喫茶つむぎの見えないけど見えてる日常

石井はっ花

文字の大きさ
33 / 61

クリスマスプレゼント

しおりを挟む
星降る夜には、良い子にはサンタクロースが、プレゼントを届けに来てくれるという。

不惑もとうに過ぎたおっさんには、なんのプレゼントももらえないに違いないと、喫茶つむぎのマスター・山本つむぎはそう、確信していた。

裕子との永の別れから、クリスマスなど特に思いもよらなかったし、店でも特にイベントなどしてこなかった。

けれども、今年、思いもかけずひよりをバイトに招き入れてから、どうも感じが変わってきた。

多分”良いこと”なのだろうとは思うが、どうも変な感じだ。

裕子との年月、クリスマスもすべて欠かさずにやってきてはいたが、ここ数年。

裕子を思い出してしまうため、各種のイベントごとは避けてきていたのが本音だ。

けれども、ひよりを迎え入れてから、各イベントを素直に行っている。

ハロウィンに関しては、色々と支障が出るため、二の足を踏んだが。

しかし、この年になって、皆で祝うイベントごとがこんなに楽しいなんて、思わなかったのが本音だ。

「それについては、ひよりさんに感謝だな」

湿気に曇る窓を拭きつつ、降る雪をマスターは眺めていた。



「ねえ、しず。いつも、クリスマスってどうしてたの?」

「なによ。やぶから棒に」

マスターに聞こえないように、こそこそとひよりはしずに尋ねる。

「ここにバイトにきて、初めてのクリスマスだから、何かお礼になるものとかしたいなって思って。しずは?今までプレゼントとかあげてた?」

しずは、静かに首を振った。

「ううん。マスター、そういうの迷惑に思うのかなって思ってさ。あげられてない。ひよりは?どうしたいと思ってる?」

「そうね。どうしよう。よかったら、しずといっしょに何かあげられたら良いと思って。あ。でも、しずにも何か渡したいと思って……。うーん。どうしよう?」

「それなら、うちもその話に乗る!」

急にしずが立ち上がった。

ひよりが慌てる。

「しず!しーっ」

それを何やらこそこそやってるなぁと横目で見ていたマスターが、そんな二人を見て、ニッコリと笑った。

「ほらぁ!もう!」

「あいたた。叩かないでよ。もう」

しずをぽかぽかと叩くひよりだった。



「今、確認したら、クリスマスイブって木曜日だよね。お店、定休日じゃん。どうする?」

土曜日、出勤前のひよりを駅前の大型スーパーマーケットで待ち構えていたしずが開口一番に尋ねた。

「あ、その可能性は全然考えてなかった。うーん」

ひよりが俯いた。

「そしたら、その日は私もシフトないのか」

ふと、しずが思い出したように言った。

「でもさ。本当のクリスマスは二十五日っていうじゃない。だから、それに合わせてって感じでいいんじゃない?」

「あー。なるほど。で。実際、どうしよう。プレゼント。」

二人は、同じように首を傾げた。

悩みながらも、ファンシーショップを訪れるが、マスターのような男性に合うようなものは、なかなか売っていなかった。

ましてや、しずに至っては三年ほどの付き合いになるが、特にマスターのプライベートは気にしていなかったのだ。

「マスターって、何が好きなんだろ」

二人はいささかくたびれて、フードコートで休んでいた。

そこへ。

「もー、マフラーと手袋のセットなんて、ありきたりだよね!」

「そうそう!冬の定番だからって」

と、何気ない通行人の声がした。

多分、その後に続くのは、悪口の類なのかもしれない。

けれども、それは。

手詰まりだった二人にとって、明らかな光明だった。

二人は売り場に急いだ。



十二月二十五日。

終業式を終えたひよりは、一旦自宅に戻ってから喫茶つむぎにやってきた。

明日から冬休みの嬉しさもあるが、今日は特別だ。

出勤すると既にしずが店に来ていた。

今日は、食事前にマスター特製のホットココアを飲んでいるらしい。

その優しい香りに自分も飲みたくはなるが、これから仕事と、ぐっと我慢した。

掃除やテーブル拭きなど予定されている仕事をこなして、しずのところに来た。

しずは、足元の紙袋を指で指し示した。

ひよりは、満足そうに笑うと、しずに向かって手を振った。

今日もお店の客足はまばらだ。

夏の入り口までは、客など皆無だった店だ。

この年の雪は、ただでさえ多い。

客足など途絶えて当然だろう。

数人でも入ってくれるなら御の字だ。

マスターもゆっくりと日替わり定食の仕込みをしていた。

そこへ。

「マスター!」

しずとひよりが、マスターに呼びかけた。

「どうしました?二人揃って」

マスターは、調理の手を止めて、二人に向き合った。

「あの、いつもありがとうございます。私、ここの日替わり定食、本当に大好きで、いつも助けてもらって本当に感謝しています」

「マスター。私、まだまだ、半人前ですけど、これからも精一杯頑張って役に立つバイトになります!これからも」

「「よろしくお願いします!!」」

二人同時に頭を下げた。

「これ、クリスマスプレゼントです!受け取ってください!」

二人は、雪で少しシミの付いた紙袋をマスターに手渡した。

「え。こんな。いいんですか?」

「ふたりで、選んだんです。どうか受け取ってください」

マスターは悪いなぁと思いながら、ふたりから手渡された紙袋を手に持った。

「……これ、開けてみていいですか?」

二人は何度もうなずいた。

「素敵ですね」

マスターは、焦げ茶の長いマフラーと手袋をいつものワイシャツとベストの上から身につけてみた。

「どうですか?似合いますか?」

「似合ってます!」

「温かさはどうですか?」

「温かいです。これで、雪かきも買い出しも寒くないですね。──ふたりとも、本当にどうもありがとう」

マスターは、しずとひよりの思いに涙が出そうになっていた。



「本当に、人の縁は侮れないな……」

閉店後、誰もいない店内でゆっくりと自身の入れたコーヒーを啜るのが日課になっているマスターは、今日も静かに降る雪を眺めながら、一杯のコーヒーを嗜んでいた。

傍らには、しずとひより、二人からもらったマフラーと手袋のセットが置いてある。

プレゼントは断るべき、そう思っていたのだが、その実物を見た時、

(断るなんてだめよ)と耳元で声がしたのだ。

それは、聞きたくても聞けなかった最愛の人の声だった。

「裕子さん……。君は、今も、僕のそばにいてくれるんだね。ありがとう」

薄暗い部屋に置いてあるろうそくが、その時揺らいだ。

それは、マスターのありがとうにこたえるようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...