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第一章
浄化②
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このまま狭い建物の中で戦えば、皆危ない。
カイリは縁側で一体の大蛇と打ち合いながら、ざっと周りを確認した。
清流は庭で大蛇二体。キョウは部屋の中で一体と争闘中だ。
カイリの母と成仁を順に運んできた柊は、二人を時之介の結界に入れて、自分は霊刀を構えて結界の前に立った。
キョウも大蛇を相手にしている今、いくら柊が大男だとしても母と成仁の大人二人を同時に担いで移動するのは不可能だろう。
加えて、全力で結界を張る時之介の霊力がいつまでもつか……。下手に小花たちを移動させて、霊力の切れたところを新たに分裂した大蛇に襲われればひとたまりもない。
やはり応援が来るのを待つしかないか……そう思ったが、大蛇とは前回のこともあって他家の術師が共に戦ってくれるかはあまり期待できそうにない。それに――
『やっと消えたんだ、これでやっと殺せる』
カイリは攻撃をしかけるも、先ほどの大蛇の言葉がチラついてまったく集中できずにいた。弄ぶように余裕の大蛇から逆に攻撃を受けてしまい、体のあちこちに傷が増えていく。
大蛇は落ち着いた声でカイリに話しかけた。
「この屋敷全体に結界をかけた。ほかの妖に赤眼を横取りされたくないからな」
この屋敷全体に結界を張った――ということは、カイリたちは助けを呼ぶことすらできないということになる。
しかし、今のカイリにとっては応援が来ないことよりも、この大蛇のどこにそんな力が残っていたのか、なぜ以前と変わらぬ力をもって戦っているのか、そのことの方が心を乱して仕方ない。
大蛇はカイリの父と相打ちになって力を散らされた。力を取り戻すためには長い年月が必要なはずなのに……。
それ以前に、この大蛇は先ほど浄化されたではないか。
膨れ上がる疑問に脳内が占領されていく。
「知りたいか?」
大蛇はカイリの考えが手に取るようにわかるのか、声色に悦楽さが滲む。
「カイリ! 耳を傾けてはいけません!」
相手にしていた二体を封印した清流が、大蛇の声を遮った。
「……あいつは厄介だな」
大蛇が大きな瞳を細めて清流を睨むと、暗がりから巨体と地面がこすれて小さな砂が潰れる音が聞こえてくる。
新たに現れた大蛇たちは、清流をぐるりと囲んで行く手を阻んだ。
「う、嘘だろ……」
再び現れた複数の大蛇に、キョウはひどく顔をしかめる。
「そちらも厄介なことで」
清流はわずかに微笑むと、地面に杖を突き刺して大きな陣を描く。大蛇たちに強烈な一撃を与えた。しかし、暗闇から出てくる大蛇の数はますます増えていく。
「あれだけいれば、しばらくは邪魔できないだろう。カイリ……話の続きをしようか」
大蛇の刺すような視線が再びカイリを捉え、一方的に話は続けられる。
「お前の父親は、お前の母親のことをとても愛していた」
こんなに騒がしいにもかかわらず、大蛇の声がよく聞こえる。まるで二人だけの世界になってしまったように。
大蛇の太い尻尾は絶えずカイリを打ちつけ、無意識に体を動かしてはいるが、まったくよけきれてはいない。
大蛇は攻撃を止めると、ゆっくり頭を持ち上げカイリの頭上に顔を突きつけた。
「そもそも、私はお前の母親に取り憑いていない」
――取り憑いていない?
「先ほど浄化したのは――――」
「お前の父親だ」
「ちち……うえ……」
「まさか青火が人に取り憑くとはな。私も本当に驚いた」
「嘘だ……」
「嘘なものか。お前の父親のあとを追ってここまで来たが、私の目の前でお前の母親に取り憑いたのだからな、間違いない。憎々しいお前の父親がそうまでして守り抜いたあの女を、いつか殺してやろうとあの医術師に取り憑いて待っていたのだ」
大蛇は成仁に取り憑いていた!?
