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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
6 レスター
敬愛なる『国王の忠実なる臣下』レスター・バーネット侯爵殿
拝呈
御無沙汰している。
陛下の即位以前だから、もう20年以上振りだろうか。突然の連絡申し訳ない。
こんな辺境の地にいても王都の噂話は聞こえてくる。貴殿の境遇には子のいる親として胸が痛んだ。少しでも助けになればと思い、お報らせした次第だ。良い話と悪い話がある。
まず吉報は、貴殿の一の姫は私の三男が保護している。今はレアードの地で過ごしている。健やかそうだ、安心してほしい。
悪報は、その三男が一の姫を連れ合いに迎えた。
貴殿の了承もなく申し訳ない。しかも王都にいる間に小さくも式を挙げているそうだ。重ねて無礼をお詫び申し上げる。
ただ、言い訳をすれば三男はずっと一の姫に焦がれていたし、あのとき姫の支えになってやれたのは三男だけだった。姫も幸せそうにしているので、できれば認めてもらえると嬉しい。
レアード家当主としてできることはさせてもらう。愚息からも直接謝罪させることを約束しよう。本当に申し訳ない。すまなかった。
さて、宮中は大変な愚鈍の集まりのようだな。
貴殿も苦労されただろうが、姫もとても辛かったようだ。境遇を聞いたときは耳を疑い、いまもなお憤っている。
私は過去、あの若い王子を助けるためなら王位継承など必要ないと考えた。
貴殿はどうだ?このまま忠誠を誓えるのか?
私は貴殿が、王ではなく、王家に仕えていると知っている。現状のままでいいとは思っていないはずだ。
東の伯爵はもうだめだろう。王家の威信というものにすっかり毒されている。二の姫はかわいそうだが、目が覚めるのを待つ時間はない。
時は満ちた。賽はすでに投げられている。
レアード領はもうすぐ次代に後継を譲る。
息子たちは全員逞しく育った。レアードは立ち上がる。どうか貴殿の力も貸していただきたい、頼む。
そして是非、西の伯爵を訪れてほしい。足は愚息の商会を使ってくれたらいい。
すべてが整ったらこちらにも訪れてくれ。絶対に驚かせてみせよう、いまから楽しみにしている。
貴殿の御健勝と御多幸を心より願って。
拝具
元『堅牢なる王国の盾』ベルナルド・レアード
***
バーネット侯爵邸にレアード商会経由で辺境伯から小包が届いた。
箱の中身は丁寧に包まれた紅甘苺だった。
侯爵は首を傾げ、それから押し寄せる寂寥感に胸を押さえる。
中には手紙が同封されていた。
バーネット侯爵はそれに目を通して、驚き、怒り、そして最後は諦観を超えて笑ってしまった。
便箋の一番下には白い星形の花が刻印されている。
レスターは低く呻いた。
「そうだ、そうだったな…」
すっかり使用人も減った侯爵邸を歩く。
レスター自ら厨房へ苺を運ぶと、料理人と、たまたま居合わせた執事が目を丸くする。それから三人で苺を口にした。
「なんだかとても懐かしく感じますね」
「紅甘苺はいまでは流通が止まって、手に入らないそうですよ。元から希少な苺なのに」
「そうだったのか。あの頃、たくさん買ってあげられてよかったのかな」
大粒で甘くて真っ赤なこの苺は、レスターの長女・メイヴェルの好物だった。
バーネット侯爵家の長女。第一王子の婚約者。
白金色の輝く髪に透き通る薄青の瞳を持った、妖精のように美しい子。
