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悪役令嬢は悪徳商人に囲われる
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「でも、本当にいいんですか?」
「何が?」
夫婦の寝所で供寝しながら、メイヴィスがおずおずと訊ねる。肘をついて横臥するヴィンセントは胸元にいる妻をきょとんと見下ろした。
「わたくし今夜はお相手ができませんが…同じ寝台でいいのでしょうか」
「……あのな」
むにっと薄い頬を押されて、そんな扱いをされたことのないメイヴィスはぱちぱちっと長い睫毛を瞬いた。
「しなくても隣にいたい。メルが『落ち着かないからあっちに行け』というなら聞くが、そうじゃないならいっしょに寝よう」
「そんなこと言いません!」
「じゃあ、いいだろう?」
うりうりと滑らかな頬を弄ばれてメイヴィスはむうっとする。
「ヴィンス、話し方が変わりました」
メイヴィスを愛でる手は変わらないが。
「これが素だ。メルも変わったぞ、ますますかわいらしい」
メイヴィスに囁く甘さも変わっていない。
「オレのメル。…なんて愛おしい」
メイヴィスを見つめる熱い瞳も変わっていなかった。
メイヴィスはかあっと白い頬を赤く染め上げ、逃げるように男の胸に顔を伏せる。さらさらの白金色の長い髪を大きな手が撫で梳いた。
「メイヴィス。オレに愛される覚悟を持て」
ヴィンセントは煌めくグリーンガーネットの瞳を細めて低く笑う。
「全力で甘やかしてやる」
***
医者から『体質改善に冷えは大敵』と聞いて、メイヴィスに甘いヴィンセントと、すっかり過保護になってしまったマヤが相談をしている。
「メルは細いし、いつも手が冷たかった」
「いけませんね。もっと温めて差し上げないと」
「そうだな」
「旦那様、いくら奥様がお美しくても、夜は必ず夜着を着せてからお眠りになってください」
「わかった」
「お風呂で温まるのもいいですが、湯あたりの心配がありますよね」
「足湯というのを聞いたことがある。…作るか」
「冷えには生姜がいいと言いますよ」
「買い占めよう」
メイヴィスは「ヴィンスとマヤにお任せしますが…ほどほどに」と困った顔で笑った。
医者は『過度な心労もいけない』とも言った。何が負担だったかなんて、挙げ連ねればきりがない。
「こんな細い身体でどれだけのことを耐えてきたんだろうな。もっと早くに出会っていれば…」
ヴィンセントが苦渋に満ちた声で言う。
「辛かったのはメイヴェルですよ。メイヴィスは皆さんによくしてもらっています」
「皆、か」
おもむろに膝の上にメイヴィスを抱き上げた。
「メルの一番はオレじゃないといけない。まずは占有権を行使する」
「きゃっ!」と声を上げたメイヴィスは、そんな不遜な宣言にくすくす笑ってしまった。
「――ヴィンス」
自分を腕に抱えて満足そうなヴィンセントを見上げる。野性味のある男らしい表情がくつろいで、優しく見下ろされている。
うれしいな、好きだな、と自然にそう思った。
「ヴィンスもわたくしを一番にしてください」
「当然だろう、もちろんだ」
なにを今更、とばかりに返されてメイヴィスはちょっと泣きそうになった。逞しいヴィンセントの鎖骨辺りに額を少し強めに押しつければ「オレの子猫がくすぐったい」と笑っている。
―――ああ本当に。彼の言う通り、もっと早くに出会えていたら。例えば、王子と会うよりもっとずっと前に。
そうしたら。
「…王妃教育なんてしなかったのに…」
零れ落ちたメイヴィスの呟きに答えるよう、どこか落ち込んだ声が返された。
「オレが妖精を見つけたときには、もうすでに王子の婚約者になっていた」
「……え?」
「よその籠に捕らえられていてずいぶん悔しがったものだ」
メイヴィスは美しい青い瞳を見開いた。
「ヴィンス、あなた、いったいいつから…?」
「それは知らない方がいいと言ったぞ。ほら、大きな宝石が零れ落ちてしまう」
ちゅっと瞼にキスをされ、メイヴィスは反射的に目を瞑った。そのまま唇にも口づけが落ちてくる。
驚いた。とても驚いたけれど、メイヴィスは腕を伸ばしてヴィンセントの首に縋りついた。
「では、捕まえておいて」
ぎゅっと抱きついて囁く。
「ヴィンスの傍にいたいのよ」
「……この妖精は凶悪だな」
低く呻いたヴィンセントは細い背中を抱き締めて、肩に伏せる後頭部に掌を置いた。
一度捕まえたら、もう二度と放してやらないと決めていた。
ヴィンセントは貪欲だ。欲しいものを手に入れるためなら手段は厭わない。なのにメイヴィスはやたらと素直に腕の中に落ちてきて、戸惑いを隠せなかった。これではどれだけ甘やかしても追いつかない。
「仰せのままに――メル」
なにも奪いたくないし、辛い思いはさせたくない。ほしいものはすべて与えてやりたい。メイヴィスが望むすべてを応援したい。
