転生令嬢はもっとゆめかわいいをお望み

しおだだ

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「面をあげよ、ブノワト。そして見苦しいから立て」

「はい……」


アドリアンに命じられて、すっかりしょげてしまったブノワトはおずおずと立ち上がる。

最初の浮かれた気持ちなんてどこかに飛んでいってしまった。王子の前ではさすがのブノワトも形無しだ。レイラに八つ当たりもできない。


「昨日は災難だったな。だが犯人はすぐに捕まった。安心しろ」

アドリアンは表情を変えずに続ける。

「私がお前を助けたのは、あの場に居合わせたから、ただそれだけだ。あの状況では他の兵士も同じことをしただろう」


なあ?とアドリアンに声をかけられたマルセルも力強く頷いた。


「そう、ですか……」


ブノワトは気落ちした様子で頷く。


「さてブノワト、あなたの今後についてだが」


そこではじめてアドリアンは表情を変えた。
言いづらそうに眉を寄せて、けれど口調は淀みなく。


「今回の件、主犯はクロフォード夫人だったんだ」


「えっ?」

声を漏らしたのはレイラだ。
それ言っちゃうの、殿下?


「…うそ…」


ブノワトは口許を押さえて震えている。


「この状況ではもうクロフォード家に戻ることはできないだろう?それで…」


「うそよ…そんなの嘘に決まってるわ!」


震えていたブノワトが声を張り上げる。


「嘘よ、どうして夫人が…!夫人は私を養女に迎えてくれるって言ったの!王子様、あなたにも話したでしょう!?」

「それはただの口約束だ。書面にすら残されてない」

「わたしはクロフォード家の養女よ…!」

「違う、あなたは一般市民だ。貴族位はない」

「だって、それは、王宮が承認してくれないから……」


「違うよ」

見かねたルチアーノが言う。


「王宮は承認をしなかったのではなくて、できなかったんだ。ブノワトの実の両親が籍を抜くことに了承しなかったんだから」


ブノワトの両親は彼女の戸籍を移動することを認めなかった。それは昨日モンタールド侯爵が言っていた通り、情ではなく、金銭的な理由だったかもしれないが。


「それに…」

ルチアーノは言い淀む。
アドリアンとは違って、本当に言い難そうに。

「王宮に提出されていたのは、ブノワトの両親から戸籍変更の不受理申出書であって、クロフォード家からの養子縁組願ではなかったんだよ」


「は…?」

ブノワトが色を失う。

「うそでしょ…?」


「ルチアーノ様、それ本当なの?」


レイラもルチアーノの腕を引いて問いかける。


「うん。ぼくも昨日はじめて父様から聞いたんだ」


ルチアーノは悲痛な表情で頷く。

宰相様は守秘義務があったため、昨日の事件があってはじめて息子にそれを告げたらしい。王と宰相は当初、なぜこの書類が提出されたのかわからず、ひどく困惑したそうだ。


「クロフォード夫妻は確かにブノワトを養女にすることを考えていたと思うよ。でも、」

「形に残るものとしてはなにひとつない。言っただろう、いまやただの口約束だ」


ルチアーノの後に、アドリアンの容赦ない言葉が続く。ブノワトは崩れ落ちた。


「そんな……」


「あなたの境遇には同情もする。元伯爵令嬢が侍女として他家に仕えて、給金は実の親に奪われて」

「そう、そうよ…!あの人たち、私がクロフォード邸にいることを伝えたら、お金をせしめるようになって…」


どうしてブノワトは地方領にいる両親と連絡を取ったのか。

それは横領が発覚した際に、クロフォード卿がすでに訊ねていた。『だって親だから』。ブノワトはそう答えた。親だからつい自分の居所を伝えてしまったのだ。だからクロフォード卿もブノワトを許してしまった。


「親だから、お金を求められたら送っていたわ!でも、親なのに…!親なのに、私の邪魔をするなんて!」


血を吐くような叫びだとレイラは思った。
胸が締めつけられる。


「同情はするが、クロフォード卿のようにあなたを庇おうとは思わない。給金を奪われるからと横領をして、元伯爵令嬢だからと侍女の職務を放棄して令嬢の真似事をするような生き方には、賛同できない」


「……っ……!」


図星だったのだろう。
アドリアンの言葉にブノワトはぎりと奥歯を噛み締めた。


「だからといって罪にも問えないんだけどね」


突然、アドリアンは気安く肩を竦めた。


「横領についてはクロフォード卿が一度許してしまっている以上、示談が成立しているし、屋敷の中の振る舞いについても王宮が口を挟む問題じゃない。昨日のレイラのパーティーでの行動も褒められたものじゃないけど、一応、ハンナ嬢の代理として招待状を持っていたもんね。よかったね。」


先程までの迫力はいったいどこへ。

ブノワトはアドリアンの変わり身にぽかんと口を開けた。彼女はもう、もしかしたら王子様が――なんて夢は見ない。


「もう養女の話はなくなったんだし、自分が令嬢だったら、なんて勘違いしちゃだめだよ。ちゃんと善良な平民として精進しなよ。」

「は、はい…」


だって、笑顔の王子様怖い。ちょう怖い。

震えながらアドリアンに頷くブノワト。
レイラも思わず背を震わせた。うわ、悪寒が。


「それで今後についてだけどね」

もう、最初からこれが言いたかったのに。
アドリアンは口を尖らせる。


「マルセル、準備できてるか聞いてきて」

「はい」


王子に命じられて、これまでだんまりだったマルセルが頷いて部屋を出る。そしてすぐに女官と兵士を一人ずつ連れて戻ってきた。


「ブノワト!」

「え、お姉さま…!?」


飛び込んできた女官はブノワトを叱りつけようとして結局できず、妹の両手をぎゅっと掴んで、アドリアンに頭を下げた。


「殿下、この度は寛大なご沙汰をありがとうございます」

「うん。いいよ。」


アドリアンはにこにことして、所在なく立つ兵士に向けて「いつもお世話になってるし」と言う。


「あの、殿下、彼らは…?」


ついていけないレイラがそっと訊ねると「ああ」と明るい声が返る。


「ブノワトの二番目の姉だよ。王都に出奔して戻ってこなかったって話だけど、実際は学生の頃に出会った兵士と結婚して、王宮で働いていたんだよね。後ろの彼はその旦那さん」


「まあ…!」

「門兵の、制服…?」


色めいた声をあげるレイラと、むむと目を眇めるルチアーノ。

マルセルは知っていたのだろう。黙っている。


「彼らには以後ブノワトの身元保証人になってもらう。もちろん貴族位はないからね。身の振り方をよく考えるように」


王子殿下であるアドリアンに命じられて、ブノワトは「はい」と殊勝に頷いた。
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