悪役令嬢は悪徳商人に嫁ぎました(R18)

しおだだ

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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

7

その日、メイヴィスたちはレアード商会の本店を訪れた。

街までは一頭立てのシンプルな馬車に乗って行く。この馬車もまた黒馬だった。レアード領には軍所有の厩舎と商会所有の牧場があるらしく、多くが黒馬だとヴィンセントは言った。


レアード商会の本店は煉瓦造りのどっしりとした四角い建物だった。

通りにもたくさんの人がいたが、店の前はもっと多くの人が出入りしている。馬車を降りると、ヴィンセントはあっという間に囲まれてしまった。


しわくちゃの顔で微笑む老婆、働き盛りの屈強な男性、小さな子供を抱いた若い女性、学生くらいの年若い青年、かわいらしい少女など、性別年齢問わず様々な人から口々に声をかけられている。


「お待ちしておりました」

店の大きな扉からラニーが現れる。

その柔和な笑みにメイヴィスはほっと笑顔を返して、それからちらとヴィンセントを振り返った。


「こんにちわ、ラニー。すごい人ね。彼らは商会のお客さんなの?」

「いいえ、違うんです」


「彼らは商会の従業員なんですよ」


ラニーの後ろからジャレットがやって来た。


「ようこそいらっしゃいました、奥様。晩餐会ではきちんとご挨拶ができず、失礼致しました。レアード商会本店の店長を務めております、ジャレットと申します。今後とも末長くよろしくお願い致します」


ジャレットは眼鏡をかけた涼しげな目元が印象的な男性だ。肩を過ぎる長い髪をさらりと下ろしている。


「メイヴィスです。こちらこそどうぞよろしくお願いします」


メイヴィスもぺこりと礼を返した。


「彼らは従業員なの?小さな女の子もいるわよ?」

「商会が大きくなり過ぎて、人手はどれほどあっても足りないんです。短い時間でもいいので、働ける人材があれば雇っています。お手伝い程度の仕事もあるので、おこづかい稼ぎの子供も結構いるんですよ」

「まあ、そうなの」


メイヴィスが感心の声を上げて、ジャレットは微笑む。すぐにヴィンセントが戻ってきた。


「こちらへどうぞ」


中央にある螺旋階段を一番上まで登る。通された部屋はとても広く、機能的な趣向だった。


「領主様の館も立派だったけれど、本店の建物もとっても大きいわね。なんだか王都のヴィンスのお屋敷が不自然に思えるくらい」


大きな商会の会頭で辺境伯の三男にしては、ずいぶんと小さな屋敷だった。居心地はとってもよかったけれど。


「あそこは一時的なものだったからな。貴族街の一番端で立地的にもよかったし」

「会頭はほとんど支店で暮らしてましたしね」


ヴィンセントの言葉に、ラニーが頷く。

腰を落ち着けるとすぐにジャレットがコーヒーと茶菓子を出してくれた。


「わざわざありがとう。大変でしょう?」


この芳しい香りの飲み物はヴィンセントのお気に入りだ。マヤが手をかけて淹れていたことをメイヴィスは知っている。


「いいえ、豆を挽いておけば案外楽なんです。まとめて抽出してポットで保存もできますし、街では冷えたものを好む者もいますよ」

「へえ。今度冷たいものも試してみるか」


レアード領はさすが商会の本拠地だった。
平民でも気軽に他国からの輸入品を手にできる。

ヴィンセントとジャレットはブラックのまま、メイヴィスはミルクを垂らして、ラニーはミルクとそれから砂糖をみっつも入れていた。

キャラメルとナッツの入った焼き菓子がよく合う。美味しい。


ラニーは「あ、そうだ」と急に立ち上がり、そして一冊の本を持って戻ってきた。


「はい、奥様」

「これなあに?」

「図鑑ですよ。ほらここに、ゴリラ」


「………まあ」


メイヴィスは目を丸くする。…似ている、かしら?


「ラニー、遊んでないで地図を出せ」


ヴィンセントが言って、ラニーは次に地図を持ってくる。旅の間に使っていたあの地図だ。

テーブルに広げたそれを覗き込む男たち。


「王都からレアード領までの間で寄れる支店にはすべて顔を出してきた」


ヴィンセントが言うと、ジャレットが答えた。


「こちらにも確認の連絡がありました。それから、湖の畔の街の当主からも手紙が届いています」

「早いな」

「取引停止になった街の話がすぐに広まったみたいだ。隣街の陽動が効いたんだな」


ラニーの声も真剣になり、メイヴィスはヴィンセントの腕を引いた。


「わたくしこのままここにいていいの?仕事の話を聞いてしまうわよ」


「構わない」

ヴィンセントは頷いた。

「むしろ聞いていてほしいんだ。メル、地図の印の意味はわかるか?」


「…正直、わからなかったの」


メイヴィスは慎重に口を開く。
旅の途中で見たときに気付いたことがあった。


「宮中貴族たちの領にバツがついているのかと思ったんだけど、そうじゃないところもあるし、逆に王宮に出仕している貴族でも丸があったわ」


メイヴィスの指が地図上を泳ぐ。
あの湖の畔の街には丸がついている。

俯くメイヴィスの頭上でヴィンセントが満足げに笑った。


「――いい読みだ。この丸とバツはレアード領にとって敵か味方かという印だった」

「え…?宮廷貴族の多くが敵なの?」


メイヴィスが顔を上げると、三方向から視線が注がれる。


「第一王子の婚約破棄からこちら、貴族たちの主権争いが激化している。中立派だったバーネット侯爵を失して盤上が乱れたからな」


宮中も一枚岩ではない。
古くから王家に仕えている貴族ほど、王家のバーネット家に対する行いは批判の的になっていた。一方でこれを好機とばかりに台頭しようとする貴族もいる。

そしてその混乱をさらに利用しようとする輩も。


「商会はこれに乗じて価格操作をしたんだ」


ヴィンセントは市井での情報拡散をきっかけに、王都中で欠品と価格の高騰が頻発したことを説明した。
その上で今回の行商による物流ルートの変更だ。王都の流通を撹乱させ、さらに商会の従業員や組合傘下の者を流出させる目的があったことを告げる。


「王都の店舗と組合員には出発前にラニーが内示している。その先はそれぞれの判断だが、動ける者から王都を出て、近隣諸領に移動していると聞いている」


力のある平民や一部の貴族が王都を出ていき、世相の行方に不安を覚える庶民たちは王家に不審を募らせはじめる。


「レアード商会は王都から手を引く。王都の支店は期日をもって停止するし、業務はすべて本店で引き継ぐ」

「どうして、そんなことを…?」


メイヴィスは震える声で訊ねた。

とんとん、とヴィンセントの指が地図を叩く。


「メル、先に言っておく。あなたの母親の実家であるクインシー伯爵家とは対立関係となるだろう」

ヴィンセントは東の領にバツを描いた。


「そして一番大きなバツは、つまりレアード領の標的は、王都だ」

続いて王家にも大きなバツを描く。


メイヴィスはひゅっと息を飲んだ。


「王家と、争うの……?」


「こちらも無駄な争いはしたくない。王家が二つ返事で頷くよう、まずは交渉から進める」

商会の動きはそのための撒き餌だ。


「――レアードは王国からの独立を決めた」
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