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クリスマスプレゼント
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星降る夜には、良い子にはサンタクロースが、プレゼントを届けに来てくれるという。
不惑もとうに過ぎたおっさんには、なんのプレゼントももらえないに違いないと、喫茶つむぎのマスター・山本つむぎはそう、確信していた。
裕子との永の別れから、クリスマスなど特に思いもよらなかったし、店でも特にイベントなどしてこなかった。
けれども、今年、思いもかけずひよりをバイトに招き入れてから、どうも感じが変わってきた。
多分”良いこと”なのだろうとは思うが、どうも変な感じだ。
裕子との年月、クリスマスもすべて欠かさずにやってきてはいたが、ここ数年。
裕子を思い出してしまうため、各種のイベントごとは避けてきていたのが本音だ。
けれども、ひよりを迎え入れてから、各イベントを素直に行っている。
ハロウィンに関しては、色々と支障が出るため、二の足を踏んだが。
しかし、この年になって、皆で祝うイベントごとがこんなに楽しいなんて、思わなかったのが本音だ。
「それについては、ひよりさんに感謝だな」
湿気に曇る窓を拭きつつ、降る雪をマスターは眺めていた。
*
「ねえ、しず。いつも、クリスマスってどうしてたの?」
「なによ。やぶから棒に」
マスターに聞こえないように、こそこそとひよりはしずに尋ねる。
「ここにバイトにきて、初めてのクリスマスだから、何かお礼になるものとかしたいなって思って。しずは?今までプレゼントとかあげてた?」
しずは、静かに首を振った。
「ううん。マスター、そういうの迷惑に思うのかなって思ってさ。あげられてない。ひよりは?どうしたいと思ってる?」
「そうね。どうしよう。よかったら、しずといっしょに何かあげられたら良いと思って。あ。でも、しずにも何か渡したいと思って……。うーん。どうしよう?」
「それなら、うちもその話に乗る!」
急にしずが立ち上がった。
ひよりが慌てる。
「しず!しーっ」
それを何やらこそこそやってるなぁと横目で見ていたマスターが、そんな二人を見て、ニッコリと笑った。
「ほらぁ!もう!」
「あいたた。叩かないでよ。もう」
しずをぽかぽかと叩くひよりだった。
*
「今、確認したら、クリスマスイブって木曜日だよね。お店、定休日じゃん。どうする?」
土曜日、出勤前のひよりを駅前の大型スーパーマーケットで待ち構えていたしずが開口一番に尋ねた。
「あ、その可能性は全然考えてなかった。うーん」
ひよりが俯いた。
「そしたら、その日は私もシフトないのか」
ふと、しずが思い出したように言った。
「でもさ。本当のクリスマスは二十五日っていうじゃない。だから、それに合わせてって感じでいいんじゃない?」
「あー。なるほど。で。実際、どうしよう。プレゼント。」
二人は、同じように首を傾げた。
悩みながらも、ファンシーショップを訪れるが、マスターのような男性に合うようなものは、なかなか売っていなかった。
ましてや、しずに至っては三年ほどの付き合いになるが、特にマスターのプライベートは気にしていなかったのだ。
「マスターって、何が好きなんだろ」
二人はいささかくたびれて、フードコートで休んでいた。
そこへ。
「もー、マフラーと手袋のセットなんて、ありきたりだよね!」
「そうそう!冬の定番だからって」
と、何気ない通行人の声がした。
多分、その後に続くのは、悪口の類なのかもしれない。
けれども、それは。
手詰まりだった二人にとって、明らかな光明だった。
二人は売り場に急いだ。
*
十二月二十五日。
終業式を終えたひよりは、一旦自宅に戻ってから喫茶つむぎにやってきた。
明日から冬休みの嬉しさもあるが、今日は特別だ。
出勤すると既にしずが店に来ていた。
今日は、食事前にマスター特製のホットココアを飲んでいるらしい。
その優しい香りに自分も飲みたくはなるが、これから仕事と、ぐっと我慢した。
掃除やテーブル拭きなど予定されている仕事をこなして、しずのところに来た。
しずは、足元の紙袋を指で指し示した。
ひよりは、満足そうに笑うと、しずに向かって手を振った。
今日もお店の客足はまばらだ。
