転生令嬢はもっとゆめかわいいをお望み

しおだだ

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26 餞

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「これでよかったのか?レイラ」


モンタールド邸のサンルームで、すこし口を尖らせた弟のトマが言う。


「落とし所としてはちょうどよかったと思うわ」


レイラはティーカップを傾けた。

ああ、いい香り。

紅茶の豊かな香りが広がる。


「綺光石というのは私も意外だったわ」

「そうかしら?どうせなら欲しいものをもらった方がいいじゃない」


藤色の髪の美丈夫に答える。

クロフォード家の爵位を奪うつもりもないし、誰かの首なんてもっての他。国王陛下が卿に価値を見出だしている以上、なにやかにやと騒いでは、モンタールド家の品位が下がる。

それなら尚のこと、シンプルに自分のほしいものを求めた方がいい。


ロイドは「そうね」と頷いて、ショートブレッドを一口齧った。


「問題は綺光石をどう加工するか、ね」


レイラは頭を悩ませる。

脆い石だからコーティング材は必要よね。
好きな形に加工できるのかしら。それとも粉末状にして、塗料や接着剤に混ぜた方がいい?


「ご心配なく。こちらの国でも、我が国でも、有能な石工に覚えがございます。きっとお嬢様に助言を差し上げられるでしょう」

「あらそう?いつもありがとう」


黒い商人の言葉にレイラはにこりと微笑んだ。


「本当に頼りになるよなあ」

「そんな、恐れ入ります」


パウンドケーキを頬張ったトマの感嘆に、隣国の商人は首を横に振って謙遜する。


「いいえ、トマの言う通りよ」


男はいつだって期待を裏切らない。…四次元ポケットでも持ってるのかしら、なんて。


目を細めたレイラはそのままぐるりとテーブルを見回す。

今日は最近はまっていた青い花茶ではなく、商人が手土産に持ってきた上質なアールグレイがサーブされて、お茶請けのお菓子もそれに合わせたものになっている。


―――バタフライピーのときよりペースが早いのは気のせいかしら?いやまあ、このお茶も飲み慣れているし、お菓子もとっても美味しいけれど。


レイラ自身もパウンドケーキをぱくりと口に運ぶ。うん。レモンピールが爽やかで美味しい。


「それでお嬢様、これは一体どうして?」

「うーん、けじめかしら?」


ロイドはレイラの答えに片眉を上げた。


「けじめ?お嬢様がなぜ?正直、一連の騒動はクロフォード夫人の貴族への恨みが発端であって、お嬢様は巻き込まれた側なんだから、もっと要求してもいいんじゃないかと思うけれど」

「そうね、そうかもしれないけど…」


レイラは苦笑する。

令嬢だ貴族だと言っても、レイラの中には『私』の感覚がある。根っからの貴族であるロイドの意見の方が主流なのかもしれない。


「でも、このままだと後味が悪いじゃない?これはわたくしが自分のためにする落とし前よ」


「…落とし前」

トマがぽつりと繰り返した言葉がやけに響く。


「まあ、お嬢様がそこまで言うなら」


ロイドはそう言って、渋々ながらレイラの頼みを引き受けてくれた。



***
清々しい秋晴れの日、クロフォード夫人が南の療養所へと出立するその日。

レイラはこっそりクロフォード邸の傍までやって来ていた。傍らには婚約者のルチアーノ。


「気持ちのいい天気だね」


と、アドリアン王子殿下が。


「…どうしているんですか、殿下」

「えー?仕事だよ、もちろん」


アドリアンは笑顔だが、夜色の髪の上、衛兵団の制服を着ている。


―――お忍び臭しかしないんですけど、どういうことですかね?


