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―――時は少し遡り。
「これは…?」
黒い商人はレイラパピヨンの資料を手に眉を寄せ。
「んんー?」
モンタールド侯爵は地方領の報告書に目を通しながら顔を顰め。
「陛下、これを…」
王宮ではサルヴァティーニ宰相がある書状を片手に唸り。
「…なんかきな臭いな」
そして、衛兵団の制服を着た紺色の髪のアドリアンが呟いた。
***
結局、授業がはじまるまでにハンナは現れず、レイラたちはこみ入った話ができるところを探して学園を散策していた。
授業さぼっちゃってごめんなさい、お父様。
「それでどうしてついてくるんですか、殿下」
「つれないな。何度も手を取りあった仲じゃないか」
「ええ、ダンスの授業でね?」
アドリアンの軽口にルチアーノがイライラしているのがわかって、レイラは彼の手をそっと繋いだ。
「レ……っ!」
途端にルチアーノの頬が桜色に染まる。
レイラは平然を装いながら内心恥ずかしくて悶えていた。…ああもう、そんなすぐ顔に出さないでよ。こっちが照れるじゃない!
ルチアーノの手をぎゅうぎゅう握りしめながら歩くレイラの後ろ姿をアドリアンがじっと見つめる。
「レイラ」
「なんですか、殿下」
「本当のところ、ルチアーノがあのままだったら、オレに乗り換えてもいいかなって思ってただろ?」
「っ!!?」
「うわっ!」
アドリアンの爆弾発言にレイラは勢いよくつんのめった。きれいな芝生にヒールの穴が開いて、ルチアーノがつられて声を上げる。
「~~っはあ!?」
「あ、やっぱり当たり?」
「そんなわけないじゃない!!例えそうだとしても夜色の殿下が本当の姿だって知った以上、こっちから願い下げよ!」
「もう、当たり強いなあ」
ぶう、と口を尖らせるアドリアンのなんと腹立たしいことか。
レイラはぎろりと殿下を睨んで――そして、うりゅと眉を下げて落ち込むルチアーノに気づいてしまった。
「あ、あの、ルチアーノ様?あれは殿下の冗談ですからね?」
「でも、その可能性もあったってことだよね…」
ルチアーノは儚げに視線を落とす。
ひゅうと吹き抜ける風が彼の天鵞絨色の前髪をさらと揺らして、物憂げさが増す。…なんだこの無駄にアンニュイな演出。心なしかきらきらしている。
ていうか、身から出た錆なのに打たれ弱すぎるでしょ。
「あ、ガゼボあった。はやくおいでよ!」
アドリアンは正面に美しい四阿を見つけるなりさっさと行ってしまう。なんだあいつ自由か。
レイラは仕方なくルチアーノの手を引いて王子を追いかけて。
「ルチアーノとうまくいってるなら、それでいっか」
―――アドリアンの小さな呟きは、誰にも届かず、風にとけて消えた。
「ハンナのことだけれど」
四阿のベンチに腰を下ろしてルチアーノが切り出す。
「ハンナはたぶんなにも知らなかったんだと思う」
「…そうね。わたくしもそう思うわ」
頷きながら、でもレイラは視線がきつくなる。
ハンナのことは友人として信じている。
けれどレイラの婚約者であるルチアーノがハンナを庇うのは違うのだ。
「レイラ、なんか怒ってる…?」
「べつに」
ルチアーノはレイラを怒らせることが怖い。
途端にしゅんと尻尾を丸めてしまうので、レイラはますます眉を吊り上げた。
「まあまあ。オレが訊いたんだよ、あのとき。ハンナはレイラを責めていたけど、そんなに自分の侍女を信頼してるのか?ってね」
「まあ!」
