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エピローグ
エピローグⅡ
――日本感染症研究所。ここでは1年3ヶ月前から、BRウイルスに関する研究が進められている。
1年3ヶ月に亘る研究の結果、BRウイルスに関する様々なことが明らかになってきた。
まず、感染経路についてだが、かねてからの仮説どおり、『目視感染』がBRウイルスの唯一の感染経路であり、空気感染、接触感染、飛沫感染など、その他の経路で感染することはないことが解明され、説の正しさが立証された。
BRウイルスの感染者は現在も日本の医療機関で生活を送る5名のみに留まっており、新規の感染者は見つかっていない。
潜伏期間はおそらく1年10ヶ月ほどとされており、人工知能やスーパーコンピュータの予測でも、やはり感染から1年10ヶ月後に、眠るように亡くなってしまう可能性が高いことが示されている。
しかし、幸いなことに、治療薬の完成はもう間近であり、治療薬にはワクチンのように予防効果もあることがわかっている。
「藤野博士、先ほどの実験データの解析結果です」
「あ、宮園さん。ありがとうございます」
「ちゃんと休養なさってますか? 決してご無理はなさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます。宮園さんこそ、ご自愛ください」
「ありがとうございます。私も彼らも、本当に感染者なのかと疑ってしまうくらい、毎日元気に暮らしていますよ」
「それは何よりです。治療薬はもうまもなく完成します。必ず皆さんを救ってみせます」
午後、藤野は食堂で少し遅めの昼食をとっていた。
「藤野博士、おはようございます! どうですか調子は? うまくいきそうですか?」
同僚の峰岸愛子が隣の席にやって来た。
「あ、峰岸さん。おはようございます。治療薬はもうまもなく完成しそうです。宮園さんのメモに、治療薬はおよそ1年10ヶ月の潜伏期間内に投与することが重要だと記されていましたが、なんとか間に合いそうです。断言してもいいでしょう。この闘いに勝利するのは我々です。感染者5名を全員助けてみせます」
「ああ。本当に素晴らしいよ。感動して涙が出てきた……」
これまた同僚の伊澤光太郎が、いつの間にか峰岸の隣でラーメンを食べながら泣いていた。
「うわ、伊澤! いつの間に……。ってほんとに泣いてるこいつ。博士、気をつけた方がいいよ!」
「気をつけるって何のことだよ!俺はただ感動したから涙を流しているだけさ。だって、藤野さんは、この世界の救世主になるんだよ! 本当に凄いことだよ……」
「いえ……、決して私だけの力ではありません……」
「え……、それはつまり、周りにいる人たちの……、つまり、俺のおかげってことですか!?」
「調子乗ってんじゃねえぞこの野郎! ラーメンに水混ぜてめっちゃ薄くするぞ」
「すいません」
「もうさ、次元が違いすぎるんだよ。藤野ちゃんと私たちは。この歳でもう博士号を取得してるんだから。普通だったらまだ高校2年生のはずなのに」
「そうだよなあ。俺が高2の頃なんて、数学の単位落としそうでやばかったもん。ましてや海外の大学院で博士号なんて……。あ、でも博士号取ったのは16歳の時なのか……。異次元だ。やっぱり天才の中の天才の中の天才だよなあ藤野さんは。すげえ」
「いえいえ、そんな。もちろん皆さんのおかげでもあり、支えてくれるすべての方のおかげです。けれど、私が今こうして当たり前のように生きていられるのは……」
「ん? どうしたの?」
「いえ、その、不思議な話なんですが、私、一度死んでるんです。と言うより、死んでたはずだった……」
「え? なになに? この世界のすべては数学で証明できる!って感じのあなたが、そんなオカルトじみた話するなんて珍しいね」
「ええ。あの出来事だけは、数学や物理学だけではどうやっても説明がつきません。常識では考えられない、何か不思議な力がはたらいたとしか……」
「一体、藤野ちゃんの過去に何があったの?」
