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第3章 ペンションにて
鳴瀬川病院
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「うぅ、やべぇ。変な汗が出るわ。壊したらゴメン!」
「お任せしてしまって申し訳ありません」
「亜紀さん、頑張って!」
裁縫道具を持ってきた亜紀が2人に見守られる中で、ぬいぐるみの背中に走る縫い目に小さいハサミを入れていく。
ぷち、ぷち
真剣な表情をした亜紀が1縫いずつ糸を切り、数針外したところで切れ目に指をかけて左右に押し開く。
すると、ぬいぐるみの背中に指が1本入るくらいの隙間ができた。
「さて、何が出るかね……って、2人とも近い、近すぎる。やーめ、離れろって」
その隙間を覗き込むためにみづきと凜霞が近寄って、3人の頭が衝突する。
亜紀は目の前に重なる2人の頭を押し分けて、隙間にピンセットを差し込む。探るように、感触を確かめながら。すると――
コロン、と金属片が小さな音を立てて、続いて小さな紙片がテーブルに落ちた。
「鍵か?」
「かぎですね」
「鍵のようですね。そしてこちらは何でしょうか」
「紙、ですか? 折り畳まれてる?」
「あー、待てまて。下手したら破れる……ストップ、すとーっぷ! 待て、紙が飛ぶ! 飛んじゃうから」
「それは亜紀さんが大きい声を出すから、です」
「はいはいあたいが悪かったよ。さてと、任せろ。うまく開けてやるから。……んー、これは。写真?」
一見ただの白い塊だったものの折り目を解いていくと、それは徐々に、1枚の紙片の形を取り戻していった。
風化と皺で、画像はやや不明瞭になっている。
それでも表面には人物と風景が印刷されていて、裏側には黒い筆跡が残されているのがわかる。
表面の人物は、1人は赤児を抱えた成人の女性で、もう1人は中年から初老くらいの白衣をきた男性に見える。
風景はぼやけているが、緑と青の色具合からは屋外であろうと推定できた。
「あれ? この人、凜霞ちゃんに似ているような。ほら、髪とか肌の色がそっくりです」
「私に似ている人、古い写真。……裏に文字が書いてあります。『鳴瀬川病院にて。麗霞』」
「麗霞、さん。名前だよね? 抱っこされている赤ちゃんが凜霞ちゃんなら……もしかして、お母さん?」
「ここまで似ていると、血縁であることは間違いなさそうですね」
「うん。後ろの人は誰かなぁ」
「先生だとは思うのですが」
「だよね。ただ、お父さんはどこかな? って」
「カメラマンの方ではないですか」
「ううん……それなら普通は、先生がカメラマンで家族が写ってるはずだよ」
「そういうものなのですか」
「だから、なんか変だなって。……亜紀さん、鳴瀬川病院って知ってます?」
みづきに問われているが、亜紀は額に手を当てたまま上の空で身動きをしない。
珍しく反応が乏しい亜紀に、怪訝な顔でみづきが再度質問をする。
「亜紀さん?」
「あ、ああ? ……うん。よく知っているよ。この辺では一番大きい総合病院だった」
「だった、の?」
「潰れたからな。もう9年前になるかな」
「その病院について知りたいけど……どうしよう」
「んー……。調べたいなら、図書館かネットか、かな」
「ネット、ってなんです?」
「あなた、インターネットというものを知らんと? そのスマートフォンは何に使ってるんだね?」
「これ、調べ物に使えるんですか?」
「機械音痴……だね、うん。わかった。凜霞さんは」
「すみません。機械にはほとんど触ったことがないです。亜紀さんはどうですか」
「あたいは機械と言ってもメカニックの方だからね……整備マニュアルなら読めるけど。こういうのは一応使えるけど得意じゃあないね。どうすっかな、ネットに詳しいやつ、そうだなあ……あ、そういえば、いたわ」
「誰か、いましたか?」
「友達というか、腐れ縁というか、な。とりあえず連絡を付けてみるわ」
「わざわざ連絡までしていただいて、申し訳ありません」
