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6 ハンナ
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**sideハンナ**
新興貴族クロフォード家は、元は代々大工を営んできた家系で、事業を広げるうちに公的事業にも参画していった。
河川や湾岸の工事、道路の整備、公共施設の建設など。
王国への貢献と技術力が認められて、称号を賜ったのが先代――おじいちゃんのとき。
それまで泥臭く仕事に打ち込んできたおじいちゃんは、貴族など未知の世界で、褒賞も辞退しようと思っていたそう。
けれど貴族位を与えられるのは確かに名誉なことで、断ってしまったら最後、もう次はないかもしれない。
おじいちゃんは悩んで、悩んで悩んで、次代のために位を受け取った。
だがやはりというべきか、貴族たちは新参者には厳しい。まして土建業で成り上がったクロフォード家はきらびやかな社交界では不利だ。
結局、おじいちゃんは家と事業を息子であるパパに譲り、自分は引退して下町で悠々自適に余生を過ごすことにしたらしい。
気のあう仲間たちを集めて、同じように仕事に精を出してるんだから、もうあれは性分よね。もう若くないんだからほどほどにね、って言っても聞かないのよ。しょうがないわよね。
しょうがなくなかったのはパパの方。
事業を受け継ぐのは納得していたけど、まさか貴族になるとは思わなかったから、ずいぶん苦労したみたい。
それはママも同じ。
ママは若い頃からパパとは恋人同士だったらしくてね、それはもう仲がよかったんだって。
でもママもまさか自分が社交界に入るなんて、夢にも思わなかったわよね。
二人はずいぶん悩んだけど、愛し合っていたから別れることは考えなかったんだって。
プロポーズの言葉は『愛があればなんでもできる』だそうよ、ちょっと恥ずかしいわよね。…でも羨ましいわ。
パパとママはいまでも仲がいい。
わたしのことも愛してくれている。
事業の力になってくれる人も多いし、王宮内でも評価してもらっている。大変だろうけど順調そうよ。事実、お金には困ってない。
困っているのは、貴族としての振る舞いや立ち位置について。
ママは若い頃、誘われるがままいろんな集まりやパーティーに顔を出して、先々でずいぶん嫌な思いをしたらしい。
右も左も、貴族がなんぞやということすらわからないまま、断ることもできずに参加して――あまりのストレスに最初の子が流れてしまったそう。
それからママは社交界には出ていない。
どうしても参加しないといけないときは、パパが顔だけ出している。『仕事のパーティーだと思えば挨拶ぐらいはできる』とか嘯いてね。
本当はパパもママもおじいちゃんも、貴族なんてどうでもいいと思ってるのよ。
でもなんとか押し止まっているのは、わたしのため。次代のため。
そのうちに彼らには新しい悩みが出来たの。
貴族位を持ちながら、社交界と距離をおいてきた彼らは、貴族としての嗜みを知らない。
それで娘を――わたしをどう淑女に育てればいいのか。
社交界を恐れているママは、わたしなんかじゃ計り知れない悩みを抱えていた。
ママね、わたしが子供の頃、病気だったの。
毎日具合が悪くてかわいそうだった。
当時はなんの病気か教えてもらえなかったんだけど、実は薬物依存だったんだって。
―――それもそうよね。
社交界で子供を失うほどのストレスを与えられて、想像もつかないほどの怨嗟でしょうに、再びそこに次の子供を送り込まないといけない。
その上、そんな恐ろしい場所で生き抜けるように鍛えようにも、己は無知で無力で。
どれだけ嘆き悲しんだのか想像もつかない。
パパもママを愛していたから、苦しかっただろうなって思うの。
「だからね、仕方ないのよ。わたしだって仕方ないよなって思うんだもの。パパとママは責められないわ」
顔色の悪いレイラとルチアーノ様に「ふふ」と微笑む。
いつか夫婦になる二人にはすこし重い話だったかもしれない。
「だから助けられたとも思っているのよ――ブノワトには」
ブノワトが家に来たのは12歳のときだった。
突然現れた黒髪の美少女。
