【完結】天下無双の英雄は糞を漏らして名を隠す

カレーハンバーグ

文字の大きさ
12 / 25
前日譚

前日譚2

しおりを挟む
 依頼主のいる郊外を目指して、俺とレイラは街の中央通りを並んで歩いた。この街に来て日が浅いのだろう。レイラは笑みを浮かべながら物珍しそうに周囲の店を見回している。俺はどうしても彼女に聞きたいことがあった。

「どうして俺なんかとパーティを組もうと思ったの?」

 すると彼女は視線を俺に移して口を開いた。

「何故ってあなたも駆け出しなんでしょ? 私もそうだから、あなたならパーティを組んでくれると思ったの。あなたと同じで散々色んな冒険者に断られて困ってたのよ」

「だったら何故さっきの奴らのパーティに入れてもらわなかったんだよ」

「あいつらは駄目よ。下心が見え見え。私は一人の冒険者として受け入れてもらいたいの」

 そういうレイラは俺の前に躍り出て、クルリと俺に向き合い、後ろ向きに歩き始めた。

「ねえ、あなたの夢は何?」

 夢、と聞かれて何も思い浮かばなかった。正直、将来こうなりたいとかこうしたいという願望が湧かないのだ。願いなどそうそう叶わないことを俺は嫌というほど知りすぎていた。そんな俺の望みは、飢えを満たし、今夜は雨風しのげる宿で眠る事である。でも、そんな望みを夢とは呼ばない。

 返事ができない俺の代わりに彼女が夢を語り始めた。

「私はね、英雄と呼ばれるような冒険者になるの。そして国に認められるような手柄をあげるの。そうすれば平民でも爵位をもらえるわ。貴族になれるの。そして、貴族の素敵な男性と結婚するんだ」

 まさに夢である。そんな夢など叶うはずもない。だが、俺と同じ十五歳だという少女は、目をキラキラとさせて遠くを見ている。そんな彼女の夢を否定することなどできなかった。

 レイラは再びクルリと回って前を向き、何かに気づいて走り始めた。彼女は宝飾店のショーウインドウに両手をつき、中の物を食い入るように見つめている。視線の先には赤い宝石の嵌められたブローチがあった。

「とっても綺麗ね。素敵だわ」

 値札には破格とも思える値段が書かれていた。男には値段に釣り合う代物には見えないが、少女にとっては強く心を惹かれるものなのだろう。
 魅入られたかのように全くこの場から動こうとしないレイラに俺はしびれを切らした。

「ねえ、もう行こうよ」

 するとレイラは我に返ったかのようにガラスから両手を離し、軽く咳払いをした。

「そうね。行きましょう。ゴブリン退治に」


 依頼主は街の郊外で養豚場を経営する男性だった。年齢は70歳くらいで、最近家畜をたびたび一匹のゴブリンに襲われて困っているらしい。昔なら自分で退治していたそうだが、年を取りそうする事が難しくなったので依頼したらしい。
 老人の自宅に併設された豚舎に俺とレイラは身を潜めた。ゴブリンが現れるという山側付近で外の様子を伺い続ける。いつ現れるか分からないゴブリンを待ち続けてどれ程の時間が経っただろうか。日はまだ高く、暗い豚舎から見える外の風景はあまりにも眩しかった。

 豚の鳴き声と糞の匂いに包まれながら息を殺し続けるのが嫌になったのだろう。隣で身をかがめるレイラが小声で質問してきた。

「なんであなたはその年で冒険者なんかしてるの?」

 俺は自分の身の上を語った。俺を産んだ時に母親が死に、父親が先日病死したこと。闘病のために父は借金をしていて、その返済に遺産を全部持っていかれた事。父と母は駆け落ちして結婚したため、他に家族と呼べる者を知らないこと。

 聞かれたから話したが、この手の話をするのは嫌いである。相手を困らせるだけだからである。どう返せばいいのか分からない相手は言葉を詰まらせるか、同情を必死に表そうとする。話して楽しくなる内容ではないのだ。

