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第三章
双子山②
しおりを挟む戸を開けたのは、にこやかな中年の男性。
(この方が……)
「玄清様! お初にお目にかかります。清流様の弟子となりました、カイリと申します。このたびは疫神のことで――」
「いいよいいよ。ここまで来るのに疲れただろう? 固い挨拶はその辺にして中に入りなさい」
「あっ、はい。では、お邪魔させていただきます」
まさか玄清本人が出てくるとは思わず、カイリはドギマギした。屋内には彼以外誰もいないのだろうか。戸口の奥の台所に人影はない。
「ついておいで」と笑う玄清の後ろをカイリは追いかけた。
『大悪党』
『天才を育て上げた元天才術師』
『全霊の使い手』
彼を称する言葉は、いくつか存在している。
カイリはここに来るまでにいろいろと考えを巡らせていたが、実際の玄清は以前清流から聞いたとおりの人物だった。
とは言っても彼の歳は確か四十半ば。亡くなったカイリの父と同年代だ。若かりし頃の威勢の良さは、年齢とともに落ち着いたようではある。
滲み出る包み込むような優しさが、清流ととても似ている。
「この部屋だよ」
「失礼しま――」
(――うわっ!!)
誰もいないと思い込んでいたカイリは不意打ちをくらった。といっても、玄清は一言も「自分以外誰もいない」とは言っていないが……。
案内された奥の間で、腕を組み、あぐらをかいている一人の男性。眉間に深くしわを寄せて、射抜くような鋭い目でカイリを睨んでいる。まるで獲物を捕らえる鷹のようだ。
玄清の陽だまりのような温かさとは真逆の、寒風吹き荒れる極寒の冷たさ。この人からは逃げられない……そんな凄みを与えてくる。
「お、お初にお目にかかります! カイリと申します」
「お前がカイリか。ちょっとこっちに来て座りな」
男性は自分のすぐ目の前に人差し指を指して、『ここ』と指示する。カイリは言われるがまま男性に近づき、少しだけ距離をとって座った。
その間も、男性の視線はひと時も離れることなくカイリを見続けている。見た目だけでいうなら、カイリが出会ってきた人の中で随一の恐ろしさだ。人間版上級の妖と言ってもいいだろう。
「こらこら士英、怖がらせないでくれよ」
(やっぱりこの人が士英様……)
玄清も腰を下ろし、男三人で出来上がった三角形。その一角であるカイリは緊張しながら左右に視線を動かした。
にこにこと笑顔を見せる玄清。それとは反対に目を細め開きを繰り返す士英。耐えきれず、最初に口を開いたのはカイリはだった。
「あの……清流様は」
「ああ、清流。まだみたいだね」
とっくに到着しているはずの清流がまだ来ていないというのに、まったく気にしていない二人の落ち着きよう。彼の身に何かあったのではと心配しているのはカイリだけのようだ。
「心配するな。清流は強い」
「はい……」
彼らは、清流の強さに絶対的な信頼を寄せているのだろう。士英からは『お前、自分の師匠を信用していないのか?』という圧さえ感じる。
そうこうしているうちに、先ほどまでどこにもいなかった一人の老年の女性が、カイリたちのためにお茶を運んできてくれた。
(この人は『寿美さん』だ!)
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「寿美さん、ありがとうね」
「寿美さん、ありがとうございます。おいっ、火傷するなよ」
「あっ、はい」
カイリにとって初めて会う人たちばかりだが、以前清流から聞いた幼い頃の話のおかげで、誰が誰なのかわかることに少し喜びを感じた。
――ガラッ!!