「君は本当に真面目くんだねぇ。さて、あとは返事待ちなんだが……っと。うわ、返事はや!」
スマートフォンの通知欄には表示しきれない文字数の返信が表示されていて、亜紀があり得ないという表情でチラリと目を配り、ろくに内容を確認もせずに画面から目を離した。
渋い表情で、ため息をついてぼやく。
「あいつ、ストーカーかよ! 送るやつ間違えたかな……。ま、まあいいか。この件はまた明日だ。とりあえず、夕飯を食おう。準備するから、ちょっと待っといて」
「あ、私、お手伝いをいたします……。行ってしまいました」
凜霞が声をかけようとした頃には、亜紀は部屋の外に駆け出していた。
凜霞はそれを追いかけようと椅子から立ち上がるが、みづきに腕をつかまれて引き止められる。
「待って。ねぇ、凜霞ちゃん、どお?」
「何がでしょうか」
「亜紀さん。私、とってもいい人じゃないかなって思うんだ」
「不思議な方ですね。苦手なタイプなのですが、話をしてみると意外とそうでもありません。亜紀さんのことを今は信じておこうと思っています」
「微妙な言い方だね」
「正直に言います。私は、誰も信用する気はありません」
「え……どうして?」
「信用しなければ、裏切られることはありませんから」
「え? 裏切る、って」
「すみません。今の話は聞かなかったことにして下さい」
「誰も、なの?」
みづきは首を傾げて寂しそうに凜霞を見上げている。
それを受けて凜霞は腰を屈め、みづきを真正面から見据えて視線を交わす。
「もう、誰も……みづき先輩以外は。だから……」
「だか、ら?」
凜霞はいきなりみづきの両肩に手を乗せて、眉をひそめ、苦しげな表情で口を開く。
みづきは両肩を強く握られていることも気づかずに、驚いて目を見開いたまま次の言葉を待っている。
しかし、凜霞の口からは何も言葉を発することがなく。
やがて距離を離して姿勢を正し、凜霞は穏やかな表情を形作ってみづきに答える。
「そうですね、亜紀さんに頼らせていただきます。みづき先輩、もうしばらく私にお付き合いください」
「お任せしてしまって申し訳ありません」
「亜紀さん、頑張って!」
裁縫道具を持ってきた亜紀が2人に見守られる中で、ぬいぐるみの背中に走る縫い目に小さいハサミを入れていく。
ぷち、ぷち
真剣な表情をした亜紀が1縫いずつ糸を切り、数針外したところで切れ目に指をかけて左右に押し開く。
すると、ぬいぐるみの背中に指が1本入るくらいの隙間ができた。
「さて、何が出るかね……って、2人とも近い、近すぎる。やーめ、離れろって」
その隙間を覗き込むためにみづきと凜霞が近寄って、3人の頭が衝突する。
亜紀は目の前に重なる2人の頭を押し分けて、隙間にピンセットを差し込む。探るように、感触を確かめながら。すると――
コロン、と金属片が小さな音を立てて、続いて小さな紙片がテーブルに落ちた。
「鍵か?」
「かぎですね」
「鍵のようですね。そしてこちらは何でしょうか」
「紙、ですか? 折り畳まれてる?」
「あー、待てまて。下手したら破れる……ストップ、すとーっぷ! 待て、紙が飛ぶ! 飛んじゃうから」
「それは亜紀さんが大きい声を出すから、です」
「はいはいあたいが悪かったよ。さてと、任せろ。うまく開けてやるから。……んー、これは。写真?」
一見ただの白い塊だったものの折り目を解いていくと、それは徐々に、1枚の紙片の形を取り戻していった。
風化と皺で、画像はやや不明瞭になっている。
それでも表面には人物と風景が印刷されていて、裏側には黒い筆跡が残されているのがわかる。
表面の人物は、1人は赤児を抱えた成人の女性で、もう1人は中年から初老くらいの白衣をきた男性に見える。
風景はぼやけているが、緑と青の色具合からは屋外であろうと推定できた。
「あれ? この人、凜霞ちゃんに似ているような。ほら、髪とか肌の色がそっくりです」
「私に似ている人、古い写真。……裏に文字が書いてあります。『鳴瀬川病院にて。麗霞』」
「麗霞、さん。名前だよね? 抱っこされている赤ちゃんが凜霞ちゃんなら……もしかして、お母さん?」
