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◇◇◇
40 気配
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その晩レイラは久しぶりに『私』の夢を見た。
夢の内容は、ある乙女ゲームについて。
『私』はそのゲームをプレイしていなかったはずなのに、妙に鮮明に映像が再現される。もしかしたら『私』が付き合っていた人のだれかがプレイしていたのかもしれない。
ゲームの主人公は、桃色の髪の少女。
名前をハンナ・クロフォードという。
下位貴族の令嬢である彼女は、貴族ばかりが通う王立の中央学園に進学することで、いままで接点を持たなかった上位貴族の子息らと関わり合うようになる。
そして5人の攻略対象と出会う。
同学年に、空色の髪の王子殿下アドリアン・ガルディーニと、その従兄弟で濃緑色の髪のルチアーノ・サルヴァティーニ。
殿下の騎士で上級生、金髪のマルセル・ロッソ。
オレンジ色の髪の下級生、トマ・モンタールド。
藤色の髪の美術教師、ロイド・デル・テスタ。
どのルートに入るかで展開は変わるが、ライバルキャラはいつも同じ。侯爵令嬢でトマの姉、ラズベリー色の髪のレイラ・モンタールドだ。
攻略キャラにはそれぞれ元の婚約者がいたりするのに、レイラ自身もルチアーノの婚約者という設定があるのに、必ずレイラがライバルになる。
例えば、レイラの横恋慕、または過剰なブラコンとして。
攻略対象は一度はレイラに心を揺すぶられ、けれど最後はヒロインであるハンナを選んで、ハッピーエンドを迎える。
誰とも結ばれずにお友だちで終わるお花畑エンドもあるが、このゲームにバッドエンドは存在しない。
ヒロインのライバルであったレイラすら、最後は笑顔で敗北を宣言するのだ。
そういえばそんな内容だった――レイラはそこでぱちんと目を開けた。
「…………?」
まだ夢の中にいるような非現実的な感覚に、一瞬ここがどこだかわからなくなる。
薄紫色の天蓋に、ピンク色の壁紙。ユニコーンの抱き枕。
―――あ、わたくしの自室だ。
むくりと身体を越すと、まだ朝早いのか、窓の向こうは薄闇色だった。
ぼんやりと夢の内容を反芻する。
「ロイドは美術教師だったのね。ルチアーノ様、殿下の従兄弟ですって。ふふ。トマとわたくしはちょっと仲が悪かったみたい」
ああ、それに。
「マルセル様は同じ学校に通っているのね。殿下はあまり変わらなかったわ。ヒロインはやっぱりハンナなのね、わかるわ」
けれどなにより…。
「婚約者がいてもなりふり構わずって、ちょっと、ゲームの中のわたくしビッチすぎじゃない?」
さすがにそんなにはしたなくないわよ、と唸る。
レイラは徐に膝を抱えて自分を抱き締めると、膝下、腕、肩と手を滑らせる。
首、頬と辿り、鼻、目、眉、耳と確かめる。
「…よし」
わたくしはレイラ・モンタールド。間違いなくいまここに存在している。ゲームの中の架空の存在でも、『私』の幻想でもない。
わたくしはわたくし。レイラ・モンタールドその人なのだから。
***
「え、殿下とルチアーノ様って従兄弟なんですか?ほんとに?」
「そうだよ。私の母と宰相が姉弟なんだ」
「そうなんですか…。わたくしは乳兄弟と聞いていました」
「あはは、それも間違いではないね」
同じ乳母に育てられたんだよ、と王子は笑う。
レイラは驚いていた。
だって夢と、つまりゲームの設定と同じだから。
「ねえレイラ、噂のことは大丈夫?きちんとルチアーノに相談した方が…」
「いいえ、いいんです。大したことじゃありませんから」
気遣ってくれるアドリアンの言葉を食いぎみで断る。
アイデンティティーを過去2回も揺るがされたレイラにとって、もはや恐れるものでもないと気づいた。むしろ自分の存在を認められているような気すらする。
…なんて本心を伝えたら、ショックでどうにかなってしまったのかと思われそうだから言わないけれど。
