邪神〜忘れられぬ君に〜

新川はじめ

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第一章

再出発①

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 しゅうと別れたカイリたちは、守竜川しゅりゅうがわに沿って北に向かい、ひたすら泰土たいとを目指して進み続けていた。

 当初の予定では、小花たちの歩く速さでも十分に余裕を持って泰土に到着するはずだった。

 しかし、近頃は天候に恵まれていたため忘れていたが、やはり雨期。予想外に足止めをくらってしまっていた。

 雨宿りしながら進むこと数日。
 まだ体の小さな時之介ときのすけや体力の少ない小花こはるにとって、慣れない長旅は肉体的にも精神的にもつらく苦しい。次第に休憩の回数も増えていき、彼らは黒狐こっこ白狼はくろうの背に乗って移動することが多くなった。

 そんな中、今年の雨季が例年より早く終わった。今度は暑さとの戦いとなる。炎天下での旅は今まで以上に厳しくなるが、数日後に訪れる満月までにはなんとしてでも泰土に到着しなければならないと、カイリの頭の中はそのことでいっぱいだった。

 小花の力は満月の夜しか使うことができないため、その日を過ぎてしまえば次の満月まで約一月ひとつき待つことになる。一月に一度しか浄化のできない術師など必ず怪しまれるだろう。
 いらぬ疑惑を持たれないため、早く小花を自由にするためにもカイリは焦りを感じていた。


 そして気がかりがもう一つ。

 カイリは小花に柊を傷つけるようなことを言わせてしまい、罪悪感を抱いていた。

 小花は普段はなんともないふりをしているが、柊のことをずっと考えているのだろう。時々ぼーっと遠くを見つめたまま物思いにふけり、今も守竜川の土手で膝を抱えてしゃがみ込んでいる。

 カイリはゆっくり小花に近寄った。


「小花……柊殿のこと、すまなかった」

「……えっ!?」

 小花は急に話しかけられて、驚くと同時に現実に引き戻されたようだ。

「あっ、柊にいのこと? カイリは気にしないで。柊兄は昔からあんな感じだから」

 少し困ったように苦々しく笑うと、

「私がこーんなに小さな頃から『危ないからダメ』『ケガをするからダメ』ってとにかく反対ばっかり。柊兄の方が私のお母さんよりお母さんみたいな? 超がつくほどの心配性なの」

 幼い頃の身長を示すように手のひらを下に向けて少し動かすと、頬を膨らませて不満を表した。

「でもね、私も結構頑固だから『やる!!』って決めたら譲らなくて、十歳も歳が離れてるのに、よく喧嘩したんだよ。結局最後はいつも柊兄が負けてくれて、私がやり遂げるまでそばで見守っててくれるんだけど……」

 急に静かになると、小花の顔から笑顔が消え眉間にしわが寄った。


「今回は……行っちゃった……」

 声が震えている。
 同じように震える体を抑え込むように、膝を抱える腕にぎゅっと力が入った。ポロポロとこぼれ落ちる涙が着物を濡らしていく。


「自分で突き放したくせに、本当は一緒に来てほしかったなんて自分勝手にもほどがあるよね。説得できないからって、あんな言い方しかできなかった自分が情けない。柊兄に、お前の方こそ妹じゃないって思われたかな。たった一人のお兄ちゃんなのに、傷つけちゃった……」

 ため込んでいた思いが涙とともに溢れ出し、小花はとうとう声を上げて泣きだしてしまった。

 今回柊が反対しているのは、今までの『反対』とはわけが違う。『十五歳の儀式』を受けずに赤眼であり続けることは最悪『死』を意味する。大切に思われているからこそ、柊が必死になって止めるのを小花だって当然理解している。

 必死で止めようとする人を納得させることは容易いことではない。そして、必死でやろうとしている人を止めることも同じく容易くはないのだ。



「小花……」

 カイリは小花に向かって手を伸ばそうとしたが、元凶である自分がなんと声をかけたらいいのかわからず、その手を握りしめて下すしかなかった。

 そんな二人の一連のやり取りを見ていた時之介は、小花の隣にやってくると小さくしゃがみ込んだ。

「大丈夫、兄妹喧嘩は仲がいい証拠。仲直りできるよ」

 涙と鼻水でぐずぐずさせる小花の頭を『よしよし』となでる。時之介は彼らの中で一番年下だが、優しく小花をなだめる姿はカイリよりもずっと大人びているように見えた。

 少し落ち着いてきたのか、小花は瞼をこすって気持ちを切り替えるように一度だけ深く息を吸うと、力強く立ち上がった。


「二人とも、ありがとう! ……そういえば、清流せいりゅう様が見当たらないね」
「本当だ、どこに行っちゃったんだろう」

 ここから見える範囲に清流の姿はない。キョロキョロと周りを見回す小花と時之介は同時に「あっ!」と声を上げた。

「時之介! もしかして清流様、迷子になったんじゃないの!?」
「ぼ、僕も同じこと思った……で、でも清流様大人だし……」

 二人は空を見上げて、ほわわんとした清流の顔を思い浮かべたのだろうか。

「あり得る!!」

 いっせいに声を張り上げた。
 顔を青くして、こうしちゃいられないとオロオロと慌てふためいている。

「カイリ!! 清流様探しに行こう! 戻れなくて泣いてるかも!」
 小花は激しく頷いて時之介に同意する。

 いやいや、泣いてはいないだろう……。清流はいったいどれだけダメな子だと思われているのか、カイリは二人に袖を引っ張られながら苦笑いを浮かべた。

 「小花、もしかしたら迷子じゃなくて川に流されたかもしれないよ!」
「えっ……!!」

 大きく目を見開いて守竜川を凝視する小花と時之介の顔がますます青くなる。二人の想像が果てしなく広がる一方で、なぜカイリだけが冷静でいるのか……実は清流がどこに向かったのか心当たりがあるからだった。

 口出しをするつもりはなかったが、やはり今を逃してはいけない気がする……。

 カイリは小花の手を掴むと、しっかり目を合わせた。

「こっち。時之介も来てくれ」

 足早にその場を離れ、来た道を引き返して守竜川の下流へ向かう。川辺を下っていくカイリたちの視線の先に、二人の男性が見えてきた。一人は清流、そしてもう一人は……。


「清流さ――あっ!!」

 小花は清流の隣に立つ男性が誰なのか気づいた途端、カイリの背後にサッと隠れて呟いた。

「あ、あれって柊兄だよね……」

「僕らのあとをついてきてたんだ! やっぱり小花が心配なんだよ」

 カイリは軽く頷いた。

 小花のことが心配な柊は、そのまま別れることがどうしてもできず、適度な距離を取りながらカイリたちの後ろをついてきていたのだ。

 そのことを先に気づいたのは清流で、両者の間にあまり距離が空いてしまわないように使い魔で移動する際も速度を抑えながら進んでいたのである。

 カイリたちは物音に注意を払いながら、川辺から少し離れた草木に隠れてこっそり二人に近づいていく。
 小花はカイリの後ろから少し顔を覗かせると、困惑の表情を浮かべて柊を見つめた。
 ある程度まで近づいた彼らの耳に、ようやく二人の話し声が聞こえてきた――。
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