侍女として雇ってほしいと言う彼女を、疲弊していたパパはあまり考えずに雇い入れた。
当時、クロフォード家には使用人はいたが、専属侍女というものはいなかった。
憧れていたからね、ずいぶん喜んだわ。
けれど喜びは裏切られる。
ブノワトは侍女としての仕事をするどころか、他の使用人に個人的な用事を言いつける始末。当然、反感を買う。
だが元伯爵令嬢である彼女は、クロフォード夫妻からすれば渡りに船だった。ブノワトもすぐに夫妻の不安を見抜いて、彼らのよき相談役となった。
「ママは見る間に回復したわ。薬を手放して、健康的な生活を送って、パパもすごく感謝していた」
―――しかし。
他の使用人からすれば、横柄な態度のブノワトが発言力を持つようになるのは気に入らない。
わたしも、憧れていた侍女はママのお茶のお友だちで、なにもしてくれない。すごくショックだった。
「レイラがね、マリーさんに髪を整えてもらうと話していたとき、胸が痛かったわ。だって、わたし侍女にそんなことしてもらったこと一度だってないもの」
「…ハンナ…」
それから近年になってブノワトによる金の使い込みが発覚した。
「ブノワトはパパとママから、わたしを令嬢らしくしてほしいと頼まれて、そのためのお金を受け取っていたの」
たしかにブノワトが手配した商人や職人からドレスや宝石を買っていた。一方で自分も同じようにドレスや宝石を買っていたのだ。
クロフォード家は金銭的には潤っていたから、発覚が遅れた。
「パパはそこでようやくブノワトの素性を調べたわ。そこではじめて知ったの。彼女の家が領地も爵位も没収されてるって」
けれどもうブノワトはママの拠り所になっていたし、パパはまた前のようなママに戻ってしまうのが辛かった。
そしてブノワトは金の使い込みについて、己の給金は実家に無心されて送金していると言った。
「それを聞いてパパはブノワトを許してしまったのよね。お金は稼げばいいけど、家族は失ったら戻らないって。そうよね」
同時にパパはブノワトを養女に迎えることを考えはじめた。ママに相談したらふたつ返事で肯定の返事があったそうよ。
「パパも大変だったの。ママも苦労したわ。それは知ってる。でもそれを聞いて思ったのよ。――じゃあ、わたしは一体なんだったの?ってね」
新興貴族クロフォード家は、元は代々大工を営んできた家系で、事業を広げるうちに公的事業にも参画していった。
河川や湾岸の工事、道路の整備、公共施設の建設など。
王国への貢献と技術力が認められて、称号を賜ったのが先代――おじいちゃんのとき。
それまで泥臭く仕事に打ち込んできたおじいちゃんは、貴族など未知の世界で、褒賞も辞退しようと思っていたそう。
けれど貴族位を与えられるのは確かに名誉なことで、断ってしまったら最後、もう次はないかもしれない。
おじいちゃんは悩んで、悩んで悩んで、次代のために位を受け取った。
だがやはりというべきか、貴族たちは新参者には厳しい。まして土建業で成り上がったクロフォード家はきらびやかな社交界では不利だ。
結局、おじいちゃんは家と事業を息子であるパパに譲り、自分は引退して下町で悠々自適に余生を過ごすことにしたらしい。
気のあう仲間たちを集めて、同じように仕事に精を出してるんだから、もうあれは性分よね。もう若くないんだからほどほどにね、って言っても聞かないのよ。しょうがないわよね。
しょうがなくなかったのはパパの方。
事業を受け継ぐのは納得していたけど、まさか貴族になるとは思わなかったから、ずいぶん苦労したみたい。
それはママも同じ。
ママは若い頃からパパとは恋人同士だったらしくてね、それはもう仲がよかったんだって。
でもママもまさか自分が社交界に入るなんて、夢にも思わなかったわよね。
二人はずいぶん悩んだけど、愛し合っていたから別れることは考えなかったんだって。
プロポーズの言葉は『愛があればなんでもできる』だそうよ、ちょっと恥ずかしいわよね。…でも羨ましいわ。
パパとママはいまでも仲がいい。
わたしのことも愛してくれている。
事業の力になってくれる人も多いし、王宮内でも評価してもらっている。大変だろうけど順調そうよ。事実、お金には困ってない。
困っているのは、貴族としての振る舞いや立ち位置について。
ママは若い頃、誘われるがままいろんな集まりやパーティーに顔を出して、先々でずいぶん嫌な思いをしたらしい。
右も左も、貴族がなんぞやということすらわからないまま、断ることもできずに参加して――あまりのストレスに最初の子が流れてしまったそう。
それからママは社交界には出ていない。
どうしても参加しないといけないときは、パパが顔だけ出している。『仕事のパーティーだと思えば挨拶ぐらいはできる』とか嘯いてね。
本当はパパもママもおじいちゃんも、貴族なんてどうでもいいと思ってるのよ。
でもなんとか押し止まっているのは、わたしのため。次代のため。
そのうちに彼らには新しい悩みが出来たの。
貴族位を持ちながら、社交界と距離をおいてきた彼らは、貴族としての嗜みを知らない。
それで娘を――わたしをどう淑女に育てればいいのか。
社交界を恐れているママは、わたしなんかじゃ計り知れない悩みを抱えていた。
ママね、わたしが子供の頃、病気だったの。
毎日具合が悪くてかわいそうだった。
当時はなんの病気か教えてもらえなかったんだけど、実は薬物依存だったんだって。
―――それもそうよね。
社交界で子供を失うほどのストレスを与えられて、想像もつかないほどの怨嗟でしょうに、再びそこに次の子供を送り込まないといけない。
その上、そんな恐ろしい場所で生き抜けるように鍛えようにも、己は無知で無力で。
どれだけ嘆き悲しんだのか想像もつかない。
パパもママを愛していたから、苦しかっただろうなって思うの。
「だからね、仕方ないのよ。わたしだって仕方ないよなって思うんだもの。パパとママは責められないわ」
顔色の悪いレイラとルチアーノ様に「ふふ」と微笑む。
いつか夫婦になる二人にはすこし重い話だったかもしれない。
「だから助けられたとも思っているのよ――ブノワトには」
ブノワトが家に来たのは12歳のときだった。
突然現れた黒髪の美少女。
侍女として雇ってほしいと言う彼女を、疲弊していたパパはあまり考えずに雇い入れた。
当時、クロフォード家には使用人はいたが、専属侍女というものはいなかった。
憧れていたからね、ずいぶん喜んだわ。
けれど喜びは裏切られる。
ブノワトは侍女としての仕事をするどころか、他の使用人に個人的な用事を言いつける始末。当然、反感を買う。
だが元伯爵令嬢である彼女は、クロフォード夫妻からすれば渡りに船だった。ブノワトもすぐに夫妻の不安を見抜いて、彼らのよき相談役となった。
「ママは見る間に回復したわ。薬を手放して、健康的な生活を送って、パパもすごく感謝していた」
―――しかし。
他の使用人からすれば、横柄な態度のブノワトが発言力を持つようになるのは気に入らない。
わたしも、憧れていた侍女はママのお茶のお友だちで、なにもしてくれない。すごくショックだった。
「レイラがね、マリーさんに髪を整えてもらうと話していたとき、胸が痛かったわ。だって、わたし侍女にそんなことしてもらったこと一度だってないもの」
「…ハンナ…」
それから近年になってブノワトによる金の使い込みが発覚した。
「ブノワトはパパとママから、わたしを令嬢らしくしてほしいと頼まれて、そのためのお金を受け取っていたの」
たしかにブノワトが手配した商人や職人からドレスや宝石を買っていた。一方で自分も同じようにドレスや宝石を買っていたのだ。
クロフォード家は金銭的には潤っていたから、発覚が遅れた。
「パパはそこでようやくブノワトの素性を調べたわ。そこではじめて知ったの。彼女の家が領地も爵位も没収されてるって」
けれどもうブノワトはママの拠り所になっていたし、パパはまた前のようなママに戻ってしまうのが辛かった。
そしてブノワトは金の使い込みについて、己の給金は実家に無心されて送金していると言った。
「それを聞いてパパはブノワトを許してしまったのよね。お金は稼げばいいけど、家族は失ったら戻らないって。そうよね」
同時にパパはブノワトを養女に迎えることを考えはじめた。ママに相談したらふたつ返事で肯定の返事があったそうよ。
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