王妃教育が辛いとさめざめ泣いていたメイヴェルが、王宮で食べたの、と言って教えてくれたのが紅甘苺だ。頬を染め、目を輝かせて『美味しかった』と喜ぶ姿は、久々に見る無邪気で幼い少女らしい可憐な笑顔だった。
レスターは王妃教育を頑張る娘のために、希少な苺を手を尽くして取り寄せるようになった。
年端もいかない子供に、知識やマナーだけではなく、国の情勢や大人の謀略を教え込むのだ。メイヴェルの苦労は察してなお余りある。
望んでなった立場でもない。
つらい、やめたい、と泣かれても、レスターが『辞めていい』と言えなかったのは、王子と結婚した後に苦労するより、幼いうちから切瑳した方がメイヴェルのためになると疑わなかったからだ。
―――結果は、王子の裏切りに終わったけれど。
泣いて帰ってきても、苺を見れば喜んでくれた。
はじめは『美味しいね!』と言っていたメイヴェルの表情がいつしか曇り出す。どうしたのかと問えば、当たり前のように口にしている母と妹に納得がいかない、と言う。
『わたくしが頑張ったご褒美にお父様が用意してくれた苺なんでしょう?』
そうだね、と答えながらレスターは困惑した。
幼心にも鬱憤が溜まっていたのだろう。
王妃教育に対してだとばかり思っていたが、それは違ったかもしれない。
レスターはその訴え以降、メイヴェルにだけ苺を渡すようになったが。
『苺程度で狭量な。王妃になるにはもっと寛大でないといけないだろう』
あのときジゼルはそう言った。
今になって思えば、メイヴェルの母親であることより王子妃の母という立場に傾いた言動だった。すぐに気付いて諌めていれば何かが違ったのだろうか。
結局、自分も愚かだったのだ。
レスターはメイヴェルに深く陳謝した。
ジゼルは現在、実家である東のクインシー伯爵家へと戻っている。次女コリーンの願いを叶えるため、女騎士に育て上げるのだという。
『コリーンが立派な騎士になれば、殿下の新しい婚約者が護衛に引き立ててくれるそうよ』
長女の悲報を嘆いていた彼女はどこへ行ってしまったのか。ジゼルは王家への妄執に取りつかれている。
レスターはずっと目を背けていた。
長女を失った悲しみと後悔を理由に、己の失態を直視せず、俯いてばかりで前を見なかった。
「ああ情けない。これでは殿下に顔向けできないな」
バーネット侯爵は王宮に参内するため、そうしてようやく立ち上がった。
拝呈
御無沙汰している。
陛下の即位以前だから、もう20年以上振りだろうか。突然の連絡申し訳ない。
こんな辺境の地にいても王都の噂話は聞こえてくる。貴殿の境遇には子のいる親として胸が痛んだ。少しでも助けになればと思い、お報らせした次第だ。良い話と悪い話がある。
まず吉報は、貴殿の一の姫は私の三男が保護している。今はレアードの地で過ごしている。健やかそうだ、安心してほしい。
悪報は、その三男が一の姫を連れ合いに迎えた。
貴殿の了承もなく申し訳ない。しかも王都にいる間に小さくも式を挙げているそうだ。重ねて無礼をお詫び申し上げる。
ただ、言い訳をすれば三男はずっと一の姫に焦がれていたし、あのとき姫の支えになってやれたのは三男だけだった。姫も幸せそうにしているので、できれば認めてもらえると嬉しい。
レアード家当主としてできることはさせてもらう。愚息からも直接謝罪させることを約束しよう。本当に申し訳ない。すまなかった。
さて、宮中は大変な愚鈍の集まりのようだな。
貴殿も苦労されただろうが、姫もとても辛かったようだ。境遇を聞いたときは耳を疑い、いまもなお憤っている。
私は過去、あの若い王子を助けるためなら王位継承など必要ないと考えた。
貴殿はどうだ?このまま忠誠を誓えるのか?