だから。
「オレはあなたのためなら何だってする」
―――すべてはメイヴィスのために。
「何が?」
夫婦の寝所で供寝しながら、メイヴィスがおずおずと訊ねる。肘をついて横臥するヴィンセントは胸元にいる妻をきょとんと見下ろした。
「わたくし今夜はお相手ができませんが…同じ寝台でいいのでしょうか」
「……あのな」
むにっと薄い頬を押されて、そんな扱いをされたことのないメイヴィスはぱちぱちっと長い睫毛を瞬いた。
「しなくても隣にいたい。メルが『落ち着かないからあっちに行け』というなら聞くが、そうじゃないならいっしょに寝よう」
「そんなこと言いません!」
「じゃあ、いいだろう?」
うりうりと滑らかな頬を弄ばれてメイヴィスはむうっとする。
「ヴィンス、話し方が変わりました」
メイヴィスを愛でる手は変わらないが。
「これが素だ。メルも変わったぞ、ますますかわいらしい」
メイヴィスに囁く甘さも変わっていない。
「オレのメル。…なんて愛おしい」
メイヴィスを見つめる熱い瞳も変わっていなかった。
メイヴィスはかあっと白い頬を赤く染め上げ、逃げるように男の胸に顔を伏せる。さらさらの白金色の長い髪を大きな手が撫で梳いた。
「メイヴィス。オレに愛される覚悟を持て」
ヴィンセントは煌めくグリーンガーネットの瞳を細めて低く笑う。
「全力で甘やかしてやる」
***
医者から『体質改善に冷えは大敵』と聞いて、メイヴィスに甘いヴィンセントと、すっかり過保護になってしまったマヤが相談をしている。
「メルは細いし、いつも手が冷たかった」
「いけませんね。もっと温めて差し上げないと」
「そうだな」
「旦那様、いくら奥様がお美しくても、夜は必ず夜着を着せてからお眠りになってください」
「わかった」
「お風呂で温まるのもいいですが、湯あたりの心配がありますよね」
「足湯というのを聞いたことがある。…作るか」
「冷えには生姜がいいと言いますよ」
「買い占めよう」
メイヴィスは「ヴィンスとマヤにお任せしますが…ほどほどに」と困った顔で笑った。
医者は『過度な心労もいけない』とも言った。何が負担だったかなんて、挙げ連ねればきりがない。
「こんな細い身体でどれだけのことを耐えてきたんだろうな。もっと早くに出会っていれば…」
ヴィンセントが苦渋に満ちた声で言う。
「辛かったのはメイヴェルですよ。メイヴィスは皆さんによくしてもらっています」
「皆、か」
おもむろに膝の上にメイヴィスを抱き上げた。
「メルの一番はオレじゃないといけない。まずは占有権を行使する」
「きゃっ!」と声を上げたメイヴィスは、そんな不遜な宣言にくすくす笑ってしまった。
「――ヴィンス」
自分を腕に抱えて満足そうなヴィンセントを見上げる。野性味のある男らしい表情がくつろいで、優しく見下ろされている。
うれしいな、好きだな、と自然にそう思った。
「ヴィンスもわたくしを一番にしてください」
「当然だろう、もちろんだ」
なにを今更、とばかりに返されてメイヴィスはちょっと泣きそうになった。逞しいヴィンセントの鎖骨辺りに額を少し強めに押しつければ「オレの子猫がくすぐったい」と笑っている。
―――ああ本当に。彼の言う通り、もっと早くに出会えていたら。例えば、王子と会うよりもっとずっと前に。
そうしたら。
「…王妃教育なんてしなかったのに…」
零れ落ちたメイヴィスの呟きに答えるよう、どこか落ち込んだ声が返された。
「オレが妖精を見つけたときには、もうすでに王子の婚約者になっていた」
「……え?」
「よその籠に捕らえられていてずいぶん悔しがったものだ」
メイヴィスは美しい青い瞳を見開いた。
「ヴィンス、あなた、いったいいつから…?」
「それは知らない方がいいと言ったぞ。ほら、大きな宝石が零れ落ちてしまう」
ちゅっと瞼にキスをされ、メイヴィスは反射的に目を瞑った。そのまま唇にも口づけが落ちてくる。
驚いた。とても驚いたけれど、メイヴィスは腕を伸ばしてヴィンセントの首に縋りついた。
「では、捕まえておいて」
ぎゅっと抱きついて囁く。
「ヴィンスの傍にいたいのよ」
「……この妖精は凶悪だな」
低く呻いたヴィンセントは細い背中を抱き締めて、肩に伏せる後頭部に掌を置いた。
一度捕まえたら、もう二度と放してやらないと決めていた。
ヴィンセントは貪欲だ。欲しいものを手に入れるためなら手段は厭わない。なのにメイヴィスはやたらと素直に腕の中に落ちてきて、戸惑いを隠せなかった。これではどれだけ甘やかしても追いつかない。
「仰せのままに――メル」
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―――すべてはメイヴィスのために。
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