喫茶つむぎの見えないけど見えてる日常

石井はっ花

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喫茶つむぎ、新年

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「あけましておめでとうございます!」

ひよりは、入口ドアを思い切りよく開けた。

三が日は、休むようにとマスターから言われていたが、店は開いているということだったので、今日は両親とともに、喫茶つむぎまで来たひよりだった。

「ご挨拶が遅れまして。父の達彦と申します。娘が大変お世話になっております。マスターさんのことはいつも娘から聞いております。この娘がバイトなんてできるかどうか本当に心配しておりました。きちんと役に立っていますでしょうか」

「これは、ご丁寧にありがとうございます。いえ。お嬢さんがバイトに入ってくれて、お店が持ち直したようなものです。感謝してもしきれない。こちらこそ、ありがとうございます」

そういいながら、ふたりとも交互にお辞儀をし合っている。

「お母さん、座ろう」

ひよりは、奥のテーブル席に母・かず実とともに座った。

席についたかず実は、まずメニューを開いた。

「へえ。期間限定メニューもあるのね。おせち定食だって。面白いわね」

ひよりの父・達彦とのお辞儀合戦をやめたマスターがお冷を運んできてくれた。

「……ええ。私のような単身者は、おせちなかなか食べられませんから。そういう方向けにお出ししています」

「あ、お母さん。お雑煮もあるよ」

「ひより、あなた、朝いっぱいお餅食べたじゃないの。あら。鮭の飯寿司もあるのね」

「ええ。今年はどうしても食べたくなって、漬けてみました。いかがでしょうか」

「うーん。美味しそうね。一皿お願いします」

「かしこまりました。ひよりさんは何にします?」

「私!お雑煮!マスターのお雑煮食べてみたい!」

マスターはほっこりと笑った。

「ありがとうございます。お父様は、何になさいます?」

「そうだなぁ。僕もお雑煮お願いしようかな」

「かしこまりました。後のご注文はいかがでしょうか」

「あと、ストーブの上で煮えているお汁粉!三つお願いします」

「はい。かしこまりました」

マスターは、嬉しそうに笑うと一礼してキッチンに戻っていった。

そこへ、カラン。ドアが開いた。

「うわー。ほんと寒い。マスターただいま!」

しずが、寒さに頬を赤くして訪れた。

「……いらっしゃいませ。寒かったでしょう」

見ると、さっきまで晴れていた空は、またご機嫌を悪くして、吹雪いていた。

「あ!しず!あけましておめでとうございますー!」

「あけましておめでとうございます!ひより。今年もよろしくお願いします」

「こっちこそ!よろしくお願いします」

「君が、しずさんだね」

そこへ、父・達彦が声を掛ける。

「ひよりが、いつもお世話になっています。僕は父親です。ひよりと仲良くしてくれて、ありがとうね」

「ああ、しずさん。ご無沙汰しています。ひよりの母です。よかったら、ご一緒しませんか?」

「ありがとうございます。私もひよりさんに仲良くしてもらっていて、本当に感謝してます。でも、せっかくの一家団欒にお邪魔してしまうのは……」

断ろうとしたしずの後ろから、配膳を手伝おうとしていたひよりが、声をかけた。

「お母さん!……それ、いい考えだわ。うん!しず、一緒にご飯食べよう!」

「いえ……迷惑になっちゃいますから」

固辞しようとするしずを意に介せず、ひよりは、その手を引っ張ってソファに座らせた。

「僕たちは注文しちゃったけど、しずちゃん。君は何を頼む?」

「あ。お父さん。しずはいつも日替わり定食頼んでるの。今日もそうするの?しず?」

「うん……。皆さんは何を頼まれたんですか?」

と、しずが聞こうとした時。

「お待たせいたしました」とマスターが注文した料理を運んできた。

「わー。美味しそう!」

鮭の飯寿司は、しっかりと漬けられており、白菜と人参、生姜が利いている。また、ところどころに入っている粒はいくらだ。そして、鮭がつややかでいくつもゴロゴロと入っていた。