「レイラ!」
後ろから細い腕が伸びてきて、ぎゅうと抱き締められる。いたずらっ子のように「えへへ」と笑って顔を覗かせたのはハンナだ。
「ハンナ」
さすがヒロイン、やることがかわいすぎる。
「今日もレイラの髪型は素敵ね」
今日はサイドを編み込んで後ろでリボンの形にしている。マリーががんばってくれた。
「ありがとう。わたくしの自慢の侍女がいつも調えてくれるのよ」
「え、侍女…?」
「ん?ハンナ?」
「んーん、素敵ね!」
ハンナはにっこりと笑って首を振る。
「レイラの髪型いつもちがうから、みんな気になってるんだよ」
「あら」
「そうだね、いつもかわいいよね」
「だよね、王子様わかってるー!」
きゃっきゃっとアドリアンと盛り上がるハンナに、レイラは女神のごとく微笑んだ。
「よかった。ハンナにもお友達ができたのね」
「あ…」
「ハンナ?」
「なんでもない!それよりさっき聞いちゃったんだけどね!」
こしょこしょこしょ。
「…え?」
「…まじで?」
ハンナが囁いた内緒話にレイラは目を丸くした。アドリアンも驚いているようだ。
―――臨時の講師がくるんだって!芸術一家のデル・テスタ家の…。
「――ロイド!!」
「あらお嬢様」
ハンナの話を聞いてすぐに事務室に駆け込むと、本当にいた。藤色の髪とあの長身はよくよく見慣れたものだ。
「驚いた。本当に来たのね…」
「王宮から急な依頼があって断れなかったの。今日は手続きだけよ。すぐ店に戻るわ」
「うん、それはいいんだけど…」
「来週から一週間だけ先生になるわ。よろしくね?」
ぱちん、と妙に様になるウインクを飛ばされる。
いつもなら笑ってしまう仕草だが、なんとなく胸騒ぎがする。
「お嬢様?」
「…なんでもないわ。来週から楽しみね」
パピヨンのドレスやロイド自身を求める令嬢たちが群がるのではないかとか。あの嫌な噂がロイドの、ひいてはマリーの耳に入るのではないかとか。心配は尽きないが、気になるのはそこじゃない。
ロイドが美術講師に……?
ゲームの設定に近づいているようで、レイラは思わず身震いした。
夢の内容は、ある乙女ゲームについて。
『私』はそのゲームをプレイしていなかったはずなのに、妙に鮮明に映像が再現される。もしかしたら『私』が付き合っていた人のだれかがプレイしていたのかもしれない。
ゲームの主人公は、桃色の髪の少女。
名前をハンナ・クロフォードという。
下位貴族の令嬢である彼女は、貴族ばかりが通う王立の中央学園に進学することで、いままで接点を持たなかった上位貴族の子息らと関わり合うようになる。
そして5人の攻略対象と出会う。
同学年に、空色の髪の王子殿下アドリアン・ガルディーニと、その従兄弟で濃緑色の髪のルチアーノ・サルヴァティーニ。
殿下の騎士で上級生、金髪のマルセル・ロッソ。
オレンジ色の髪の下級生、トマ・モンタールド。
藤色の髪の美術教師、ロイド・デル・テスタ。
どのルートに入るかで展開は変わるが、ライバルキャラはいつも同じ。侯爵令嬢でトマの姉、ラズベリー色の髪のレイラ・モンタールドだ。
攻略キャラにはそれぞれ元の婚約者がいたりするのに、レイラ自身もルチアーノの婚約者という設定があるのに、必ずレイラがライバルになる。
例えば、レイラの横恋慕、または過剰なブラコンとして。
攻略対象は一度はレイラに心を揺すぶられ、けれど最後はヒロインであるハンナを選んで、ハッピーエンドを迎える。
誰とも結ばれずにお友だちで終わるお花畑エンドもあるが、このゲームにバッドエンドは存在しない。
ヒロインのライバルであったレイラすら、最後は笑顔で敗北を宣言するのだ。
そういえばそんな内容だった――レイラはそこでぱちんと目を開けた。
「…………?」
まだ夢の中にいるような非現実的な感覚に、一瞬ここがどこだかわからなくなる。
薄紫色の天蓋に、ピンク色の壁紙。ユニコーンの抱き枕。
―――あ、わたくしの自室だ。
