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剣士とチョコバナナパフェ
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一樹は雑誌から顔を上げた。手にしていたメンズファッション誌を脇に置いて、「どうした?お姉」と気の抜けた声を返す。
「お姉じゃないし。来るなり雑誌なんか読んで、だらだらしちゃってさ。ほんっと、だらしない」
ここはS市、とある住宅街の家である。
一樹と呼ばれた高校生は、やれやれとため息をついた。
一樹が「お姉」と呼んだその女性は、三つ年上の従姉だった。
彼女も負けず劣らずのため息をし返す。
「あんたさぁ、元々かっこいいのになんで家来るとそんなに中年オヤジみたいになるの」
「大きなお世話だ。ほっとけ」
「だらだらしい一樹くんにお姉さんが美味しいものを奢ってあげましょう」
「あ?遠いとこは無理だぞ」
「いや、すぐそこだってば」
二人は歩いて十分のとある喫茶店についた。
「喫茶つむぎ?こんなとこに喫茶店有ったっけ」
「なんかずっと有ったらしいんだけど、外観リニューアルしたっぽくて、この前入ってみたら、超美味かったのよ」
「へぇ!」
二人は入口のドアを開けた。
ドアベルがカランと鳴った。
*
「いらっしゃいませ」
マスターは、グラスを拭いていた手を止めて礼をする。
客足は、少しずつ戻っていたもののそれほどは多くない。
ひよりが入院し、復帰できない日にちが続くのは、痛手はあるがそれほど強いものはない。
けれども、あの元気印がいない店は少し淋しい。
数少ない常連さん達も寂しがっていた。
女性と年若い男性が連れ立って入ってきた。
男性の方は、入るなり「っす!」と元気が良かった。
どこか引き締まった雰囲気に、マスターは「何かスポーツでもしているのかしら」と思った。
二人はボックス席に座ると、メニューを見出した。
「一樹くん、なに頼んでもいいわよ!」
「ほんとうに?!お姉。俺、いっぱい食べるけど?」
「うっ。適度にね」
女性は少し焦る。
姉弟だろうか?どことなく微笑ましい。
マスターは、注文を聞くためカウンターを出た。
「あ、私、ミックスサンドとアイスコーヒー。一樹は?」
「あの、このパフェって、どんくらいのサイズっすか?」
マスターは手のひらで大きさを示しながら、
「このくらいでしょうか」と示した。
高さは十五センチほど。なかなかのボリュームだ。
「うーん。そしたらチョコバナナパフェ三つください」
「は?あんた、そんなに食べるの?」
「かしこまりました」
マスターは笑顔だ。
スポーツ少年なら、そのくらい食べて当然だ。
「あんた、腹壊すわよ」
女性の方が、驚愕している。
マスターは、カウンターに戻ると、いつものように心を込めて注文を作り始めた。
*
「ただいまー」
ドアが開き、しずが入ってくる。
遅れてドアベルがカランと鳴る。
「おかえりなさい。ひよりさんのお見舞いはいかがでしたか?」
「うん。元気そうだったよ。思ったよりヘコんでなかった。焼き菓子、ありがとうって言ってた」
「そうですか。お使いのように頼んで申し訳なかったです」
「いや、マスター、お店開けてるんだもん。しょうがないって」
そこまで話して、しずはボックス席の二人を見た。
背の高い少年が、二つ目のパフェに取り掛かっている。
「え?なんかすごい食べてるんだけど」
つい声に出していってしまう。
それもそのはずだ。
喫茶つむぎのパフェは、なかなかのボリュームなのだ。
一つ食べれば、夕食などいらないほどだ。
少年は、にやりと笑って、食べかけのスプーンで手を振ってくる。
クリームがスプーンを離れて、テーブルにぽとりと落ちた。
「ああ!一樹!食べる時は集中しなさいよ。あんたいくつになったのよ」
