オトナになれないみづきと凜霞の4日間逃亡生活

らんでる

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第5章 要塞へと

エントランス

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 3人は通路を奥に進んで角を折れ、さらにまっすぐ進む。 

 すると、軽く100人以上は入れる大きな広間がある。 
 広間の中央には四十個程度の長椅子が規則正しく配置されていて、その奥の壁にはこちら側と同じような通路が続いている。 
 横を見ると、片方は壁ではなく腰までの高さのカウンターがずらりと並んでいて、もう片方も壁ではなく大きなガラス窓、というかガラスのパネルで埋め尽くされていると言っても間違いない光景である。 
 ガラスパネルの先に見えるものは、さっき駐車場から門をくぐって病院の入り口にたどり着いた、正にその地点の風景だった。 

「エントランス、というか受付だねぇ」 
「すみません、皆さん。近くに地図がないかどうか探して下さいませんか」 
「はーい……あ。これ、かな? ここに……ぴゃ!」 

 ピカリ。 

 どこかで空が一瞬、またたくように輝いた。 
 雷で間違いはないだろうが、雷撃音は全く響かず、聞こえる音は地面を打ち続ける豪雨のみだった。 

「雷か。てか、今めっちゃ面白い声が聞こえたんだが?」 
「……凜霞ちゃんはこれ、平気なの?」 
「昔、いっそ撃たれてしまえばいいと思って雷雨の中で立ち尽くしていたのですが、看護師の方にみつかってしまい、凄い怒られたことがあります」 
「凜霞ちゃん……そんな――」 

 ――閃光

 目を焦がすようなホワイト・アウト。 

 同時に爆撃を受けたかのような轟音と振動が空間を切り裂いて、見えるもの、感じるもの全てが不明瞭になる。 

 甲高い悲鳴が砦の中を飛び交い、反響した。 

「大丈夫ですか、みづき先輩!」 
「あ、ぅ」 
「安心して下さい。私がそばにいます」 

 凜霞はうずくまって震えているみづきに素早く歩み寄り、優しく抱きしめる。 
 遅れて亜紀がゆっくり歩み寄り、凜霞のすぐ後ろで片膝をついて耳元にささやいた。 

「ほう。この衝撃も関係なく一瞬で対応するとはね。凜霞、気に入ったぜ。……何で睨んでくるんだよ」 
「来ないで下さい。貴方には絶対に先輩を任せられません」 
「何でよ」 
「さっき、貴方は先輩に何をしようとしたのか覚えていないのですか」 
「いや、あれはさぁ……冗談だって。挨拶みたいなもん」 
「外の世界では、あのような行為が挨拶なのですか」 
「うん……ないね。それは」 
「貴方は『女にはやたら人気』と言っていましたが、本当にそれだけなのですか」 
「あー、そこ? 否定はしないが、女しか近づいてこないのも本当なんだよなぁ。っていうか、凜霞こそどうなんだよ」 
「私の話をする気は一切ありません」 
「それは残念。お前となら話が合うと思ったんだがな」 

 凜霞は明らかに嫌悪した表情で亜紀を流し見る。 
 亜紀はその視線を受けて怒ることもなく、むしろ嬉しそうに笑みを返している。 

「いいねぇ、その目つき。……安心しろ。明日まではお姫様を守る権利を譲ってやるよ」 
「明後日からはどうするつもりなのですか」 
「ん? 見ての通りでいい加減な人生を送っているから、そんな先のことを聞かれてもな。だけどみづきは面白れぇからちょいちょい構いに行くだろうな」 
「みづき先輩に関わるのは止めて下さい。先輩が貴方に汚されるのは容認できません」 
「じゃあ誰ならいいって言うんだよ。正直に言えよ、『私以外には』だろ?」 

 凜霞は反論ができず一瞬苦々しい表情を見せるが、ため息に似た一呼吸をしたあとで亜紀を冷たい視線で射貫く。 

「私は必ず、何としても戻ってきます。そのとき何かありましたら、私は絶対に貴方を許しません」 

 その視線と言葉を正面から浴びながら、亜紀はむしろ今まで以上に良い笑みを浮かべている。 
 くく、と控えめな笑い声を上げたあとで、亜紀は凜霞の肩に手を置いた。 

「ヤベーな、ずっと亡くしてた感情が湧き上がってきたわ。いいねぇ、凜霞……好きだぜ」 

 亜紀は一方的な告白としか言いようがない言葉を投げつけたあとで強い目つきで凜霞を見つめる。 
 それを受けて、凜霞は目を見開いたあとで眉をひそめ、疑いの目で返す。 

「な、なんで私になるのですか? 見境なしですか? 貴方の思考は理解できません」 
「おいおい……なんであたいがみづきだけを気に入っていると思ってたんだ? お前はそうやって心に壁を張っているから、周りが見えねぇんだよ。みづきのことも、な。これはお姉さんからの忠告、お代はみづきからもらうから……嘘だよ、サービスだ」 