「はい……。あれは、今から1年ほど前、私が16歳だった頃の話です。当時日本に帰国していた私は、自転車で友達の家に向かってしました。すると、向こう側から歩いてきた男性が、驚いた表情で急にこちらに向かって走ってきたんです。そして、『止まって!』と大声で叫んでいました。私はびっくりして急ブレーキをかけたんです。そしてその男性は、横断歩道のど真ん中で突然立ち止まって左側を向き、両手を大きく広げながら、何かを睨みつけていました。すると次の瞬間、左側から猛スピードで車が突っ込んできたんです。もしその男性がいなければ、私はその車に跳ね飛ばされて死んでいたと思います」
「……そんなことがあったんだ。……ということは、その男の人が身代わりになって……」
「いえ、それが、そうではないんです。気がつくと、私はなぜかさっきいた場所から10メートルほど後退していました。何が起こったのかさっぱりわかりませんでしたが、ゆっくり前進し、恐る恐る車道を覗いてみると、車は180度ひっくり返り、運転手らしき人が車の隣に立っていて、先ほどの男性の姿も見当たりませんでした。困惑しながら辺りを見回してみると、車道を挟んだ向かい側の歩道に、先ほどの男性と、女性が2人、そしてもう1人男性が立っていて、女の方が、『車に気をつけてね!』って言ってくださったんです。その時、『あの人たちが私を助けてくれたんだ』と確信しました。一体何をどうやったのかはまったくわかりませんでしたし、もちろんとても気にはなりましたが、たとえそれを聞いたところで、当時の自分には到底理解できないだろうと思い、何も聞かずにお礼だけ言って、その場をあとにしました」
「……」峰岸は言葉が出てこなかった。
「ですが、あの時一体何が起きたのか、その謎を解明したいという思いは私の中で日に日に強くなっていきました。その後、様々な観点からその謎を解明しようとしましたが、それは今もできないまま。まったく手がかりすら掴めていません……」
「……不思議なことって、あるもんなんだねえ……。その人たちとは、その後どこかで会ったことはあるの?」
「いえ、一度も……。もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれないなとも思っています」
「そうなんだ……。けど、BRVの研究において最も貢献したのは、絶対に藤野ちゃんだと思う。だからあなたは、やっぱりこの世界の救世主だよ」
「……いえ、私では……。もしもこの世界に救世主がいるとするのなら、それは決して私なんかではなく、私を助けてくれたあの方々と、そして自らの命を懸けてBRVの世界的な流行を防いでくれた、感染者の方々です。私を助けてくれたあの方々は、私に命を与えてくださいました。生きることを選ばせてくれました。私にとってあの方々は、あらゆる神々よりも、あらゆる英雄たちよりも尊い存在です。そして、BRVの流行を未然に防いでくれた感染者の方々が、この世界を救ったのです。現にBRVの研究を飛躍的に高めたのは、感染者の1人でもある、宮園さんです。宮園さんの持ち帰ったメモと治療薬の素がなければ、今でも何もわかっていなかったかもしれませんし、治療薬も作れていなかったかもしれません。確かに私は、BRVや治療薬に関していくつかの発見をすることができました。人間や動物にも投与可能な治療薬を作り出すことももうすぐできそうです。けれど、それは私を救ってくれたあの方々のおかげであり、宮園さんのおかげです。そしてBRVの世界的な大流行を防いでくれているのは、宮園さんをはじめとした5人の感染者の方々です。私のしてきたことは、きっと補助的なものに過ぎません」
「そっかあ……。救世主って、なんとなく1人のイメージだったけど、実はたくさんいるんだね」
「ええ。誰か1人の力で救えるほど、この世界は甘くないんです。きっと……」
「なんか凄い意外だった。藤野ちゃんにそんな過去があったなんて……」
「めちゃくちゃ凄い不思議体験ですね。ロマンがあるなあ」
「あ、伊澤、お前まだいたのか」
「いやいや、ずっといましたよ!」