一樹と呼ばれは少年は、口いっぱいにバナナを頬張ると
「十七」と笑った。
周囲の女性陣は、そうじゃなくてと心のなかでツッコミを入れた。
一樹は、二個目のチョコバナナパフェを片付けると、三つ目のそれに取り掛かった。
ソフトクリームが融けかかって、チョコレートのデコレーションと少し混ざっている。
一樹はお構い無しに、どんどん食べていく。
「なんか、食欲無くなってきた」
女性が、食べかけのミックスサンドを皿に置くと、一樹が
「え?もう食べないの?もーらい!」と。
その食べかけのサンドイッチを口に放り込む。
「うわ、もう信じられない」しずがつい口に出してしまう。
周囲が固まる中、マスターだけが吹き出した。
一樹はマスターの方を見た。
「ボクの甥っ子も、スポーツしてるんですけどめちゃくちゃ食べるんです。それを思い出して。すみません」
「へぇ。何されてるんですか?」
一樹が質問した。
「甥っ子は、剣道してますね。ボクはスポーツさっぱりだめなんですけど」
「え!俺も、剣道してます!」
「こんな偶然あるんですねぇ。ちなみにどのくらい強いんですか?」
「二段っす」
もう一口、飲み込んでから一樹は続ける。
「俺、一応、北海道の大会で準優勝したんすよ。……こんな顔してて」
「あんた、それ自分で言うんだ?いっつもうちに来ては中年オヤジみたいにだらだらしてるくせに」
マスターは苦笑する。
「それは、本当に強いですね。小学生のうちの甥っ子は、いつも負けてくるんで」
「そうですか……。あ、素振り、かなりやると、早く打ち込めるようになりますよ」
「そうですか。ありがとうございます。伝えておきます」
マスターは嬉しそうな笑顔だった。
*
「お姉。今日は本当にご馳走様」
一樹はたっぷり食べたお腹を擦りながら、満足気に歩いている。
食べっぷりがいいからと、マスターの出してくれたケーキまでたらふく食べたのだ。
しかし、お代はすべて合わせて2,500円。
驚くほど安い。
女性は、少しだけホッとしながら、帰路についた。
夕暮れの空が、秋の空気を運んでいた。
「お姉じゃないし。来るなり雑誌なんか読んで、だらだらしちゃってさ。ほんっと、だらしない」
ここはS市、とある住宅街の家である。
一樹と呼ばれた高校生は、やれやれとため息をついた。
一樹が「お姉」と呼んだその女性は、三つ年上の従姉だった。
彼女も負けず劣らずのため息をし返す。
「あんたさぁ、元々かっこいいのになんで家来るとそんなに中年オヤジみたいになるの」
「大きなお世話だ。ほっとけ」
「だらだらしい一樹くんにお姉さんが美味しいものを奢ってあげましょう」
「あ?遠いとこは無理だぞ」
「いや、すぐそこだってば」
二人は歩いて十分のとある喫茶店についた。
「喫茶つむぎ?こんなとこに喫茶店有ったっけ」
「なんかずっと有ったらしいんだけど、外観リニューアルしたっぽくて、この前入ってみたら、超美味かったのよ」
「へぇ!」
二人は入口のドアを開けた。
ドアベルがカランと鳴った。
*
「いらっしゃいませ」
マスターは、グラスを拭いていた手を止めて礼をする。
客足は、少しずつ戻っていたもののそれほどは多くない。
ひよりが入院し、復帰できない日にちが続くのは、痛手はあるがそれほど強いものはない。
けれども、あの元気印がいない店は少し淋しい。
数少ない常連さん達も寂しがっていた。
女性と年若い男性が連れ立って入ってきた。
男性の方は、入るなり「っす!」と元気が良かった。
どこか引き締まった雰囲気に、マスターは「何かスポーツでもしているのかしら」と思った。
二人はボックス席に座ると、メニューを見出した。
「一樹くん、なに頼んでもいいわよ!」
「ほんとうに?!お姉。俺、いっぱい食べるけど?」
「うっ。適度にね」
女性は少し焦る。
姉弟だろうか?どことなく微笑ましい。
