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第三章
42、アズベラ第一側妃 ※オーティス視点
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――数時間後。
「セガール様、離宮に到着しました」
「オーティスご苦労様」
離宮の警備にあたる騎士たちが、瞬間移動によって南部の視察から戻ってきたセガール王太子と私に一斉に頭を下げた。
「変わったことは?」
「はいっ、殿下。特にありませんでした」
騎士からの報告にホッと胸を撫で下ろす。しかし、門からアプローチを進み離宮が見えた時、地面に転がるポル、ポム、ポニ。そして頭を下げて四つん這いになるランデルの異様な光景に警戒を強めた。
「――ル……、ランデルしっかりするんだ!」
「…………」
セガール様の声掛けにランデルは答えない。苦しそうに眉を顰めてただじっとしているだけだ。
「ポル、ポム、ポニ。起きなさい!」
こちらはまったく起きる気配がない。使い魔が主の命令に従わないなど有り得ないのだが。そして、あれだけの騎士がいながら誰一人として異変に気が付かなかった不可解さ。
「私は離宮の中を探してまいります!」
その場を飛び出し離宮内をくまなく探すもフィル様はどこにもいない。ランデルは会話ができるような状態ではないが、事態は一刻を争う。介抱されるランデルのもとへ戻り問いただした。
「レイ……モ……」
「レイモン伯爵がフィル様を連れ去ったのか!?」
ランデルは歯を食いしばりながら僅かに頭を揺らす。私と目を合わせたセガール様は黙って頷いた。
「皆よく聞け! たった今からフィル・ディーンテ第七王子。及びチャス・レイモンの捜索を開始する!」
「ランデルすまない」
――パァン!!
騒がしい中に音が響く。くたっと項垂れた彼の頬が痛々しく腫れ上がった。
「…………」
「一度ではダメか」
「オーティス!」
もうひと叩きするために振り上げた手をセガール様が咄嗟に止めた。
「しかし今はランダルしか――」
「…………殿下……これで良いんです……少し、体の自由が戻りました」
◇◇◇
ランデルはレイモン伯爵が離宮に訪れフィル様を連れ去ったこと。そして何らかの力によって体の自由を奪われていたと所々言葉に詰まりながら説明した。体に相当な負荷がかかっていたのか、今も苦しそうに深い呼吸を繰り返している。
「セガール様。以前レイモン伯爵と関わった西のラグベル侯爵も奇妙な体験をしています。もしかしたら陛下にも同じことが起きているのではありませんか?」
「確かに。この数年結ばれた契約は伯爵側に都合の良いものばかりだった。事前の調べではレイモン伯爵に魔力は無いようだったけど、不思議な力か……」
セガール様は顎に手を添えて「ううん」と唸る。だが、すぐに話を切り替えた。
「それについては後ほど話し合おう。今はフィルの救出が先だ。婚前旅行……どこに向かったのか……。諜報部隊をレイモン伯爵邸に向かわせて従者たちの動向を探らせよう。騎士団は各地に散らばって――」
「騒がしいわね」
セガール様と私は即座に口と閉ざし表情を消した。声の主は開いた扇で口元を隠し、空気も読まずに近付いてくる。セガール様は招かれざる客人に笑顔を向けた。
「アズベラ妃が心配なさることではございません。夜も更けてまいりました。どうぞお部屋にお戻りください」
アズベラ第一側妃。
彼女の一人息子アンドレアス第二王子は、セガール王子の寝所に夜な夜な姿を現した生霊事件の犯人だった。王位継承権を失った彼は精神疾患の診断を受けてアズベラ妃の生家にて療養中だという。
彼女が誰よりも敵視するこのセガール王子を、他でもない愛してやまない愛息子が恋慕っていたのだ。それは許し難い事実であっただろう。
最後までセガール王子に唆されたのだ、と主張していたというから彼女がこの判決に不服なのは明らかだ。
「まさか、フィルのために騎士団を?」
「私生児ではなく、この国の王子ですよ」
「私は一度も王子だと認めたことはないですけど……その王子は正式な婚約者と出掛けたのでしょう? それのどこがいけないのかしら、当たり前のことじゃない。あら……婚約者に逃げられっぱなしの貴方にとっては当たり前ではなかったわね。失礼」