ちらりと隣を見上げると、天鵞絨色の髪の彼はそっと目を逸らした。


「ほら、クロフォード夫人が出てきたよ」


アドリアンの言葉に顔をあげると、ちょうど屋敷から夫人が出てきたところだった。


門扉の前には王宮の黒い馬車が控えている。

南の療養所は治る見込みのない患者が集まる場所だ。医療刑務所も兼ねているとか。
クロフォード夫人もきっと二度と戻ることはない。


夫人を追って、クロフォード卿と娘のハンナが飛び出してくる。

ハンナはひどく泣き濡れていて、強く母に抱きつく。夫人も優しくハンナの髪を撫で、そしてそんな二人ごと、クロフォード卿が腕を回して抱き締めた。


家族の深い愛情が窺い知れる光景だ。

レイラはぎゅうと胸が痛んで、苦しくなる。


桃色の髪のハンナと、ローズ色の髪の夫人。二人は本当にそっくりで、歳の分だけ夫人の方が深みがあるが、姉妹と間違えそうなくらい可憐だった。

あんな人がどうして、とレイラは思う。


別れを告げたらしいハンナが覚えのあるぬいぐるみを差し出す。


「レイラ、あれ…?」

「ええ」


ルチアーノに頷いて答える。

ロイドに頼み込んで作ってもらったレイラパピヨンのぬいぐるみ。ハンナを模したピンク色のうさぎで、瞳の色も同じ。白いレースのエプロンドレスを着せている。


それは別離する母子に、レイラからの餞。


「隔離病棟じゃないから、いつでも面会は可能だよ」

アドリアンが言う。


「それでも、ね」


だって、やっぱり後味が悪いもの。


ロイドに伝えたように、レイラの気持ちの整理の意味もある。


ぬいぐるみを受け取った夫人が黒い馬車に乗り込む。大きな車輪がごろりと回ってまっすぐ走り出し、レイラたちのすこし手前で進路を変えた。

そのとき――。


クロフォード夫人が窓越しに、レイラへ向けてこくりと首を傾げて会釈する。

毒気のない、やわらかな微笑みで。


「…………」


レイラはなんとも言えない気持ちで馬車を見送った。

わたくしたちに気付いていたのね、とか、あの笑顔はどんな意味なのかしら、とか、いろいろ思うところはあるが、それ以上に。


――――本当に、どうしてこんな結果になってしまったのかしら。見た感じはとってもやさしそうな人なのに。


疑問は尽きないが、夫人はすべて洗いざらい話している。


子供を失い、貴族社会に恨みがあったこと。残った娘を守るため、ハンナを社交界に出す気はなかったこと。その身代わりにブノワトを利用しようとしたこと――。


「レイラ!」


涙で顔をぐしょぐしょにしたハンナが駆けてくる。

ルチアーノもアドリアンもいるのに、ハンナは躊躇いもなくレイラの胸に飛び込んだ。


「うわあああぁん!」


そしてそのまま声を上げてわあわあ泣いた。

レイラもハンナをぎゅうと抱きしめて、滲む涙を拭う。


クロフォード夫人はさらに続けていた。


―――当時、子供が流れたきっかけの貴族というのが、実はブノワトの両親である元地方伯爵夫妻だったということ。
下位貴族の間で幅を利かせていた伯爵夫妻が、社交界の洗礼として、無理難題を押しつけていたそうだ。

すべての責はブノワトに負ってもらおうと企てていたこと。他の使用人から嫌われていたブノワトが一連の流れで害されても、特に構わないと考えていたこと。

ブノワトが横領した金は、モンタールド侯爵家から返してもらおうと考えたこと。ついでにその娘・レイラの名声も地に落としてしまおうと考えたこと――。


レイラが、モンタールド侯爵家が巻き込まれたのは、本当にただの偶然だった。レイラとブノワトに確執があったから。それだけ。
夫人にとっては、名のある名家であるモンタールド家を間接的にでも貶めることで、溜飲を下げることができたのだろう。

夫人の思想は非常に危険だ。薬物の影響があってもなくても、彼女は隔離されていただろう。


一方で、家族への愛情は本物だった。

やり方は悪いが、ハンナを守ろうとしていたし、夫のためブノワトが散財した金を取り戻そうとしていた。


「レイラ、ぬいぐるみっ、用意してくれて、あ、りがとう…!」

「…いいのよ」


嗚咽混じりのハンナの言葉に頷く。


夫人の人となりを知ってしまうと、彼女だけを悪者にするのも違う気がするのだ。
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