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その後の二人〜ヘンリーとエマ〜

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 工房街は今日も賑わっていた。あちらこちらから、カンカン、ザクザク、ギー、と物作りの音が聞こえてくる。

「トム!リタ!お店の中のもので遊ばないの!あ、ちょうどいいところに。おかえりエマ」
店の仕事をこなしながら双子たちの世話をしていた母親は、エマの帰宅を心待ちにしていたようだ。
「ただいま、お母さん。何か手伝うことある?」
「この子達にご飯を食べさせる間、店の方を任せても大丈夫?今日は急ぎの仕事はないはずだから、そこに出てる靴を箱にしまうだけでいいし」
「はーい。任せといて」
そう言うとエマは、店の外が見える作業台に並べられた靴を整理し始めた。

「いま戻ったよ」
程なくして、父親がヘンリーと一緒に帰ってきた。
「お帰りなさい!」
元気よく出迎えたエマは、二人の話に興味深く聞き耳を立てた。

「同じ革でも、どこで、誰から仕入れるかで質も値段も全然違っただろう?それに、いつもいつまでも同じとは限らないんだ。良い仕入れ先だと思っていたら、だんだん商品の質が落ちたりすることもある」
「最も信頼できる仕入れ先がどこか、常に情報を更新していく必要がある、ということですね」
 
 ヘンリーは伯爵家を出てから、エマの父親に弟子入りという形でこの店に出入りしている。
最初は固辞していたエマの父親も、と知り、ヘンリーを弟子として扱うことにした。
正直、爵位家のおぼっちゃまが職人の生活に馴染めるのかまだ不安ではあるが、彼らのことを後押ししようと腹を括ったのだ。
「お父さん、ヘンリーはちゃんと修行してる?靴職人になれそう?」
「まだ始めたばかりだからね、これからたくさんのことを覚えて、腕を磨いていくしかない。職人なんてものは、一朝一夕になれるもんじゃないんだから」
「全くその通りです。知らないことばかりで、今はまだただただ知識を取り込む段階だと思っています。……ですが、いつか一人前の職人としてこの店を手伝えるように頑張ります」

 アカデミー卒業後、本格的に修行を始めるヘンリーが、ワトソン家に靴を売れるようになるのは、まだまだ先のお話だ。
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