アドリアンの言葉に、王子様も酷なことを訊くわね、とレイラは口を押さえる。
「ハンナは答えられなくて、それだけでブノワトとの関係も推し量れるよね」
「だったらハンナはあのときどうしてあんなに…?」
ハンナは友人たちを振り切ってまでカフェテリアに飛び込んできたのだ。あの勢いはどこからきたというのか。
レイラはアドリアンの紺色の髪をぼんやりと眺めて、その脳裏に乙女ゲームのあの画が浮かぶ。
―――空色の髪の王子様…。
ゲームでもそうだったわ。でもどうして夜色の王子様になっているのかしら。やっぱりゲームとリンクしているなんて現実的ではないわよね。
ああでも、水色の髪の王子様の横にだけネイビーのシルエットがあったわ。そういうデザインだと思ってたけど違ったのかしら。――あ。
「それは」
「ねえ、ハンナには姉がいたりする?」
レイラはルチアーノの言葉を遮って言った。
「え?」
「ほら、よくあるじゃない。ヒロインは養女とか妾腹の子で、実姉にいじめられているとか」
ヒロインが実姉や継姉にいじめられてしまう話は古今東西よくあるものだ。
「え、よくあるのか…?」
「はは、それはないよ。クロフォード家の子供はハンナだけだから」
「そうなのね」
読みが外れたわね、と肩を竦めたレイラに、アドリアンがにやりと笑う。
「でも当たらずとも遠からずかもね。クロフォード卿はブノワトを養女に迎えようとしていたみたいだよ」
「えっ!?」
「そうだよね?ルチアーノ」
アドリアンに振られたルチアーノが「そう」とこっくり首を縦に振る。
「ブノワトのことを調べていてわかったんだ」
ルチアーノはそしてじっとレイラを見る。
「レイラはぼくとの婚約解消を望んでいたようだったけど、ぼくは絶対嫌だったから…。レイラの信用を取り戻すためには、とにかくあの噂を流した大元を突き止めないと、と思って。ブノワトは当事者だし、一番あやしいだろ?」
「ルチアーノ様……!」
レイラは目をキラキラさせてルチアーノを見た。
「ルチアーノ。レイラの根も葉もない噂は以前からあったはずだぜ?どうして今回だけ調べようと思ったんだ?婚約解消がかかっていたからか?」
「ちがっ…!」
アドリアンの厳しい言葉に、ルチアーノは慌てて否定した。そして少し視線を落として。
「だって、ロイドさんが愛人とか、アドリアンに乗り換えようとしてるとか、調べて全部本当だったら立ち直れないだろ…?」
「……このヘタレめ」
アドリアンは額に手を置いて仰ぐ。
レイラのキラキラした目もすぐに光を失った。
「これは…?」
黒い商人はレイラパピヨンの資料を手に眉を寄せ。
「んんー?」
モンタールド侯爵は地方領の報告書に目を通しながら顔を顰め。
「陛下、これを…」
王宮ではサルヴァティーニ宰相がある書状を片手に唸り。
「…なんかきな臭いな」
そして、衛兵団の制服を着た紺色の髪のアドリアンが呟いた。
***
結局、授業がはじまるまでにハンナは現れず、レイラたちはこみ入った話ができるところを探して学園を散策していた。
授業さぼっちゃってごめんなさい、お父様。
「それでどうしてついてくるんですか、殿下」
「つれないな。何度も手を取りあった仲じゃないか」
「ええ、ダンスの授業でね?」
アドリアンの軽口にルチアーノがイライラしているのがわかって、レイラは彼の手をそっと繋いだ。
「レ……っ!」
途端にルチアーノの頬が桜色に染まる。
レイラは平然を装いながら内心恥ずかしくて悶えていた。…ああもう、そんなすぐ顔に出さないでよ。こっちが照れるじゃない!