勢いよく戸口が開いたようだ。立ちあがろうとしたカイリと士英に向かって、玄清は「座っていなさい」と両手を小さく動かして合図する。
しかし、軽やかに立ち上がり戸口に向かう玄清よりも、慌てた足音がこちらに到着する方が早かったようだ。
「カイリ! 待たせてすみません、君の方が先に着いてしまいましたね」
「師匠!!」
待ちに待った清流との再会に、緊張しっぱなしのカイリの表情が緩んだ。
清流は、白狼に跨り凄まじい速度でこちらに向かってきたのだろう。美しい練色髪がぐっちゃぐちゃに乱れてしまっている。
「私も先ほど着いたばかりです。何かあったのですか?」
「ええ、泰土に妖が現れました。しばらく様子をみましたが、特に変化がなかったのであとはキョウたちに任せてきました」
「妖が!? 皆は無事ですか!? 現れたのは何体ほどですか?」
「大丈夫、皆無事です。現れた妖は赤火と中級、各専門に数十体ずつ。数日続いたことで、疫神のしわざだと騒ぎ逃げ出す者もちらほら。泰土の術師に恐怖を植えつけたことでしょう」
「怖がるやつは術師に向いてない。腰抜けはさっさと辞めた方がいい。そんなことより!」
士英はカイリを押し退け清流に近づいた。カッと目を見開き、どこをどう見ても体格の良い清流のがっしりとした肩を力一杯掴んだ。
「清流、お前! こんなに痩せて、ガリガリじゃないか!! ちゃんと飯食ってたのか!?」
士英は血走った目でギロッとカイリに視線を送る。清流は体を反りながら、「あははは」と苦笑いを浮かべた。
「もちろんちゃんと食べてたよ。体重も体格もここを出た時とまったく変わってないかな……。ほら士英、顔。私の弟子が怖がってる」
「あ、あぁ……すまなかったな。ついいつもの癖が出てしまった」
カイリはピンときた。
(この人似てる……!?)
カイリの脳裏にある人物が浮かぶ。
「柊殿」
小さな声で清流が囁く。
カイリは心の声が漏れたのかと、慌てて口を押さえた。
「少し似てますよね。私は初めて柊殿に会った時に思いました。かなりまろやかにした士英だと」
清流はくすっと笑みをこぼす。
「二人でこそこそと、何がおかしいんだ! あっ、寿美さん、清流にもお茶よろしくお願いします」
「寿美さん、今戻りました。この子は私の弟子のカイリです」
カイリは「ご挨拶が遅れました」と一言添えて頭を下げた。
軽く会釈し返した寿美は、「清流、おかえり。玄清殿がお待ちかねですよ」と声をかけて台所へと戻っていった。
「ほら、清流も座って一息つきなさい」
「玄清様、ただいま戻りました」
目尻を下げる玄清を前に、清流は三つ指をついて頭を下げた。
座卓を囲み会話を楽しむ三人を見ていると、カイリは部屋の中を笑いながら駆け回る幼い頃の清流、士英、一華の三人。それを嬉しそうに見つめる玄清と走らないように注意する寿美の姿が目に浮かんだ。
「あの師匠、ご報告をしたいのですが……お二人はどこまでご存知でいらっしゃいますか」
小声で話すカイリの視線は、清流から玄清たちへと移動する。
「玄清様と士英にはすべて伝えてあります」
「では、赤眼について西の術師たちは……」
「大丈夫、それは伏せてあるよ」
玄清は心配いらないと微笑んだ。
「ありがとうございます。では、結果を先に述べますと……死神に断られてしまいました。でも、彼に仕える上級の妖が共に戦ってくれると約束してくれました」
「妖が?」
士英の眉がピクっと動く。
カイリは赤眼の村で出会った死神である久遠、そして彼と共に紫花を待ち続けているタケのこと。彼と紫花の間に生まれた三人の娘のうち、一人だけ生き残った紅子について清流たちに伝えた。
「玄清様、善は急げと言います。集まれる者だけでも声をかけて今すぐ集まってはどうですか? 清流もそう思うだろ?」
「玄清様、私も士英と同意見です」
「では、そうしようか」
玄清の了承を得ると、清流と士英は頷き合った。
「カイリ、今から西の術師を集めます、大丈夫ですね?」
「はい、もちろん大丈夫です! でも師匠、今すぐどうやって――」
「そんなの簡単だ」
士英は右脇に置いていた霊刀を握ると、腰帯に差し込み縁側に立った。
「青鷹」
呟きとともに霊刀に括り付けられた霊玉から使い魔が飛び出す。
(お、大きい……)
カイリは目の前の巨大な鳥に釘づけになった。大人の男性が乗れてしまうほど大きな青い鷹。
大きな羽音。羽ばたきで風が巻き上がる。
士英がその足首に鈴を結び付けると、青鷹は風を切るように羽ばたいていった。
――チリン、チリン……チリンチリン……
鈴の音が響き渡る。
「あの鈴の音を聞いた術師たちは、じきに集まる」
「さあ、我々も行こうとしょう」
「カイリ、行きますよ」
玄清に続いて清流も立ち上がった。
「はい、師……」
まるで今から宴に向かうかのような喜色を帯びた彼らの表情に、カイリは一瞬唖然とした。
疫神退治に大きな不安を抱いているカイリと彼ら三人は根本的に違う。これが天才と呼ばれる者たちかと――。
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