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ロステルの苦悩
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「妻に会わせてください」
連日姿を見せるロステルに内心うんざりしていた。
最初のうちこそドノワーズ侯爵夫妻も丁寧に対応していた。帰してほしいと言われても、息子とくっ付いているものを無理に引き離すこともできない。せめて意識が戻るまで待ってほしい。意識が戻れば医師を呼んできちんと診ていただくし、そちらにも直ぐに連絡を入れる。だからそれまではそっとしておいてほしい―――と。
しかしロステルは、妻を帰してもらえるまで毎日伺いますと言って大人しく待つことを拒否したのだ。
ただでさえ、ジョナスが自分以外の男に抱かれて眠る姿に胸が焼き切れるような嫉妬を覚えるというのに・・・。
ましてやその男の屋敷に連れて行かれたとなれば冷静でなどいられるわけがなかった。
その日、いつものように騎士団の訓練を終えたロステルを待っていたのは、それまでジョナスが使っていたベッドの前に立つカミューであった。
ヤソックの親であるドノワーズ侯爵が自分の息子だけでなくジョナスまで連れて行ってしまったと聞かされたロステルは、絶望の色を隠そうともせずに呆然とその場に立ち尽くした。
「すまない・・・。侯爵夫妻相手に私達では引き止めることが出来なかった」
相手は高位貴族であるドノワーズ侯爵だ。彼らが止めることが出来なかったのも頷ける。だが自分はジョナスの夫だ。いくら自分が一介の騎士に過ぎないからといって、一言の相談もなく勝手に妻を連れ去るなど常識的にもありえないはずだ。
「連れ戻しに行ってきます」
ロステルの怒りを滲ませた低い声に気が付くと、カミューは慌てて彼を引き止めた。
「待ちなさい。侯爵夫妻はご子息を引き取りに来られただけだから、どちらかの意識が戻って体が離れさえすれば君の奥さんは直ぐに帰してもらえるはずだよ。何かあったら連絡をもらえるよう約束もしているし、ある意味ここで見世物になるよりは侯爵家に居てもらった方が安全とも言えるんだよ。君の気持ちは分かるが、二人が離れない今の状態で連れ戻すのは無理があると思うよ」
実際、どこから聞きつけてくるのか面会謝絶にしている二人の部屋を覗こうとする者が後を絶たなかった。
水に閉じ込められた若い男女。
深い傷を負い、それでもお互いを庇い合う姿はまるで小説や絵画のようだと王宮内に広まり、神秘的な二人の姿をぜひ見せてほしいと何人もの人間がカミューの所にも押し寄せた。
水が割れた後もそのままの姿で眠り続けていると聞けば、これが真の愛のかたちだと勝手に心奪われ、ついには画家を呼び寄せる者まで現れたのだ。
これがドノワーズ侯爵夫妻が無理を言ってまで息子を連れて帰った理由の一つでもあった。
いくら事故のようなものだと言っても、既婚者であるジョナスと次期侯爵であるヤソックが抱き合っている姿に彼の両親が良い顔をするはずはない。余計な醜聞をこれ以上広めない為にも二人を屋敷に連れ帰ることが最適な対応といえよう。いくら面会謝絶としたところで、厚かましい貴族相手ではやはり限界はあるのだ。
もちろんロステルも当事者の一人だ。
ジョナスとヤソックの噂が独り歩きする中で周囲からは批判めいた言葉が聞こえてくるようにもなった。爵位の有無でヤソックと比較されたり、愛し合う二人の障害などと陰でコソコソ言われるだけならまだいい方だった。中には、ロステルと女性騎士の噂を真に受けた者から、あなたは間違っていると直接非難されることもあったのだから。
今であれば、息子を守ろうとする侯爵夫妻の気持ちも、申し訳ないと言いながら我慢を強いたカミューのことも理解できるような気がした。