私は貴殿が、王ではなく、王家に仕えていると知っている。現状のままでいいとは思っていないはずだ。
東の伯爵はもうだめだろう。王家の威信というものにすっかり毒されている。二の姫はかわいそうだが、目が覚めるのを待つ時間はない。
時は満ちた。賽はすでに投げられている。
レアード領はもうすぐ次代に後継を譲る。
息子たちは全員逞しく育った。レアードは立ち上がる。どうか貴殿の力も貸していただきたい、頼む。
そして是非、西の伯爵を訪れてほしい。足は愚息の商会を使ってくれたらいい。
すべてが整ったらこちらにも訪れてくれ。絶対に驚かせてみせよう、いまから楽しみにしている。
貴殿の御健勝と御多幸を心より願って。
拝具
元『堅牢なる王国の盾』ベルナルド・レアード
***
バーネット侯爵邸にレアード商会経由で辺境伯から小包が届いた。
箱の中身は丁寧に包まれた紅甘苺だった。
侯爵は首を傾げ、それから押し寄せる寂寥感に胸を押さえる。
中には手紙が同封されていた。
バーネット侯爵はそれに目を通して、驚き、怒り、そして最後は諦観を超えて笑ってしまった。
便箋の一番下には白い星形の花が刻印されている。
レスターは低く呻いた。
「そうだ、そうだったな…」
すっかり使用人も減った侯爵邸を歩く。
レスター自ら厨房へ苺を運ぶと、料理人と、たまたま居合わせた執事が目を丸くする。それから三人で苺を口にした。
「なんだかとても懐かしく感じますね」
「紅甘苺はいまでは流通が止まって、手に入らないそうですよ。元から希少な苺なのに」
「そうだったのか。あの頃、たくさん買ってあげられてよかったのかな」
大粒で甘くて真っ赤なこの苺は、レスターの長女・メイヴェルの好物だった。
バーネット侯爵家の長女。第一王子の婚約者。
白金色の輝く髪に透き通る薄青の瞳を持った、妖精のように美しい子。
王妃教育が辛いとさめざめ泣いていたメイヴェルが、王宮で食べたの、と言って教えてくれたのが紅甘苺だ。頬を染め、目を輝かせて『美味しかった』と喜ぶ姿は、久々に見る無邪気で幼い少女らしい可憐な笑顔だった。
レスターは王妃教育を頑張る娘のために、希少な苺を手を尽くして取り寄せるようになった。
年端もいかない子供に、知識やマナーだけではなく、国の情勢や大人の謀略を教え込むのだ。メイヴェルの苦労は察してなお余りある。
望んでなった立場でもない。
つらい、やめたい、と泣かれても、レスターが『辞めていい』と言えなかったのは、王子と結婚した後に苦労するより、幼いうちから切瑳した方がメイヴェルのためになると疑わなかったからだ。
―――結果は、王子の裏切りに終わったけれど。
泣いて帰ってきても、苺を見れば喜んでくれた。
はじめは『美味しいね!』と言っていたメイヴェルの表情がいつしか曇り出す。どうしたのかと問えば、当たり前のように口にしている母と妹に納得がいかない、と言う。
『わたくしが頑張ったご褒美にお父様が用意してくれた苺なんでしょう?』
そうだね、と答えながらレスターは困惑した。
幼心にも鬱憤が溜まっていたのだろう。
王妃教育に対してだとばかり思っていたが、それは違ったかもしれない。
レスターはその訴え以降、メイヴェルにだけ苺を渡すようになったが。
『苺程度で狭量な。王妃になるにはもっと寛大でないといけないだろう』
あのときジゼルはそう言った。
今になって思えば、メイヴェルの母親であることより王子妃の母という立場に傾いた言動だった。すぐに気付いて諌めていれば何かが違ったのだろうか。
結局、自分も愚かだったのだ。
レスターはメイヴェルに深く陳謝した。
ジゼルは現在、実家である東のクインシー伯爵家へと戻っている。次女コリーンの願いを叶えるため、女騎士に育て上げるのだという。
『コリーンが立派な騎士になれば、殿下の新しい婚約者が護衛に引き立ててくれるそうよ』
長女の悲報を嘆いていた彼女はどこへ行ってしまったのか。ジゼルは王家への妄執に取りつかれている。
レスターはずっと目を背けていた。
長女を失った悲しみと後悔を理由に、己の失態を直視せず、俯いてばかりで前を見なかった。
「ああ情けない。これでは殿下に顔向けできないな」
バーネット侯爵は王宮に参内するため、そうしてようやく立ち上がった。
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