいなや一目散に店に駆け寄った。人というのは現金なもので、さっきまで走れないと思っていたのにゴールが見えた途端にそんな事忘れてしまうのだ。こじゃれた扉に手をかけて、思いっきり開ける。
ゴールの余韻を味わうことよりも、クーラーの冷気を優先したおかげか予定より力が入ってしまった。チリンチリンと鋭くなるベルの音に抗議されているような気になってしまう。
「おい、壊すなよ。その扉結構気に入ってるんだから」
入ったとたん、金属音なんかよりはっきりした渋い重低音の抗議がおれを出迎えてくれた。そして続いてやってくるクーラーの涼しい風。
「あー生き返るー」
「俺の話を聞け」
恨めし気な声が聞こえてきたような気がするが、ちょっと待ってほしい。苦行を乗り越えて手に入れた安息の地を堪能することで、おれは生を実感中なのだから。ああ、ここがエデンなのですね。
「ほっぽりだすぞ小僧」
「こんにちは虎豪(こごう)さん。今日も全くと言っていいほど燕尾が似合ってませんね」
「……決めた。締め出す」
たどり着いた安住の地を奪われてなるものかと、ここの主に媚を売ってみたのだがどうやら失敗に終わったようだ。虎豪さんは虎の名に恥じぬ牙を剥き出しにしておれという客を追い出そうとしている。
カウンターの中にいるのは黄色い毛むくじゃらだ。一言で表すなら、二足歩行をする虎、とでも言うべきだろう。人間と同じように四肢を持つが、その肢体はまんべんなく毛皮で覆われている。人間である自分が持ちえない長くしなやかな尻尾もさわり心地がよさそうだ。
その顔もまさに虎。人間とは骨格からして違うことが、その飛び出した鼻面から想像できる。事実、彼がひとたび口を開けば、肉食を思わせる牙がきらりと光を照り返す。
その他にもさまざまな種族がいるこの現代社会で喫茶店を営む虎豪さんは、おれを見ると鼻息一つで抗議の視線を打ち切った。
「はんっ。お前なんざ客じゃねえよ。毎日毎日きやがってからに」
普通はそういうお客さんを常連と呼んで大事にすべきなのではないのでしょうか。
なんて異議申し立てしたところ、この喫茶店のマスターである虎豪さんは非情に不機嫌な顔で尻尾の毛を逆立てた。いかん、茶化しすぎた。
ゆったり流れるBGMに天井で回るファン。観葉植物の出す癒し効果も相まってムーディな雰囲気な喫茶店のマスターはまったく似つかわしくないがさつな虎豪さん。カウンターでグラスを拭く手つきはどこか危うく、こんな落ち着いた店なのに虎豪さんを視界に入れると落ち着けないんじゃないかと思う。
「なにが目的なんだよてめえは」
あなたです。なんて口が裂けても言えないので、曖昧に笑ってごまかす作戦決行。
名前の通り虎種族である虎豪さんの体つきは大変逞しい。喫茶店のマスターの矜持でもあるのか、大抵はその大きな肉体をフォーマルな燕尾服に押し込めている。でも悲しいかな、シャツを丁寧に着ようとするくせに胸板が厚すぎるものだから、すぐにボタンがはじけ飛んでしまうのだ。
今だって本人は気づいていないようだけど、胸のボタンが一つとれていてそのもっさり生えた毛皮と胸筋が燕尾姿に笑いを注いでくれている。さすがに笑ってごまかすのも限界なので、話を逸らすことにしよう。
「またボタン取れてますよ」
「うおっ、またかよ! あーまた新しいボタン買わねえと」
悔しそうに頭をがしがしかく姿は紳士とは程遠い。それにさっきも言ったが虎豪さんの体はとても大きい。だから、そんな風に勢いよく腕を動かすと――
ビリィと脇の部分が破れてしまうのだ。
「あちー」
恨めし気な声を吐き出して、この国で何万とつぶやかれているであろう呪詛に加担する。全国にはびこるこの負の感情を集めて雨でも降らせられたらいいのに、なんて現実逃避を図っても、夏の日差しは容赦してくれやしない。
へたった朝顔でもこうはならないだろうというくらいにけだるそうに足を動かして、亀よりも速く目的地に急ぐ。走る元気なんて当に無くしてしまった。おれが干からびるのが先か、目的地で涼むことができるのが先か。ただ今絶賛耐久レース中。
「これは、熱すぎるのではないでしょうか……」
汗が鼻面をしたたり落ちて、これはそろそろ本気でまずいんじゃないか。と思った矢先に見えてきた目的地。どうやら僅差でおれの勝利のようだ。ざまあみろ太陽。
そこは古風な喫茶店だ。閑静な場所にたたずむレンガ造りの壁が異国情緒というか、どちらかというとレトロな感じを演出してくれている。しかし、店先にぶら下がっている金属の看板には『サンシャイン』というおしゃれをこじらせ過ぎて一週回って凡庸といった感じの名前がほられてある。せめておしゃれな英語で書いてあればまだよかったのに、なんで教科書とかでよく見るお硬い字体なのか。
でもそんなこと今更気にする訳もなく、おれは目的地を視認するやいなや一目散に店に駆け寄った。人というのは現金なもので、さっきまで走れないと思っていたのにゴールが見えた途端にそんな事忘れてしまうのだ。こじゃれた扉に手をかけて、思いっきり開ける。