セガール様の婚約者は長らく外国に行かれているが、逃げられっぱなしというのはいかがなものか。
アズベラ妃の控えめな笑い声と勝ち誇った顔が下品で煩わしい。そんな低レベルな笑いにセガール様はうんうんと頷き、朗らかに笑い返した。
「そうですね。婚約者がいなければ、『逃げられる』そんな恥ずかしい思いもしなくて済んだのですけど。あ……でも、こんな僕を恋い慕ってくれる人もいるんですよ」
アズベラ妃の笑みが消え、片眉がグッと持ち上がる。夜這い生霊事件を示唆されて明らかに顔色が変わった。
また、結婚についてアンドレアス王子は『王子』という絶大な肩書きがあったにもかかわらず、どの令嬢とも婚約が決まらなかった。彼が結婚に乗り気でなかった要因の一つにセガール様への恋心が関係していると思われるが、実際のところ彼の性格が悪すぎて令嬢側から断られていたというのが正しいだろう。
王子との婚約話を令嬢側から断るなど普通では考えられないが、陛下もアンドレアス王子の妻になる令嬢を不憫に思ってか特に咎めることはしなかった。
現在に至るまで様々な経緯があり、アズベラ妃の奥歯がギリッと鳴る。セガール様も爽やかな笑みを消した。
「フィルとレイモン伯爵の婚約は不当に結ばれたものです。これは誘拐ですよ。捕まえるのは犯罪者です。今は一分一秒無駄にできません。用が済んだのなら早くお戻りください」
「それは私との会話が無駄だということ!? 側妃だからバカにしてるの? 私は王の妃よ! お前の母親がいなければ私が王妃だった! あの人もあの人だけど、あなたたち親子はよく似てる。こうなることを予想していた……むしろ望んでいたくせに心配しているふりをして。アンドレアスの時のようにまたあの恥知らずを利用してるんでしょう? 捨て駒のくせに愛されてると勘違いして哀れだわ」
「アズベラ妃はとても想像力が豊かなのですね。貴方の話に一つずつ答えていくのなら、僕は貴方をバカになどしていないし、母を王妃に決めたのは父なので僕でなく陛下に直接お話しください。それから……」
セガール様の氷のような冷ややかな視線によって空気が変わった。
「フィルがレイモン伯爵と出掛けたとよくご存知でしたね。詳しく聞かせてもらえますか?」
あれほど激昂していたアズベラ妃が急に口を噤んで顔を引き攣らせた。そして、
「私は騒がしくてここに来たの! 今さっき……そう、たまたま騎士たちの話を聞いただけよ。もういいわ!」
セガール様を睨みつけ、侍女と共に早々とその場を立ち去ったのだった。
「…………あの、殿下」
煩わしいアズベラ妃の姿が見えなくなる頃、ランデルがぽつりと話し始めた。
「セガール様、離宮に到着しました」
「オーティスご苦労様」
離宮の警備にあたる騎士たちが、瞬間移動によって南部の視察から戻ってきたセガール王太子と私に一斉に頭を下げた。
「変わったことは?」
「はいっ、殿下。特にありませんでした」
騎士からの報告にホッと胸を撫で下ろす。しかし、門からアプローチを進み離宮が見えた時、地面に転がるポル、ポム、ポニ。そして頭を下げて四つん這いになるランデルの異様な光景に警戒を強めた。
「――ル……、ランデルしっかりするんだ!」
「…………」
セガール様の声掛けにランデルは答えない。苦しそうに眉を顰めてただじっとしているだけだ。
「ポル、ポム、ポニ。起きなさい!」
こちらはまったく起きる気配がない。使い魔が主の命令に従わないなど有り得ないのだが。そして、あれだけの騎士がいながら誰一人として異変に気が付かなかった不可解さ。
「私は離宮の中を探してまいります!」
その場を飛び出し離宮内をくまなく探すもフィル様はどこにもいない。ランデルは会話ができるような状態ではないが、事態は一刻を争う。介抱されるランデルのもとへ戻り問いただした。
「レイ……モ……」
「レイモン伯爵がフィル様を連れ去ったのか!?」
ランデルは歯を食いしばりながら僅かに頭を揺らす。私と目を合わせたセガール様は黙って頷いた。
「皆よく聞け! たった今からフィル・ディーンテ第七王子。及びチャス・レイモンの捜索を開始する!」
「ランデルすまない」
――パァン!!
