地平線のかなたで

羽月蒔ノ零

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第五章

地平線のかなたで

「なーんか変だったから、尾行してきたのさ。しかしまさかこんなことになるとはなあ」

「やっぱり、優莉が時間を止めてくれたのか。それに、誠志郎とミューまで」

「もしもの時のために、みんなにも来てもらったんだ。レーコさんはどうしても手が離せないらしくて今は来れないけど、あとから来るって言ってた。……さーて、どうしたもんかな、この車とこの運転手。とりあえずこの女の子を、念のため安全な場所に移動させよう」

 ミューの力で女の子を自転車ごと持ち上げ、10メートルほど後ろに移動させた。

「そしてこの車は……、運転手の奴、かなりびっくりしてやがる。お前が悪いんだろうが。そうだ、ミューの力で車をひっくり返しちゃおう!」

 またまたミューの力で運転手を外に出したあと、車を持ち上げて少し後退させ、180度ひっくり返して地面に置いた。


「……あれ?」ミューが何か不思議そうにしている。

「あー、よそ見してますね。完全に」
 誠志郎が車に触れながらそう言っていた。どうやら運転手のよそ見が事故の原因のようだ。

「……あれ?」誠志郎もミューと同じように、何か不思議そうにしている。

「2人ともどうしたの?」優莉も不思議そうな顔をしながら2人にそう尋ねた。

「力が……、戻ってるかも……?」
「ミューさんもですか!僕もそう感じました」

「ねえ、優莉ちゃんはどう? 時間を止めた世界、まだあの違和感残ってる?」

「……あれ? そういえば……、戻ってる! 澄みきってるよ! 前の状態に戻ってる! ということは……、世界は救われるんだ!! ねえ、咲翔はどう? 今、どんな未来が見えてる?」

 優莉にそう聞かれ、俺は目を閉じてみた。


 すると、あの暗闇が消えていた。

 10年前に突如現れ、徐々に徐々にその不気味な体を増長させ、やがて未来空間のすべてを覆い尽くしてしまうほど巨大に膨れ上がり、まるで何もかもを強引にむしり取ろうとするかのように傲然ごうぜんと待ち構えていたあのまわしく恐ろしい暗闇が、跡形もなく、完全に消滅していた。
 
 更に、未来の風景がぼやけることなく、はっきりと見えるようになっていた。
 未来空間全体を覆っていた『よどみ』のようなものも、完全に消え去っている。

 まるで何事もなかったかのように、未来空間はかつての平穏を取り戻していた。   

「戻ってる……。戻ってるよ! 俺も戻ってる……。それと、なんか俺の人生、もっともっと続くみたい!」
「お! よかったじゃん!」

 俺たちは向かい側の歩道へ移動し、優莉が時間停止を解除した。


(……あれ? 私なんでこんなところにいるんだろう? もっと前にいた気がするんだけど……。えーっと、たしか、向こう側から男の人が走ってきて、「止まって!」と大きな声で言われて私は急ブレーキを……。そしたらその男の人が交差点に飛び出して両手を広げて立ってて、そこへ、左側から車が……。もしあの人がいなかったら、私は今頃あの車に轢かれてたかもしれない……。いや、でもやっぱりおかしいな。どう考えても、やっぱり私、もっと前の方にいたと思うんだけど……。)

 彼女は恐る恐る前に進んで、そーっと車道を覗き込んだ。
 すると、先ほど交差点に突っ込んできたはずの車が、交差点の手前で180度ひっくり返っていた。車の隣には、運転手らしき人が立っている。

「なんだこれ? どうなってるの?」


 その子はだいぶ困惑している様子だったが、しばらくして向かい側の歩道に立っている彼らのことに気づいた。

「車に気をつけてね!」優莉が道路越しにそう声をかけた。

(あの男の人……、さっきのあの人だ! 普通にしてるけど、無傷だったのかな? いや、あのスピードとあの距離で、車が止まれるわけがない。けど、怪我してるようには見えないし……。「車に気をつけてね!」ってことは……、きっとあの女の人も、今何が起きたのかを知ってるはずだ。もうひとりの男の人も、もうひとりの女の人もきっとそうだ! あの人たちが……、あの人たちが私を助けてくれたんだ! けど、今一体何が起きたのか、そんなこと今の私が聞いたって、きっと理解できない。『助けてくれた』、『助かった』、今は、それだけでいいや!)

彼女は、「はい! ありがとうございます!」と元気に答え、再び自転車に乗り、その場をあとにした。


「中学生かな? 高校生かな? 青春だなあ。……ねえ、もし私たちがあのウイルスによる病気を発症しても、その被害は私たちだけで済むよね。たとえ発症したとしても、私たちが犠牲になることで、その代わりに数えきれないほどの命を救えるんだ。私たちがこの病気を食い止める。今、咲翔があの子を救ったように、今度は私たちが、世界中の人々と、世界中の動物たちを救ってみせる……。そう……、私たちは……、この世界の救世主になるんだ!」



「あ、玲子さんだ!」ミューが最初に気づいた。
「ごめーん。遅れちゃって。大丈夫だった?」
「うん!大丈夫だったよ!」優莉が笑顔で答える。

「玲子さんまで……忙しいのに。わざわざありがとうございます」
「いえいえ」
「あ、ついでに、あのひっくり返った車の横に立ってるおっさんに、『二度とよそ見しながら運転するな!』ってテレパシーを送ってもらっていいですか?」
「え、うん。いいよ。――二度とよそ見しながら運転するな!――」

 運転手は姿勢を正し、大きな声で「はい!」と言っていた。


「……あれ?」
「あは! レーコさんも力戻ってる? みんな戻ったんだよ!」
「うん。戻ってる! てことは、世界は救われるのかな?」
「うん! きっと、いや、絶対そうだと思う!」
「そっか……。よかった。じゃああとは、私たち5人を救わないとね。必ず治療薬を作ってみせるからね!」
「その日が来るのを楽しみに待ってます!」

「あ、そういえば、まだお菓子買ってないや」
「あ! まあ、いいや。お菓子はまた今度にしよう。よし! じゃあみんな、帰ろっか!」
 こうして俺は、みんなと一緒に病院への帰路についた。


 まだ、うまく信じることができなかった。
 俺は今、あの暗闇を越えた未来にいる。決して辿たどくことなどできないと思っていた、あの暗闇のその先に、俺は確かに存在している。


『未来は、自分の力で切り開くもの』


 なんとなく、ずっと、そう思っていた。
 けど、本当はそうじゃない。そうじゃなかったんだ。

 自分の力だけじゃ前に進めそうにないのなら、誰かの力を借りてもいいし、誰かに助けを求めてもいい。誰かに、泣きついたっていいんだ。

 未来は、自分ひとりの力だけではなく、誰かに助けられながら、そして誰かを助けながら、誰かと共に、切り開いていくものなんだ。


 夢にまで見た、みんなとの未来。何気なく、当たり前のようで、なんてことないようなこの『奇跡』を、俺は一時いっときも無駄にすることなく、全力で、精一杯生きていきたい。


 もう一度、そっと目を閉じ、未来を覗いてみた。
 今さっき見えたあの光景が、決して一時的な幻覚などではないことを、どうしても確かめたかったからだ。

 けれど、それはいらぬ心配であった。
 

 まるで春の日のように穏やかで、冬の日のように澄みきった、その不思議な空間の遥か遠く、地平線のかなたで、未来が力強く、光り輝いていた。
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