優しい風に背を向けて水の鳩は飛び立つ (面倒くさがりの君に切なさは似合わない)

岬 空弥

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ヤソックの本性

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 目覚めたばかりで意識が朦朧もうろうとした状態のロステルが正気に戻ったのは、ありえない場所から突如聞こえた悲痛な叫び声が、ジョナスのものだと気が付いたからだった。

大好きな妻の声を聞き間違えるはずなんてない。

では・・・ならば・・・、

自分が今、大切に抱えている人間は・・・ジョナスでは、ないの・・・か?

(こ、の、女は・・・誰だ・・・)

確かめなくてはいけないと分かっているが恐怖で体がピクリとも動かない。
だが、ドアの前に立ってこちらを見ているのは、間違いなく最愛の妻ジョナスだった。口元を手で覆い、目を大きく見開いているがその瞳にはじわじわと涙が溜まってきている。
いつの間に現れたのだろう、ヤソックが悲しそうな顔つきでジョナスを見つめ、彼女の肩に手を置いていた。

ロステルの全身がうるさいほどに脈打っていた。



これが取り返しのつかないことだと思い知らされたのは、ジョナスが何も言わずに走り去ってしまったからである。それまで妻だと思って触れていた女の頭から手を離すと、ロステルは慌ててベッドから飛び降りた。
だがジョナスを追いかけるつもりが、激しい頭痛に見舞われ床に膝をついてしまう。

「ジョナス!!ジョナス、ジョナス!!」

「ロステル、まだ寝ていないと駄目よ!」

頭がクラクラする。ジョナスではない不快な女の声に吐き気を覚える。

(ジョナスに酷い誤解を与えてしまった・・・早く追いかけて話をしないと)

痛む頭を押さえながら駆け出そうとしたロステルであったがドアを出ると直ぐに、強い突風に思いきり吹き飛ばされた。

「ロステル!!」

うめき声を漏らし廊下に転がるロステルに、先ほどまで一緒にいた女性騎士が走り寄った。まるで最愛の夫を心配する妻のようにロステルの名を何度も呼ぶ女性騎士は、涙目になりながら彼を守るように覆いかぶさった。

何が起こったのか理解できないロステルの目に入ったのは、こちらをじっと見据えるヤソックの姿だった。
冷たく据わった瞳とは裏腹に、にんまりと口角を上げた彼はすっと手を前に出した。

「ジョナスには、最初からお前なんて必要ないんだよ」

ヤソックはそう言うなり、ロステルに向かってもう一度風魔法を放った。

しがみ付くようにロステルを守っていた女性騎士もろとも勢いよく壁に激突する姿を見てヤソックは薄く笑った。

「ふっ、お前にはその女がお似合いだよ」

痛みに耐えてうずくまる二人にヤソックの声が聞こえたかどうかは分からない。お前達になど用はないとばかりに一瞥したヤソックは、ジョナスの後を追って歩き出した。






 もし、この王宮内に彼女の逃げ場所があるとするならば、それは当然ここしかないだろう。洗濯メイドジョナスの本来の居場所。

夕日が辺りを赤く染め上げている中、一人ベンチに座る彼女の髪を柔らかい風がサラサラと揺らしていた。
この時間に仲間の姿はもうない。いつも所狭しと並んでいる洗濯物も当然全て片付いている。大きなタライや洗濯板がいくつも壁に立てかけて干してあった。

そんないつもの光景が一切目に入らないのは、自分の足元から視線を上げることもできない情けない自分のせいである。
あれほど止まらなかった涙が知らないうちに乾いていた。

自分達は大丈夫、絶対大丈夫と強く思わないといけなかったのは、もしかしたら自分に言い聞かせる為だったのかもしれない。
ロステルが他の女性と噂になっていると知った時から、本当は不安で仕方がなかったんだと思う。

メイド仲間やヤソックから聞いた話を鵜呑みにするつもりなんてなかった。夫であるロステルのことは自分が一番分かっていると思っていたから・・・。
噂話を耳にする度に嫌な気持ちに支配されてしまうのは、彼が自分以外の女性に笑顔など絶対に見せないことを知っているからだ。

なのに、ジョナスは見てしまった。

自分以外の女性に優しく微笑み、彼女の体を抱き寄せていた。彼女のキスを受け入れようとそっと目を閉じた夫の姿を・・・。

ジョナスには、もう自分への言い訳が思いつかない。こうしていつまで待っていても迎えに来ないことが自分よりも彼女を優先した証拠でもある。

自分が受け入れないだけで、答えはとっくに出ているのかもしれない。
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