「ふふっ。では、そろそろ研究に戻ります」
BRウイルス研究の柱として活躍している藤野美咲子博士。
若干17歳でありながら、すでに海外の大学院で博士号を取得している。
人並み外れた記憶力、思考力、想像力、発想力の持ち主であり、その能力をふんだんに活かし、これまでに様々な新発見を重ねてきた。
実は彼女も特殊能力者であり、その常識外れの頭脳はその賜物であるものの、本人はそれに気づいていない。
数日後、遂にBRウイルスの治療薬が完成した。
5人の感染者のもとに、ようやく待望の薬が届くこととなった。
重篤な副作用が生じる可能性はまずないことが判明している。
『ほのぼのラウンジ』に集っていた4人に対し、玲子さんから治療薬を投与する準備が整ったことが伝えられた。
「おー! いよいよこの時が来たかあ。長かったなあ」と言いながら優莉は伸びをしている。
「やっとウイルスから解放されるのか。でもいつの間にか、ここでの生活がだいぶ気に入ってしまった。ここに引っ越せないかなあ?」
「いやあ、これでいよいよ京都に戻ることになります。腕がなまっていないか心配です。師匠に怒られないといいのですが」
「大丈夫だよ! 誠志郎の和菓子はすっごいおいしいから! わたしもここでの生活に慣れちゃったなあ。実家よりも快適かも……」
「ミューちゃんまでそんなこと言ってるの? もうここには住めませんよ!」
「えー」
「えー」
咲翔とミューが、素敵なハーモニーを奏でた。
「もう。しょうがないなあ。はい、一旦みんな病室に戻って!」玲子さんが、とても嬉しそうな表情をしながらそう言った。
しばらくして、いつもお世話になっている先生や看護師さんがやってきた。少し緊張したが、薬の投与はあっさりと終わった。
そして後日、また改めて検査を受けた。
BRウイルスは、5人の体から完全に消滅したようだった――。
遂にこの病院を去ることになった5人は、それぞれ退院の準備をしていた。
玲子さんいわく、最後に研究所の方々から完治祝いの花束をいただくことになったらしい。
5人は退院の準備を終え、エレベーターから最も近い、優莉が使用していた部屋に集合し、研究員の方々の到着を待った。
「なんか緊張してきたな。あとどれくらい?」
優莉にそう聞かれた咲翔は、目を閉じ、未来を見た。
「えーっと、この部屋に研究所の方々が到着するのはあと2分……、ん!?」
「え? どうしたの?」
「いや、ちょっとね……(あの人……、間違いない! あの時の……!)」
「え? なに?」
「内緒です」
「お! なんやその微笑みは!? めっちゃ気になるんやけど! 教えろコノヤロ~!」
「大丈夫。すぐにわかるよ!」
エレベーターを降りた研究員一同は、5本の花束を持ち、BRウイルスの元感染者が集う病室の前へと到着した。
「めっちゃ緊張します。ちゃんと渡せるかな……」
「大丈夫? 藤野ちゃん」同僚の峰岸が心配そうに尋ねた。
「ええ、大丈夫です」
言葉とは裏腹に、相当緊張しているのがわかる。
「……よし。じゃあ……、開けるよ?」
病室のドアが開いた。その向こうに、研究員の方々が立っている。そのなかに、あの時の、あの子がいた。
優莉もミューも誠志郎も、あの日のことをはっきりと覚えているようだった。
その時、緊張の糸がプツンと切れる音が、聞こえたような気がした。
彼女の緊張は、今しがた始まったものではない。ずっとずっと、彼女の心は張り詰めていたのだ。
『自分が何とかしなければ』という使命感、義務感。
『あなたにならできる、あなたにしかできない』という期待、重圧。
このウイルスと闘うことを決めたその時から、たった今この瞬間まで、心の糸がピンと張ったまま、見えない重りに押し潰されそうになりながら、ずっとずっと、極限の状態で生きてきたのだ。
しかし今、彼女はようやく解放された。
特別な力を持つ者がその力ゆえに必ずぶつかる、苦悩、絶望、孤独。
その忌まわしき呪縛から、彼女はようやく解き放たれたのだ。
オレンジ、ピンク、黄色――。色鮮やかに咲き誇る美しい花束を持った、まだあどけなさの残るその天才科学者は、驚き、そして誰よりも可憐に微笑み、そして、誰よりも大きな声で、泣いた。
