影の子より

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 第九章:影の子

 五話 ※R

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 床に落ちた花瓶が、音を立てて砕けた。
 抵抗のために蹴った椅子は、壁に当たって転がる。木製の肘置きが欠け、それを誤って踏んだジュノーは、痛みに顔を歪めた。踵に薄く血が滲んだ。
 揉み合いになった際に、ジュノーの拳が当たり、ジャックスの口元は、赤く痣を作っていた。
「イェリに言って、を持ってこい」
 隅で縮こまっていたハサイが、彼の言葉を受け、ゲルを飛び出す。
「大人しく、……つっても、聞かねえよな」
 冷えた瞳を向け、じりじりと距離を詰める。
「ガキの存在を知られて、逆上か? 前より不利だぜ、お前」
「……あの子に手を出すな」
「取引か」
「違う。俺がここで、要件を呑んだとしても、逃してはくれないだろう?」
 その通りだ。勘の鋭い相手に、ジャックスは口角を上げた。
「じゃあ、どうする?」
 ジュノーの視線が、ジャックスの背後にある扉へ向く。続いて窓へ。二人の間に倒れた、椅子や花瓶へ。壁に掛けられた、長刀へ──
 逃げるか、闘うか。
 次の瞬間──二人は同時に動いた。
 両手首を封じられたジュノーは、それでも武器の柄を掴む。しかし振り向く直前に、ジャックスの腕が首に回った。──ちくりと、針の刺さる感触がした。
 ジャックスの手から、小さな注射器が滑り落ちる。
 慌てて彼を突き飛ばし、ジュノーは首元を押さえた。
「粋がいいな。そういう奴が、まだ抵抗できてる間に、犯すのが愉しいんだよ。分かるか?」
「何を──…」
「心配すんな、ちょっとした毒だから」
 告げられた事実に、さっと顔が青ざめる。その隙を取られ、腕を引かれた。長刀は手から離れ、身体が円卓へと打ち付けられた。背後から首根を掴まれ、起こすことができない。
 そこへ、ハサイが戻ってくる。
 薬瓶を受け取ったジャックスは、歯で栓を抜いた。それを卓上に置き、ジュノーの背に、上半身を密着させる。彼の耳元に、唇を近付けた。
「すぐには堕ちんなよ。今夜は特別に、入りだぜ」
 そして身体を起こし、ハサイに視線を移す。
「おい」
「は、はい。……あ、僕、僕、出てます」
「いや、いい。そこにいろ」
「ジャックス──…」
 ジュノーは身じろぐが、後頭を押さえられた。
「ちッ、うるっせえなあ。あまり手間掛けさせると、あのガキ呼ぶぞ」
「く……ッ」
 額が円卓に当たり、鈍い痛みを残す。徐々に力が入らなくなっていることが、嫌でも実感できた。それでも脳裏に浮かぶのは、捕らえられたヨナの顔だ。
 ジャックスは、ジュノーの下衣を下ろし、媚薬を指ですくい取った。
 肉を割る指の感触に、ジュノーは歯を食い縛る。しかし何の抵抗もなく、ぬるりと侵入を許す。それは、ここまでに慣らされている所為だ。一本。二本。──数を増やされても、幾度か出入りをするだけで、中は解れてしまう。惨めな身体を、呪わしく思った。
 ベルトを緩めたジャックスが、舌なめずりをする。
「もう十分だろ。……挿れるぜ」
 逃れようとするジュノーの背を、片手でねじ伏せ、もう片方の手で、まだ半勃ちの自身を握る。擦りながら後孔に誘導し、ゆっくりと腰を突き出した。
「……ッあ、あ、──…あ」
 男に貫かれる。
「……ッくそ」
 思いの外、狭くて熱い。繊細な皮が引きつられる痛みに、ジャックスは、苦痛の表情を浮かべた。薬の滑りがあることと、萎えていないことは、まだ救いだった。膝で脚を開かせ、尻を掴んで皮膚を拡げた。半分ほど差し込み、入口まで引く動きを、幾度も繰り返す。
 必死に息を継ぎ、ジュノーは円卓に縋る。──苦しい。痛い。熱の塊に内壁を抉られ、神経を掻きむしられる。抵抗する気は失せ、後は耐えるだけだ。
 この様を、ハサイはどのような表情で、眺めているのだろう。
 ──ふとそう考え、背が一気に冷える。
「や、あ……やめ、ジャックス──…」
「ああ……馴染んできた」
「あの子を、そ……外へ、頼……ッ」
 ジャックスは、横目でハサイの様子をうかがう。
 青白い顔を固まらせ、彼は小さく震えていた。天敵に睨まれた獲物のように、怯えた色を貼り付ける。それでも視線が外せない。動けないのだ。
 組み敷いた背を見つめてから、再びジャックスは、ハサイへ目をやった。言葉にはせず、目配せと顎だけで、外に出ろと促す。
 ハサイはよろよろと、地を這うようにして、去っていった。
「ガキには刺激的だな。……代わりに、イェリにするか」
 きつく瞼を閉じ、ジュノーは首を振る。
「……残念」
 ジャックスは笑い、ジュノーの体の下に、手を潜り込ませた。薬が効いたのか、は硬く反り返っている。握って上下に揺すってやると、びくびくと脈打った。併せて後孔が締まり、ジャックスの喉が鳴った。
 腕に目元を押し当て、ジュノーは唇を引き結ぶ。体内を侵す異物感は拭えないが、それ以上に、ジャックスの手による刺激が強かった。緩急の弾む動きに、鼻からは熱を帯びた吐息が漏れ、無意識に踵が浮く。いつも強制的に味わわされる、何かの迫り上がる感覚だ。
「は……、うう、……ッ」
「腰動いてんぞ、ほら」
「あ、と、止め……、──…ひ」
 耐え切れず、勢いよく迸る。咄嗟に腕に歯を立て、声をかき消した。ジャックスの手筒に促され、白濁した欲望が床に落ちた。脳がくらりと痺れ、全てが熱い。沸騰しそうだ。
 ジャックスは緩く絞り、絡めていた指を解く。
 一度達すると、張り詰めていた筋肉が、わずかに弛緩した。薬で鈍った神経も伴い、乱れていた呼吸が、徐々に落ち着く。
 ──それも束の間だった。
 ジュノーの髪を掴んだジャックスが、ぐいと腰を押し込んだ。
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