むくりと身体を越すと、まだ朝早いのか、窓の向こうは薄闇色だった。
ぼんやりと夢の内容を反芻する。
「ロイドは美術教師だったのね。ルチアーノ様、殿下の従兄弟ですって。ふふ。トマとわたくしはちょっと仲が悪かったみたい」
ああ、それに。
「マルセル様は同じ学校に通っているのね。殿下はあまり変わらなかったわ。ヒロインはやっぱりハンナなのね、わかるわ」
けれどなにより…。
「婚約者がいてもなりふり構わずって、ちょっと、ゲームの中のわたくしビッチすぎじゃない?」
さすがにそんなにはしたなくないわよ、と唸る。
レイラは徐に膝を抱えて自分を抱き締めると、膝下、腕、肩と手を滑らせる。
首、頬と辿り、鼻、目、眉、耳と確かめる。
「…よし」
わたくしはレイラ・モンタールド。間違いなくいまここに存在している。ゲームの中の架空の存在でも、『私』の幻想でもない。
わたくしはわたくし。レイラ・モンタールドその人なのだから。
***
「え、殿下とルチアーノ様って従兄弟なんですか?ほんとに?」
「そうだよ。私の母と宰相が姉弟なんだ」
「そうなんですか…。わたくしは乳兄弟と聞いていました」
「あはは、それも間違いではないね」
同じ乳母に育てられたんだよ、と王子は笑う。
レイラは驚いていた。
だって夢と、つまりゲームの設定と同じだから。
「ねえレイラ、噂のことは大丈夫?きちんとルチアーノに相談した方が…」
「いいえ、いいんです。大したことじゃありませんから」
気遣ってくれるアドリアンの言葉を食いぎみで断る。
アイデンティティーを過去2回も揺るがされたレイラにとって、もはや恐れるものでもないと気づいた。むしろ自分の存在を認められているような気すらする。
…なんて本心を伝えたら、ショックでどうにかなってしまったのかと思われそうだから言わないけれど。
「レイラ!」
後ろから細い腕が伸びてきて、ぎゅうと抱き締められる。いたずらっ子のように「えへへ」と笑って顔を覗かせたのはハンナだ。
「ハンナ」
さすがヒロイン、やることがかわいすぎる。
「今日もレイラの髪型は素敵ね」
今日はサイドを編み込んで後ろでリボンの形にしている。マリーががんばってくれた。
「ありがとう。わたくしの自慢の侍女がいつも調えてくれるのよ」
「え、侍女…?」
「ん?ハンナ?」
「んーん、素敵ね!」
ハンナはにっこりと笑って首を振る。
「レイラの髪型いつもちがうから、みんな気になってるんだよ」
「あら」
「そうだね、いつもかわいいよね」
「だよね、王子様わかってるー!」
きゃっきゃっとアドリアンと盛り上がるハンナに、レイラは女神のごとく微笑んだ。
「よかった。ハンナにもお友達ができたのね」
「あ…」
「ハンナ?」
「なんでもない!それよりさっき聞いちゃったんだけどね!」
こしょこしょこしょ。
「…え?」
「…まじで?」
ハンナが囁いた内緒話にレイラは目を丸くした。アドリアンも驚いているようだ。
―――臨時の講師がくるんだって!芸術一家のデル・テスタ家の…。
「――ロイド!!」
「あらお嬢様」
ハンナの話を聞いてすぐに事務室に駆け込むと、本当にいた。藤色の髪とあの長身はよくよく見慣れたものだ。
「驚いた。本当に来たのね…」
「王宮から急な依頼があって断れなかったの。今日は手続きだけよ。すぐ店に戻るわ」
「うん、それはいいんだけど…」
「来週から一週間だけ先生になるわ。よろしくね?」
ぱちん、と妙に様になるウインクを飛ばされる。
いつもなら笑ってしまう仕草だが、なんとなく胸騒ぎがする。
「お嬢様?」
「…なんでもないわ。来週から楽しみね」
パピヨンのドレスやロイド自身を求める令嬢たちが群がるのではないかとか。あの嫌な噂がロイドの、ひいてはマリーの耳に入るのではないかとか。心配は尽きないが、気になるのはそこじゃない。
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