夏の入り口までは、客など皆無だった店だ。
この年の雪は、ただでさえ多い。
客足など途絶えて当然だろう。
数人でも入ってくれるなら御の字だ。
マスターもゆっくりと日替わり定食の仕込みをしていた。
そこへ。
「マスター!」
しずとひよりが、マスターに呼びかけた。
「どうしました?二人揃って」
マスターは、調理の手を止めて、二人に向き合った。
「あの、いつもありがとうございます。私、ここの日替わり定食、本当に大好きで、いつも助けてもらって本当に感謝しています」
「マスター。私、まだまだ、半人前ですけど、これからも精一杯頑張って役に立つバイトになります!これからも」
「「よろしくお願いします!!」」
二人同時に頭を下げた。
「これ、クリスマスプレゼントです!受け取ってください!」
二人は、雪で少しシミの付いた紙袋をマスターに手渡した。
「え。こんな。いいんですか?」
「ふたりで、選んだんです。どうか受け取ってください」
マスターは悪いなぁと思いながら、ふたりから手渡された紙袋を手に持った。
「……これ、開けてみていいですか?」
二人は何度もうなずいた。
「素敵ですね」
マスターは、焦げ茶の長いマフラーと手袋をいつものワイシャツとベストの上から身につけてみた。
「どうですか?似合いますか?」
「似合ってます!」
「温かさはどうですか?」
「温かいです。これで、雪かきも買い出しも寒くないですね。──ふたりとも、本当にどうもありがとう」
マスターは、しずとひよりの思いに涙が出そうになっていた。
*
「本当に、人の縁は侮れないな……」
閉店後、誰もいない店内でゆっくりと自身の入れたコーヒーを啜るのが日課になっているマスターは、今日も静かに降る雪を眺めながら、一杯のコーヒーを嗜んでいた。
傍らには、しずとひより、二人からもらったマフラーと手袋のセットが置いてある。
プレゼントは断るべき、そう思っていたのだが、その実物を見た時、
(断るなんてだめよ)と耳元で声がしたのだ。
それは、聞きたくても聞けなかった最愛の人の声だった。
「裕子さん……。君は、今も、僕のそばにいてくれるんだね。ありがとう」
薄暗い部屋に置いてあるろうそくが、その時揺らいだ。
それは、マスターのありがとうにこたえるようだった。
不惑もとうに過ぎたおっさんには、なんのプレゼントももらえないに違いないと、喫茶つむぎのマスター・山本つむぎはそう、確信していた。
裕子との永の別れから、クリスマスなど特に思いもよらなかったし、店でも特にイベントなどしてこなかった。
けれども、今年、思いもかけずひよりをバイトに招き入れてから、どうも感じが変わってきた。
多分”良いこと”なのだろうとは思うが、どうも変な感じだ。
裕子との年月、クリスマスもすべて欠かさずにやってきてはいたが、ここ数年。
裕子を思い出してしまうため、各種のイベントごとは避けてきていたのが本音だ。
けれども、ひよりを迎え入れてから、各イベントを素直に行っている。
ハロウィンに関しては、色々と支障が出るため、二の足を踏んだが。
しかし、この年になって、皆で祝うイベントごとがこんなに楽しいなんて、思わなかったのが本音だ。
「それについては、ひよりさんに感謝だな」
湿気に曇る窓を拭きつつ、降る雪をマスターは眺めていた。
*
「ねえ、しず。いつも、クリスマスってどうしてたの?」
「なによ。やぶから棒に」
マスターに聞こえないように、こそこそとひよりはしずに尋ねる。
「ここにバイトにきて、初めてのクリスマスだから、何かお礼になるものとかしたいなって思って。しずは?今までプレゼントとかあげてた?」
しずは、静かに首を振った。
「ううん。マスター、そういうの迷惑に思うのかなって思ってさ。あげられてない。ひよりは?どうしたいと思ってる?」
「そうね。どうしよう。よかったら、しずといっしょに何かあげられたら良いと思って。あ。でも、しずにも何か渡したいと思って……。うーん。どうしよう?」
「それなら、うちもその話に乗る!」
急にしずが立ち上がった。
ひよりが慌てる。
「しず!しーっ」
それを何やらこそこそやってるなぁと横目で見ていたマスターが、そんな二人を見て、ニッコリと笑った。
「ほらぁ!もう!」
「あいたた。叩かないでよ。もう」
しずをぽかぽかと叩くひよりだった。
*