マスターは、注文を聞くためカウンターを出た。
「あ、私、ミックスサンドとアイスコーヒー。一樹は?」
「あの、このパフェって、どんくらいのサイズっすか?」
マスターは手のひらで大きさを示しながら、
「このくらいでしょうか」と示した。
高さは十五センチほど。なかなかのボリュームだ。
「うーん。そしたらチョコバナナパフェ三つください」
「は?あんた、そんなに食べるの?」
「かしこまりました」
マスターは笑顔だ。
スポーツ少年なら、そのくらい食べて当然だ。
「あんた、腹壊すわよ」
女性の方が、驚愕している。
マスターは、カウンターに戻ると、いつものように心を込めて注文を作り始めた。
*
「ただいまー」
ドアが開き、しずが入ってくる。
遅れてドアベルがカランと鳴る。
「おかえりなさい。ひよりさんのお見舞いはいかがでしたか?」
「うん。元気そうだったよ。思ったよりヘコんでなかった。焼き菓子、ありがとうって言ってた」
「そうですか。お使いのように頼んで申し訳なかったです」
「いや、マスター、お店開けてるんだもん。しょうがないって」
そこまで話して、しずはボックス席の二人を見た。
背の高い少年が、二つ目のパフェに取り掛かっている。
「え?なんかすごい食べてるんだけど」
つい声に出していってしまう。
それもそのはずだ。
喫茶つむぎのパフェは、なかなかのボリュームなのだ。
一つ食べれば、夕食などいらないほどだ。
少年は、にやりと笑って、食べかけのスプーンで手を振ってくる。
クリームがスプーンを離れて、テーブルにぽとりと落ちた。
「ああ!一樹!食べる時は集中しなさいよ。あんたいくつになったのよ」
一樹と呼ばれは少年は、口いっぱいにバナナを頬張ると
「十七」と笑った。
周囲の女性陣は、そうじゃなくてと心のなかでツッコミを入れた。
一樹は、二個目のチョコバナナパフェを片付けると、三つ目のそれに取り掛かった。
ソフトクリームが融けかかって、チョコレートのデコレーションと少し混ざっている。
一樹はお構い無しに、どんどん食べていく。
「なんか、食欲無くなってきた」
女性が、食べかけのミックスサンドを皿に置くと、一樹が
「え?もう食べないの?もーらい!」と。
その食べかけのサンドイッチを口に放り込む。
「うわ、もう信じられない」しずがつい口に出してしまう。
周囲が固まる中、マスターだけが吹き出した。
一樹はマスターの方を見た。
「ボクの甥っ子も、スポーツしてるんですけどめちゃくちゃ食べるんです。それを思い出して。すみません」
「へぇ。何されてるんですか?」
一樹が質問した。
「甥っ子は、剣道してますね。ボクはスポーツさっぱりだめなんですけど」
「え!俺も、剣道してます!」
「こんな偶然あるんですねぇ。ちなみにどのくらい強いんですか?」
「二段っす」
もう一口、飲み込んでから一樹は続ける。
「俺、一応、北海道の大会で準優勝したんすよ。……こんな顔してて」
「あんた、それ自分で言うんだ?いっつもうちに来ては中年オヤジみたいにだらだらしてるくせに」
マスターは苦笑する。
「それは、本当に強いですね。小学生のうちの甥っ子は、いつも負けてくるんで」
「そうですか……。あ、素振り、かなりやると、早く打ち込めるようになりますよ」
「そうですか。ありがとうございます。伝えておきます」
マスターは嬉しそうな笑顔だった。
*
「お姉。今日は本当にご馳走様」
一樹はたっぷり食べたお腹を擦りながら、満足気に歩いている。
食べっぷりがいいからと、マスターの出してくれたケーキまでたらふく食べたのだ。
しかし、お代はすべて合わせて2,500円。
驚くほど安い。
女性は、少しだけホッとしながら、帰路についた。
夕暮れの空が、秋の空気を運んでいた。
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