ゴールの余韻を味わうことよりも、クーラーの冷気を優先したおかげか予定より力が入ってしまった。チリンチリンと鋭くなるベルの音に抗議されているような気になってしまう。
「おい、壊すなよ。その扉結構気に入ってるんだから」
入ったとたん、金属音なんかよりはっきりした渋い重低音の抗議がおれを出迎えてくれた。そして続いてやってくるクーラーの涼しい風。
「あー生き返るー」
「俺の話を聞け」
恨めし気な声が聞こえてきたような気がするが、ちょっと待ってほしい。苦行を乗り越えて手に入れた安息の地を堪能することで、おれは生を実感中なのだから。ああ、ここがエデンなのですね。
「ほっぽりだすぞ小僧」
「こんにちは虎豪(こごう)さん。今日も全くと言っていいほど燕尾が似合ってませんね」
「……決めた。締め出す」
たどり着いた安住の地を奪われてなるものかと、ここの主に媚を売ってみたのだがどうやら失敗に終わったようだ。虎豪さんは虎の名に恥じぬ牙を剥き出しにしておれという客を追い出そうとしている。
カウンターの中にいるのは黄色い毛むくじゃらだ。一言で表すなら、二足歩行をする虎、とでも言うべきだろう。人間と同じように四肢を持つが、その肢体はまんべんなく毛皮で覆われている。人間である自分が持ちえない長くしなやかな尻尾もさわり心地がよさそうだ。
その顔もまさに虎。人間とは骨格からして違うことが、その飛び出した鼻面から想像できる。事実、彼がひとたび口を開けば、肉食を思わせる牙がきらりと光を照り返す。
その他にもさまざまな種族がいるこの現代社会で喫茶店を営む虎豪さんは、おれを見ると鼻息一つで抗議の視線を打ち切った。
「はんっ。お前なんざ客じゃねえよ。毎日毎日きやがってからに」
普通はそういうお客さんを常連と呼んで大事にすべきなのではないのでしょうか。
なんて異議申し立てしたところ、この喫茶店のマスターである虎豪さんは非情に不機嫌な顔で尻尾の毛を逆立てた。いかん、茶化しすぎた。
ゆったり流れるBGMに天井で回るファン。観葉植物の出す癒し効果も相まってムーディな雰囲気な喫茶店のマスターはまったく似つかわしくないがさつな虎豪さん。カウンターでグラスを拭く手つきはどこか危うく、こんな落ち着いた店なのに虎豪さんを視界に入れると落ち着けないんじゃないかと思う。
「なにが目的なんだよてめえは」
あなたです。なんて口が裂けても言えないので、曖昧に笑ってごまかす作戦決行。
名前の通り虎種族である虎豪さんの体つきは大変逞しい。喫茶店のマスターの矜持でもあるのか、大抵はその大きな肉体をフォーマルな燕尾服に押し込めている。でも悲しいかな、シャツを丁寧に着ようとするくせに胸板が厚すぎるものだから、すぐにボタンがはじけ飛んでしまうのだ。
今だって本人は気づいていないようだけど、胸のボタンが一つとれていてそのもっさり生えた毛皮と胸筋が燕尾姿に笑いを注いでくれている。さすがに笑ってごまかすのも限界なので、話を逸らすことにしよう。
「またボタン取れてますよ」
「うおっ、またかよ! あーまた新しいボタン買わねえと」
悔しそうに頭をがしがしかく姿は紳士とは程遠い。それにさっきも言ったが虎豪さんの体はとても大きい。だから、そんな風に勢いよく腕を動かすと――
ビリィと脇の部分が破れてしまうのだ。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
大事な呼び名
夕月ねむ
BL
異世界に転移したらしいのだが俺には記憶がない。おまけに外見が変わった可能性があるという。身元は分からないし身内はいないし、本名すら判明していない状態。それでも俺はどうにか生活できていた。国の支援で学校に入学できたし、親切なクラスメイトもいる。ちょっと、強引なやつだけどな。
※FANBOXからの転載です
※他サイトにも投稿しています
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
モブなんかじゃ終わらない!?
MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。
けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。
本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。
だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。
選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。
ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる