12 / 31
12
しおりを挟む
レイラは頭を捻る。黒い商人からの報告についてだ。
地方領の紡績工場の経営者はブノワトの長姉で、評判の悪かった元伯爵の実子だが、彼女はとても真面目で従業員からの信頼も厚かった…はずだ。報告書では。それが商品を二倍の価格で卸すだなんて、相手を謀るような真似をするだろうか。
レイラは父に相談した。
「なんかこの流れ、既視感あるなあ」
「お父様?」
訝しげな様子の娘に「ああごめん」と侯爵は笑みを作る。
「地方領からの報告書によると、工場の経営も順調だし、地元の民たちの生活環境も順調に改善されている。まだいろいろ足りないところはあるようだけど、要望が上がってくるということはいい変化だと思っているよ」
「……そうなの」
「どうした?不満そうだね?」
「だって、なんだか騙された気分で。地方領全体の景気が落ち込んでいるなら、また元伯爵が何かしているのかとも考えるけど、これじゃ紡績工場の人を疑わないといけないじゃない?」
「そうだねえ」
侯爵は顎をさする。
ちなみに彼は威厳を見せるため、髭をたくわえたいと思っているが夢はまた夢。叶いそうになかった。
「元伯爵の動向だけど、疑わしいところは確かにあるんだ」
「そうなの?」
「彼らはいま収入がないはずなのに、どうしてだか普通に暮らしが出来ている」
「働いてないの?」
「働いてないね」
レイラの問いに頷いて続ける。
「考えられるのは、彼らの娘たちに援助を受けていること。長女は紡績工場の経営者だし、三女もそこで働いている」
「それに、ブノワト!」
レイラはハッとした。
「ハンナから、ブノワトは横領の理由を『両親からお金を無心されている』と言ってたと聞いたわ。でまかせだと思ってたけど…」
もしかしたら事実だったのかもしれない。
レイラが父を見ると、彼も目で強く頷いた。
「そう。それは私も聞いている。辻褄は合うんだ。クロフォード卿はいまでもブノワトに給金を与えているし、ブノワトも地方領に毎回送金している」
送金の写しはもう手に入れている、と事も無げに言う父に、レイラは少し引いた。
「もう?」
「やだな、当然だよ。元伯爵の動向はすべて報告するよう指示を出している。金の出入りなんかは特にね」
そういうものなのね、とレイラは大人の事情を右から左へ…。
「ブノワトは給金の全額を送金してる。これはクロフォード卿とも情報共有しているから、間違いないかな」
「まあ!」
大人って、大人って!
レイラは拳を握ってぷるぷると震えた。
「ははは。でもね、辿れるのはブノワトからの送金だけなんだ。長女と三女からなにか金銭のやり取りがあっても、直接渡されていたらこっちは何もわからない」
お手上げだ、と父は言う。
「ブノワト同様、長女も両親から金を無心されているとしたら…。レイラパピヨンへの不審な請求も、なきにしもあらず、かな」
「そんな…」
レイラは肩を落とした。
紡績工場の人たちを、ブノワトの長姉を、どこかで信じていたから。
「これからどうする?請求額が誤魔化されていないか、調べてみるかい?」
「それは、すこし考えさせてください」
紡績事業を疑うとなると、地方領の民たちの暮らしが脅かされるのではないかと恐怖した。せっかく順調に行っているようなのに。
首を横に振るレイラに父は目を瞬かせる。
「そうかい?でもこういったことは早い方がいい。なにかあったらすぐに言うんだよ」
「ええ。わかりました」
レイラはぱたりと静かに書斎の扉を閉めた。
侯爵はそんな娘の後ろ姿を目を眇めて見送る。
「それ以上のことはまだなにも言えないしなあ…」
そして手元の報告書をぺらりと捲った。
そこには、地方領にまで赴き、繰り返し元伯爵を訪ねる人物について伝えられていた。
***
「お嬢様、ご友人とのお茶会も結構ですが、パーティーの準備も怠らないでくださいね」
マリーの小言にレイラは頭を抱える。
「ええ、わかってるわ」
招待状を配って、料理やお菓子のプロデュースでしょ、会場の飾りつけと当日の衣装の仕上げ。それからえっと…。
ああもう。ブノワトがどうとか、いまはそんなこと考えていられないわね。
レイラはこだわりが強くて、他人に投げることができないタイプだった。
「大変ねえ、レイラ」
それでもレイラは毎週のようにお茶会を開いては友人たちを招いていた。
モンタールド邸のサンルームやレイラパピヨンの店で、男性陣は呼ばず、できるだけ身軽に。
それはまるで放課後に女子グループだけで遊びに行くような感覚で。
ルチアーノは拗ねるが、レイラもハンナも気安くて楽だった。
「ううん、大丈夫よ。好きでやっているから」
「ハンナもなかなか様になってきたわよね」
「やっぱり心構えが変われば変わるのよ」
エマとリーサがそうハンナを評価する横で、ハンナはパニエで膨らんだスカートに苦心していた。
「おしりが、ふわふわで、座れな…!?」
「ぎゅっと腰を落とすのよ、ああだめ!スカートのラインが崩れるわ!」
「そんな、どうしたらいいのおおお」
イリスに叱られて半泣きになっている。
3人の中で、おっとりとしたイリスが一番マナーに厳しいなんて。さすが元王族。頼りになるわね。
地方領の紡績工場の経営者はブノワトの長姉で、評判の悪かった元伯爵の実子だが、彼女はとても真面目で従業員からの信頼も厚かった…はずだ。報告書では。それが商品を二倍の価格で卸すだなんて、相手を謀るような真似をするだろうか。
レイラは父に相談した。
「なんかこの流れ、既視感あるなあ」
「お父様?」
訝しげな様子の娘に「ああごめん」と侯爵は笑みを作る。
「地方領からの報告書によると、工場の経営も順調だし、地元の民たちの生活環境も順調に改善されている。まだいろいろ足りないところはあるようだけど、要望が上がってくるということはいい変化だと思っているよ」
「……そうなの」
「どうした?不満そうだね?」
「だって、なんだか騙された気分で。地方領全体の景気が落ち込んでいるなら、また元伯爵が何かしているのかとも考えるけど、これじゃ紡績工場の人を疑わないといけないじゃない?」
「そうだねえ」
侯爵は顎をさする。
ちなみに彼は威厳を見せるため、髭をたくわえたいと思っているが夢はまた夢。叶いそうになかった。
「元伯爵の動向だけど、疑わしいところは確かにあるんだ」
「そうなの?」
「彼らはいま収入がないはずなのに、どうしてだか普通に暮らしが出来ている」
「働いてないの?」
「働いてないね」
レイラの問いに頷いて続ける。
「考えられるのは、彼らの娘たちに援助を受けていること。長女は紡績工場の経営者だし、三女もそこで働いている」
「それに、ブノワト!」
レイラはハッとした。
「ハンナから、ブノワトは横領の理由を『両親からお金を無心されている』と言ってたと聞いたわ。でまかせだと思ってたけど…」
もしかしたら事実だったのかもしれない。
レイラが父を見ると、彼も目で強く頷いた。
「そう。それは私も聞いている。辻褄は合うんだ。クロフォード卿はいまでもブノワトに給金を与えているし、ブノワトも地方領に毎回送金している」
送金の写しはもう手に入れている、と事も無げに言う父に、レイラは少し引いた。
「もう?」
「やだな、当然だよ。元伯爵の動向はすべて報告するよう指示を出している。金の出入りなんかは特にね」
そういうものなのね、とレイラは大人の事情を右から左へ…。
「ブノワトは給金の全額を送金してる。これはクロフォード卿とも情報共有しているから、間違いないかな」
「まあ!」
大人って、大人って!
レイラは拳を握ってぷるぷると震えた。
「ははは。でもね、辿れるのはブノワトからの送金だけなんだ。長女と三女からなにか金銭のやり取りがあっても、直接渡されていたらこっちは何もわからない」
お手上げだ、と父は言う。
「ブノワト同様、長女も両親から金を無心されているとしたら…。レイラパピヨンへの不審な請求も、なきにしもあらず、かな」
「そんな…」
レイラは肩を落とした。
紡績工場の人たちを、ブノワトの長姉を、どこかで信じていたから。
「これからどうする?請求額が誤魔化されていないか、調べてみるかい?」
「それは、すこし考えさせてください」
紡績事業を疑うとなると、地方領の民たちの暮らしが脅かされるのではないかと恐怖した。せっかく順調に行っているようなのに。
首を横に振るレイラに父は目を瞬かせる。
「そうかい?でもこういったことは早い方がいい。なにかあったらすぐに言うんだよ」
「ええ。わかりました」
レイラはぱたりと静かに書斎の扉を閉めた。
侯爵はそんな娘の後ろ姿を目を眇めて見送る。
「それ以上のことはまだなにも言えないしなあ…」
そして手元の報告書をぺらりと捲った。
そこには、地方領にまで赴き、繰り返し元伯爵を訪ねる人物について伝えられていた。
***
「お嬢様、ご友人とのお茶会も結構ですが、パーティーの準備も怠らないでくださいね」
マリーの小言にレイラは頭を抱える。
「ええ、わかってるわ」
招待状を配って、料理やお菓子のプロデュースでしょ、会場の飾りつけと当日の衣装の仕上げ。それからえっと…。
ああもう。ブノワトがどうとか、いまはそんなこと考えていられないわね。
レイラはこだわりが強くて、他人に投げることができないタイプだった。
「大変ねえ、レイラ」
それでもレイラは毎週のようにお茶会を開いては友人たちを招いていた。
モンタールド邸のサンルームやレイラパピヨンの店で、男性陣は呼ばず、できるだけ身軽に。
それはまるで放課後に女子グループだけで遊びに行くような感覚で。
ルチアーノは拗ねるが、レイラもハンナも気安くて楽だった。
「ううん、大丈夫よ。好きでやっているから」
「ハンナもなかなか様になってきたわよね」
「やっぱり心構えが変われば変わるのよ」
エマとリーサがそうハンナを評価する横で、ハンナはパニエで膨らんだスカートに苦心していた。
「おしりが、ふわふわで、座れな…!?」
「ぎゅっと腰を落とすのよ、ああだめ!スカートのラインが崩れるわ!」
「そんな、どうしたらいいのおおお」
イリスに叱られて半泣きになっている。
3人の中で、おっとりとしたイリスが一番マナーに厳しいなんて。さすが元王族。頼りになるわね。
1
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる