百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日

文字の大きさ
94 / 251

第94話 匂い

しおりを挟む


寒さがまた一段ときつくなってきた。
まだアイスベルク山脈に入って間もないが既に一面銀世界が視界の先に広がっている。
今はまだ冬でもないのにこれだけの寒気。その為、冬のアイスベルク山脈の登山は本来ならば禁止されているほどだ。
もちろん、その時期だけはエボルゼブラタイプⅡの運行はない。

「なんなのよーこの寒さは!」

「情けないな、メア。それでも氷魔法の使い手か?」

「そ、それは関係ないでしょ!? ねえセシル」

セシルから無言の返事が聞こえてくるようだ。
メアにぎゅうっと抱きしめられて、さながら湯たんぽ代わり。うんともすんとも抵抗せず、ただただメアの思うがままにされている。

「セシル、嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」

「いいよ別に!」

どうやらまんざら嫌でもないようだ。
セシルもセシルでそれが暖かいのだろう。

「いいね~、儂もその中に混ぜて欲しいものじゃ」

「誰だ?」

防寒具の中からその白い髪を覗かせ、老人はその場にどかりと座り込んだ。

「儂か? 儂は何てことはない、ただの木こりのじじいさ。それよかお主ら、儂の話し相手にでもなってはくれんかの?」

「いいよー!」

「あっ! ちょっと!」

セシルがぴょんっとメアの束縛から簡単に抜け出し、座り込んだ老人の前に座る。

「構わない。到着まで世間話でもしようか」

セシルと同じように老人の前に座ると、老人は微笑した。

「ありがとう。こう歳をとるとな、まともに話してくれる者も減って行くんじゃよ」

「そんなこと、私たちで良ければ話してあげるわ。ねっ、セシル!」

「またー!」

セシルに抱きつくメア。
やっぱりセシル、嫌なのか?

「ほうほう、仲が良いんじゃの」

「……爺さん、爺さんは1人でこいつに乗っているのか?」

俺は下を指差して言う。

率直な疑問だった。
アイスベルク山脈は当然、魔物生息領域になっている。爺さんはどう見ても勇者にも兵士にも見えないし強そうにも見えない。

「そうじゃよ? 何か問題でもあるのかの?」

「いや、ちょっと気になっただけだ」

俺たちや爺さんの他にも乗客はいるようだが、特にこちらに気に止める者たちもいないようで、それぞれが話していたりアイス山脈の方を向いている者がいたりする。

「そうよね。一人でこんなところ……危険だわ。お爺さん、何者なの?」

「じゃからただの木こりじゃって! ーー強いて言うなら、魔物が避ける匂いを持っているからじゃろうな」

そう言って懐から出した小袋、特に変わった様子は見受けられない小袋。

「ただの袋だな。見せてもらっても?」

「いいぞ。ほれっ」

そう言って爺さんは軽い様子で小袋を俺に渡した。
なんの変鉄もない、本当にただの小袋。雑に結ばれた紐の中に何が入っているというのか。

「ゴクリ……」

セシルが生唾を飲む音が聞こえる。

「何~、変なもの入っていないでしょうね?」

「変なもの……変なものか! ふぁっふぁっふぁ!」

爺さんが突然笑い出した。
他の連中も何事かとこちらを向く。

「なんだ? やっぱり何か入っているのか?」

変なものーーそれがもし言葉通りのものならこの結び目を解きたくはない。

「……開けてみい、お主らに害はありゃせん」

爺さんがそう言うならと、俺は小袋の結び目を解いた。

「……これは」

その瞬間、辺りの空気が変わったのが分かった。
俺たちの他の乗客もそれに気づいたように辺りを見渡している様子。

「ふぁっふぁっふぁ! 開いてしまったのう! お主、肝っ玉が座っておるわ! ふふ、ふぁっふぁっふぁ!」

何が面白くてこの爺さんは笑ってるんだ?

「爺さんこれはなんだ?」

開いた小袋を摘んで爺さんの前にちらつかせる。
小袋を受け取った爺さんは俺の問いに答えず紐を結び直す。

「お爺さん、その小袋は一体なんなの? ただの小袋には見えないわ」

さっきまで爺さんの言うようにただの小袋にしか見えなかったのだが、それを開けた途端ただの小袋ではなくなった。
この爺さんの嘘を見破れなかったなんて不覚だ。
老人は若者より幾千もの知恵、経験、知識を持つ。この木こりの爺さんも同じ。

