君の喫茶店

とりあえず

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安住にしたい地

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 太陽がこれでもかというくらいの自己主張に忙しい夏の日。どこもかしこも強烈な日光で照らし、アスファルトをかいして人すら焼けてしまいそうだ。熱せられた空気がゆらりとする光景は、自分が熱中症になったのでないかと思ってしまう。

「あちー」

 恨めし気な声を吐き出して、この国で何万とつぶやかれているであろう呪詛に加担する。全国にはびこるこの負の感情を集めて雨でも降らせられたらいいのに、なんて現実逃避を図っても、夏の日差しは容赦してくれやしない。

 へたった朝顔でもこうはならないだろうというくらいにけだるそうに足を動かして、亀よりも速く目的地に急ぐ。走る元気なんて当に無くしてしまった。おれが干からびるのが先か、目的地で涼むことができるのが先か。ただ今絶賛耐久レース中。

「これは、熱すぎるのではないでしょうか……」

 汗が鼻面をしたたり落ちて、これはそろそろ本気でまずいんじゃないか。と思った矢先に見えてきた目的地。どうやら僅差でおれの勝利のようだ。ざまあみろ太陽。

 そこは古風な喫茶店だ。閑静な場所にたたずむレンガ造りの壁が異国情緒というか、どちらかというとレトロな感じを演出してくれている。しかし、店先にぶら下がっている金属の看板には『サンシャイン』というおしゃれをこじらせ過ぎて一週回って凡庸といった感じの名前がほられてある。せめておしゃれな英語で書いてあればまだよかったのに、なんで教科書とかでよく見るお硬い字体なのか。

 でもそんなこと今更気にする訳もなく、おれは目的地を視認するやいなや一目散に店に駆け寄った。人というのは現金なもので、さっきまで走れないと思っていたのにゴールが見えた途端にそんな事忘れてしまうのだ。こじゃれた扉に手をかけて、思いっきり開ける。

 ゴールの余韻を味わうことよりも、クーラーの冷気を優先したおかげか予定より力が入ってしまった。チリンチリンと鋭くなるベルの音に抗議されているような気になってしまう。

「おい、壊すなよ。その扉結構気に入ってるんだから」

 入ったとたん、金属音なんかよりはっきりした渋い重低音の抗議がおれを出迎えてくれた。そして続いてやってくるクーラーの涼しい風。

「あー生き返るー」
「俺の話を聞け」

 恨めし気な声が聞こえてきたような気がするが、ちょっと待ってほしい。苦行を乗り越えて手に入れた安息の地を堪能することで、おれは生を実感中なのだから。ああ、ここがエデンなのですね。

「ほっぽりだすぞ小僧」
「こんにちは虎豪(こごう)さん。今日も全くと言っていいほど燕尾が似合ってませんね」
「……決めた。締め出す」

 たどり着いた安住の地を奪われてなるものかと、ここの主に媚を売ってみたのだがどうやら失敗に終わったようだ。虎豪さんは虎の名に恥じぬ牙を剥き出しにしておれという客を追い出そうとしている。

 カウンターの中にいるのは黄色い毛むくじゃらだ。一言で表すなら、二足歩行をする虎、とでも言うべきだろう。人間と同じように四肢を持つが、その肢体はまんべんなく毛皮で覆われている。人間である自分が持ちえない長くしなやかな尻尾もさわり心地がよさそうだ。

 その顔もまさに虎。人間とは骨格からして違うことが、その飛び出した鼻面から想像できる。事実、彼がひとたび口を開けば、肉食を思わせる牙がきらりと光を照り返す。

 その他にもさまざまな種族がいるこの現代社会で喫茶店を営む虎豪さんは、おれを見ると鼻息一つで抗議の視線を打ち切った。

「はんっ。お前なんざ客じゃねえよ。毎日毎日きやがってからに」

 普通はそういうお客さんを常連と呼んで大事にすべきなのではないのでしょうか。
 なんて異議申し立てしたところ、この喫茶店のマスターである虎豪さんは非情に不機嫌な顔で尻尾の毛を逆立てた。いかん、茶化しすぎた。

 ゆったり流れるBGMに天井で回るファン。観葉植物の出す癒し効果も相まってムーディな雰囲気な喫茶店のマスターはまったく似つかわしくないがさつな虎豪さん。カウンターでグラスを拭く手つきはどこか危うく、こんな落ち着いた店なのに虎豪さんを視界に入れると落ち着けないんじゃないかと思う。

「なにが目的なんだよてめえは」

 あなたです。なんて口が裂けても言えないので、曖昧に笑ってごまかす作戦決行。

 名前の通り虎種族である虎豪さんの体つきは大変逞しい。喫茶店のマスターの矜持でもあるのか、大抵はその大きな肉体をフォーマルな燕尾服に押し込めている。でも悲しいかな、シャツを丁寧に着ようとするくせに胸板が厚すぎるものだから、すぐにボタンがはじけ飛んでしまうのだ。

 今だって本人は気づいていないようだけど、胸のボタンが一つとれていてそのもっさり生えた毛皮と胸筋が燕尾姿に笑いを注いでくれている。さすがに笑ってごまかすのも限界なので、話を逸らすことにしよう。

「またボタン取れてますよ」
「うおっ、またかよ! あーまた新しいボタン買わねえと」

 悔しそうに頭をがしがしかく姿は紳士とは程遠い。それにさっきも言ったが虎豪さんの体はとても大きい。だから、そんな風に勢いよく腕を動かすと――

 ビリィと脇の部分が破れてしまうのだ。
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