思い起こせば、赤眼の存在をカイリに教えたのは彼だ。いつから? 一度もそんな気配は感じなかった。
「気づかなくて当然だ、完璧に隠せていた!」
成仁の周りにちぎり捨てられていた札。あれが気配を消していたというのか。しかし成仁は普通に生活していたはずだ、いったいどうなっている。
「カイリ!!」
清流の叫びとともに、大蛇はカイリを叩き潰そうと思いきり尻尾を打ちつけた。
縁側が打ち砕かれる。舞い上がった砂塵の中からカイリを掴んだ清流が飛び退いた。が、着地と同時に左右から大きな口を開けた別の大蛇が二人を喰い殺そうと顔を振り下ろす。
必死にカイリを守る清流と白狼をよそに、カイリは魂が抜けた廃人のように立ちすくむ。
放心状態のカイリを、細長い舌をチョロチョロと出しながら真実を告げた大蛇が見つめ続けるが、カイリの目にはもう何も映らず何も聞こえなかった。
完全に動きを止めたのだった。
◇◇◇
大蛇は言った。
先ほど浄化したのはカイリの父親だと……。
カイリは父が亡くなった時、彼が妖になる瞬間など見ていなかった。
祓除師は常に死を覚悟したうえで退治にあたるため、死後妖になる者はあまりいない。
しかし、カイリの父は大蛇から妻を守るために、死後誰にも気づかれぬ速さで妖となりあの場を抜け出したのだろうか。
もしくは火の玉になってしまった術師も残念ながらわずかにいたので、それらに混ざっていたのをカイリは朦朧とした意識の中で見落としてしまったのかもしれない。
どちらにしろ、カイリの母に取り憑いていた妖が父で、父こそが母を守っていたという事実にカイリは言葉を失った。
そして、消えそうなほど弱い妖が、なぜあんなにも粘り強く取り憑いていたのかをようやく理解した。
それは愛する妻をなんとしてでも大蛇から守るという父の執念だったのだ。
先ほど浄化した時に胸を締めつけられるような切なさを感じたのも、もしかしたら父だったからなのだろうか。
カイリは固く固く、血が止まりそうなほど強く拳を握りしめると奥歯をグッと噛んだ。
「くっそぉぉおお!!」
ありったけの力を霊玉に込めて黒狐とともに大蛇に突進した。
「カイリ! 落ち着きなさい! 我を忘れてはいけない!」
残念だが、今のカイリは大蛇に対する憎悪の塊となっている。感情を制御しきれなくなった体は陰の気で覆われ、術をかわされても尻尾で払い飛ばされても、何度も何度も狂ったように術を繰り出す。
それはしばらく続いたが、事態は些細なことから急変した――
「――柊兄!! 危ない!!」
それは突然だった。叫び声を聞いた全員の視線が小花へと向けられる。その映像は静止画のようにカイリの目に焼きついた。
小さな蛇が、柊に噛みつこうと大きく口を開けて真っすぐに体を伸ばしている。
振り向いた柊を、後ろから手で押そうと小花は手を伸ばして駆け出した。
目隠しがいつの間にか外されて、真紅に染まる赤眼が暗闇の中で光り輝く。
ここにいる全員が大蛇と戦い、その動き回る姿を必死に目で追っていた。それはあまりに真剣で、地面を這う小さな蛇の存在に気づく者などいなかったのである。
地面に倒れるカイリの母と成仁を守るために唯一しゃがみ込んでいた小花を除いて、誰も――。
カイリは縁側で一体の大蛇と打ち合いながら、ざっと周りを確認した。
清流は庭で大蛇二体。キョウは部屋の中で一体と争闘中だ。
カイリの母と成仁を順に運んできた柊は、二人を時之介の結界に入れて、自分は霊刀を構えて結界の前に立った。
キョウも大蛇を相手にしている今、いくら柊が大男だとしても母と成仁の大人二人を同時に担いで移動するのは不可能だろう。
加えて、全力で結界を張る時之介の霊力がいつまでもつか……。下手に小花たちを移動させて、霊力の切れたところを新たに分裂した大蛇に襲われればひとたまりもない。
やはり応援が来るのを待つしかないか……そう思ったが、大蛇とは前回のこともあって他家の術師が共に戦ってくれるかはあまり期待できそうにない。それに――
『やっと消えたんだ、これでやっと殺せる』
カイリは攻撃をしかけるも、先ほどの大蛇の言葉がチラついてまったく集中できずにいた。弄ぶように余裕の大蛇から逆に攻撃を受けてしまい、体のあちこちに傷が増えていく。
大蛇は落ち着いた声でカイリに話しかけた。
「この屋敷全体に結界をかけた。ほかの妖に赤眼を横取りされたくないからな」
この屋敷全体に結界を張った――ということは、カイリたちは助けを呼ぶことすらできないということになる。
しかし、今のカイリにとっては応援が来ないことよりも、この大蛇のどこにそんな力が残っていたのか、なぜ以前と変わらぬ力をもって戦っているのか、そのことの方が心を乱して仕方ない。
大蛇はカイリの父と相打ちになって力を散らされた。力を取り戻すためには長い年月が必要なはずなのに……。
それ以前に、この大蛇は先ほど浄化されたではないか。
膨れ上がる疑問に脳内が占領されていく。
「知りたいか?」
大蛇はカイリの考えが手に取るようにわかるのか、声色に悦楽さが滲む。
「カイリ! 耳を傾けてはいけません!」
相手にしていた二体を封印した清流が、大蛇の声を遮った。
「……あいつは厄介だな」
大蛇が大きな瞳を細めて清流を睨むと、暗がりから巨体と地面がこすれて小さな砂が潰れる音が聞こえてくる。
新たに現れた大蛇たちは、清流をぐるりと囲んで行く手を阻んだ。
「う、嘘だろ……」
再び現れた複数の大蛇に、キョウはひどく顔をしかめる。
「そちらも厄介なことで」
清流はわずかに微笑むと、地面に杖を突き刺して大きな陣を描く。大蛇たちに強烈な一撃を与えた。しかし、暗闇から出てくる大蛇の数はますます増えていく。
「あれだけいれば、しばらくは邪魔できないだろう。カイリ……話の続きをしようか」
大蛇の刺すような視線が再びカイリを捉え、一方的に話は続けられる。
「お前の父親は、お前の母親のことをとても愛していた」
こんなに騒がしいにもかかわらず、大蛇の声がよく聞こえる。まるで二人だけの世界になってしまったように。
大蛇の太い尻尾は絶えずカイリを打ちつけ、無意識に体を動かしてはいるが、まったくよけきれてはいない。
大蛇は攻撃を止めると、ゆっくり頭を持ち上げカイリの頭上に顔を突きつけた。
「そもそも、私はお前の母親に取り憑いていない」
――取り憑いていない?