 みづきがふと、片目ずつ目をゆっくりと開いて耳を塞いでいた手をそろそろと外し、周囲を伺いながら顔を起こしていく。 
 そのとき、凜霞と亜紀がいつもと違う表情で互いに視線を送っていることに気づく。 

「あ、あの……何の話をしているの?」 
「おはよう、お姫様。気分はどうだ、立ち上がれるか?」 
「大丈夫だと思いますけど……お姫様って?」 
「なんでもねぇよ。立てるのなら、さっさと立て。ちょっと話したいことがあるんだ」 
「みづき先輩、立てますか。ゆっくり、急がずに。……大丈夫そうですね、よかった」 

 みづきは凜霞の肩を借りながら恐る恐る立ち上がる。 

 凜霞から手を離してみるがフラつきはなく、頭と体をひねって自分の背中に目を配りながら、スカートについた埃を手で払う。 
 そして改めて全員で集合し、距離を詰めて話を再開する。 

「何ですか?」 
「さっき、みづきがギャーッて叫んでいる時になあ」 
「みづきそんな声、出していま――」 

 みづきが抗議の声を出した瞬間、その唇に亜紀の人差し指がぴったりと当てられた。 

「シッ、大きな声は出すな。……いいか? やけに叫び声が反響したなぁ、と思ったんだよ。だが、そうではなくてな。実は『別の叫び声』が重っていたんじゃないか? と思うんだ。凜霞はどう思う……」 

 亜紀が凜霞を見ると、明らかに不機嫌な表情で亜紀の指先に視線を送っていた。 
 亜紀はそれに気づいてみづきの唇から人差し指を離し、その指を凜霞の唇に当てた。 

「これでいいだろ?」 
「そ………………そういうことではありませ!――」 
「だから、落ち着けって。次騒いだら、あたいの口でお前の口を塞ぐからな」 

 凜霞は抗議の声をあげるが、亜紀は凜霞にぐっと顔を寄せて低めのゆったりとした声で警告を送る。 
 凜霞は一歩下がって顔の距離をとり、口をハンカチで拭き取りながら冷静に話を続ける。 

「……悪質な冗談はやめて下さい。とにかく、私も声の響き方がおかしかったように思います。まさか、人が他にもいるのでしょうか」 

 しかしそれを聞いたみづきは落ち着きがなくなり、両手を胸に当ててつぶやいた。 

「『叫び声をあげる遺体』……や、やだぁ。うそだよ、そんな」 
「ん、何の話だ?」 
「蛍さんが調べた中に、そういう怪談が含まれていました」 
「マジか。そいつはヤベーな、おい」 
「幽霊を信じているのですか」 
「信じてはいねえよ。だが、居るか居ないかわからん訳だから、居ないとも言い切れないだろうが?」 
「それは一理ありますね。ですが、証明のできない話を繰り広げても意味はありません」 

 凜霞は壁に貼り付けられている簡単な構造図に視線を送って話を続ける。 

「構造からして2階の左奥が怪しいですね。他の人間に気をつけつつ、行ってみましょう」 
「凜霞、こういう時でも冷静なのな。ちょっと見直したわ」 
「心の壁は無意味だったのではないですか?」 
「わかったよ、あたいの負けだ。たまには役に立つ、でいいか」 
「……引き分け、ということにしておきます。それでは行きましょう」 

 エレベーターは広間に設置されていたが、いくらボタンを押しても明かりさえつかない。3人は地図を確認して階段を確認し、まだ確認していない通路の先へと向かう。 

 足音を潜める必要はない。 

 雨音が激しいのが幸いして、誰かに聞かれる心配はいらないだろう。 
 しかし逆に言えば、見知らぬ人間の気配を感知することも困難な状況だった。 

 階段の目の前にたどり着く。 

 踏み板は規則正しく積み上がっていき、真ん中の踊り場で180度折れ曲がって2階へと続いている。 
 ざっと見た限りでは、踊り場までの空間には何も気配は感じられない。 

 人も、霊も。 

「何にもいねぇな。行くぜ」 
「あの、ですね。懐中電灯の光はついてても大丈夫なんですか?」 
「んー。消したくても、これがないと何も見えないんだよな……。凜霞、どう思う?」 
「亜紀さんに同意します。不審人物には注意しなければいけませんが、怪我はもっと気をつけるべきです」 
「だよな。それにいざとなったらこれでぶん殴れるから、持っておいて損はねーぜ」 

