悪役令嬢は悪徳商人に嫁ぎました(R18)

しおだだ

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悪役令嬢は悪徳商人に拐われる

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「…なんだかきな臭くなってきたな」


朝食の席で新聞を広げていたヴィンセントが呟いた。


「なにかあったんですか?」


メイヴィスが心配そうに問いかける。
向かいからじっと真顔で見つめられ、途端に緊迫感が満ちる。ごくりと喉を鳴らした。


「…メルは今日も美しいな」

「ヴィンス!」


いったい何を言い出すかと思えば!
メイヴィスは顔を赤くした。


「はは、事実だろ。ところでほら」


ヴィンセントは新聞の広告枠を指し示した。
それは劇場の公演案内だった。新しい演目が公開されたと華々しく紹介されている。


「『王子と姫の物語』?」


簡単なあらすじを目で追ったメイヴィスは次第に表情を消していく。元になった話がなにかは明白だ。すうと目を伏せて細く息を吐いた。


「見に行かないか?」

白金色の長い睫毛が重そうに持ち上がり、透き通るアイスブルーの瞳を向けられる。

「ええ、行きましょう。どんな内容なのか気になるわ」


神々しいほど冷たく冴えるその美貌にヴィンセントは震えた。うっそりと笑みを深める。


「誘っておいてあれだが、意外だな。メルは嫌がると思っていた」

「嫌よ。嫌に決まってるけれど、考えてみれば、わたくしはメイヴェルがどうして婚約破棄されたのかよくわかっていないのよね」

メイヴィスは溜息をついた。


メイヴェルと第一王子の婚約は、預かり知らぬところで一方的に破棄されてしまった。

王子がメイヴェルを疎ましく思っていたのは気付いていたし、王子が別の令嬢を見初めたことも聞いてはいる。けれどどんな経緯があって婚約破棄に至ったのか、それを確かめることもなく下町に逃げてきてしまった。


「まあ、もういまさらですが」


メイヴェルはメイヴィスとなり、ヴィンセントと結婚したのだから。


「でもずいぶん評判がいいみたい。『王子役の甘い演技に恋に落ちる者が多数』ですって」

メイヴィスは広告に添えられた論評家の説に目を落とす。王子役は端正な顔立ちをした王都一の人気役者だ。

「どんな舞台なのかしら」

「内容はともかく、はじめてのデートだな。せっかくだからメルのドレスを新調しよう」


楽しみだ、とヴィンセントは微笑んだ。



***
観劇の当日、約束の前にバーネット侯爵との予定が入ったのは偶然だったが、ちょうどいいと思った。
ヴィンセントはメイヴェルのことを話すつもりでいた。以前メイヴィスに告げたことは真実であったし、いつまでも隠してはいられない。

ところが侯爵邸を訪ねたヴィンセントに告げられたのは、これから第一王子がやって来るということだった。
 
ヴィンセントは王子の間の悪さに渋面となる。

メイヴェルを無慈悲に使い捨てた男がいまさら何を思ってやって来るのか。


侯爵は申し訳なさそうにしていたが、ヴィンセントはあえて同席を願い出た。
あれでも一応は一国の王子だ。王宮にまともにお目通りを願っていたらいつまで経っても叶わない。ヴィンセントが王子に願い出ることなど何ひとつないが。

バーネット侯爵も、ひどくやつれて老け込んだその横顔に厭悪の色を乗せている。「申し訳ないが、立ち会っていただけるのは心強い」とまで言われてしまった。


さて、やって来た王子は愚かで腑抜けて浅慮な男だった。見目はいい。見目だけだ。


ジュリアスはメイヴェルが下町に降りたことも、そこで行方不明になったことも、なにも知らなかった。ただ物見遊山で元婚約者はどうしているかと押し掛けてきたようだ。

ヴィンセントは男の横っ面を張り倒したくなるのを必死に堪えて、膝の上で拳を握っていた。

社交辞令として二度目の婚約を祝えば満足そうに頷いて、それから慌ててメイヴェルについての委細を求めてくる。
ヴィンセントはジュリアスの言動に始終呆れながらどこか納得もしていた。


―――なるほどこれは傀儡だ。上手く育成したらしい。


まったく腹立たしいが、これに謀る頭はないだろう。

侯爵邸での会話はほとんどが王子へのメイヴェルの状況説明で終わった。

ヴィンセントはバーネット侯爵にメイヴェルとメイヴィスの話をすることができなかったが、王子と直接対面できたことは好都合だった。
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