「気になるか? 良し教えてやろう」

そう言ってちょいちょいと手招きする爺さん。
俺たち3人は爺さんの前に集まる。

「ーーお主ら、心して聞くが良い。この小袋に入っていたものはな……魔王の匂いじゃ」

一瞬、思考が停止した。

「え……ええっ!? ま、魔王!?」

メアが後ろへ退けぞって直ぐに両手で口を押さえる。
他の乗客たちは気付いていないようだ。

「……爺さん、それは嘘じゃないだろうな?」

「なんじゃ? 儂がいつ嘘をついた? 無論、この小袋の中の匂いは正真正銘、先代魔王の匂いじゃよ」

どうしても爺さんの言葉を信じられずにいたが、それを証明するかのように小袋を開けた途端に変わった周囲の空気。
現時点では60%は信じよう。

「これが魔王の匂い」

セシルがクンクンと爺さんが持つ小袋の匂いを嗅いでいる。

無臭、特に匂いが付いているわけでもない。

「それが本当なら詳しく聞かせてもらおうか」

「本当じゃって! 聞きわけがない人じゃな! 分かった、話してやろう。でも、その前にまた嘘だなどと言うんじゃないぞ?」

「分かったよ」

「気になるわ」

それがもし本当に魔王の匂いならば、この爺さんはとんでもないものを持っているということになる。それに加えてこの爺さんもただの木こりがどうかも疑わしくなった。
一人で魔物生息領域にあたるアイスベルク山脈にいるくらいだ。
アイスベルク山脈付近の魔物は弱いわけではない。とても爺さん一人で移動出来るような場所ではない。

「ーーこの小袋はな」

爺さんはゆっくりとその口を開いた。





アルバート=バージャッグ、それが爺さんの名。
俺たちが今、エボルゼブラタイプⅡに乗って渡っている、アイスベルク山脈を超えた先にあるそれは小さな村に住んでいるそうだ。
その村は国の兵士たちの防衛はされていないようだが、勇者にも負けず劣らずの腕っ節の猛者たちが多くいるとアルバートは話す。
しかも、定期的に訪れる勇者たちのおかげで村に来る魔物も討伐してくれるそうだ。

そして爺さんが持っていた小袋の匂い。
その経緯は爺さんの祖父の友人が元の持ち主だったようだ。
なんでもその友人はかの先代魔王と対峙したことがある人物というではないか。
これはとんでもないことだと俺が心底驚いていると、爺さんは続けてこう話した。

この小袋の中に入っていたのは、儂の祖父の友人が魔王と剣を交えた時に刃こぼれした一部。

だが、小袋をいくら見てもそんな刃こぼれの一部なんて見当たらなかった。
ただ、それは爺さんの祖父が村の何処かで落としてしまったそうだった。
爺さんの村に来る魔物は村に住む猛者や定期的に訪れる勇者たちによって討伐や撃退がされているようだが、爺さんはその刃こぼれした剣の一部がかなり強力な魔物対策になっていると話す。

魔物は魔王の支配下にあり、はっきりとした上下関係が存在している。その為、たとえ刃こぼれした一部だとしても、残る魔王の匂いは魔物たちには分かるのだろう。魔王と合間みえたことがない俺でも異常な殺気を感じたほどだ。
たかが匂いでそれほど。爺さんの村はくしくも魔物たちの親玉によって守られているということになる。
ただそれでも魔物がやってくるのは、ある程度レベルの高い魔物だとあまり通用しないようだった。

魔物は魔王に屈服しているが、高レベルの魔物になればなるほどその頂の座を今か今かと狙っている奴もいるのだそう。流石にスライムやゴブリンのような低レベルの魔物はそんなこと考えてもいないだろうが、頂の座を狙う魔物の種族は一定の割合で存在している。

そしてその候補と言われているのが、魔竜族、悪魔族、アンデッド族の三種族。
魔竜族は俺たち3人がバタリアの西、庭園と呼ばれる森林の手前付近で目撃したボルティスドラゴンと同種の存在。
中にはエボルゼブラタイプⅡにも劣らない体格の魔竜もいるそうで、レベルは全て100を軽く超えている。
個体の数は他の魔物に比べてダントツで少ないが、生命力、強さ共にトップクラスの魔物だ。
一体でも討伐すればもちろん黒の紙に魔物討伐記録がされて、その勇者の名はたちまち世に広まることになるだろう。
誰がどの魔物を討伐したかは公開情報となっているからだ。

そして次に悪魔族。悪魔族の大半は既にヘリオスの村の者たちによって消滅されたが、残る悪魔族は存在している。その個体の数は魔竜族より多く、各地様々な場所で目撃例が多発している放浪する魔物だ。
魔竜族と同じように単独で行動する。

最後にアンデッド族。こいつらは日中の活動は全く行わない為、知らない者は知らない魔物。
だが、夜になるとその凶暴性は単独の悪魔族に届く勢い。
単独でも多数でも行動し、夜の道を行く勇者たちにとっては邪魔者以外の何者でもない。もちろん勇者でもないただの一般人が出くわそうものなら高確率で死は避けられないだろう。

つまり、この三種族が魔王の座を狙っている。

ただ現役の今の魔王がどの三種族から誕生したのかは不明らしい。
魔王はどの種族にも該当せず、ただただ魔王という一個体のみ存在している。
俺が聞いた話では、悪魔のような黒い翼を持っていたとか、巨人のように大きかったとか、角が何本もあるだとか、つまりはっきりしていない。
魔王について話している本人でさえ誰かから聞いたなどと抜かし、枝分かれして行く確定されていない情報ほど信用ならないものはない。
だが今言った魔王の特徴が全て違うとしても、この世に魔王という存在がいることは確定された事実。

爺さんが持っていた小袋の話を聞いて納得した部分、そして魔王という存在がいかに強大な敵か知らされてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...