悪役令嬢は悪徳商人に嫁ぎました(R18)

しおだだ

文字の大きさ
49 / 67
悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

10

しおりを挟む
「ヴィンスはこのお城で育ったの?」

「そうだな。子供の頃は兄たちと軍の者が遊び相手だった」


生意気な子供だった、と懐かしそうに笑う。


城塞の小道は迷路のように複雑に入り組んでいるのに、ヴィンセントは迷いない足取りで進む。黒いシャツに黒いボトムス、黒い革靴。黒い商人は今日も全身真っ黒だ。

けれど美しい景色の中の黒はとても鮮やかに見えた。眩しくて目を細める。


守らなければ、とメイヴィスは漠然と思った。

レアードを。ヴィンセントの大切なこの土地を。そして、メイヴィスの大切な夫であるヴィンセント自身を。



***
メイヴェルは王妃教育で、国政や重要人物の名と経歴を学んできた。彼の名も座学で耳にしたことがある。

『堅牢なる王国の盾』ベルナルド・レアード

ヴィンセントの父として晩餐会で対面したときとはまったく違う重苦しい雰囲気に、メイヴィスはごくりと喉を鳴らした。緊張で震える。


「メイヴェル嬢」


集まって早々、ベルナルドはメイヴィスをそう呼んだ。

ヴィンセントに視線を送ればひとつ頷かれる。
それを受けてメイヴィスは、辺境伯が、いいやここに集まる全員が、白金色の髪の令嬢のことを知っているのだと悟る。


「突然のことでさぞ驚いたと思う。だが、レアードのために是非とも協力してほしい」


すうと大きく息を吸って、ぐっと背筋を伸ばした。


「わたくしにできることであれば」


美しく高貴な淑女が艶やかに微笑む。


合議の間にはレアード辺境伯に、ロレンス、ファレル、ヴィンセントの三兄弟。レアード商会からラニーとジャレット。それからメイヴィスの姿があった。


議題はレアード領の独立についてだ。


「商会は組合員の保護を優先する。王都を出た者たちの現状は?」

「拠点を移動した者には最寄の支店に報告するよう伝えています。今のところ目立ったトラブルはないですね」


ラニーが商会からの報告書を捲って答えた。


「要請に協力してくれた各領に感謝だな」

「当然だ。彼らはレアードと同じ志である」


ロレンスとベルナルドが続いて、それからファレルが。


「移民を受け入れれば自領の発展が見込める上、独立後のレアードと同盟が結べる。ぞんざいに扱うことはないだろう」


すでにここまで話が進んでいたのかとメイヴィスは舌を巻く。


「王都への提示内容は?」

続けてベルナルドが言った。


「レアードの独立にあたり、商会は取引に関税をかける。同盟諸国には税率を下げよう」

「こちらが税率案です。ご検討ください」


ヴィンセントの言葉に続いて、ジャレットが資料を回す。


「当然、敵対国には追税を課す。その上でまだ宣言を受け入れないなら…」


「実力行使だな、任せろ!」

にっ!とファレルが笑う。

「部隊の編成は済んでいるぞ」


そして取り出した軍部の資料をベルナルドが受け取った。


「そうなる可能性は低いと思うがな」

「だが、対外的なパフォーマンスは必要かもしれない」


ロレンスが告げる。


「どうせなら正面切って行えばいい。レアード商会の行商ルートは整えてきたから、邪魔をするような輩はいないぞ」


ヴィンセントがあの地図を広げた。
レアード領から王都までの最短ルートには赤い線が引いてある。


「おいおい、準備が良すぎて怖いんだが」


ロレンスは顔を引きつらせた。
ラニーとジャレットが苦笑を浮かべる。


「ヴィンセント」

ベルナルドが一通の手紙を取り出した。


「湖の畔の街の当主からだ。レアードの商会と軍の通行について了承の意を受け取った。それから、正当な取引に対して奥方が不躾な条件をつけたと言って謝罪している」


ヴィンセントはぱちと目を瞬かせる。


「お詫びに、かの領地もレアードに与すると言っているが?」

「…ふ。いらないな」

そして小さく笑った。

「同盟ならともかく、あっちもこっちも吸収していたらロンが管理しきれないだろ」


「なんだと!まったくだな!」

ロレンスが怒りながら同意するという器用な反応をする。


「商会経由で、会頭としてやり取りしていたんだが?」

「御仁は病状が思わしくないらしい。挨拶も兼ねて私に送ってくれたのだ」


ヴィンセントは手紙を受け取った。

詳細には触れていなかったが、夫人の『非常識な行い』について謝罪されていた。

本来、商会と街との取引の上で、個人の関係を求めることは非常識で不合理だ。当時のヴィンセントはそれが最短で最善だと判断したため要求を飲んだが、不満がなかったわけではない。


だから、いざとなったら有事の際には軍で強行突破してやろうと思っていた。

「…命拾いしましたね、あのマダム」

ラニーはこっそり呟いた。


「よろしいでしょうか」


メイヴィスが挙手をする。


「この独立が成される確率はどれ程なのでしょうか?」


「ん?」

メイヴィスの質問にロレンスが首を傾けた。

「これまでのお話だと、独立が成功することが前提のようですが…?」

メイヴィスも思わず首を傾げる。


「何を言う、当たり前だろう?」

「やると言ったらやるし、なると言ったらなる」


ロレンスとファレルはむしろ不思議そうだ。
答えになってないじゃないか。メイヴィスが口を尖らせて、ヴィンセントは苦笑した。


「メル」


煌めくグリーンガーネットの瞳が優しくメイヴィスを見る。


「独立は間違いなく成される。いまの宮廷貴族たちの体たらくはあなたが一番よく知っているだろう?」

「それにあの王は必ず是と応えるだろう」


そしてベルナルドが深い声色で続いた。


「国王陛下が……」


メイヴィスは玉座の主を思い返す。
元婚約者である第一王子の父親だったが、拝謁したことは片手ほどしかなく、人となりはあまり知らない。


「どちらにしろレアードが実力行使するのは容易なんだ。けれど、この独立を明確に知らしめる必要がある」


そうだな、とヴィンセントがメイヴェルを見た。


「メイヴェル。あなたが王妃教育で学んだ貴族のことを我々にも少し教えてもらえないだろうか?」


ヴィンセントのその申し出は本来であれば非礼極まりないものだ。王妃教育を学んできた身としても、彼に縁づいた身としても。

けれど、メイヴェルは艶然と笑みを浮かべた。


「ええ、喜んで」


レアードには切り札が複数ある。
メイヴェルも確かにそのひとつだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...