騒がしい中に音が響く。くたっと項垂れた彼の頬が痛々しく腫れ上がった。
「…………」
「一度ではダメか」
「オーティス!」
もうひと叩きするために振り上げた手をセガール様が咄嗟に止めた。
「しかし今はランダルしか――」
「…………殿下……これで良いんです……少し、体の自由が戻りました」
◇◇◇
ランデルはレイモン伯爵が離宮に訪れフィル様を連れ去ったこと。そして何らかの力によって体の自由を奪われていたと所々言葉に詰まりながら説明した。体に相当な負荷がかかっていたのか、今も苦しそうに深い呼吸を繰り返している。
「セガール様。以前レイモン伯爵と関わった西のラグベル侯爵も奇妙な体験をしています。もしかしたら陛下にも同じことが起きているのではありませんか?」
「確かに。この数年結ばれた契約は伯爵側に都合の良いものばかりだった。事前の調べではレイモン伯爵に魔力は無いようだったけど、不思議な力か……」
セガール様は顎に手を添えて「ううん」と唸る。だが、すぐに話を切り替えた。
「それについては後ほど話し合おう。今はフィルの救出が先だ。婚前旅行……どこに向かったのか……。諜報部隊をレイモン伯爵邸に向かわせて従者たちの動向を探らせよう。騎士団は各地に散らばって――」
「騒がしいわね」
セガール様と私は即座に口と閉ざし表情を消した。声の主は開いた扇で口元を隠し、空気も読まずに近付いてくる。セガール様は招かれざる客人に笑顔を向けた。
「アズベラ妃が心配なさることではございません。夜も更けてまいりました。どうぞお部屋にお戻りください」
アズベラ第一側妃。
彼女の一人息子アンドレアス第二王子は、セガール王子の寝所に夜な夜な姿を現した生霊事件の犯人だった。王位継承権を失った彼は精神疾患の診断を受けてアズベラ妃の生家にて療養中だという。
彼女が誰よりも敵視するこのセガール王子を、他でもない愛してやまない愛息子が恋慕っていたのだ。それは許し難い事実であっただろう。
最後までセガール王子に唆されたのだ、と主張していたというから彼女がこの判決に不服なのは明らかだ。
「まさか、フィルのために騎士団を?」
「私生児ではなく、この国の王子ですよ」
「私は一度も王子だと認めたことはないですけど……その王子は正式な婚約者と出掛けたのでしょう? それのどこがいけないのかしら、当たり前のことじゃない。あら……婚約者に逃げられっぱなしの貴方にとっては当たり前ではなかったわね。失礼」
セガール様の婚約者は長らく外国に行かれているが、逃げられっぱなしというのはいかがなものか。
アズベラ妃の控えめな笑い声と勝ち誇った顔が下品で煩わしい。そんな低レベルな笑いにセガール様はうんうんと頷き、朗らかに笑い返した。
「そうですね。婚約者がいなければ、『逃げられる』そんな恥ずかしい思いもしなくて済んだのですけど。あ……でも、こんな僕を恋い慕ってくれる人もいるんですよ」
アズベラ妃の笑みが消え、片眉がグッと持ち上がる。夜這い生霊事件を示唆されて明らかに顔色が変わった。
また、結婚についてアンドレアス王子は『王子』という絶大な肩書きがあったにもかかわらず、どの令嬢とも婚約が決まらなかった。彼が結婚に乗り気でなかった要因の一つにセガール様への恋心が関係していると思われるが、実際のところ彼の性格が悪すぎて令嬢側から断られていたというのが正しいだろう。
王子との婚約話を令嬢側から断るなど普通では考えられないが、陛下もアンドレアス王子の妻になる令嬢を不憫に思ってか特に咎めることはしなかった。
現在に至るまで様々な経緯があり、アズベラ妃の奥歯がギリッと鳴る。セガール様も爽やかな笑みを消した。
「フィルとレイモン伯爵の婚約は不当に結ばれたものです。これは誘拐ですよ。捕まえるのは犯罪者です。今は一分一秒無駄にできません。用が済んだのなら早くお戻りください」
「それは私との会話が無駄だということ!? 側妃だからバカにしてるの? 私は王の妃よ! お前の母親がいなければ私が王妃だった! あの人もあの人だけど、あなたたち親子はよく似てる。こうなることを予想していた……むしろ望んでいたくせに心配しているふりをして。アンドレアスの時のようにまたあの恥知らずを利用してるんでしょう? 捨て駒のくせに愛されてると勘違いして哀れだわ」
「アズベラ妃はとても想像力が豊かなのですね。貴方の話に一つずつ答えていくのなら、僕は貴方をバカになどしていないし、母を王妃に決めたのは父なので僕でなく陛下に直接お話しください。それから……」
セガール様の氷のような冷ややかな視線によって空気が変わった。
「フィルがレイモン伯爵と出掛けたとよくご存知でしたね。詳しく聞かせてもらえますか?」
あれほど激昂していたアズベラ妃が急に口を噤んで顔を引き攣らせた。そして、
「私は騒がしくてここに来たの! 今さっき……そう、たまたま騎士たちの話を聞いただけよ。もういいわ!」
セガール様を睨みつけ、侍女と共に早々とその場を立ち去ったのだった。
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