1年3ヶ月に亘る研究の結果、BRウイルスに関する様々なことが明らかになってきた。
まず、感染経路についてだが、かねてからの仮説どおり、『目視感染』がBRウイルスの唯一の感染経路であり、空気感染、接触感染、飛沫感染など、その他の経路で感染することはないことが解明され、説の正しさが立証された。
BRウイルスの感染者は現在も日本の医療機関で生活を送る5名のみに留まっており、新規の感染者は見つかっていない。
潜伏期間はおそらく1年10ヶ月ほどとされており、人工知能やスーパーコンピュータの予測でも、やはり感染から1年10ヶ月後に、眠るように亡くなってしまう可能性が高いことが示されている。
しかし、幸いなことに、治療薬の完成はもう間近であり、治療薬にはワクチンのように予防効果もあることがわかっている。
「藤野博士、先ほどの実験データの解析結果です」
「あ、宮園さん。ありがとうございます」
「ちゃんと休養なさってますか? 決してご無理はなさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます。宮園さんこそ、ご自愛ください」
「ありがとうございます。私も彼らも、本当に感染者なのかと疑ってしまうくらい、毎日元気に暮らしていますよ」
「それは何よりです。治療薬はもうまもなく完成します。必ず皆さんを救ってみせます」
午後、藤野は食堂で少し遅めの昼食をとっていた。
「藤野博士、おはようございます! どうですか調子は? うまくいきそうですか?」
同僚の峰岸愛子が隣の席にやって来た。
「あ、峰岸さん。おはようございます。治療薬はもうまもなく完成しそうです。宮園さんのメモに、治療薬はおよそ1年10ヶ月の潜伏期間内に投与することが重要だと記されていましたが、なんとか間に合いそうです。断言してもいいでしょう。この闘いに勝利するのは我々です。感染者5名を全員助けてみせます」
「ああ。本当に素晴らしいよ。感動して涙が出てきた……」
これまた同僚の伊澤光太郎が、いつの間にか峰岸の隣でラーメンを食べながら泣いていた。
「うわ、伊澤! いつの間に……。ってほんとに泣いてるこいつ。博士、気をつけた方がいいよ!」
「気をつけるって何のことだよ!俺はただ感動したから涙を流しているだけさ。だって、藤野さんは、この世界の救世主になるんだよ! 本当に凄いことだよ……」
「いえ……、決して私だけの力ではありません……」
「え……、それはつまり、周りにいる人たちの……、つまり、俺のおかげってことですか!?」
「調子乗ってんじゃねえぞこの野郎! ラーメンに水混ぜてめっちゃ薄くするぞ」
「すいません」
「もうさ、次元が違いすぎるんだよ。藤野ちゃんと私たちは。この歳でもう博士号を取得してるんだから。普通だったらまだ高校2年生のはずなのに」
「そうだよなあ。俺が高2の頃なんて、数学の単位落としそうでやばかったもん。ましてや海外の大学院で博士号なんて……。あ、でも博士号取ったのは16歳の時なのか……。異次元だ。やっぱり天才の中の天才の中の天才だよなあ藤野さんは。すげえ」
「いえいえ、そんな。もちろん皆さんのおかげでもあり、支えてくれるすべての方のおかげです。けれど、私が今こうして当たり前のように生きていられるのは……」
「ん? どうしたの?」
「いえ、その、不思議な話なんですが、私、一度死んでるんです。と言うより、死んでたはずだった……」
「え? なになに? この世界のすべては数学で証明できる!って感じのあなたが、そんなオカルトじみた話するなんて珍しいね」
「ええ。あの出来事だけは、数学や物理学だけではどうやっても説明がつきません。常識では考えられない、何か不思議な力がはたらいたとしか……」
「一体、藤野ちゃんの過去に何があったの?」