「今、確認したら、クリスマスイブって木曜日だよね。お店、定休日じゃん。どうする?」
土曜日、出勤前のひよりを駅前の大型スーパーマーケットで待ち構えていたしずが開口一番に尋ねた。
「あ、その可能性は全然考えてなかった。うーん」
ひよりが俯いた。
「そしたら、その日は私もシフトないのか」
ふと、しずが思い出したように言った。
「でもさ。本当のクリスマスは二十五日っていうじゃない。だから、それに合わせてって感じでいいんじゃない?」
「あー。なるほど。で。実際、どうしよう。プレゼント。」
二人は、同じように首を傾げた。
悩みながらも、ファンシーショップを訪れるが、マスターのような男性に合うようなものは、なかなか売っていなかった。
ましてや、しずに至っては三年ほどの付き合いになるが、特にマスターのプライベートは気にしていなかったのだ。
「マスターって、何が好きなんだろ」
二人はいささかくたびれて、フードコートで休んでいた。
そこへ。
「もー、マフラーと手袋のセットなんて、ありきたりだよね!」
「そうそう!冬の定番だからって」
と、何気ない通行人の声がした。
多分、その後に続くのは、悪口の類なのかもしれない。
けれども、それは。
手詰まりだった二人にとって、明らかな光明だった。
二人は売り場に急いだ。
*
十二月二十五日。
終業式を終えたひよりは、一旦自宅に戻ってから喫茶つむぎにやってきた。
明日から冬休みの嬉しさもあるが、今日は特別だ。
出勤すると既にしずが店に来ていた。
今日は、食事前にマスター特製のホットココアを飲んでいるらしい。
その優しい香りに自分も飲みたくはなるが、これから仕事と、ぐっと我慢した。
掃除やテーブル拭きなど予定されている仕事をこなして、しずのところに来た。
しずは、足元の紙袋を指で指し示した。
ひよりは、満足そうに笑うと、しずに向かって手を振った。
今日もお店の客足はまばらだ。
夏の入り口までは、客など皆無だった店だ。
この年の雪は、ただでさえ多い。
客足など途絶えて当然だろう。
数人でも入ってくれるなら御の字だ。
マスターもゆっくりと日替わり定食の仕込みをしていた。
そこへ。
「マスター!」
しずとひよりが、マスターに呼びかけた。
「どうしました?二人揃って」
マスターは、調理の手を止めて、二人に向き合った。
「あの、いつもありがとうございます。私、ここの日替わり定食、本当に大好きで、いつも助けてもらって本当に感謝しています」
「マスター。私、まだまだ、半人前ですけど、これからも精一杯頑張って役に立つバイトになります!これからも」
「「よろしくお願いします!!」」
二人同時に頭を下げた。
「これ、クリスマスプレゼントです!受け取ってください!」
二人は、雪で少しシミの付いた紙袋をマスターに手渡した。
「え。こんな。いいんですか?」
「ふたりで、選んだんです。どうか受け取ってください」
マスターは悪いなぁと思いながら、ふたりから手渡された紙袋を手に持った。
「……これ、開けてみていいですか?」
二人は何度もうなずいた。
「素敵ですね」
マスターは、焦げ茶の長いマフラーと手袋をいつものワイシャツとベストの上から身につけてみた。
「どうですか?似合いますか?」
「似合ってます!」
「温かさはどうですか?」
「温かいです。これで、雪かきも買い出しも寒くないですね。──ふたりとも、本当にどうもありがとう」
マスターは、しずとひよりの思いに涙が出そうになっていた。
*
「本当に、人の縁は侮れないな……」
閉店後、誰もいない店内でゆっくりと自身の入れたコーヒーを啜るのが日課になっているマスターは、今日も静かに降る雪を眺めながら、一杯のコーヒーを嗜んでいた。
傍らには、しずとひより、二人からもらったマフラーと手袋のセットが置いてある。
プレゼントは断るべき、そう思っていたのだが、その実物を見た時、
(断るなんてだめよ)と耳元で声がしたのだ。
それは、聞きたくても聞けなかった最愛の人の声だった。
「裕子さん……。君は、今も、僕のそばにいてくれるんだね。ありがとう」
薄暗い部屋に置いてあるろうそくが、その時揺らいだ。
それは、マスターのありがとうにこたえるようだった。
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