ルチアーノの手をぎゅうぎゅう握りしめながら歩くレイラの後ろ姿をアドリアンがじっと見つめる。
「レイラ」
「なんですか、殿下」
「本当のところ、ルチアーノがあのままだったら、オレに乗り換えてもいいかなって思ってただろ?」
「っ!!?」
「うわっ!」
アドリアンの爆弾発言にレイラは勢いよくつんのめった。きれいな芝生にヒールの穴が開いて、ルチアーノがつられて声を上げる。
「~~っはあ!?」
「あ、やっぱり当たり?」
「そんなわけないじゃない!!例えそうだとしても夜色の殿下が本当の姿だって知った以上、こっちから願い下げよ!」
「もう、当たり強いなあ」
ぶう、と口を尖らせるアドリアンのなんと腹立たしいことか。
レイラはぎろりと殿下を睨んで――そして、うりゅと眉を下げて落ち込むルチアーノに気づいてしまった。
「あ、あの、ルチアーノ様?あれは殿下の冗談ですからね?」
「でも、その可能性もあったってことだよね…」
ルチアーノは儚げに視線を落とす。
ひゅうと吹き抜ける風が彼の天鵞絨色の前髪をさらと揺らして、物憂げさが増す。…なんだこの無駄にアンニュイな演出。心なしかきらきらしている。
ていうか、身から出た錆なのに打たれ弱すぎるでしょ。
「あ、ガゼボあった。はやくおいでよ!」
アドリアンは正面に美しい四阿を見つけるなりさっさと行ってしまう。なんだあいつ自由か。
レイラは仕方なくルチアーノの手を引いて王子を追いかけて。
「ルチアーノとうまくいってるなら、それでいっか」
―――アドリアンの小さな呟きは、誰にも届かず、風にとけて消えた。
「ハンナのことだけれど」
四阿のベンチに腰を下ろしてルチアーノが切り出す。
「ハンナはたぶんなにも知らなかったんだと思う」
「…そうね。わたくしもそう思うわ」
頷きながら、でもレイラは視線がきつくなる。
ハンナのことは友人として信じている。
けれどレイラの婚約者であるルチアーノがハンナを庇うのは違うのだ。
「レイラ、なんか怒ってる…?」
「べつに」
ルチアーノはレイラを怒らせることが怖い。
途端にしゅんと尻尾を丸めてしまうので、レイラはますます眉を吊り上げた。
「まあまあ。オレが訊いたんだよ、あのとき。ハンナはレイラを責めていたけど、そんなに自分の侍女を信頼してるのか?ってね」
「まあ!」
アドリアンの言葉に、王子様も酷なことを訊くわね、とレイラは口を押さえる。
「ハンナは答えられなくて、それだけでブノワトとの関係も推し量れるよね」
「だったらハンナはあのときどうしてあんなに…?」
ハンナは友人たちを振り切ってまでカフェテリアに飛び込んできたのだ。あの勢いはどこからきたというのか。
レイラはアドリアンの紺色の髪をぼんやりと眺めて、その脳裏に乙女ゲームのあの画が浮かぶ。
―――空色の髪の王子様…。
ゲームでもそうだったわ。でもどうして夜色の王子様になっているのかしら。やっぱりゲームとリンクしているなんて現実的ではないわよね。
ああでも、水色の髪の王子様の横にだけネイビーのシルエットがあったわ。そういうデザインだと思ってたけど違ったのかしら。――あ。
「それは」
「ねえ、ハンナには姉がいたりする?」
レイラはルチアーノの言葉を遮って言った。
「え?」
「ほら、よくあるじゃない。ヒロインは養女とか妾腹の子で、実姉にいじめられているとか」
ヒロインが実姉や継姉にいじめられてしまう話は古今東西よくあるものだ。
「え、よくあるのか…?」
「はは、それはないよ。クロフォード家の子供はハンナだけだから」
「そうなのね」
読みが外れたわね、と肩を竦めたレイラに、アドリアンがにやりと笑う。
「でも当たらずとも遠からずかもね。クロフォード卿はブノワトを養女に迎えようとしていたみたいだよ」
「えっ!?」
「そうだよね?ルチアーノ」
アドリアンに振られたルチアーノが「そう」とこっくり首を縦に振る。
「ブノワトのことを調べていてわかったんだ」
ルチアーノはそしてじっとレイラを見る。
「レイラはぼくとの婚約解消を望んでいたようだったけど、ぼくは絶対嫌だったから…。レイラの信用を取り戻すためには、とにかくあの噂を流した大元を突き止めないと、と思って。ブノワトは当事者だし、一番あやしいだろ?」
「ルチアーノ様……!」
レイラは目をキラキラさせてルチアーノを見た。
「ルチアーノ。レイラの根も葉もない噂は以前からあったはずだぜ?どうして今回だけ調べようと思ったんだ?婚約解消がかかっていたからか?」
「ちがっ…!」
アドリアンの厳しい言葉に、ルチアーノは慌てて否定した。そして少し視線を落として。
「だって、ロイドさんが愛人とか、アドリアンに乗り換えようとしてるとか、調べて全部本当だったら立ち直れないだろ…?」
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