「はい……。あれは、今から1年ほど前、私が16歳だった頃の話です。当時日本に帰国していた私は、自転車で友達の家に向かってしました。すると、向こう側から歩いてきた男性が、驚いた表情で急にこちらに向かって走ってきたんです。そして、『止まって!』と大声で叫んでいました。私はびっくりして急ブレーキをかけたんです。そしてその男性は、横断歩道のど真ん中で突然立ち止まって左側を向き、両手を大きく広げながら、何かを睨みつけていました。すると次の瞬間、左側から猛スピードで車が突っ込んできたんです。もしその男性がいなければ、私はその車に跳ね飛ばされて死んでいたと思います」
「……そんなことがあったんだ。……ということは、その男の人が身代わりになって……」
「いえ、それが、そうではないんです。気がつくと、私はなぜかさっきいた場所から10メートルほど後退していました。何が起こったのかさっぱりわかりませんでしたが、ゆっくり前進し、恐る恐る車道を覗いてみると、車は180度ひっくり返り、運転手らしき人が車の隣に立っていて、先ほどの男性の姿も見当たりませんでした。困惑しながら辺りを見回してみると、車道を挟んだ向かい側の歩道に、先ほどの男性と、女性が2人、そしてもう1人男性が立っていて、女の方が、『車に気をつけてね!』って言ってくださったんです。その時、『あの人たちが私を助けてくれたんだ』と確信しました。一体何をどうやったのかはまったくわかりませんでしたし、もちろんとても気にはなりましたが、たとえそれを聞いたところで、当時の自分には到底理解できないだろうと思い、何も聞かずにお礼だけ言って、その場をあとにしました」
「……」峰岸は言葉が出てこなかった。
「ですが、あの時一体何が起きたのか、その謎を解明したいという思いは私の中で日に日に強くなっていきました。その後、様々な観点からその謎を解明しようとしましたが、それは今もできないまま。まったく手がかりすら掴めていません……」
「……不思議なことって、あるもんなんだねえ……。その人たちとは、その後どこかで会ったことはあるの?」
「いえ、一度も……。もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれないなとも思っています」
「そうなんだ……。けど、BRVの研究において最も貢献したのは、絶対に藤野ちゃんだと思う。だからあなたは、やっぱりこの世界の救世主だよ」
「……いえ、私では……。もしもこの世界に救世主がいるとするのなら、それは決して私なんかではなく、私を助けてくれたあの方々と、そして自らの命を懸けてBRVの世界的な流行を防いでくれた、感染者の方々です。私を助けてくれたあの方々は、私に命を与えてくださいました。生きることを選ばせてくれました。私にとってあの方々は、あらゆる神々よりも、あらゆる英雄たちよりも尊い存在です。そして、BRVの流行を未然に防いでくれた感染者の方々が、この世界を救ったのです。現にBRVの研究を飛躍的に高めたのは、感染者の1人でもある、宮園さんです。宮園さんの持ち帰ったメモと治療薬の素がなければ、今でも何もわかっていなかったかもしれませんし、治療薬も作れていなかったかもしれません。確かに私は、BRVや治療薬に関していくつかの発見をすることができました。人間や動物にも投与可能な治療薬を作り出すことももうすぐできそうです。けれど、それは私を救ってくれたあの方々のおかげであり、宮園さんのおかげです。そしてBRVの世界的な大流行を防いでくれているのは、宮園さんをはじめとした5人の感染者の方々です。私のしてきたことは、きっと補助的なものに過ぎません」
「そっかあ……。救世主って、なんとなく1人のイメージだったけど、実はたくさんいるんだね」
「ええ。誰か1人の力で救えるほど、この世界は甘くないんです。きっと……」
「なんか凄い意外だった。藤野ちゃんにそんな過去があったなんて……」
「めちゃくちゃ凄い不思議体験ですね。ロマンがあるなあ」
「あ、伊澤、お前まだいたのか」
「いやいや、ずっといましたよ!」
「ふふっ。では、そろそろ研究に戻ります」
BRウイルス研究の柱として活躍している藤野美咲子博士。
若干17歳でありながら、すでに海外の大学院で博士号を取得している。