「先ほど浄化したのは――――」
「お前の父親だ」
「ちち……うえ……」
「まさか青火が人に取り憑くとはな。私も本当に驚いた」
「嘘だ……」
「嘘なものか。お前の父親のあとを追ってここまで来たが、私の目の前でお前の母親に取り憑いたのだからな、間違いない。憎々しいお前の父親がそうまでして守り抜いたあの女を、いつか殺してやろうとあの医術師に取り憑いて待っていたのだ」
大蛇は成仁に取り憑いていた!?
思い起こせば、赤眼の存在をカイリに教えたのは彼だ。いつから? 一度もそんな気配は感じなかった。
「気づかなくて当然だ、完璧に隠せていた!」
成仁の周りにちぎり捨てられていた札。あれが気配を消していたというのか。しかし成仁は普通に生活していたはずだ、いったいどうなっている。
「カイリ!!」
清流の叫びとともに、大蛇はカイリを叩き潰そうと思いきり尻尾を打ちつけた。
縁側が打ち砕かれる。舞い上がった砂塵の中からカイリを掴んだ清流が飛び退いた。が、着地と同時に左右から大きな口を開けた別の大蛇が二人を喰い殺そうと顔を振り下ろす。
必死にカイリを守る清流と白狼をよそに、カイリは魂が抜けた廃人のように立ちすくむ。
放心状態のカイリを、細長い舌をチョロチョロと出しながら真実を告げた大蛇が見つめ続けるが、カイリの目にはもう何も映らず何も聞こえなかった。
完全に動きを止めたのだった。
◇◇◇
大蛇は言った。
先ほど浄化したのはカイリの父親だと……。
カイリは父が亡くなった時、彼が妖になる瞬間など見ていなかった。
祓除師は常に死を覚悟したうえで退治にあたるため、死後妖になる者はあまりいない。
しかし、カイリの父は大蛇から妻を守るために、死後誰にも気づかれぬ速さで妖となりあの場を抜け出したのだろうか。
もしくは火の玉になってしまった術師も残念ながらわずかにいたので、それらに混ざっていたのをカイリは朦朧とした意識の中で見落としてしまったのかもしれない。
どちらにしろ、カイリの母に取り憑いていた妖が父で、父こそが母を守っていたという事実にカイリは言葉を失った。
そして、消えそうなほど弱い妖が、なぜあんなにも粘り強く取り憑いていたのかをようやく理解した。
それは愛する妻をなんとしてでも大蛇から守るという父の執念だったのだ。
先ほど浄化した時に胸を締めつけられるような切なさを感じたのも、もしかしたら父だったからなのだろうか。
カイリは固く固く、血が止まりそうなほど強く拳を握りしめると奥歯をグッと噛んだ。
「くっそぉぉおお!!」
ありったけの力を霊玉に込めて黒狐とともに大蛇に突進した。
「カイリ! 落ち着きなさい! 我を忘れてはいけない!」
残念だが、今のカイリは大蛇に対する憎悪の塊となっている。感情を制御しきれなくなった体は陰の気で覆われ、術をかわされても尻尾で払い飛ばされても、何度も何度も狂ったように術を繰り出す。
それはしばらく続いたが、事態は些細なことから急変した――
「――柊兄!! 危ない!!」
それは突然だった。叫び声を聞いた全員の視線が小花へと向けられる。その映像は静止画のようにカイリの目に焼きついた。
小さな蛇が、柊に噛みつこうと大きく口を開けて真っすぐに体を伸ばしている。
振り向いた柊を、後ろから手で押そうと小花は手を伸ばして駆け出した。
目隠しがいつの間にか外されて、真紅に染まる赤眼が暗闇の中で光り輝く。
ここにいる全員が大蛇と戦い、その動き回る姿を必死に目で追っていた。それはあまりに真剣で、地面を這う小さな蛇の存在に気づく者などいなかったのである。
地面に倒れるカイリの母と成仁を守るために唯一しゃがみ込んでいた小花を除いて、誰も――。
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