 レイラは「そう」とだけ呟き、淡々と自分の話を始めた。

「私はね、両親を子供の頃に無くし、小作農をやっている叔父夫婦の元に引き取られたの。生活が苦しかった中、叔父たちにとって私は厄介者でしかなかったわ。随分とイジメられた。そんな私につい先日、縁談が舞い込んできたの。相手は、叔父夫婦が農地を借りている地主の男よ。年は四十過ぎで、離婚したから次の相手を探してたの。そして私が選ばれた。ほら、私って可愛いじゃない?」

「まあ、うん」

「まあ、って何よ。でね、そんなに年の離れた男と無理やり一緒にされるのがどうしても嫌だったの。だから、家出したんだ。そしてこの街に逃げてきたの」

 レイラの身の上も聞いていて楽しいものではない。どう答えればいいか分からない俺に、彼女は笑みを向けた。

「なに暗い顔してるのよ。ここから私たちの人生の逆転劇が始まるの。私は、二つ名を持つような大魔術師になって、貴族のお嫁さんになる。あなたは誰も叶わないような世界一の剣士になる。だから――」

 急に彼女の顔に緊張が走った。視線の先は豚舎の中で、そこには緑色の裸体を腰ミノだけで隠した子供のような生き物がいた。手には粗末な石斧を持っている。見張っていた場所とは反対側の入り口から侵入したゴブリンは、足音を立てないように近づいてきていたのだろう。俺たちのすぐそばにいた。

 身長は一メートルにも満たない小柄なモンスターである。勝てて当然の相手だ。鞘から剣を抜いた俺は、ゴブリンに向かって構えた。するとゴブリンが何やら分からない言葉で大声を上げ、歯をむき出しにした。
 威嚇された俺の手は無様なくらいガタガタと震えた。討伐依頼など初めてである。この年になるまで生き物を殺したことなどない。しかも相手はこちらを殺そうとしている。あまりの恐怖に俺の膝は笑い出し、立っているのがやっとの状態になった。

 杖を構えるレイラはどうすればいいのか分からない様子だ。彼女の攻撃魔法はファイアーボールだけである。こんな豚舎の中で使っては火事を起こしてしまう。山から現れるゴブリンを屋外で迎え撃つ作戦が瓦解した今、彼女はただ震えることしかできないでいる。

 冷静になれば勝てない相手ではない。それは分かっているが、心が落ち着いてくれない。俺は震えながら剣をゴブリンに振るった。
 剣先がゴブリンの肩に食い込んだ。ゴブリンが悲鳴を上げる。だが、震えながらの非力なひと振りは僅かに肉を斬っただけだった。なまくらの剣先を片手で握ったゴブリンは、俺の手から剣を奪い取って後ろへと投げ捨てた。そして、素手になって尻もちをつく俺に石斧を振り上げた。

 ゴツ、と嫌な音がして、頭部に激しい痛みを感じながら俺は藁の上に崩れ落ちた。意識を失いかけて黒くなっていく視界の中で、レイラににじり寄るゴブリンが見えた。レイラは杖を振り回すが、その杖は奪われて折られてしまう。仰向けに倒されたレイラの腹の上にゴブリンが跨り、後ろ手でスカートをたくし上げた。まだ棒のような少女の足をゴブリンは撫でまわし始める。

 ゴブリンは好色で有名なモンスターである。種族など関係なく性交に及び、人間も例外としない。これから何が起こるのか悟ったレイラは、必死に体をばたつかせながら悲鳴を上げた。
 その悲鳴が耳障りだったのだろう。ゴブリンは拳でレイラの顔を殴った。何度も何度も。悲鳴を上げる事すらできなくなったレイラは、全てを諦めたかのように動かなくなった。

 俺は薄れゆく意識の中で懸命に立ち上がろうとした。だが、体がまったく動いてくれない。無抵抗のレイラの体をゴブリンがベタベタと触り始める。そんなゴブリンの脇腹に三又のピッチフォークが突き刺さった。藁などを集めるための農具である。ピッチフォークを手にした依頼主の老人は、その場から逃げようとするゴブリンの背中を刺した。ゴブリンはその場に倒れて動かなくなった。

「あんたたち大丈夫か!?」

 緊迫した老人の声を聴きながら真っ暗になる視界を見つめ、俺は意識を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

処理中です...