「こんな本格的な鮭の飯寿司は、久しぶりだわ」

「へー。そうなんだ」というひよりは、既に左手にお雑煮を持っていた。

小さな丸餅が二つ入った、鶏ガラでとったすまし汁に鶏肉とほうれん草と玉ねぎそして三つ葉が入っている。

「各家庭によって違うとは、言われてるけど、このお雑煮も本当においしいなぁ」

達彦が、空にする勢いでお雑煮の椀に取り掛かっている。

「みんな。お汁粉もおいしいわよ」

「なんか、皆さんの食べてるの見てたら、すごく食欲出てきた。マスター。私にもお汁粉ください」

滅多に追加注文しないしずが、お汁粉の甘く優しい香りに耐えきれなくなったようだ。

「あ、私も!マスターお汁粉おかわり。お父さんは?」

「じゃあ、僕も!」

しずがいつも頼む日替わり定食が運ばれてくる前に、お汁粉が到着した。

「お汁粉、お待たせしました」

「ありがとうございます」

「ねぇ、ひより、口元小豆ついたままよ」

しずが、ひよりの口元についた小豆を紙ナプキンで拭き取ろうとする。

ん。としずにひよりは口元を拭かれるままにした。

それを見ていたひよりの父母は、ニッコリと笑った。

「本日の日替わり定食です。」

マスターが、しずの前に運んできた。

焼き物として、鶏の照焼~柚子胡椒風味~。

黒豆の煮物、伊達巻のスライス、紅白なますにかまぼこの副菜。

お雑煮もセットになっている。

ご飯は、白米かほんのり昆布の炊き込みご飯が選べるが、やはり、ここは炊き込みご飯をチョイス。

そして、甘味は、小さな栗きんとんが添えられている。

父・達彦の腹が鳴った。

「失礼。でも、本当に日替わり定食も豪華で美味しそうだね」

「よかったら、お父様も召し上がりますか?」

マスターが聞いてくるが。

「いえ、もう、既に食べ過ぎだから」

と、一応は辞退しているが。

だが、一度鳴った腹は落ち着きがなかった。

達彦は観念して、

「一人前。頼んでいいかい?」

「もう、食べ過ぎよ?シェアしてくれるならいいわよ」とかず実は笑った。

「ということで、マスター。日替わり定食一人前お願いします」

マスターはくすりと笑うと、

「かしこまりました」と頭を下げた。



「ああ、美味しかったねぇ。本当においしいごちそうでした。マスターさんありがとう」

達彦は、思いもかけず腹いっぱいになった腹をさすった。

その食欲にしずは、目を丸くしていた。

無理もない。

日替わり定食を食べ終わった達彦は、デザートにケーキセット二つをぺろりと平らげている。

中肉中背というより、細身の体のどこに食べた食物が入っていったのかわからないくらいのスマートさだ。

「ひより……。お父さんって、こんなに食べる人なの?」

「ああ、言ってなかったっけ。この人、フードファイターやってたんだって。その頃のことは知らないけど」

「そうなの。たくさん食べる彼に惚れて、私からお付き合い申し込んだのよ。懐かしいわ」

「そうだったね。今日もたくさん美味しいお料理いただいたけど、僕は、かず実、君の料理がやっぱりおいしいと思うよ」

「達彦さん……」

「かず実……」

「もう!そういうのは、家でやってよ!」

ひよりは爆発寸前だ。

しずは、思わず吹き出した。

「ひよりのうちっていいなぁ」

「うん。しずもうちにおいでよ。きっと楽しいよ!」

「うん……」

しずは、少し、気後れした。

明るい家に招かれて、帰宅すると、一人きりで暗く沈む自宅の重々しい暗さが、ひどく辛くなるのだ。

けれども、自分で選んだ道でもある。

どう断ろうかと俯きかけた時、

「そうだわ!今、まだ冬休みよね。うちに泊まりにいらっしゃいな。ご馳走作るわよ!」

かず実が、張り切る。

「おお!そしたら、僕もとっておきのあれを作るぞ!」

困ったしずは、マスターに助けを求めた。

マスターは、静かな笑顔で深くうなずいた。

これは、きっと、しずにとっての吉兆になるとマスターが判断したのかもしれない。

帰宅したときのことを考えると、、その寂しさに胃が痛くなるような気持ちもあったが、それでも、迎え入れてくれるという心は、本当に嬉しかった。

「ありがとうございます。その時になったら、よろしくお願いします」

しずは深々と頭を下げた。

ひよりは、飛び上がって喜んでいた。
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