「ここまで似ていると、血縁であることは間違いなさそうですね」
「うん。後ろの人は誰かなぁ」
「先生だとは思うのですが」
「だよね。ただ、お父さんはどこかな? って」
「カメラマンの方ではないですか」
「ううん……それなら普通は、先生がカメラマンで家族が写ってるはずだよ」
「そういうものなのですか」
「だから、なんか変だなって。……亜紀さん、鳴瀬川病院って知ってます?」
みづきに問われているが、亜紀は額に手を当てたまま上の空で身動きをしない。
珍しく反応が乏しい亜紀に、怪訝な顔でみづきが再度質問をする。
「亜紀さん?」
「あ、ああ? ……うん。よく知っているよ。この辺では一番大きい総合病院だった」
「だった、の?」
「潰れたからな。もう9年前になるかな」
「その病院について知りたいけど……どうしよう」
「んー……。調べたいなら、図書館かネットか、かな」
「ネット、ってなんです?」
「あなた、インターネットというものを知らんと? そのスマートフォンは何に使ってるんだね?」
「これ、調べ物に使えるんですか?」
「機械音痴……だね、うん。わかった。凜霞さんは」
「すみません。機械にはほとんど触ったことがないです。亜紀さんはどうですか」
「あたいは機械と言ってもメカニックの方だからね……整備マニュアルなら読めるけど。こういうのは一応使えるけど得意じゃあないね。どうすっかな、ネットに詳しいやつ、そうだなあ……あ、そういえば、いたわ」
「誰か、いましたか?」
「友達というか、腐れ縁というか、な。とりあえず連絡を付けてみるわ」
「わざわざ連絡までしていただいて、申し訳ありません」
「君は本当に真面目くんだねぇ。さて、あとは返事待ちなんだが……っと。うわ、返事はや!」
スマートフォンの通知欄には表示しきれない文字数の返信が表示されていて、亜紀があり得ないという表情でチラリと目を配り、ろくに内容を確認もせずに画面から目を離した。
渋い表情で、ため息をついてぼやく。
「あいつ、ストーカーかよ! 送るやつ間違えたかな……。ま、まあいいか。この件はまた明日だ。とりあえず、夕飯を食おう。準備するから、ちょっと待っといて」
「あ、私、お手伝いをいたします……。行ってしまいました」
凜霞が声をかけようとした頃には、亜紀は部屋の外に駆け出していた。
凜霞はそれを追いかけようと椅子から立ち上がるが、みづきに腕をつかまれて引き止められる。
「待って。ねぇ、凜霞ちゃん、どお?」
「何がでしょうか」
「亜紀さん。私、とってもいい人じゃないかなって思うんだ」
「不思議な方ですね。苦手なタイプなのですが、話をしてみると意外とそうでもありません。亜紀さんのことを今は信じておこうと思っています」
「微妙な言い方だね」
「正直に言います。私は、誰も信用する気はありません」
「え……どうして?」
「信用しなければ、裏切られることはありませんから」
「え? 裏切る、って」
「すみません。今の話は聞かなかったことにして下さい」
「誰も、なの?」
みづきは首を傾げて寂しそうに凜霞を見上げている。
それを受けて凜霞は腰を屈め、みづきを真正面から見据えて視線を交わす。
「もう、誰も……みづき先輩以外は。だから……」
「だか、ら?」
凜霞はいきなりみづきの両肩に手を乗せて、眉をひそめ、苦しげな表情で口を開く。
みづきは両肩を強く握られていることも気づかずに、驚いて目を見開いたまま次の言葉を待っている。
しかし、凜霞の口からは何も言葉を発することがなく。
やがて距離を離して姿勢を正し、凜霞は穏やかな表情を形作ってみづきに答える。
「そうですね、亜紀さんに頼らせていただきます。みづき先輩、もうしばらく私にお付き合いください」
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イラスト:tojo様(@tojonatori)
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