心身共に疲弊する日々が続く中、それでもロステルは希望を捨てなかった。
連日姿を見せるロステルに内心うんざりしていた。
最初のうちこそドノワーズ侯爵夫妻も丁寧に対応していた。帰してほしいと言われても、息子とくっ付いているものを無理に引き離すこともできない。せめて意識が戻るまで待ってほしい。意識が戻れば医師を呼んできちんと診ていただくし、そちらにも直ぐに連絡を入れる。だからそれまではそっとしておいてほしい―――と。
しかしロステルは、妻を帰してもらえるまで毎日伺いますと言って大人しく待つことを拒否したのだ。
ただでさえ、ジョナスが自分以外の男に抱かれて眠る姿に胸が焼き切れるような嫉妬を覚えるというのに・・・。
ましてやその男の屋敷に連れて行かれたとなれば冷静でなどいられるわけがなかった。
その日、いつものように騎士団の訓練を終えたロステルを待っていたのは、それまでジョナスが使っていたベッドの前に立つカミューであった。
ヤソックの親であるドノワーズ侯爵が自分の息子だけでなくジョナスまで連れて行ってしまったと聞かされたロステルは、絶望の色を隠そうともせずに呆然とその場に立ち尽くした。
「すまない・・・。侯爵夫妻相手に私達では引き止めることが出来なかった」
相手は高位貴族であるドノワーズ侯爵だ。彼らが止めることが出来なかったのも頷ける。だが自分はジョナスの夫だ。いくら自分が一介の騎士に過ぎないからといって、一言の相談もなく勝手に妻を連れ去るなど常識的にもありえないはずだ。
「連れ戻しに行ってきます」
ロステルの怒りを滲ませた低い声に気が付くと、カミューは慌てて彼を引き止めた。
「待ちなさい。侯爵夫妻はご子息を引き取りに来られただけだから、どちらかの意識が戻って体が離れさえすれば君の奥さんは直ぐに帰してもらえるはずだよ。何かあったら連絡をもらえるよう約束もしているし、ある意味ここで見世物になるよりは侯爵家に居てもらった方が安全とも言えるんだよ。君の気持ちは分かるが、二人が離れない今の状態で連れ戻すのは無理があると思うよ」
実際、どこから聞きつけてくるのか面会謝絶にしている二人の部屋を覗こうとする者が後を絶たなかった。
水に閉じ込められた若い男女。
深い傷を負い、それでもお互いを庇い合う姿はまるで小説や絵画のようだと王宮内に広まり、神秘的な二人の姿をぜひ見せてほしいと何人もの人間がカミューの所にも押し寄せた。
水が割れた後もそのままの姿で眠り続けていると聞けば、これが真の愛のかたちだと勝手に心奪われ、ついには画家を呼び寄せる者まで現れたのだ。
これがドノワーズ侯爵夫妻が無理を言ってまで息子を連れて帰った理由の一つでもあった。
いくら事故のようなものだと言っても、既婚者であるジョナスと次期侯爵であるヤソックが抱き合っている姿に彼の両親が良い顔をするはずはない。余計な醜聞をこれ以上広めない為にも二人を屋敷に連れ帰ることが最適な対応といえよう。いくら面会謝絶としたところで、厚かましい貴族相手ではやはり限界はあるのだ。
もちろんロステルも当事者の一人だ。
ジョナスとヤソックの噂が独り歩きする中で周囲からは批判めいた言葉が聞こえてくるようにもなった。爵位の有無でヤソックと比較されたり、愛し合う二人の障害などと陰でコソコソ言われるだけならまだいい方だった。中には、ロステルと女性騎士の噂を真に受けた者から、あなたは間違っていると直接非難されることもあったのだから。
今であれば、息子を守ろうとする侯爵夫妻の気持ちも、申し訳ないと言いながら我慢を強いたカミューのことも理解できるような気がした。
心身共に疲弊する日々が続く中、それでもロステルは希望を捨てなかった。
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