人並み外れた記憶力、思考力、想像力、発想力の持ち主であり、その能力をふんだんに活かし、これまでに様々な新発見を重ねてきた。
実は彼女も特殊能力者であり、その常識外れの頭脳はその賜物であるものの、本人はそれに気づいていない。
数日後、遂にBRウイルスの治療薬が完成した。
5人の感染者のもとに、ようやく待望の薬が届くこととなった。
重篤な副作用が生じる可能性はまずないことが判明している。
『ほのぼのラウンジ』に集っていた4人に対し、玲子さんから治療薬を投与する準備が整ったことが伝えられた。
「おー! いよいよこの時が来たかあ。長かったなあ」と言いながら優莉は伸びをしている。
「やっとウイルスから解放されるのか。でもいつの間にか、ここでの生活がだいぶ気に入ってしまった。ここに引っ越せないかなあ?」
「いやあ、これでいよいよ京都に戻ることになります。腕がなまっていないか心配です。師匠に怒られないといいのですが」
「大丈夫だよ! 誠志郎の和菓子はすっごいおいしいから! わたしもここでの生活に慣れちゃったなあ。実家よりも快適かも……」
「ミューちゃんまでそんなこと言ってるの? もうここには住めませんよ!」
「えー」
「えー」
咲翔とミューが、素敵なハーモニーを奏でた。
「もう。しょうがないなあ。はい、一旦みんな病室に戻って!」玲子さんが、とても嬉しそうな表情をしながらそう言った。
しばらくして、いつもお世話になっている先生や看護師さんがやってきた。少し緊張したが、薬の投与はあっさりと終わった。
そして後日、また改めて検査を受けた。
BRウイルスは、5人の体から完全に消滅したようだった――。
遂にこの病院を去ることになった5人は、それぞれ退院の準備をしていた。
玲子さんいわく、最後に研究所の方々から完治祝いの花束をいただくことになったらしい。
5人は退院の準備を終え、エレベーターから最も近い、優莉が使用していた部屋に集合し、研究員の方々の到着を待った。
「なんか緊張してきたな。あとどれくらい?」
優莉にそう聞かれた咲翔は、目を閉じ、未来を見た。
「えーっと、この部屋に研究所の方々が到着するのはあと2分……、ん!?」
「え? どうしたの?」
「いや、ちょっとね……(あの人……、間違いない! あの時の……!)」
「え? なに?」
「内緒です」
「お! なんやその微笑みは!? めっちゃ気になるんやけど! 教えろコノヤロ~!」
「大丈夫。すぐにわかるよ!」
エレベーターを降りた研究員一同は、5本の花束を持ち、BRウイルスの元感染者が集う病室の前へと到着した。
「めっちゃ緊張します。ちゃんと渡せるかな……」
「大丈夫? 藤野ちゃん」同僚の峰岸が心配そうに尋ねた。
「ええ、大丈夫です」
言葉とは裏腹に、相当緊張しているのがわかる。
「……よし。じゃあ……、開けるよ?」
病室のドアが開いた。その向こうに、研究員の方々が立っている。そのなかに、あの時の、あの子がいた。
優莉もミューも誠志郎も、あの日のことをはっきりと覚えているようだった。
その時、緊張の糸がプツンと切れる音が、聞こえたような気がした。
彼女の緊張は、今しがた始まったものではない。ずっとずっと、彼女の心は張り詰めていたのだ。
『自分が何とかしなければ』という使命感、義務感。
『あなたにならできる、あなたにしかできない』という期待、重圧。
このウイルスと闘うことを決めたその時から、たった今この瞬間まで、心の糸がピンと張ったまま、見えない重りに押し潰されそうになりながら、ずっとずっと、極限の状態で生きてきたのだ。
しかし今、彼女はようやく解放された。
特別な力を持つ者がその力ゆえに必ずぶつかる、苦悩、絶望、孤独。
その忌まわしき呪縛から、彼女はようやく解き放たれたのだ。
オレンジ、ピンク、黄色――。色鮮やかに咲き誇る美しい花束を持った、まだあどけなさの残るその天才科学者は、驚き、そして誰よりも可憐に微笑み、そして、誰よりも大きな声で、泣いた。
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