不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ

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第三章

43、いつかは成敗されるのだ

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 拝啓、俺を心配してくださる方々へ。

 オーティス、セガール兄上、そしてランデル。俺は今、レイモン伯爵とピッタリくっついて婚前旅行先に向かっています。

 現在馬車がどの辺りを走っているのか……カーテンがぴっちり閉まっていてまったく分かりません。

 薄暗いキャビンの中で伯爵がつぶらな瞳を輝かせて言いました。

『キッス……したい』

 はて、キッス……?
 キスのことでしょうか。そういうのは普通に言いなさいね。


 ◇◇◇

「――フィ、フィル王子。貴方の美しさに目が眩んで目的地に着くまで我慢できますぇん! キッス、しますよぉ」

 半開きの目、分厚い唇を突き出したレイモン伯爵が鼻息の風量を上げる。彼の後ろから流れてくる『キッス! キッス!』のバックコーラスが俺を強制的に黄昏モードから現実に連れ戻した。

(キスしたら絶対死ぬ!!)

「ゔぅ……!!」

 だが逃げ出そうにも体は硬直したまま。声も思うように出せない。とりあえず瞬きなしの目力マックス、バッキバキの目で必死に抵抗してみた。

 ――が、伯爵は目を閉じていて意味なし。脳内では「やだーやだー」と小さな自分がジタバタとのたうち回る。そんな時だった。


『アナスタシアの小さな手が私を助けてくれたんだ』

 神のお告げが聞こえた。

 ラグベル侯爵がレイモン伯爵と鉱山の取引を行った際の記憶がないのは、今の俺と同じように未知の力で体の自由を奪われたからではないだろうか?

 ラグベル侯爵が少しずつ正気を取り戻したのは……娘のアナスタシアが何度も彼の頬をぺちぺちと叩いたから。

 この状況、ぺちぺちなんて生温いもんじゃ間に合わない。求めるのは死ぬほどの衝撃。だが体は動かない。いったいどうやったらそんな衝撃を生み出すことが……。

 俺の両目がある一点を凝視した。

(あ、あるじゃん。すぐ目の前に!)

 死ぬほどの衝撃。
 それはレイモン伯爵との『キッス』!!

「ん~♡」

 ぬぅ~と近付いてくる伯爵の分厚い唇。自由を取り戻すためには我慢するしかない。人は危険な瞬間、見え方に変化が起きると言う。まさに今、伯爵の動きが俺にはスローモーションに見えている!

 唇と唇の距離があと1センチを切った。0.9……0.8……0.5……0.3……

(うわぁぁぁ!! やっぱ無理ぃぃ!!)

 そしてもう一つ。人という生き物は生命の危機に直面した時、想像を超えた底力を発揮する!

 俺の顔がほんの僅かに横に向いた。

『ぶちゅり』

 頬に触れた柔らかな感触に、ぞわっと全身鳥肌が立つ。脳天を撃ち抜く衝撃に失神しかけながら、震える両手にありったけの力を込めて思いっ切り自分の頬を叩いた。

 そして、ゆらりと立ち上がった。

「え? なんで!? せ、洗脳が解けた? 立ったら危ないよ、王子座って」

 殺意の塊と化した俺に尻込みするレイモン伯爵。「ねっ♡ ねっ♡」と何度ウィンクされようとも、俺はこれ以上無いほど冷たく彼を見下ろした。

「誰が座るか。……洗脳? なんだその力は。好き勝手しやがって……」

 そうさ、俺には魔力も不思議な力もない。俺の武器は、

「このくそド変態がぁぁあーー!!」

 この拳だぁぁぁ!!

「ああぁぁぁ~ん♡」

(殴られて感じてんじゃねぇ!!)

 俺の右ストレートが綺麗に決まった。ドサッと倒れ込んだ伯爵の体が震えだす。

「デ、デブで根暗な私なんて……この力無しじゃ、誰にも相手にもされないじゃないですかぁ! それに私を虐めた奴らに仕返ししてやりだがっだんだもん!」

 元々大人しい人物だった……確かオーティスが言っていた。
 こいつも傷つけられた過去があるんだ。その悲しみやつらさは誰よりもよく分かる。

 最低な奴はどこにだっている。そいつらを見返してやりたいよな。同じ苦しみを味わわせてやりたいよな。

 俺にはオーティスやセガール兄上がいたけど、伯爵には痛みに寄り添って抱き締めてくれる人がいなかったのかもしれない。

「俺はやり返しは責めない。でもな、関係無い人まで巻き込んだらダメだ!」
「それは分かってたけど……」

「分かってたなら尚更悪い! お前はたくさんの罪を重ねた。罰を受けてその罪を償わなくちゃいけない。分かってるよな」
「…………うわぁぁぁん」

 レイモン伯爵の泣き声と被さるように馬のいななきが聞こえた。馬車は大きく揺れドアがこじ開けられた。

「フィル様!」
「オーティス!?」
 手を掴まれて馬車の外に引っ張り出される。

「殺す」
 オーティスの体から噴き出した黒い火の玉。それらに中も外もビッチリ覆われたキャビンが宙に浮いて「ギャァァァァ!!!!」とレイモン伯爵が叫び声を上げた。

「オーティス待って!」

「フィル、ケガはないか!?」
「セガール兄上、オーティスを止めてください! あいつの余罪を追求しなきゃ」
「頬を叩かれたのか? オーティスもっと激しく」
「はい」

「これは自分でやったんです!」
(ああ、もう!)

 伯爵の謝罪と許しを乞う叫び声は暫く静かな林道に響き続けた。そして目と口を塞がれ、魔法紐で拘束された彼はようやく騎士団によってキャビンから連れ出されたのだった。

「二人共よく俺の居場所が分かりましたね。助けに来てくれてありがとうございました。兄上、伯爵は想像以上に多くの罪を犯していると思われます」
「そのようだね」

「そうだ、ランデルは? ぽよぽよズも! 彼らは大丈夫ですか!?」
「大丈夫。みんな王宮で休んでるよ」
「良かった。ありがとうございます」
「いやいや」と兄上は笑顔で手を振る。

「フィル様……私たちが早急に貴方を見つけられたのはランデルのおかげです。それについてはまた後日話をしましょう」

 良くないことなのか、オーティスと兄上の微妙な表情の変化に微かな不安を抱く。

「……なあ、オーティス! 陛下の洗脳が解けたら、俺とレイモン伯爵の婚約はきっと白紙に戻るよ」

「そうですね」
 良かった。やっとオーティスが笑ってくれた。

 真実が明らかになれば、ラグベル侯爵のようにレイモン伯爵と不当な契約を結んだ被害者たちも救われるだろう。そして、洗脳によって彼に従っていた侍従たちも自由になれるはずだ。
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