 と亜紀は懐中電灯を棍棒のように振り回す。 

「そ、それなら私が持つよりも凜霞ちゃんのほうが」 
「私は歩くだけでも精一杯なので、何かがあっても身を隠すくらいしか出来ないでしょう。ですから、それは亜紀さんとみづき先輩の2人で使っていて下さい」 
「うん。わかった……けど、やだなぁ。どうか何もいませんように」 

 階段を上りきってから、懐中電灯を手で覆って2階の気配を探る。 
 視覚的には暗すぎて得られるものはなく、聴覚は豪雨で塞がれて役に立たない。 

 あきらめて懐中電灯で周囲を照らす。 

 通路は左右に広がっていて、右側――広間の真上の所は先ほどの診察室の前と似た、廊下に窓と引き戸がある構成になっている。左は一番奥に扉があって、そこで行き止まりになっている。 

 亜紀がその行き止まりを照らしながら凜霞に問う。 

「どうしてここが怪しいと思うんだ?」 
「扉はあるのに、広間にあった地図にはその奥が何も描かれていなかったからです」 
「地図に描いてないだけで、何でわかるんだよ」 
「地図に描いてないということは患者が行く必要がないということですから」 
「あぁ、医者が休憩する所には患者は行かない。だから地図には描いてないということか」 
「そういうことです。ただ、地図にない場所は他にもいくつかあったので、本当にここが正解かどうかはわかりませんが……広さ的にはここが妥当です」 
「凜霞、頭いいのな。あたいのと交換してくれん?」 
「お断りします。体だけでなく頭まで悪くなってしまったら、私には生きる価値が何もありません」 
「見てくれがいいじゃん」 
「そうですか? でも、それなら亜紀さんの方がずっと人気があるのではないでしょうか」 
「お、もしかして凜霞はあたいのこと格好いいと思ってる? そいつは嬉しいなぁ」 
「失言でした。訂正します」 
「ちぇ、寂しいねぇ。もっと本音で語り合ってみたらどうだい。なんなら、ここでぶっちゃけトークでも始めようか?」 
「貴方は今、この状況でどうでもいい話をしていいと考えているのですか」 
「逆だ。無駄話でもしてねーと、やってらんねーんだよ。熱いし、気持ち悪りーし、だるい。凜霞は平気なのか?」 
「私ですか。嵐も、夜の病院も、エアコンがないことも、特には」 
「マジか。素直に尊敬するわ」 
「……ひとつお伺いしたいのですが、貴方にとって、私と話をする必要はあるのですか。それともただの暇つぶしなのでしょうか」 
「あたいが興味ないやつと世間話をする人間に見えるのか?」 
「見えませんね」 
「だろ? んー、臭っさい言い方をすれば『お友達になりたいから、お話ししませんか』ってやつ。これでもな」 
「そうだったのですか、それは盲点でした。ですが、なぜ友達に。貴方にとって、私に近づく意味があるとは思えません」 
「意味? んなもんいちいち考えてねーよ、お前と一緒にすんな。ていうか、近づいてくるのはそういう打算的な奴ばっかりだったのか?」 
「それについても、ここで話をする気は一切ありません」 
「わかったよ。……ま、あえて言えば、お前は似てるんだよ。ある女にな」 
「女。蛍さんですか」 
「いんや、もう一人いたのさ。もっと……わがままというか、破天荒というか、訳のわからんやつが」 
「貴方以上に破天荒な方もいるのですか。驚きました」 
「お前もそう思うだろ? それが、いたんだよなぁ。振り回されっぱなしだった」 
「その方はどうなされたのですか」 
「んー、もういない。どこにも。誰の手も届かない所に旅立っていった」 
「そこが、私と似ている所ですか」 
「いや、頭のキレの良さも、性格も含めて。だな」 
「亜紀さんには、私が破天荒な性格に見えるのですか?」 
「いや、そういうわけではないんだが、なぜかそいつと同じ匂いがするんだよなぁ……」 
「ね。あの、何の話です?」 
「ああ、悪いな。大人の話をちょっとな」 
「子供だからわからないのかなぁ」 
「かもな。もうちょっと大きくなれば、わかるようになるさ」 
「みんな大きくなって、ずるいよ。私も大きくなりたいのに」 
「大きくなるまで付き合ってやるから、そうむくれるなって。……んじゃあ、いよいよ、この扉を開けてみるが準備はいいか?」 
「何も、出ないでね……!」 
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