伯爵令息は愛を叫びたい〜だが諸事情があって叫べません。なのでこっそり思い出作りを始めます〜

新川はじめ

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俺とダンスを②

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 ――『俺……ダンスの仕方を、忘れてしまった……かも』


「…………はい?」
 リリアは間の抜けた顔でパチパチと瞬きをした。

「だから……今、練習させてくれないか? このままじゃ夜会で恥をかくことになるかも……。リリア、一曲付き合ってくれないか?」

 甘え下手な人のおねだりは胸に刺さる。か弱く眉尻を下げて『君にしか頼めない』、そう思わせる仕草はずるい。

「どうしたんですかデリク様。小さな子供みたいですよ。一曲付き合うにしても、私ダンスはもう何年も踊っていませんし、もともと下手くそなんです」
「問題無いよ。どうか一曲、俺と踊ってください」

 デリクは恭しく頭を下げてリリアに手を差し出した。ここまでされたらもう断れない。リリアは渋い顔をしてデリクの手を取った。

「踏まれすぎて足がパンパンに腫れても知りませんよ」
「それもいいね」

 デリクはリリアの困り顔を楽しんでいるようだ。

「まったく……では一曲だけ」
 
 魔術店の床に大きな魔法陣が浮き上がった。どこからともなく音楽が流れてくる。瞼を閉じてデリクは耳を澄ました。

「素敵な魔法だ」

 手を取り合った二人の体が三拍子に合わせて揺れる。上手く避けてくれているのか、デリクの足はまだ無事なようだ。リードしてくれるデリクに見惚れていると、もしも魔術より元婚約者を優先していたら今頃どうなっていただろうかと、リリアはふと思った。

(こんな風に楽しくダンスを踊れる仲になっていたのかな……でも私は魔術が好きだからきっと我慢することはできないだろうし。お父様たちは私の婚約者探し、もう諦めたのかしら……)

 リリアが参ったな……と苦々しい顔をするとデリクは口を尖らせてムッとした。しかし、すぐさま元に戻して、

「リリア、考え事をしてたら俺の足を踏んでしまうよ」
 と、からかった。

「すみません、えーっとデリク様が相変わらず素敵だなって思ってました」
「本当に? 微妙な顔をしてたけど」

(よく見ていらっしゃる……)
 微妙な顔をしていた原因が結婚について悩んでいただなんて、何となくデリクには言いたくない。

「ほ、本当ですよ、デリク様の格好良さは際限がないなって思ってました。そう、お伽話の王子様みたいです」

「何それ」
 デリクが思わず吹き出す。そんな笑い方もするんだとリリアは嬉しくなった。

(デリク様と過ごしたこの数日は、きっと忘れられない一生の宝物になるんだろうな)

 彼を知るたびに積もっていく好意。気付けばリリアの胸の中は隙間がないほどぎゅうぎゅうにデリクで埋め尽くされてしまっていた。

 そして、輝かしい時間というのはあっという間に終わってしまうものだ。美しい音楽が最後の一小節を奏でる。ダンスを終えた二人は体を離してお辞儀を交わした。

「ありがとうリリア」
「いいえ。完璧なダンスでした。デリク様はやっぱり優等生です」

 デリクは手を伸ばして、そっとリリアの左手に触れた。
「俺は優等生ではないよ。ほら、今だってリリアの許可も無しに勝手に触れてる」

 デリクの少し沈んだ声に男を感じてリリアの鼓動が速くなる。急激に恥ずかしさが襲ってきた。

「呪いを解いてくれてありがとう」
 デリクの唇がリリアの手の甲にそっと触れた。

「デリク様っ……」
「じゃあニールを呼んでくるよ」

 耳まで真っ赤にしながら笑うデリクは、同じく真っ赤になったリリアを残して店を出ていった。このあとニールの売上報告を何度も聞き逃し「ニールさん、ごめんなさい。もう一度教えて」を繰り返すリリアだった。



 ◇◇◇

 その日の夜、デリクはバルコニーで夜風を頬に感じていた。この数日間の出来事はデリクの心を満たしてくれるものだった。枯れた大地に水が染み込むように、リリアのすべてがデリクの心に染み込んだ。

(リリア……今頃何をしてるんだろう)

 明日の分の魔法陣を描いているのかな、いや、もしかしたら魔導書を読んでいるのだろうか、などと考えているとコンコンと部屋の扉が叩かれた。

「デリク、わしだ。少しいいか?」
「お祖父様? どうぞ」

 デリクは「夜風が気持ち良いですよ」とデイヴィッドをバルコニーに誘った。

「本当だ……」

 デイヴィッドの声が弱々しい。それもそのはず、娘ジェナに呪いについて散々罵られていたからだ。つらい思いをしてきた彼女の気持ちを思うと『今日はとことん叱られなさい』と誰も止めに入る者はいなかった。
 デリクは、ジェナ叔母が手にするはずだった幸せが、もう一度彼女の元に巡ってくることを静かに願った。

「デリク……こんなことを言うのもあれなんじゃが、わしはマリナのことを愛していたよ。お前のお祖母様はとても温かくて陽だまりのような人だった。わしの気持ちを大事にしてくれた彼女を傷付けたりしない、そう心に誓ったんだ」

「お祖父様がお祖母様を心から愛していたこと、ちゃんと分かっています。たとえ親の決めた結婚だったとしても、互いに歩み寄って愛し合えたことを羨ましく思います。…………お祖父様、やはり婚約を解消することは無理でしょうか」

「デリク……」
「ちょっと言ってみただけです。俺は大丈夫、大切な思い出を手に入れることが出来ましたから。それにシャーロットも被害者です……」

 デイヴィッドはデリクのリリアに対する想いに気付いていたはず。愛する者と一緒になれないつらさを知っているだけに、いつかは親の決めた婚約者シャーロットと結婚しなければならないデリクのことが心配でたまらない。しかし、結局デイヴィッドは慰めになるようなことを何も言えないまま、「早く寝なさい」とデリクの肩にそっと触れて部屋を出ていった。

 静かに夜が更けていく。

「お伽話の王子様か……魔法は解けてしまったようだ……」
 デリクはリリアを想い、夜空に輝く満月と彼女が描く魔法陣を重ねた。
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